名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一

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こんなに良い匂いがするんでしょうね

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私があわあわしているのを、ミスティコさんはフッと鼻で嗤うと顔を離した。

「・・本当に興味深い能力ですね。歴代のオオトリ様にも有った能力だったのか気になりますね」

ミスティコさんはそう言いながら、座り直すとシャツのポケットから眼鏡を取り出した。
私は動悸のする胸を押さえながら、隣のミスティコさんに文句を言う。

「今の絶対にからかってましたよね?やめて下さいよ」
「からかってないですよ。オオトリ様の能力を理解したい、と言う思いが高まっての行動だと思っていただければ」

ミスティコさんは私の方に笑顔を向けてそう言うと涼しい顔をして、紙に何か書き付けている。
何か言い返そうかと思ったが隣を見ると、ミスティコさんはさっきの事なんて無かったかの様に、ちょっと考え込んだりしながら熱心に何か書いている。
私だけ騒ぐのが馬鹿らしくなって、そっとミスティコさんの隣を離れて向かいの席に戻る。
ミスティコさんが俯く度に肩辺りで切り揃えられたグレーの髪が流れて、ミスティコさんは邪魔くさそうに髪を耳に掛けている。この世界にヘアピンが有るならプレゼントしてあげようか。

「・・そんなに一生懸命に何を書いてるんですか?」
「オオトリ様の、その能力についてメモと簡単な考察を残しておこうと思って」
「そうですか」
「そう言えば、俺と向かい合ってる時はどうですか?匂いを感じますか?」
「この位の距離だと分からないです。隣位には寄らないと。そう言えば、大司教様はお二人の上司だからきっと魔力も強いと思うんですけど向かい合って座った時も分からなかったですし・・」

私の言葉にミスティコさんはペンを置き腕組みをして少し考え込む。そのタイミングで私はミスティコさんのテーブルに置いて有る書き掛けのメモを覗き見た。
反対側からなので「魔力」「感知」「オオトリ」位の単語しか分からなかった。

「・・あの、ミスティコさん、その今書いているメモ見せて貰っても良いですか?」

メモにしては長い内容がつらつら書いて有ったので、気になってミスティコさんにお願いしてみた。

「あぁ、興味有りますか?・・そう言えば、オオトリ様はこちらの文字が読めるんですか?」
「昨晩、頑張ってみたら一応、読めたんですよ」
「それはそれは・・」

ミスティコさんがそう言いながら机に無造作に置いていた書き掛けのメモをサッと取り上げる。

「そうですね・・これは所詮メモですから、後から清書した物をお持ちしますよ」

見せたくない口実にしか聞こえない。私は二人の間に有ったティーカップを横に避けると身を乗り出した。

「清書した物じゃなくて大丈夫です。そのメモが良いんです。蔵書庫の賢者さん、見せて下さい」
「・・何とも含みのある言い方ですね。北の親鳥に似て来たんじゃないですか?」
「ミスティコさんが下手に隠そうとするから、気になるんです。もしかして私の悪口とか書いて有るんじゃないですか?」
「まさか」
「じゃあ、ちょっとだけも良いですから見せて下さい」

私がメモに手を伸ばすと、メモは指が届く寸前でパッと取り上げられた。ミスティコさんの顔を見ると、片方の口角を上げて嗤っている。

「本当に元気の良い雛ですね。そうですね、俺から奪えたらお見せしますよ」

メモを引っ掴んでやろうと右手をもう一度伸ばすが、ミスティコさんはメモを持ち換えて躱す。
猫じゃらしに反応する猫を弄ぶ様にミスティコさんはメモを左右上下に操る。えらい速さで紙がひらひら動くので魔力を使っているのかもしれない。
悔しくなり、熱くなっている内に、片方の膝をテーブルに乗せてしまっていたらしい。
テーブルに片膝を乗せた不安定な体勢で「もうちょっと」と手を伸ばすと紙の端が指先に触れた。
「今だ!」と思って更に伸ばすがミスティコさんが思いっきり腕を反らしたので、バランスを崩して彼の方へ倒れ込んだ。
ミスティコさんがメモを放り出して、慌てて私を抱き留める。

「危ない!」
「す、すいません・・。ちょっとはしゃぎ過ぎました」

ミスティコさんの腕に囲われたまま謝り、ミスティコさんの匂いをすんと吸い込む。
やはりこれ位近くないと、彼の香りは感じられない。ミスティコさん特有の爽やかな匂いをもう一度吸い込む。何だか懐かしい様な・・。
頭の方からミスティコさんの大きなため息が聞こえた。

