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トマリギになるべきじゃない
しおりを挟むお、折る・・嫌な響きだ。トマリギを折ってしまう、それってつまりオオトリの寵愛を受けている人を亡き者にしてしまうって言う事だろう。鈍い私でも容易に予想が付く。
私がアルケーさんにお世話をお願いしてべったり状態だと、そういう可能性が有ると言う事をミスティコさんは言いたいの?
私は密着と言っても過言ではない近さのミスティコさんの肩を震える手で押し返す。
「そ、そんな事、許されるんですか?寵愛を受けたトマリギを折ったとしても他のトマリギに愛情が向く訳無い。逆効果じゃないですか・・」
「貴女の言う通り。・・逆効果でした」
「・・でしたって、まさか・・」
「以前、トマリギを一人しか置かなかったオオトリ様の話をしませんでしたか?バシレイアーに長年滞在したオオトリ様です」
「お世話係しか置かなかったっていう人で、20年もこちらの世界に居たんですよね?もしかして、その人が・・?」
ミスティコさんが厳しい表情で頷いた。
「記録上では、望まぬ召喚の所為で自室に閉じこもり世話係しか置かなかった、となっています。ですが、寵愛していた唯一のトマリギを奪われ、そのショックで外には出られなくなってしまった、と言うのが事の真相の様です。トマリギの死亡は『事故』として記録には残っております」
私は言葉を失う。何か掴んでいないと、何処かに引きずり込まれそうな感覚に陥る。思わず傍のミスティコさんのシャツをぎゅっと掴む。
ミスティコさんから聞いたオオトリの境遇を自分の身に置き換えずには居られない。
他のトマリギに目を向けて欲しい、と言う訳の分からない理由で突然アルケーさんに悪意が向けられたとしたら・・。
左も右も分からない世界で、自分の手を取ってくれた人が理不尽に奪われたら・・。
失意の中、私の元へ他のトマリギ候補が「私が代わりになりましょう」と無遠慮にやって来たら・・。
自分の心と大切な人を踏みにじられたら・・。
想像するだけで自分の心臓がぎゅうっと縮こまる様な気がした。鼻の奥がつんっと痛くなり、ミスティコさんのシャツを掴んでいる指に力がこもる。感傷に浸るのは後だ。
「伴侶を奪われたオオトリ様が、バシレイアーの繁栄を望む訳が有りません。繁栄の象徴としての務めを全て放棄し、最低限の世話係しか置かなかったそうです」
「そう・・なんですね。自分の好きな人を奪った世界で、20年も過ごすなんて辛かったでしょうね・・」
「・・恐らく。きっとオオトリ様はバシレイアーの全てを呪ったと思いますよ・・」
ミスティコさんはそう言うと、自嘲するみたいに緩く首を振った。彼が聞かせてくれた話は、確かに「面倒と言うより悲劇」だ。
「・・今の話は、公然の秘密って言うか、言わないだけで皆さん知っているんですか?」
「いいえ、まさか。オオトリを召喚したのに、手懐けられなかったなんてバシレイアー側にとっては隠したい出来事に他ならない。恐らくこの事を知っているのは私以外だと・・そうだな、白狸は腐っても大司教ですから先代から何か聞いているかもしれません」
そこまで言うと、ミスティコさんは私の瞳をまじまじと見詰める。私が疑っているのかどうか見定めようとしている様に見える。
「その時のオオトリ様自身が残した日記や手記は見付かっておりません。つまり、私が今、申し上げた話も証拠は無いと言う事です。それでも、貴女はこの話を信じて、貴女と貴女の大切な人の為に、トマリギ候補を受け入れて下さいますか?」
『貴女と貴女の大切な人の為』
間近に有るミスティコさんの瞳が不安気に揺れる。彼の表情はデマや嘘を言っている様には見えない。私は一度だけ頷いた。
「・・はい。作り話には思えないので、ミスティコさんの話、信じます」
私があんまりあっさりと「信じる」と言った所為か、ミスティコさんは「はぁ」と溜息を吐きながら私の額を小突いた。
「・・やはり貴女は無防備な雛ですね・・。アルケーが鳥籠に入れたがるのも分かる様な気がします」
「鳥籠って・・私だってそんな簡単に誰でも信用する訳じゃないですよ」
「さぁ、どうですかね?証拠も無い、俺の話を信用している時点で説得力無いですよ」
ミスティコさんは、そう言うとくすくす笑いながらソファから立ち上がった。ミスティコさんの香りがふっと鼻先から遠ざかる。改めて彼との距離が近かった事に気が付く。
私はちらっと出入り口のドアの方を見るが、誰も居ない。ふぅ・・良かった。アルケーさんは居ない筈なのに気配を感じるのは何でだろう?
