名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一

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こんな髪色の子を見てみたいのですが

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食事の後、私はアルケーさんにお風呂の用意をして貰い入浴を済ませ、自分の部屋でミスティコさんから預かった資料を数ページ読んでみた。

こちらに来た時、話す言葉は問題無かったので、書いてある文字はどうなんだろう、とドキドキしたが字の方も読めた。
しかし、バシレイアー語で書かれた書物を読むのは、英語で書かれた本を読む様な感覚で大筋は理解出来るが、細かい部分の解釈は自信が無い。
後、バシレイアーの文字を真似て書いてみたが、上手く書けない。

「あー、アルファベット習いたての頃に戻った気分だわ・・」

私はサイドボードにポイッとペンを放り投げると、ベッドに転がった。
明日には家族用の居住区に移る予定だ。短い間だったけど、アルケーさんのベッドともお別れか。すんすんとアルケーさんの匂いのするシーツに鼻を寄せる。
丁度、私がベッドとのお別れを惜しんでいると、ドアがノックされ、アルケーさんが「少し、よろしいですか?」と声を掛けて来た。
私は慌ててベッドに腰掛け姿勢と服装を正して「どうぞ」と答える。
アルケーさんも入浴を済ませた様で、いつものシャツ姿では無く、私と同じ様な簡素な寝間着姿だ。

「お休みになる所でしたか?」

そう言いながら、アルケーさんは私の隣に腰掛けた。ベッドが短く軋む。

「いいえ、ミスティコさんからお借りした資料にちょっと目を通していました」
「どうでした?よろしければ私が代わりにお読みしましょうか?」
「あはは、大丈夫です。大筋は理解出来ているので。でも、困った時にはお願いしますね」
「・・そうですか」

アルケーさんはそう言うと黙ってしまった。
寝間着姿の男女がベッドに腰掛け、黙りこくっていると、妙な緊張感が生まれる。
甘ったるい予感を含んだ緊張感に、堪え切れなくなり私の方から話題を振る。

「えーっと・・ベッドお借りしてすいませんでした。明日にはお返し出来ます」
「・・あぁ、そうですね。明日の夜には向こうに移られますね」
「えぇ、荷物が無いから早いと思います」
「・・確かに」

アルケーさんは相槌を打つと、そのまま黙ってしまった。
うぅぅ、アルケーさん、お願いだから黙らないで欲しい!妙な雰囲気になるから!
私の念だか怨だかが通じたのかアルケーさんが話し始めた。

「あちらに移られたら、ずっとフードを被っている訳にも行きませんね」
「あ、そうなんですか?そこまで考えていませんでした」

私はそう言いながら、自分の前髪を引っ張る。困ったな。この黒髪はえらく目立つらしいから、どうしたものか。かつらでも作って貰おうか、それとも脱色剤が有るならそれを使おうか。
考え込んでいる私にアルケーさんがそっと手を伸ばして、私の髪の一筋を取って口付けた。

「こんなに綺麗な髪に申し訳無いですが、少し試したい事が有るのです。よろしいですか?」
「えぇと・・痛い事以外でしたら、どうぞ・・」

私がそう言うと、アルケーさんはベッドに上がり私の背後に回り、そこに腰を下ろした。
丁度、座っている私をアルケーさんが後ろから抱き締める様な体勢だ。
マズい!ベッドで寝間着でこの体勢は、そういう事の一歩手前じゃないか!
あわあわしている私を余所に、アルケーさんは私の頭に耳を塞ぐ様な形で両手を添えた。
すると、触れられた部分から頭皮が暖かくなって来たのが分かった。蒸しタオルで頭を包んでいる様だ。
心地良い温度にリラックスしてほわわんとしていると「はい、終わりました」と声を掛けられた。

