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えらく神官に肩入れしてるんだな
しおりを挟む「・・オオトリ」
第5王子からそう呼ばれて、キスの気持ち良さに溺れかかっていた意識が浮上した。
私は第5王子の肩を思いっきり押し、拒否の意思を表す。
第5王子は、舌の侵入は許さないけれど確かに反応していた私が急に拒否の姿勢に転じた事に驚いたのか、唇を離した。
・・た、助かった。でも、危機的状況は変わらない。目の前の春を呼ぶ王子が嵐を呼びそうな位、凄い目で私の事を睨んでいる。
分かりますよ、王子のお怒りになる気持ち。でも・・私は「オオトリ」じゃない。
「おい、どう言うつもりだ」
「えーっと・・口づけまでと大司教様からきつく言われておりまして。その・・」
「くそ、あの老いぼれめ」
本当はそんな事、言われて無いが私の一言に第5王子が苦々し気に呟く。
神殿内での大司教様の「言い付け=絶対的な命令」と言う事は理解している様だ。
第5王子は髪を掻き上げて、何か考えている風だったが、突然立ち上がると窓のレースのカーテンを雑に開けた。
午前中の明るい日差しと整えられた芝生、剪定の行き届いた木立が視界に入る。少し離れた場所には石造りの門が見えた。多分、あれが神殿の正門だ。
私は外に居る人に姿を見られる訳にはいかないので、慌ててフードを下げる。
私の様子に第5王子が「あぁ」と呟く。
「お前、隠れてここに居るんだったな」
「そうです。ですから、そう言う事をされるなら一言仰ってから」
「その堅苦しい生活、自由にしてやろうか」
「え?」
第5王子の意味深な言葉に、フードを少し上げて見ると王子は出入り口の扉の方へ向かっている。
もしかして、これでお開きかな?と期待していると、第5王子はガチャリと扉の鍵を下ろした。
「ちょ、ちょっと!」
鍵の掛けられた部屋で第5王子と二人きりって嫌な予感しか無い。私は慌てて下ろされた鍵を元に戻そうと、扉に駆け寄ったが、もうちょっとで鍵に手が届く、と言う所で第5王子に羽交い絞めにされた。
美しい顔に似合わず、結構な力で固定されジタバタもがくがびくともしない。
「・・大声出しますよ。良いんですか?」
私は背後の王子に低い声で尋ねる。私の脅しに対して第5王子が鼻で嗤う。ぶるりと背筋が震えた。
「お前が騒いで大事になれば困るのはどっちだ?俺か?お前か?」
「第5王子様の方が困るに決まってるじゃないですか・・」
「ほぅ。お前が騒げば女だとバレるぞ。そうなると、女のお前を部屋に囲っていた、北と東の副司祭はどうなるんだろうな」
「大司教様に言われて、仕方なく世話してるだけですよ。二人は何も悪くないです」
私の答えに対して、第5王子が「へぇ」と感心した様に声を上げた。
「・・報告の通りで面白くない。オオトリ、お前、えらく神官に肩入れしてるんだな」
とても嫌な感じの物言いに頭を振って否定する。それに「報告」って何だ。
「違わない。来い」
第5王子はそう言うと、私の羽交い絞めを解いてぐっと腕を掴んで窓の方へ向かおうとした。
私は拘束が解けた瞬間、ぐいっと出来る限り足を伸ばして出入り口の扉をガンッと足で蹴る。もう一回!と思った瞬間、第5王子に腕を引っ張られて二回目の蹴りは空を切る。
一回だけだったけど、この音でミスティコさんが「何かおかしい」と気が付いてくれれば良いんだけど!