私が胸を撫で下ろしていると、ミスティコさんは数枚の書類をアルケーさんの執務机に広げていた。
「では、北の副司祭との婚約は継続、他のトマリギ候補との面会も継続、で宜しいですね?」
「えーっと・・は、はい。皆さんがそれで大丈夫なら・・」
「オオトリが複数のトマリギを傍に置くのは、昔からの事です。それを『辛い』『許せない』と言う様な者はトマリギになるべきじゃない」
ミスティコさんは私の方は見ず、机に広げられた書類に視線を落としたまま、独り言の様に呟いた。
『トマリギになるべきじゃない』と言う言葉で、ミスティコさんがトマリギの選出に関わっている事を思い出した。
「ミスティコさんはトマリギの選定もされてるんですよね?アルケーさんや王子は・・ミスティコさんから見てトマリギとして合格なんですか?」
ミスティコさんは顔を上げ「そうですねぇ」と言い、私に視線を向けた。
「アルケーですが、アレは白狸が『神殿から選出するトマリギは、北の副司祭以外認めない』と譲らなかったので、合格もくそも無いですね」
「じゃあ、第五王子は?」
私が春を呼ぶ王子の話題を出すと、紫の瞳を三日月の形にして微笑んだ。
「いや、実は王子には全く期待していなかったんですが、実際、貴女と引き合わせてみてアルケーよりお似合いだと思いました」
ミスティコさんは「期待を良い方に裏切られました」と続けた。私は彼の言葉に驚く。「お似合い?」私と王子が?もしかしてミスティコさんは大事になった、王子によるあの連れ去り未遂を忘れてしまった?
「え、第五王子って、私を此処から、無理やり連れだそうとしましたよね?」
「しましたね。止めたのは俺ですから勿論、覚えていますよ」
「なのにお似合いなんですか?」
「えぇ『だから』お似合いって言った方が良いですかね」
どう言う意味だろう、と私が少し考え込んでいると、ミスティコさんが「お似合い」と考えている理由を教えてくれた。
春を呼ぶ王子による「オオトリ連れ去り未遂」は私が思っていた以上に、大事になったらしく神殿から王宮へ厳重な抗議が行ったそうだ。
ミスティコさんの話を聞く限りでは、反省文レベルではなく謝罪行脚レベル位らしい。
第五王子は王子の中でも末っ子と言う事も有り大層可愛がられているそうで、今まで多少の事は目を瞑って貰っていたとの事。恐らく人生初の大目玉だったそうだ。
「それでも、トマリギを辞退せずに二回目の面会要請を言って来るなんて、凄い胆力だと感心します」
「そ、そうなんですか?」
ミスティコさんの考えている高評価のポイントと私の考えている高評価のポイントは、どうやら違うらしい。
えらくミスティコさんが第五王子を褒めるので私が首を傾げていると、ミスティコさんは「えぇ、そうなんです」とゆっくり頷いた。
「王子の真っ直ぐな所が貴女に似ています。北みたいに曲がりくねったトマリギより、ずっと羽を休め易いと思いますよ」
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