名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一

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分かりました、覚悟を決めました。

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アルケーさんのとんでもない提案に、答えられず戸惑っているとミスティコさんが箱を抱えた状態で足でドアを乱暴に開けて入って来た。私たちの状態を見るとミスティコさんは呆れた様に「おやおや」と大きな声を上げた。
ミスティコさんが帰って来てくれたお陰か、背中辺りで怪しい動きをしていたアルケーさんの手が私の肩辺りまで撤退している。こ、これは助かったかもしれない。

「前にも言った事が有ると思うが、北のは時と場所を弁えずに盛るな」
「確かに東の副司祭の言う通りですね」

アルケーさんがあっさり認めたので、驚いて少し顔を上げる。アルケーさんが満面の笑みで続ける。

「向こうには、二人の寝室が有りますからね。そちらの方がオトも気兼ねなく鳴いてくれると思います。邪魔も入りませんし」
「ちょ、ちょっと!アルケーさん!」

頼むから余計な事は言わないで欲しい!ミスティコさんを煽る様な真似は止めていただきたい!私は思わずアルケーさんの口に自分の手の平を押し付けた。
「頼むから黙って下さい!」と言う私の気持ちを汲んでくれたのかアルケーさんは抵抗もせず大人しく黙ってくれた。
ホッとしたのも束の間、アルケーさんは私の手に自分の手の平を重ねて、アルケーさんの口元から私の手を外せない様にした。大変マズい予感に思わず「ひぇッ」と間抜けな悲鳴を上げる。

「ちょっ・・!悪ふざけは・・」

私が慌てていると、アルケーさんの琥珀色の瞳が綺麗な三日月になり、舌先で私の手の平をチロッと舐めた。柔らかい感触にぞわりとする。

「ひゃぁ!!」

アルケーさんの口元から自分の手を剥がしたいが、どんなに力を入れてもアルケーさんの手が逃がさないぞ、という風にがっちり抑え込んで放してくれない。
さっきは、味見をするみたいにちろっと舐める程度だったが、二度目は濡れた生暖かさがはっきり分かる位、舌が押し付けられて焦らす様にゆっくりと舐められた。

「やぁ、やだぁ・・」

拒絶とは言い難いふにゃふにゃした声に顔が紅潮する。
せめてもの抗議と抵抗を込めてアルケーさんをじろりと睨むが、目を合わせたままもう一度手の平を舐められた。
恥ずかしがっている様子を見られながら、舐められるなんてとんでもなく羞恥プレイだ!本当は視線を逸らしたいけれど、アルケーさんが「乞う」様な目で見詰めて来るので、視線を外せない。
三回舐めた所で、アルケーさんは「おしまい」と言った風にちゅっと音を立てて手の平を軽く吸う。そこでようやく私の手を解放してくれた。

「ふふ、これ以上すると、そこに居る東のが犯罪者になりかねないので止めときますね」

アルケーさんがそう言うと、私の隣にミスティコさんが乱暴にやって来て、アルケーさんに舐められた方の手を取ると、パリッとしたハンカチで手の平をごしごしこすってくれた。それはもう、しつこい汚れをこすり落とす様な勢いで。

「あ、あのミスティコさん、自分で拭きますよ?」

私の言葉をまるっと無視してるのか、それとも耳に入っていないのか、念入りに私の手を拭きながらミスティコさんが溜息交じりに低い声で呟く。

「・・はぁ。そこの獣が偽りとは言え婚約者でなければ、すぐにでも消し炭にしてやりたい」

えーっと・・「消し炭」って怖い単語だな。何だかちょっと不穏な気が。ミスティコさんの呟いた一言にアルケーさんがクスリと笑う。
(後から聞いた話だと、バシレイアーでは『消し炭』ってとても怖いワードらしい。何でも嫉妬やら怒りやらが限度を超えると自分だけじゃ無く周りにも延焼すると言う意味で使われるそうだ)

「ふふ、オト、そろそろ向こうに行きましょうか。こっちの片付けは要らないですが、向こうは必要な物の確認が有りますし」
「遅くなったのはお前の所為だ。全く」

ミスティコさんはそう言うと、持って来た箱を指差した。

「居住区へ移る為の書類と、オオトリ様の着替えだ。向こうまでお前が持って行け。俺はお前と違ってか弱いからな」
「着替え?私、この服でも困って無いですけど」
「今のオオトリ様が着ているローブは此処で過ごす為に便宜上、神官見習いの格好をしていただいているだけの物なので。向こうに移れば、もう見習いの格好はしなくても大丈夫ですから」

あー、そうだった。大司教様に会う為に神殿内を移動するからワンピースの上に茶色のローブを羽織る様に、と言われた事を思い出す。ついでに、第5王子に「質素」と言われた事も思い出した。

「じゃあ、向こうに行ったら髪も隠さなくても大丈夫ですか?」

私がそう言うと、ミスティコさんはちょっと困った様な表情になった。

「今の髪色なら・・しかし、前にも言ったと思いますが、その色も珍しいんですよ。少しの間、周りの者から好奇の目で見られるかもしれません」

ミスティコさんは続けて「此処に来てすぐの俺の様に」と言い肩を竦めた。

「はぁ、そうなんですね」

前に一度、ミスティコさんに「珍しい髪色ですね」と言った事が有る。神殿内ではローブを被っている人も多かったから、他の人の髪色をそんなに見た訳では無いが、確かに茶色や薄い色の人が多かった様な気もする。黒髪は「オオトリの象徴」って言ってたし、黒に近い髪色は希少なのかもしれない。
元の世界で人の視線を集める事なんて皆無に近かったから、髪の色だけで注目を浴びるなんて不安が先立つ。悪い事をしてる訳じゃ無いから、堂々としてれば良いんだろうけど。
そんな私の不安を感じ取ってか、隣のアルケーさんが申し訳無さそうな顔で私の顔を覗き込む。

「これ以上、髪色を変えるのは私の魔力でも難しいので、オトが不安なら、かつらと言う手も有ります。用意しましょうか?」
「えーっと、まぁ、アルケーさんが変えてくれた髪色も気に入ってるんで大丈夫です。ミスティコさんも周りの視線にはすぐに慣れたんですよね?」
「慣れるも何も、俺はそんなに見たきゃ見ろって常々思っているので」

ミスティコさんらしいと言えば、らしい答えが返って来た。
そう言えば、神殿に上がりたての頃、ミスティコさんもアルケーさんも色々と目立つのと同時に嫌がらせも受けたと話していたっけ。そう言う経験からの答えなのだろう。

「分かりました、覚悟を決めました。大丈夫です。アルケーさんもミスティコさんも、傍に居てくれるなら乗り越えられそうな気がします」

私は舐められて綺麗にして貰った方とは逆の手を軽く上げて二人にそう言う。
そうだ、幸いな事に一人で家族用の居住区に引っ越す訳じゃない。
そう言った意味ではアルケーさんと婚約者(仮)になっといて良かったし、ミスティコさんと親戚(嘘)になっといて良かった!
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