名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一

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・・やっぱり、自由が良いですか?

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続けて「これからも宜しくお願いします」と言おうと思い、アルケーさんの方を見ると「傍に居てくれるなら」と言った所為だと思うが、アルケーさんが物凄く嬉しそうな顔をして私に抱きつこうとして来た。抱きつかれる一歩前でミスティコさんが私の前にずいっと出る。

「盛るな、と何度も言っている」
「態度でオトに気持ちを伝えたかっただけなんですが」

ミスティコさんの背中に隠されているからアルケーさんの表情は分からないが声色は、何で邪魔をするんだと不満げだ。態度で表すのは良いんだけど、出来たら他の人が居ない所でして欲しい。

「さ、そろそろ行きましょうか。オオトリ様、私がご案内致します」

アルケーさんの不満は無視して、ミスティコさんが笑顔で私の方を振り返る。そして「失礼」と言いながら、ローブのフードを下ろした。

「こちらの建物を出ても、しばらくの間はフードは上げないで下さい。後は、俺の事もそれの事も『名前』で呼ばない様に」
「は、はい」

気を抜くと、二人の名前を呼びそうだ。なるべく話し掛けない様にしとこう。私が気を付けよう、と思っていると、アルケーさんが英和辞書位の厚みの有る本を二冊、私に渡して来た。重さ的にはスーパーで買う小さい方のお米一袋位。紺色の表紙には金色の文字で「繁栄と象徴」と書かれている。

「副司祭である私が荷物を持っているのに、見習いが何も持たずに歩いていると不審がられるのでオトは少しの間、これを持っといて下さいね。重くないですか?」
「あ、大丈夫です。何ならそっちの荷物を私が持ちますけど」

元の世界では会場設営とかで重い物も持たされたし、と交代を提案したが、アルケーさんはローブの上から私の額辺りに口づけて「お気遣いだけで十分」と言い、ひょいっとミスティコさんが持って来た箱を抱えた。アルケーさんが荷物を持ったのを合図に、ミスティコさんが扉を開ける。この中では一番偉いミスティコさんが先頭、アルケーさん、私と続く。
扉を出る前、振り返ってアルケーさんの部屋に別れを告げる。
・・もう此処には来られないのかな?また機会が有れば、来られるのかな?
さようなら、と言うのは何となく嫌だったので「お世話になりました」と呟いた。

部屋を出て、モザイクの廊下を歩いていると、やたら視線を感じた。正確にはアルケーさんとミスティコさんへの視線だが、時折「結婚」「ついに」と言う単語も聞こえて来た。
こ、これは早速「北の副司祭が結婚(正確には婚約だけど)を期に引っ越し」と言う噂が広まっているのでは・・。何だかくすぐったい様な恥ずかしい様な妙な気持ちだ。私は一層俯いてアルケーさんの後ろを付いて行く。
副司祭より下の位の人は、話し掛けたりはせず笑顔で会釈しアルケーさんもそれに答えて軽く頷く、と言った一連の流れで「婚約の報告とお祝い」を済ませているらしい。
それに対して、アルケーさん達より上位のグレーのローブ組の皆さんは、すれ違うタイミングでアルケーさんに「北の副司祭、おめでとう」と声を掛け、アルケーさんも立ち止まり「ありがとうございます」とお礼を述べる。皆さん、色々聞きたそうな空気を出していたが、ミスティコさんがその都度振り返り、眼鏡越しの冷たい視線で圧を掛けて来る。無言のプレッシャーに耐えられず「また改めて」と言うとそそくさと皆さん退散して行った。
うーん、ミスティコさんが居なかったら、向こうに着く頃には日が暮れていたかもしれない。

階段を下りて、大きくて立派な出入り口の扉から建物の外に出る。空が青くて良い天気だ。身一つだけの引っ越しだけど晴れていて良かったと思う。
前に此処から外に出たのは、あの第5王子に引き摺られた時だった。あの時は応接間の大きな窓から脱走と言う感じだったから周りを見る余裕なんて無かった。改めて見ると、建物自体は4階建て位だが横に広い。イメージ的にはイギリスの国会議事堂をコンパクトにした感じだ。
私が建物に圧倒されポカーンと見上げていると、ミスティコさんに「何をしている。こんな所で迷子になるつもりか」と注意された。
う、確かに。外に出てみて分かったが、思っていた以上に神殿の敷地は広い。此処がメインの建物らしく正門までは参道みたいな感じで道が有るので、ローブを着た神官もちらほら居て分かり易い。ここから正門までは迷う事は無さそうだ。ただ、参道以外の道は木立の中へと続いていて人の気配もあまり感じられないし、何処が家族用の居住区へ続く道なのか分からない。
私はミスティコさんに頭を下げる。ミスティコさんも「気を付ける様に」と返し、木立の中の小道に入った。私も二人に続く。
木立の道に入ると、手入れは行き届いているが、やはり人の気配は無い。少し奥まった所で二人が足を止めた。ミスティコさんが振り返る、

「この辺りで大丈夫か?」
「この時間帯に、こちらへ来る神官は居ないでしょうから大丈夫でしょう」

ミスティコさんは私の傍にやって来てフードを上げてくれた。視界が開けて少し眩しい。アルケーさんも持っていた箱を下ろし、私が持っていた本を「重かったでしょう」と言い、取り上げて仕舞った。

「此処まで来ればローブを脱いでも大丈夫ですよ」
「じゃあ、遠慮無く・・」

私は一応、辺りを見渡し、私達以外居ない事を確認すると羽織っていた茶色のローブをもぞもぞ脱いだ。厚手のローブを外で脱ぐと身体が軽くなった気がして思いっきり「すー-はー-」と深呼吸する。
私の様子を見ていたミスティコさんが箱から服を取り出して私に渡してくれた。ローブの代わりに羽織れと言う事らしい。

「やっぱり、あそこでの生活は息が詰まりましたか?」
「え?あ、そう言う訳じゃないんですけど、人目を気にせず外に出られたので、ついつい・・。すいません」

私がそう言いながら受け取った薄い紫色のカーディガンに袖を通す。ミスティコさんは「貴女が謝る事なんて何も無いんですがね」と苦笑いした。私もつられる様に「はは」と苦笑いする。
ミスティコさんと私のやり取りを見ていたアルケーさんが私の腕にそっと触れた。

「・・やっぱり、自由が良いですか?」

答えに詰まる。そりゃ自由が良い。けれど、アルケーさんの部屋で軟禁に近い状態に有ったのも、それなりに理由が有った訳で。

「それは・・えーっと・・閉じ込められるより自由な方が楽って言うか、居心地が良いって言うか」

私が言葉を選びながら答えると、アルケーさんは私と向かい合い、両腕に手を掛けた。少しだけ顔を上げて彼と視線を合わせると眉間に皺を寄せていた。怒っている様にも見えるし、何かを我慢している様にも見える。

「オトは・・まだ『雛』なんです。だから閉じ込めておかないと・・私は心配で貴女をどうかしてしまいそうで・・すいません」

「どうかする」って怖い単語だ。
私はアルケーさんの優しさを知っている。それと同じ位、怖い『親鳥』で有る事も知っている。
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