名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一

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オオトリ様にはご了承いただいた

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「ぷっ」

私は思わず噴き出す。私が突然笑い出したので、ミスティコさんがきょとんとした顔をしている。余り見られない彼の表情に、心が少しむず痒くなる。

「ふふ、アルケーさんが曲がりくねっている、確かに。でも、ミスティコさんも大概ひねくれてます。どっちもどっちな気がしますよ」

私のそう言うと、ミスティコさんもくすりと笑う。「そうかもしれません」と肩を竦めた。そして、手元の書類を、前に窓から飛ばした時と同じ様に折り始め「まぁ言っときますけど」と口を開く。

「貴女や王子の様に、馬鹿みたいに真っ直ぐな方がある意味、変なんです。真っ直ぐな癖に・・折れない」
「それって褒められてるんですか?けなされてるんですか?」
「勿論、褒めてますよ」

ミスティコさんが窓を開けると、カーテンがふわりと揺れ朝の心地良い風が部屋に入って来た。外で何か作業をしているのか人の話し声の様なものも聞こえる。
元の世界の朝に似ている様に思えて目を閉じてみる。音だけ聞いていると異世界、と言うよりは旅先の様な気がして来るから不思議だ。

「・・折れないから、最後には譲るしかない」

「・・え?何か言いましたか?」

ミスティコさんが何か言ったような気がして目を開けると、紙飛行機に魔力を込める為なのか、手元をじっと見詰めている所だった。

「・・いいえ、何も」

ミスティコさんは、そう言い終わると窓から白い紙飛行機を良く晴れた空へとすいっと飛ばした。空へと放たれた紙飛行機がパタパタと羽を動かしているのが見えた。飛べることを喜んでいるみたいだ。

「さて、おしゃべりが過ぎましたかね。お茶が冷めてしまいましたね」

そりゃ、朝食後、あれだけ色々な話を聞かされていればお茶も冷めるよね・・と呑気にしていたが、そこでハッと気が付く。

「あ!そう言えば、私たち、新居に行っていないといけないんじゃ!」

私は慌てて立ち上がる。こっちに来て「時計」を見た事が無いから、正確な時間は分からないが、アルケーさんが出掛けてからかなり時間が経っているはずだ。
アルケーさんは、挨拶を済ませておくから朝食後、新居の方へ来てね、みたいな事を言っていた。私は慌てて机の上の食器を片付け始める。時計かアラームが欲しい!

「あぁ、そうでした。そう言えば、アレは『案内お願いします』と俺に言って出て行きましたね」
「もし、アルケーさんのご近所への挨拶が早く終わっていたら、凄く心配してると思うんですけど」

私は傍に有ったトレイに食器を急いで乗せる。

「北のが心配しようがしまいが、俺の知ったこっちゃないですよ」

私がこんなに狼狽えているのに、ミスティコさんはゆったりとした動作で窓を閉めると「さて」と言いながら食器の乗ったトレイを持って出入り口のドアに向かう。

「これを返すついでに、お茶を淹れ直して来ますね」

振り返ったミスティコさんが微笑む。私が「そんな優雅な事してる場合じゃ・・」と言う前にミスティコさんはにやにやしながらドアを閉め出て行った。

絶対に、絶対に、アルケーさんに待ち惚けを食わせる気だ。
私一人でも新居の方へ向かいたいが、まず新居の場所が分からない。その辺りを歩いている神官を捕まえて聞く訳にもいかない。
神殿内の地図を描いて貰えば良かった・・。この建物だけなら、大司教様と王子に面談した時に出歩いたから、まだ予想は付くが、新居は少し離れた場所に有るんだと思う。
迷子になれば、二人に迷惑が掛かる。ミスティコさんが出て行った部屋で一人頭を抱える。
多分、有能なアルケーさんの事だ。ご近所への挨拶もサクサクッと済ませているだろう。間違いなくアルケーさんに怒られる。いや、アルケーさんは怒らないんだけどクーラーみたいな冷気を飛ばして来るから心臓に悪い。
昨日だったか、此処でバランスを崩してミスティコさんに抱き留められたのをアルケーさんに見られた時、設定温度18度位の室温になったのを思い出す。
うぅ・・思い出したら、急に寒気が。頭を抱えたまま一度、大きく身震いする。

