名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一

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きっと永遠に慣れないでしょうね

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「前にみたいに、神殿の応接間みたいな所で会うんじゃないんですか?」

私がミスティコさんに質問すると、隣のアルケーさんが咳払いした。

「オト、オトはもう私と結婚しているも同然なんですよ?決まった相手の居る女性が、親戚でも無い他の男と会っている、と言うのは好ましくないんです」

あ、そうか。前回は私の事は全く知られていなかったけど、今は「アルケーさんの婚約者でミスティコさんの親戚」として知っている人も居る。そんな人達に王子と一緒に居る所を見られると、確かに好ましくないか。
普通に話すだけなら良いが、第5王子は「プロポーズまで済ませた」と実績が有るからなぁ。次会った時には、おしゃべりだけでは済まない様な気がする。
明日は、王子が一気に色々なステップを飛ばして来ない事を祈ろう。

「あ、そう言えばアルケーさんも一緒じゃないんですか?」

私の質問に今度はミスティコさんが咳払いをした。何かマズい事でも言ったかな?と思っているとミスティコさんが長い溜息を吐いた。

「アルケーも王子も正式では無いですが『トマリギ』ですよ?二人一緒にして乱闘騒ぎにでもなったらどうするんですか?」

私は隣のアルケーさんをまじまじと見詰め「王子と殴り合ったりしないですよね?」と尋ねると、やや間が有って「・・勿論です」と返された。
何だ、この間は・・と私が思っているとアルケーさんが「訂正します」と言い、肩を竦めた。

「勿論、私は王子とやり合う気は無いですが、向こうがどう思っておられるのか分からないので何とも。少なくとも私の事は好ましくないでしょうね。だから約束は出来ないです」
「・・だそうです。トマリギは同じ場所に二本置いたら駄目と言う事です」

ミスティコさんはそう言いスタスタ窓に向かい、そこから紙を飛ばした。飛んで行く紙飛行機を見ながら、トマリギになる条件に「他のトマリギも守る事」も有った筈だ。
第5王子も、それを承諾したからトマリギ候補になっているのでは?だったら彼もアルケーさんと同じ様にやり合う気は無い筈。有ったとしても実際の行動には移さない(移せない)のでは?
ミスティコさんは窓を閉め、向かいの席に戻る。彼には私の表情から考えている事が分かったみたいだ。

「良いんですよ?私の代わりにアルケーを連れて行って下さっても」
「へ?」
「でも、オオトリ様はその場の空気に耐えられるんですかね?同じ部屋に男女が三人。一人は婚約者、もう一人は求婚者。大丈夫そうですか?」
「・・えーっと、すいません。私には無理な気がしてきました」

想像しただけで胃が痛くなりそうな空間だ。アルケーさんは笑ってない笑顔で、王子は憮然とした顔をしていそうだ。オロオロするしかない私が見えた気がする。

「お分かりいただければ結構。まぁ、アルケーは嫉妬深いですけど、あしらうのは上手いですからね。いずれ三人が同席出来るかは王子の出方次第でしょう」

その内、三人で同席出来るかどうかを尋ねる為に隣のアルケーさんに視線を向けると、彼の人差し指で唇を押さえられた。

「他のトマリギの話題はこれ位で。未来の心配を今からしても仕方無いでしょう?」

アルケーさんは続けて「ねぇ、そう思いませんか?」と言い、にこっと笑い首を傾げる。こ、この笑顔は笑ってない笑顔だ。この笑顔で気が付いたが、アルケーさんは私と第5王子との面会が余程面白くないらしい。冷や汗を感じながら、こくこく頷いた。
私が頷いた事に満足したアルケーさんは唇から指を外す。そして私の右の耳元に唇を寄せて来た。洗面所でやられた色々な事を思い出して私は身を固くする。

「分かっていただけた様で私は嬉しいです。オトは本当に『いい子』ですね。何か特別なご褒美をあげないと」

耳元でそう囁かれ、うなじの辺りが逆立つ様な感覚に襲われる。私は自分の耳を慌てて手で押さえ、アルケーさんをじとりと睨む。
ご褒美とか要らない!アルケーさんの言う「ご褒美」は私の知ってるご褒美じゃない可能性の方が高い。しかも「特別」って何なんだ。
私の考えている事が伝わったのか、アルケーさんはくすくす笑いながら顔を離した。

結局その後、そろそろ神殿に行かないと他の神官に迷惑が掛かる、と言う時間までアルケーさんはリボンを解いてくれず、ハサミでリボンを切ろうと決意した所でようやく解放された。
アルケーさんは紺色のリボンをくるくると纏めると、大切そうに胸ポケットに入れて神殿に向かった。そう言う事をされると「またリボンで繋がれても良いかな」ってちょっと思ってしまう。些細な事で何でも許してしまいそうになるのが自分でも怖い。

その日も三人で夕食を取り、私は早めにお風呂も済ませた。そして寝室でかなり重要な事で悩んでいた。
そう、王宮に行く服装だ。前回、春を呼ぶ王子から「質素過ぎる」みたいな事を言われた。あの時はすっぴん&普段着だったから、王子から「地味」判定を受けたのは致し方無し。しかし明日、同じ様な格好で私が現れたら本気でキレられそうな気がする。
と言っても、ワードロープに掛かっているのはシンプルなワンピースやブラウスにスカート。どうしたものか、と悩んだが取り合えず最低限のメイクはして、髪も整えて行こうと決めた。
鏡台の前でメイク道具やら髪飾りを確認していると、ドアがノックされた。時間的にアルケーさんかな、と思って「どうぞ」と声を掛けたらドアが開いてミスティコさんが寝室に入って来た。

「オオトリ様、お忙しい所、失礼します」
「あ、大丈夫です。ミスティコさん、何か有りましたか?」
「アレがえらく不機嫌なので、少しこちらに避難を」

ミスティコさんは苦笑いしながら、そう言うと視線を扉の方にチラッと向けた。アレとはアルケーさんの事らしい。

「不機嫌って・・。どうして」

私が首を傾げると、ミスティコさんは困った様な表情になり、ベッドに腰掛けた。

「多分、ですけど、貴女が他の男に会いに行く準備をしているのが気に食わないんじゃないですか?」

ミスティコさんの言葉に私は思わず無言になってしまう。前にミスティコさんから「折られたトマリギ」の話を聞いた所為もあり、私に「オオトリ」と言う役目がある以上、他のトマリギに会うのは大切な義務だと考えている。だからアルケーさんの気持ちは分からなくは無いがどうしようも無い。

「まぁ、その内、慣れると思いますけど。トマリギで有る以上、慣れて貰わないと困りますしね」
「私も、他のトマリギに会うのは重要な事だと思っているので・・アルケーさんには慣れて貰うしか無いと思ってます」

私とミスティコさんの間に、少しの沈黙が流れる。

「・・慣れてしまう時が来るんですかね?」
「え?」
「いえ、他の男に会いに行く恋人を見送るのは、きっと永遠に『慣れない』だろうなって、ふと思いまして」

ミスティコさんの言葉にぎゅっと胸が締め付けられる。鏡台の鏡に映る自分の顔が強張ったのが分かった。

「きっと永遠に慣れないでしょうね。アルケーも俺も諦めるしか無いんです」
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