名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一

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婚約者として一緒に暮らせます

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アルケーさんの声色は本当に余裕たっぷりで、絶対に「してやったり」と思ってそうだ。
ミスティコさんは苦々しい表情のまま頭を振って「腹黒いお前が考えそうな策だ」と呟く。

「確かに、家族用の居住区にオオトリ様一人にする訳にはいかない。世話役は傍に居た方が良い。そこは認める」
「ご理解いただけて良かったです。どうぞ私にお任せ下さい。誠心誠意『婚約者』として務めさせていただきます」

アルケーさんは「婚約者」の部分を強調しながら言い、ようやく私の身体から腕と足を外してくれた。私もアルケーさんも上半身を起こす。
もうちょっと早く解放してくれても良かったのに、と思いながら寝間着を整える。
ベッドの傍に立っていたミスティコさんは起き上がったアルケーさんの長い銀の髪をぐいっと引っ張り、至近距離まで顔を寄せた。

「但し、アルケーが祭祀で不在の際には俺に任せて貰う。それで良いな?」

有無を言わせないきつめの声色だが、アルケーさん同意せず黙っている。二人の間の空気が緊張感をはらむ。

要は、主にアルケーさんが私の世話役で、アルケーさんが不在の時はミスティコさんが代行してくれるって言う事だよね?そこまで険悪になる内容だろうか?
アルケーさんが同意しない理由は分からないが、ミスティコさんが言う様に万が一、アルケーさんが長期で留守にする事が有った場合、代役が居ないと困るかもしれない。
睨み合っている二人の横で、私はそろそろと手を上げた。

「・・あの、アルケーさんが不在の時はミスティコさんが代わりに居てくれるって言う話ですよね?一人になるのは、まだ不安が有るので、お願いしたいです」

私の言葉に、ミスティコさんはアルケーさんの肩越しにニヤリと笑った。アルケーさんの表情は見えないが少なくとも笑顔では無さそうだ。
ミスティコさんはアルケーさんの髪から指を離すと、私の方を一瞥する。

「オオトリ様の同意が得られれば十分。アルケーが不在の時は、どうぞお任せ下さい」
「あ、はい。よろしくお願いします」

私はそう言うと頭を下げた。ミスティコさんも恭しく頭を下げる。

「こちらこそ、よろしくお願いします。『親戚』だと思って気兼ねなく何でもお申し付け下さい」

ミスティコさんは言い終わると、部屋の中をぐるりと見回して「オオトリ様の荷物は無い様ですね」と私に確認する。私が頷くと、数枚の書類をサイドボードに置いた。
アルケーさんはサイドボードに置かれた書類を手に取り、目を通している。

「持ち出す荷物の件は了解です。さて早速ですが、居住区を移る前にオオトリ様の名前を決めていただきます」
「私の名前ですか?オオトリじゃ駄目ですか?」
「えぇ、『オオトリ』は・・何と言うか・・そう、名前と言うより役職名と言った方が近いですね」
「へぇ、そうなんですね。でも名前は制約になるんじゃ・・」
「そうです。しかし『名前は制約』の風習はバシレイアーの一部の地域に限られます。その一つが神殿の神官なのはご存じですね?」
「勿論です」
「制約を受けているのは神官のみ、と言う考え方なので、神官の家族の名前に関しては個人の自由です。まぁ、自由と言うものは責任を負うものですが」

成程、そう言えば、大司教様も『バシレイアーの一部に残る考え』的な事を言っていた様な気がする。家族の名前は自己責任で管理しろ、と言う事なのか。

「ですから、急ぎで申し訳無いのですが貴女の「名前」を考えていただきたい。苗字に関しては一応、私の親戚ですから、母方の苗字を名乗っていただきましょうか」

そう言うと、ミスティコさんはアルケーさんの持っている書類をピンっと指先で弾いた。

「貴女の隣の婚約者は事務方に口頭で『婚約者が出来たから家族用の居住区に移りたい』と伝えてますが、この必要書類は未提出なんです」

アルケーさんは書類に目を通し終わったのか、サイドボードに書類を戻し溜息を吐く。

「そうですね、ミスティコの言う通り、婚約者の氏名欄を空白で提出する訳にはいきません」

確かに言われてみれば、これからアルケーさんの「婚約者(偽)」として生活して行く為には「名前(仮)」は必要かもしれない。オオトリが使えないなら、他の名前を考えないと。