「あの、アルケーさん、凄く気持ち良かったんですが、何が有ったんですか?」
「ふふ、内緒です。ご自分でお確かめ下さい。確かサイドボードに・・」

アルケーさんはそう言うと、ベッドから立ち上がりサイドボードの引き出しから手鏡を取り出した。

「どうぞ」

受け取った手鏡を覗き込んでとても吃驚した。
何故なら鏡の中の私の髪色は黒では無くて、ミスティコさんより少し暗めのグレーに変わっていたからだ。

「わっ!髪の毛の色が変わってる!凄い!凄いです!」
「ふふ、お褒めの言葉、大変光栄です。もう少し明るい色に出来れば良かったのですが」

アルケーさんは私の隣に腰を下ろし頭を数回撫でながら「この色もお似合いですよ」と褒めてくれた。

「はぁぁ、魔力って凄いですね。こんな事が出来るなんて」
「色形を変える魔力は上位魔力なので一般的では無いんですよ。魔力で髪色を変えた、と疑われる事は無いでしょう。後、この髪色は2,3日が限度なので気を付けて下さいね」

家族用の居住区に入る為の応急処置としては上出来どころか完璧かもしれない。
アルケーさんの魔力に頼りきりになるのは申し訳無いので、この髪色で居られる間に他の方法を考えよう。かつらでもブリーチでも。
私の大騒ぎする様子にアルケーさんは満足そうな笑みを浮かべ、また私の頭を撫で始めた。私は前髪を引っ張って、髪色を再確認する。

「この色って、ミスティコさんとお揃いみたいですね!」

私の考え無しの一言に、アルケーさんの手がぴたりと止まった。
・・あ、やばいぞ。今の「ミスティコさんとお揃い」は明らかに失言だった。

「ふふ、東の副司祭とお揃いとは・・面白い冗談ですね」
「あ・・はは」

私は引きつった笑いで誤魔化す。
隣のアルケーさんは私の両肩に両手を置いて、ゆっくりと自分の方へ身体を向けさせ、私の上から下までじっと見詰め納得した様に数回頷いた。

「『お揃い』と言う表現は不本意ですが、あながち間違ってないかもしれません。あちらに移ったら、ミスティコの遠い親戚と言う事にしときましょうか」
「あ、成程。それだと、ミスティコさんが部屋に出入りしてもおかしくないですよね」
「えぇ、家族用の居住区とは言え、未婚の女性の部屋に独身の神官が出入りするのは好奇の目で見られる可能性も有りますからね」

よ、良かった・・。「ミスティコさんとお揃い」と言った瞬間、やばい雰囲気をビシバシ感じたから、どうなる事かと思ったが杞憂だったらしい。
私が胸を撫で下ろしていると、アルケーさんが私の両肩をぐっと掴んだ。いきなり両肩を掴まれたので驚いていると、そのままアルケーさんがベッドに倒れ込む。アルケーさんに肩を掴まれていた私も引っ張られる様にしてベッドに倒れた。

ベッドに横向きで倒れ込んだ私の目の前には、同じ様な体勢のアルケーさんが琥珀の瞳を眩しい物を見る時の様に細めている。

「・・貴女のグレーの髪と、私の銀の髪が混ざり合ってますね」
「あ」

アルケーさんが私と自分の間を指差して柔らかく言う。彼が指差した場所には、二人で倒れ込んだからか、お互いの髪が広がっている。
確かに、私とアルケーさんの髪が重なって、二人の色が混じり合っている様に見える部分が有った。

「黒髪も良いですが、私と貴女の子どもが生まれたら、こんな髪色かも知れませんね」

そう言いながら、アルケーさんがゆっくり私の頭、髪を撫でる。
今日、別の人から同じ様な話題を振られたから、アルケーさんのこれから言うであろう事がはっきり分かって顔が紅潮する。

「私は是非に、こんな髪色の子を見てみたいのですが、貴女はどうですか?あぁ、今すぐと言う訳では無いのでご安心を」

ベッドの上で求婚された・・。しかも一日で二人に求婚された。
私は何も答えられず、じっとアルケーさんを見詰める。お互いの視線が絡むと、磁石みたいにどちらからともなく少し距離を縮めた。
アルケーさんが子猫にする様に私の耳元から顎に掛けてゆるゆるとくすぐる。

「私の事は嫌ではないですか?」
「・・確認してみますか?」
「えぇ、是非」
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