「ねぇ、オト。東の副司祭は何処へ?」

私が「どうしたものか」と悩んでいると突然、左上辺りからお香の様な香りと柔らかな声が降って来て「きゃあ!」と悲鳴を上げた。慌てて顔を上げると、アルケーさんが隣に立っていて、悲鳴を上げた私に少し申し訳無さそうにしていた。

「あぁ、考え事中に、突然声を掛けてすいません」
「え、いいえ!私の方こそ大声出してすいません。あれですよね?アルケーさん、私たちがあんまり遅いから心配して戻ってこられたんですよね?ご心配お掛けしてすいません」
「まぁ、えぇ・・」

私が一気に謝罪をまくし立てると、アルケーさんは短い返事だけしてぐるりと部屋を見渡し「この部屋に気配は無いな」と呟く。

「東の副司祭が居なくて、新居の方まで来られなかったんですか?」

アルケーさんが私の隣に腰掛けて「心細かったでしょう」と私の背中に手を添えてくれた。心配してくれるのは有り難いが、ミスティコさんの所為だけでは無いので、その辺りきちんと説明しておかないと。

「その、遅れてしまったのはミスティコさんの所為じゃないんですよ・・えーっと・・色々大切な話をしていて・・気が付いたらかなり時間が経ってまして」
「大切な話?私抜きで?」

今、2度位室温が下がった。私はどう答えて良いか分からず「その、えっと」と言う単語だけ繰り返す。

「そうですか。ミスティコと二人きりで・・余程大切な話だったのでしょうね」

「大切な話」の部分は間違いなかったので、こくこく頷く。すると、アルケーさんが背中から手を外し、私の頬に手を添え自分の方へ向かせた。

「私の雛は何か余計な事を教え込まれたのでは?」

琥珀色の瞳が心配と苛立ちを含んでいる。アルケーさんの香りが強まった様な気がした。
やばい・・近い距離で見詰め合っていると、私の方が色々推し負けてしまう。私は両手を左右に大きく振る。

「余計な事なんかじゃないです。ミスティコさんには本当に大切な事を・・その・・教えて貰いました」
「大切な事・・そうですか。私も大変、興味が有ります。どんな事です?」

また2度下がった。部屋を急速冷凍したいわけじゃ無いのにー誰か助けてー、心の中で助けを求める。
ミスティコさんの話をどこまでアルケーさんにして良いものか悩んでいると、ドアがノックされると同時に、トレイを持ったミスティコさんがドアを足で乱暴に開けて入って来た。

「何だ、北の。早いな」
「『早いな』じゃありませんよ。貴方には、オトの案内を頼んだはずですが?」

私の顔を自分の方へ向かせたままアルケーさんはミスティコさんを睨む。

「仕方あるまい。お前はそこに居る雛を鳥籠で生涯誰にも触れさせずに飼いたい様だが、そうも行かない。その辺りの事情はオオトリ様にはご了承いただいた」

アルケーさんはミスティコさんの言葉に「本当に?」と言葉に出さずに表情で私に尋ねる。私は一度だけ頷いた。

「その、えー・・私がここでばかりお世話になっていたら、色々都合が悪い、とミスティコさんから聞きました」

私がそう言うと、アルケーさんは眉間に皺を寄せ「そんな事無い!」と言い掛ける。しかし「無い」の部分は言葉にならなかった。
多分、北の副司祭であるアルケーさんも、私が神殿にだけ肩入れするデメリットは理解しているんだろう。
アルケーさんの痛みを堪える様な表情に、決意が鈍りそうだ。今、此処で、はっきり言わなきゃ!と自分を奮い立たせる。

「・・だから、その・・アルケーさんとは『婚約』してますけど、トマリギ候補の方とも、お会いしようと思っています」

私は続けて「北の副司祭であるアルケーさんも、それが一番良いって分かってるんですよね?」とアルケーさんに尋ねる。でも、彼から答えは返ってこない。きゅっと目と唇を閉じている。私は心配になって自分の頬に添えられているアルケーさんの手に自分の手を重ねた。
いつもより、指先が冷たい様な気がする。

「おい、北の。ショックは分かるが、返事ぐらいしたらどうだ?」
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