「えっと・・バシレイアーではどう言う名前の由来って言うか、付け方が一般的なんですか?花の名前とか?」
「何でも構いませんよ。アルケー、お前の初恋の人の名前は?参考までにオオトリ様に教えて差し上げては?」
「ミスティコの初めて付き合った相手の名前からどうぞ。何なら今お付き合いしている方の名前でも構いませんよ」

ぜ、全然参考にならない。二人の刺々しいやり取りを眺めながら考える。好きな花と言っても、何だかピンと来ない。どうしようか。

「オオトリだから・・そうですね『オト』とかでも良いですか?」

我ながら単純な名前の付け方だが「オト」と口に出してみると不思議としっくり来た。
もしかしたら、私の本当の名前に似ているのかもしれない、と一瞬考える。
私の新しい名前を聞いたミスティコさんは名前を転がす様に「オト・・オト・・」と何度か口にする。アルケーさんも音を確認する様に一度だけ「・・オト」と呟く。

「・・オト・・呼び易くて良いんじゃないですか?」
「えぇ、素敵なお名前です。仮の名前で有っても、オオトリ様の名前を呼べるなんて光栄です」

本名じゃ無いのに、アルケーさんは恍惚の表情を浮かべている。仮初の名前でこんな状態だと、本名が分かったらとんでもない事になりそうだ。ミスティコさんも「お前、本当に気持ち悪い奴だな」と若干引いている。

「思い付きの単純な名前ですけど、お二人にそう言っていただけるなら自信が持てそうです」

私がそう言うと、アルケーさんがぎゅうと私を抱きしめた。アルケーさんの腕の中で上手く息が出来ない。
アルケーさんに密着すると、彼の匂いの所為かうっとりする事が多いが、こんなに力強く抱き締められると「うっとり」なんて余裕はない。どちらかと言うか「ぐぇぇ」と言う状態に近い。

「思い付きでも単純でも、私は貴女の『名前』を呼べる事が嬉しいんです」

アルケーさんの声は嬉々としている。嬉しいのは分かったから、腕の力を緩めて欲しい。私はアルケーさんの背中に腕を回してトントンと叩くがちょっと緩んだだけで放すつもりは無いらしい。ちょっと、いやかなり苦しい。

「おい、北の」

ミスティコさんがアルケーさんの腕の中でもがいている私を見兼ねて、アルケーさんの肩を掴んだ。ようやく腕の力が緩む。

「名前が付いたばかりの雛を腕の中で殺す気か。本当に危ない親鳥だな」

アルケーさんは、私が運動した後の様に短い息をしているのを見て「あぁ、すいません」と謝りながら、また腕を広げたのでミスティコさんから「いい加減にしろ」と低い声が掛かる。

「お前の感激の気持ちは、俺もオオトリ様も良く分かった。それよりさっさっと書類を出して来い。事務方から鍵を受け取らんと、あっちに移れんだろう」
「あぁ、そうでした。オオトリ様は、こちらの文字を書くのは苦手の様ですので、代筆しときますね」

アルケーさんはそう言い、何枚かの書類にサインをする。う、昨日、練習した文字を見られたのかもしれない。苦手と言われるのは不本意なので、こっそり練習して驚かせようか。
書類を書き終えると、アルケーさんは私の肩を抱き額にキスをした。不意打ちのキスに驚いてアルケーさんの方を見ると、花の様な笑顔だ。

「これで、私たちは婚約者として一緒に暮らせます。ねぇ『オト』?」
「えーっと、よろしくお願いします・・?」

確かに、婚約者になったのかもしれないけど、それってあくまで書類上だよね?
そんな疑問を込めてアルケーさんの方を見るが、私の意図に気付いてないのか微笑みを返される。笑顔が引っ掛かる。

「あー、もうお前の気持ちは良く分かったから、さっさと行け!鬱陶しい」

ミスティコさんの我慢も限界らしい。手を払う仕草をしてアルケーさんを部屋から追い出した。
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