「・・こんな落ち着きない雛を、他所にやる訳にはいかないですね」
「う、以後気を付けます」

私がそう言うと、ミスティコさんは頭を数回撫で、優しい声色で呟いた。

「そうですね、目を離すと何処かで迷子になってしまいそうです」
「ご安心を。迷子にさせないのが『婚約者』の役目ですから」

やや怒気を含んだ言葉にミスティコさんの胸元からがばっと顔を上げると、出入り口のドアの所にアルケーさんが立っていた。
笑顔で怒っているのが一発で分かる。
どうしてこうも毎回、誰かに気まずいシチュエーションを見られるんだ!

「・・覗きとは趣味が悪い。ノックぐらいしろ」
「しましたよ。じゃれ合っていらしたから気が付かなかったのでは?」

背筋がぶるりと震えた。アルケーさんの所から冷気が出ている気がする。
アルケーさんの口調は思わず謝り倒したくなる位、威圧的だ。
目の前のミスティコさんは溜息を吐いた。今のアルケーさんには何を言っても嫌味で返されると分かった様で言い返す様子は無い。

「その、私が無理やりミスティコさんのメモを奪おうとしてバランスを崩してしまったんです」

私がミスティコさんの代わりに、そう言うとアルケーさんがつかつかとソファの方へやって来て、ミスティコさんが放り出したメモを床から取り上げた。

「これの事ですか?」
「あぁ」

私が答えるより早くミスティコさんが答える。

「オオトリの能力について、非常に興味深い事が分かったからメモしといたが、お前も興味が有るならどうぞ」

アルケーさんはメモに目を通すと、顔を上げて私をじっと見詰めた。

「ここに書いて有る事は本当ですか?」

いや、そのメモを見せて貰って無いから本当なのかどうか私には判断しかねるんだけど。
こちらを見詰めるアルケーさんの視線は真剣だったので、何か答えなければ・・と口を開く。

「メモを見てないので何とも言えないですが、魔力の強弱が匂いで分かるって言う事なら本当・・かもしれないです」
「喜べ、北の。そこにある通り、お前からはえらく芳しい香りがするらしい」

私の言葉に被せる様に、ミスティコさんが言う。
そ、そんな事までメモっていたのか!確かにアルケーさんと第5王子から『めちゃくちゃ良い匂い』がするとは言ったが!本人を前に改めて言わなくても良くないか?何だか恥ずかしいんですけど。
目の前のミスティコさんを睨むが、当の本人は涼しい顔をしている。
アルケーさんは自分の肩に顔を寄せて匂いを嗅いでいたが、首を傾げる。

「・・自分では分かりかねますね」
「気が合うな。俺もお前に『芳しい』と思った事は無い。オオトリにしか分からんらしい」

アルケーさんは唇に指を当てて考えていたが、ミスティコさんに抱き留められたままの私の背後に回るとうなじの辺りの髪を掻き上げた。
わざとでは無いと思うが、アルケーさんの指先がうなじを引っ掻く。くすぐったくて思わず肩が上がる。

「ひゃっ」

私が声を上げると、アルケーさんがうなじに顔を寄せて来た。湿度の高い吐息が肌に触れる。
ミスティコさんだけじゃなく、アルケーさんの香りにも包まれて身体から力が抜ける。
・・これはマズいかもしれない。二人の香りが混じり合った所為なのか、強いお酒を煽った後の様なふわふわした感覚に襲われる。
私の様子を知ってか知らずか、アルケーさんは数度すんすんと鼻を鳴らす。触れた息がつんっとした刺激になって背筋から抜ける。

「本当に不思議です。オトは魔力が無い筈なのに、何でこんなに良い匂いがするんでしょうね。ふふ、少し赤くなってますよ」

そう言いながら、つっとうなじを引っ掻く。背後だから、アルケーさんの表情は見えないが、ミスティコさんを煽る様な真似は止めて欲しい!
私がそう思っていると、ミスティコさんが私の左肩に突然、顔を埋めた。
一瞬、アルケーさんの匂いに当てられて、気分が悪くなったのかと思ったが、アルケーさんの匂いを感じるのは私だけなんだから、そんな筈は無い訳で。

「北のが言う通りだ。この芳しい香りはオオトリの何処から香るんだろうな」

二人同時に匂いを嗅がれるなんて、どんな羞恥プレイだ!
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