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これは飛び立つ前の雛であります
しおりを挟む第5王子は私の意見は関係無い、と言っていたが、私の「拒否」はスルー出来ない様だ。
本当に私の意見を無視するなら、このまま引き摺って行く事も可能なはずだが、第5王子はそうせず、ただ困惑の表情を浮かべている。
「第5王子様、トマリギ候補として、オオトリである私の為を思って下さるなら今日はどうかお引き取りを」
私がそう言うと、掴まれていた腕の力が更に緩んだ。第5王子の手が僅かに震えている。
こんなにショックを受けるとは意外だ。この春を呼ぶ王子は「ノー」と言われる事に慣れていないのかもしれない。
「・・どうして」
「神殿を出る時は、自分の意志で出て行きたいのです。ご理解下さい」
「お前・・俺に連れて行かれるのがそんなに嫌なのか」
「とんでもございません。先程も申し上げました様にお心遣い感謝しております」
中々、腕を放してくれない第5王子に対して、やり取りを黙って見ていたミスティコさんが近付いて来て、第5王子の右腕を掴む。
ミスティコさんの思い切った行動に驚く。助けてくれるのはありがたいが、大丈夫かな?ミスティコさんが不敬罪とかに問われたりしない?
「お分かりになりましたでしょう。これは飛び立つ前の雛であります。大切に思われるなら見守っていただきたい」
ミスティコさんの言葉に、第5王子の手が私の左腕からするりと外れた。
私は王子に向かって頭を下げる。
丁度、その時ミスティコさんがやって来たのと同じ方向から第5王子の護衛の騎士さん達が「王子!ご無事で?」と言いながら駆け寄って来た。
護衛の騎士さん達に向かって、第5王子が「問題無い」と言う風に手を上げる。
「これが、どうしても二人きりで見送りたいと言うのでな。黙って出て来てしまった。お陰で少しは楽しめた」
第5王子の言葉にぎょっとする。事実と全然違うし、私が誘ったみたいな言い方は非常に不本意だ。
「東の副司祭。これが見送りをしたい、と言っている。馬車までなら良かろう?」
第5王子の言葉にミスティコさんは答えない。「オオトリ、お前が答えろ」と言う事だろう。一瞬迷うが、今の状態のまま第5王子と別れるのは躊躇われる。
「・・東の副司祭様、お見送りしてもよろしいでしょうか?」
私のお願いにミスティコさんが、仕方無さそうに大きな溜息を吐く。その態度に、護衛の騎士さん達の空気がピリっとなる。
「お前がそう言うなら許そう。但し、第5王子はお忙しい御方。ご迷惑になるから早々に切り上げなさい」
私は小さく頷くと、第5王子の方へ顔を向ける。
「さぁ、第5王子様、参りましょう」
馬車まで100mも無い。私と第5王子は並んで歩く。少し離れた後ろに護衛の騎士さん達。ミスティコさんは「ここで待っている」と言って、付いて来なかった。
事情を知らない人が見れば、王族としがない神官見習いが並んで歩く、と言う構図。失礼に当たると思うが第5王子が「隣に居ろ」と言って譲らなかった。
隣の第5王子がぽつり呟く。
「・・トマリギ候補から、俺を外すか?」
「え?」
「今回の件で俺に愛想を尽かしたか、と聞いている」
「・・いいえ、第5王子様側が破談になさらない限り、トマリギ候補から外す事は無いと思います」
「・・何故」
第5王子と並んで歩いていたので、彼の指先と私の指先が触れ、第5王子が私の指先をきゅっと掴む。
私は第5王子に自分の表情が見える様に、少しだけフードを上げる。
「何でなんでしょう。自分でも良く分かりません」
そう言い、苦笑いすると、第5王子のペリドットの瞳と目が合った。
一瞬、泣きそうな表情をしたが、ぐっと堪えた様に見える。次の瞬間、第5王子は子どもみたいにくしゃっと笑った。私もその笑顔につられて少し微笑んだ。
和やかな雰囲気なった所で丁度、正門に到着した。待機していた御者さんが駆け寄って来て馬車の扉を開ける。
第5王子が馬車に乗り込む前に、きちんと挨拶しとこうと思い彼と向かい合う。
