名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一

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時間が解決すると思います

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アルケーさんは心底嫌そうな表情だが、はっきり断る事はせず「オトがそう言うなら、仕方無いですね」とアルケーさんの提案を承諾した。
薄々気付いていたが、二人とも「副司祭」では有るけれど上下関係が有る様だ。ミスティコさんの方が上らしい。

「アルケーの了承も得られたし今日から早速、使わせて貰おうか」
「はぁ、今日からですか?とことん邪魔をなさりたい様で・・本当に良い性格ですね」
「北の副司祭のお褒めに預かり至極光栄。一応、言っておくが邪魔をするどうこうじゃない。此処での生活の為に、オオトリ様には覚えていただかないといけない事が山積しているからな。お前は王宮からの呼び出しも頻繁だし、北のとは別に教育係が必要だろう」
「王宮からの呼び出しには別の者を手配します。オトの教育は私が手取り足取り、責任を持って致します。どうぞご心配無く」

ミスティコさんはアルケーさんの言葉を鼻で嗤うと「俺の必要な物は明日、運ばせる」と言い、私には「騒々しいかもしれませんが、ご了承下さい」と頭を下げた。それに対して「私は大丈夫です」と答える。本当に私「は」大丈夫なんだけど、隣のアルケーさんはげんなりしている。

「では、もう宜しいですか?食事の話をオトにしなければならないので」

そう言えば、その話の途中でミスティコさんの部屋の話になったんだった。
新居のキッチンは一人暮らし用の様なコンパクトさだ。別に共同のキッチンが有るんだろうか?私が疑問に思っているとアルケーさんとミスティコさんが「こちらです」と言って部屋を出て一階に案内してくれた。
この建物の入り口から少し行った所に、居住者用の食堂が有った。
今の時間は人が居ないと言う事でチラッと覗くと、高い天井に大きな窓と暖炉が有り、整然と椅子やテーブルが配置してあった。

「此処で皆さん、食事されるんですか?」

アルケーさんが言うには、住んでいる人がほとんど同じ職場、同じ学校なので、生活リズムがほぼ一緒と言う事で朝と晩は「皆で一緒に食べる」形式になっているらしい。勿論、自分達の部屋に運んでも良いそうだ。
新居に引っ越すに当たって「食事作りどうしよう」と思っていたから、作ってくれる人が居るのはありがたい。神殿の福利厚生に感謝しなくては。

「今日から利用されますか?」

アルケーさんに聞かれるが悩む。勿論、利用する。しかし「今日から」と言うのはどうだろう。此処に来た時みたいに誰かに話し掛けられたら上手く対応出来るか自信が無い。

「うーん、食事の時はミス・・じゃない、東の副司祭様も一緒ですか?」
「オト、それは東の副司祭が一緒じゃない方が良い、と言う事ですか?」

私の質問の意味を誤解(と言うかアルケーさんの願望が読解力を捻じ曲げた)したアルケーさんが嬉しそうな顔で私に尋ねる。反対側の隣にいるミスティコさんがアルケーさんの所為で眉間に皺を寄せた。私は両手を振って否定する。

「逆!逆ですよ!皆さんに話し掛けられても、私、絶対にヘマをしそうな気がするんですけど。例えば、名前を口走ったりとか。さっきもそうでしたし。だから、東の副司祭様には居て貰った方が安心出来るって言うか、上手くかわしてくれるって言うか」

私がそう言うと、二人の表情が分かり易く逆転した。あ、これはマズいかもしれない。

「そうでしょう、そうでしょう。これは人当たりは良いですが、はっきり断る事をしない男ですから。食事には勿論私『が』お付き合いしますよ」
「オトには、私だけで結構。私だってはっきり断る事は出来なくても、あしらう事位は出来ますよ」

アルケーさんがじとっとミスティコさんを睨む。「はっきり断れないヤツ」と思われているのが癪に障るらしい。
二人が睨み合ってる間に挟まれながら、どうやって収めようか考える。人が通りかかる事が無い時間帯とは言え、二人が言い合いになっている所を見られるかもしれない。傍目から見たら新郎と新婦の親戚が言い合い、と言う構図になってしまう。とんでもない噂になってしまうかもしれない。私は話題を逸らす。

「じゃあ!三人で食事を取ると言う事で!一人でも多い方が食事は楽しいですよね!」

私はさも名案を思い付いた風に極力明るく提案し、二人が何か言いだす前に畳み掛ける。

「さぁ、食事の事は分かったので、ついでに掃除、洗濯の事、教えて下さい。生活する上でとても重要な事なので」
「・・そうですね。食事の件は部屋に戻ってからにしましょう。オト、こちらです」

アルケーさんはそう言うと、廊下の奥の方へと案内してくれた。ぐぇぇ、部屋に戻ってからも言い合いするの?アルケーさんの背中を見ながら勘弁してくれーと思う。
ミスティコさんが私にそっと耳打ちして来た。

「やはり貴女の親鳥は嫉妬深い。オオトリを労わる『トマリギ』とは思えない程に」

私はミスティコさんから顔を背けた。此処に来る前に「命を懸けて新しい枝を探す」と言っていた事が気に掛かったからだ。

「・・慣れてないからですよ。時間が解決すると思います」

私がミスティコさんの顔を見ず、小声でそう答えると、やや間が有って抑揚の無い返事が返って来た。

「・・それなら良いのですが」

ミスティコさんはそう言うと黙りこくってしまった。
本当の事を言うと、アルケーさんと、このままこの世界で過ごして行くなら、私が『オオトリ』として『トマリギ』を増やす可能性も十分に有る。多分、私が『オオトリ』である以上、増やさざる得ないだろう。その時、果たしてアルケーさんは「気にしない」と思ってくれるかどうか。時間が経てば経つ程、お互いが苦しくなるかもしれない。

『・・多分、時間だけじゃ解決しないだろうな』

私は「こちらですよ」と振り向く、アルケーさんを見ながら、その言葉を心の中で転がした。

アルケーさんから、教えて貰った場所は四畳位のリネン室の様な所で、洗濯は専門の人がやってくれるそうだ。普段使うタオルやシーツ、神官の人が着用しているローブは良いけど、儀式用の衣装?祭服?は注意して洗濯しないと痛める可能性が有るから洗濯全般は専門の人にお願いしている、と教えてくれた。
リネン室の壁際には棚が有って、スーパーのかご位の大きさの籠が幾つか並んでいる。

「・・そうですね、あー『うち』で使う籠は、これですね」

「レフコー」と側面に書かれている籠をアルケーさんが棚から取り上げた。アルケーさんは私の隣のミスティコさんに「貴方はあっちでご自分でやって下さいね」と言い、ミスティコさんも「当たり前だろう」と答えている。
二人がそう言い合う横で私は熱くなる頬を押さえて戸惑っていた。

・・今、アルケーさんが『うち』って言った・・。どうしよう、凄く凄く、くすぐったいんですけど!この覚えのある感じ・・。そうだ、この感じ、人生で初めて男の子とキスをした時に似ている!
アルケーさんがえっちぃ事を言って来たりするのは、どうしても戸惑ってしまう。だけど、こう言う自然な感じで「うち」って言われると、恥ずかしさと嬉しさでドキドキしてしまう。
私ってこんなにチョロかったっけ?

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