名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一

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番外編:東の副司祭1

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今から、此処で話す事は俺がオオトリ様に出会う前、ひいては神殿に上がる前に起こった出来事だ。
とても面倒くさいガキだった頃の話だ。

・・
・・・・
・・・・・・

俺の記憶には所謂、もう聞きたくない言葉、と言う物が存在する。

「まぁ、この髪の色。きっとこの子は将来の当主様ね」

俺は物心付いた時から、何百回とこの言葉を聞いて来た。

俺も含めた一族は神様、オオトリ様の血を引いているとかで「特別」らしい。その中でも特に特別なのは「髪の色が黒い」人。これは神様の髪の色が黒かった事がその由来だそうだ。
でも、俺達の一族に髪の黒い人間は居ない。理由は簡単。神様の血がどんどん薄れてしまったから。
たまに「先祖返り」と呼ばれる事が起こって、髪色が黒っぽい子どもが生まれる。

俺と現在の当主が先祖返りに当たったらしく、今のところ一族で髪の色が黒に近いのは二人だけだ。しかも当主は滅多に人前に出ない。だから俺の髪は周りから好奇と羨望の眼差しで見られる。
見られるだけならまだ良いが、分家筋である俺の髪色が神様に近い事に、本家の従兄弟達はいちいち文句を付けて来て鬱陶しい。
あんまり鬱陶しいから「この髪色は、小さい頃に野草を食べたお陰かも知れない」と大ウソをこいたら、従兄弟達が辺境の野草を買い集めていると言う噂が耳に入った。
あんなのが時期当主かもしれない、と思うと俺達の一族は衰退の一途を辿っている気しかしない。お先真っ暗、とはこの事を言うのだろう。

俺はあいつらが次期当主候補だと思っているが、俺以外はそう思っていないらしい。
神様の血を引く一族を束ねる当主は、神様に近い容姿の者が相応しい、と言う謎の掟が有るらしく、現時点で次期当主の最有力候補は俺、と俺以外が思っている。
俺は真っ平御免だ。一族郎党の面倒を見るなんて、想像しただけで頭が割れる位の頭痛がする。
思い切って、この髪の毛を金色に染めてやろう、と思い立ち髪染め用の染料を用意したが、運悪く両親に見付かり、ぴどく怒られたし、泣かれた。

「当主にはならなくて良いから、一族の誇りの髪色だけは大切にしてくれ」

・・一族の誇り、ね。俺は自分の髪を引っ張る。
此処しか誇れるモノが無い。神様から受け継いだモノ、それは「血筋」だけ。

俺のこの不愛想な態度が原因なのか何なのか俺が時期当主になる事に対して大変否定的、と言う事が現当主の耳に入ったらしい。一族の者でも面会の難しい現当主が俺を呼び付けた。
面会に当たって両親からは口を酸っぱくして「失礼の無い様に」と念を押され、他の親戚からは「ついに正式に次期当主に就任するのか」と質問攻めにされた。
どうやったら、この「面倒な呪縛」から逃れられるのか、当主に願えばそれは叶うのか、俺は神様に近いとされる当主に聞いてみたかった。

当主、と言っても従兄弟達の居る本家の屋敷とはずいぶん離れた場所に当主の屋敷は有った。一階部分しか無い低くて広い屋敷だった。
屋敷には執事と数人の使用人しか居ないらしく、静かだった。こう言うのを「静謐」と言うのだろうか。
初老の執事に「ご主人様がお待ちです」と通された部屋は、想像していた様な応接間では無く薄暗い書庫だった。本を守る為なのか、窓は有る様だが全部カーテンが閉められていて、昼とは思えない薄暗さだ。
窓とは反対側の壁一面は本棚で、びっしり本で埋め尽くされている。その光景に圧倒されていると、奥の方から声がした。

「こっちだよ。来なさい」

良く通る女性の声。声のする方へ行くと、数冊の本を片手に持った俺より少し薄い灰色の長い髪に青い瞳の女性が居た。名乗らなくても分かる。今の当主だ。取り敢えず頭を下げる。

「あぁ、畏まらくて良いよ。楽におし。君が噂の『次期当主』だね。私より濃い色の髪色は初めて見たよ」
「・・俺は当主と言う座に興味はございません。だから次期当主ではございません」

俺は頭を上げると、当主を真っ直ぐに見詰めて言った。当主が納得行かない、と言う風に首を傾げる。

「ほぉ。それは何故だい。一族の『当主』と言う座はそりゃあとんでもなく欲しがる輩も多いんだがね」
「オオトリ様に似ている容姿と言うだけで当主に選ばれる、と言うのはどうかと思います。相応しい能力を持った者がなるべきです」
「はは、君は面白い事を言うね。その相応しい能力が、この『髪色』なんだと思わないかい?」

当主は指に自分の髪をくるくると巻き付けて聞いて来た。

「少なくとも俺は思っていないです。髪色で証明されているのは、能力でなくて『血筋』だけです」
「いやはや困ったね。噂の『次期当主』がこんなに頑固とは」

当主はそう言うと、数冊の本を棚に戻し、俺の傍までやって来た。そして俺の事を値踏みする様にじろじろ観察する。俺の方も貴重な機会なので当主の風貌を細かく見る。若そうに見えたが、恐らく40代後半くらいだろう。
気が済んだのか、当主は俺から一歩離れると悪気の無い(多分)大声で言った。

「・・君、友達居ないだろう?」
「は?」
「何だ。頭は良いのに、耳は悪いのかい?友達が居ないだろうって言ったんだ」

言い返したいが事実なので否定の言葉は言えない。だから精一杯の抗議をする。

「・・それは今、関係有りますか?」
「何だい、やっぱり図星か。素直に認めれば良いのに。まぁ、でも君の様な男は当主に向いてないね」

そう言うと、当主はズカズカ書庫の奥へと歩いて行き、俺を呼んだ。

「こっちで話そうか」
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