「えーっと・・またお会いしましょう、で良いんでしょうか?」
「お前がそれで良いなら」
「では、またお会いしましょう」
私がそう言うと、第5王子が私の前ですっと跪いて、私の右手を取る。
ぎゃっ!こんな所、誰かに見られたらどうするんだ!と思っていたら、護衛の騎士さん達が慌てて第5王子を隠す様な感じで私たちの傍に壁を作った。
「・・その、先程、言った事は本心だ」
「さっき?えーっと・・・」
どれだ一体どれだ。そんな重要な話したっけ?と第5王子に右手を取られたまま考え込んでいると、第5王子が「あーもう、くそ」と呟く。
「う、すいません。教えていただけると助かります」
「・・その、黒髪の・・こ、子どもを是非に見てみたい、と言う話」
「・・あぁ」
私のこの軽い「あぁ」は大変よろしくなかったらしい。
指が折れるんじゃないかと言う位の力で、第5王子が私の右手を握る。
「何がそんなに第5王子の逆鱗に触れたんだ」と思っていると第5王子に睨まれた。美人に凄まれて「ひぇ」と声を上げそうになる。
「俺は、お前との、子どもを見てみたい、と本心から、言ったんだ!鈍い奴だな!」
第5王子が一語一語区切りながら、強い口調で私に告げる。
「は?え?えぇ!」
思わず、素っ頓狂な声を上げてしまう。いかん。人影がまばらとは言え、曲がりなりにもここは神殿の正門だ。
私は慌てて、自由な方の左手で自分の口を覆う。
子ども?私との子ども?第5王子と私の?どう言う事だ!
私も大混乱だが、傍に控えている護衛の騎士さん達も吃驚した様で、私たちの方を振り返って固まっている。
「あ、あの第5王子様。わ、私たち今日会ったばかりですよね?」
「あぁ」
当然だ、と言わんばかりの表情だ。毎回思う事だが、この世界の人は色々すっ飛ばし過ぎだろ。
「いや、あの、お気持ちは有り難いんですが、急にそんな事を言われましても・・。私ある日突然、パッと居なくなるかもしれないんですよ?」
「知っている。だから?」
「ご存じなら、どうして・・」
「いつ消えるか分からないなら、尚更、伝えられる時に伝えた方が後悔が無い。違うか?」
私の手を取った第5王子が上目遣いで首を傾げて尋ねる。私は曖昧に頷く。
何だか、顔が熱い・・かもしれない。心臓もバクバクうるさい。
「もっと深い所で交わりたい、と思ったのはお前が初めてだ」
第5王子はそう言うと、私の手の甲に数回口づけを落とし、私が「・・ん」と反応すると、第5王子は気を良くしたのか時々、食む様な刺激を手の甲に与える。
手の甲に当たる唇の感触にうっとりしそうになるが、ミスティコさんの「早々に切り上げろ」と言う言葉を唐突に思い出す。
「・・あの、第5王子様。そろそろお放し下さい」
私はそう言うと、第5王子の唇から逃れる様に半ば強引に右手を引っ込めた。
私の態度に第5王子もこれ以上の長居はまずいと思った様だ。立ち上がると、ブロンドの髪を掻き上げて悩ましげに呟く。
「・・くそ、やはり連れ帰りたい」
手の甲に残る唇の余韻の所為か「良いですよ」と軽く返事をしそうになるが、そんな素振りを見せれば第5王子に付け込まれそうだ。私はゆったりした笑みを頑張って作り第5王子に挨拶する。
「第5王子様、またお会いしましょう」
第5王子の馬車を見送り、ミスティコさんの所に走って戻ったが、ミスティコさんの機嫌は恐ろしく悪かった。
取り合えず一回、頭を下げてからミスティコさんの方を見ると、ミスティコさんはピースの形で指を2本立てて、そのまま私の額を小突く。
「おい。俺が怒っている理由を二つ教えてやろう。まず一つ目。早々に切り上げろと言ったはずだ。何を言われたかは後からじっくり聞いてやる。二つ目。神官が走るな。所作に気を付けろ」
「・・す、すいません。東の副司祭様」
「北のにも、この件は伝わっている。喜べ、今日の夜は二対一で説教だ」
ぐぇぇ・・今回の騒動って私の所為になっちゃうの?
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