私の思わぬ反撃に、ローブの隙間から見えた第5王子は一瞬驚いた顔をしたが、次の瞬間、口角を上げた。
絶対に、今一瞬「面白れぇ女」って思ったでしょ。
「行くぞ」
私は第5王子に腕を掴まれ、引き摺られる様に窓から外に出た。王子はどうやら正門の方へ向かう様だ。
病院へ行く途中の犬よろしく足を踏ん張って抵抗するが、第5王子の魔力なのか何なのか簡単に石畳の道をズルズル連れて行かれてしまう。
ど、どうしよう。声を上げた方が良いんだろうけど、さっきの第5王子の「北と東の副司祭はどうなるんだろうな」と言う言葉が気になって決断しかねる。
その時、灰色ローブ組の神官さん数人とすれ違う。私たちの異様な雰囲気に気が付いたのか、神官さんの一人が慌てて声を掛けて来た。
「あ、第5王子様!その神官見習いが何かご迷惑をお掛けしましたでしょうか」
さすが、春を呼ぶ王子。神殿でも有名人らしい。
第5王子は歩みを止めると、呼び止めた神官さんに対して「あぁ」と不機嫌そうに答える。
「この神官見習いは礼儀がなって無い。だから王城で行儀見習いとして教育し直す。大司教にもそう伝えろ」
第5王子の言葉に、灰色ローブ組の皆さんがざわつく。けれど、第5王子の発言に意見する人は居ない。大司教様程では無いが、王族の権威は神殿内でも結構なものらしい。
慌てている神官さん達の様子に、隣の第5王子は鼻を鳴らすと「行くぞ、表に馬車を待たせてある」と言い、私の腕を引っ張った。
第5王子の言葉に、ハッとして少し離れた石造りの正門の方向を見ると確かに馬車らしき物が見える。
あれに乗せられたらやばい。戻れない気がする。鈍い私でも分かる。
「わ、私、第5王子様と一緒に行けません!」
ぐいぐい引っ張る第5王子様に向かって、出来る限りきつく言う。けれど、周囲を気にしての小声の所為でさほど迫力が無いのが辛い。
「お前の意見など必要無い。神殿の意向も知らん。俺が神殿の鳥籠から出してやる、と言っている。付いて来い」
どうやら第5王子の中で『オオトリ』である私は「神殿で囚われの身」設定らしい。
そりゃ、神殿を出て行きたい気持ちは有る。けど、今じゃないし、こんなやり方で出て行きたくない。
私の左腕を掴んでいる第5王子の右手を振り払おうとジタバタするが「最後のあがきだな」と鼻で嗤われる。
だ、誰か、この第5王子の暴走を止めてー!
その時、背後から、物凄く通る声が響いた。そんなに大声では無いけど、はっきり遠くまで響く声。
「お待ち下さい。第5王子様」
振り返ると、眉間に皺を寄せたミスティコさんがずんずん大股でこちらに近付いて来るところだった。
いつも難しい顔をしているものの、こんなに眉間に皺を寄せる事は無い。
肩も上下しているし、グレーの髪も少し乱れている。もしかしたら、異変に気が付いてあちこち探してくれていたのかもしれない。
ミスティコさんは「はぁ」と呼吸を整えると、第5王子に鋭い視線を向けた。
「第5王子様、それは私が大司教から任されている見習いです。お返しを」
「そちらの事情は知らん。俺の所で教育し直す。それで良かろう」
「『それ』が王城での出仕を希望しましたか?」
私は第5王子が口を開く前に頭を左右に振って否定する。
すると、第5王子の右手に力がこもった。こんなにきつく掴みやがって。左腕だけ持って行く気か!
「・・それは、まだこちらで教育しなければなりません。お返しを」
不快感を隠そうとしない声色でミスティコさんが言う。
私だったら、ここで「申し訳ありませんでした」と土下座しそうな位、声に敵意がこもっている。
しかし第5王子には響かないらしい。
「・・東の副司祭。これが自ら、城での出仕を希望すれば、神殿はこれを手放すんだな」
第5王子の言葉に、ミスティコさんがこちらを見たのが分かった。
「勿論でございます。見習いと言えど、自由を奪う権利は誰にもございません」
「は、これの風切羽を切ろうとしている者がよく言う」
第5王子が吐き捨てる様に言う。
風切羽って、確か鳥が飛ぶのに必要な羽の事だった様な・・。
私は第5王子に掴まれた左腕に視線を落とす。
今の第5王子の行動の方が、よっぽど私の自由を奪っている様に思う。
第5王子は多分トマリギ候補になった以上『オオトリ』の事を守らなければいけないと言う義務感に駆られているんだろう。
でも、今の行動が『オオトリ』を守っているかって言ったら疑問だ。
私は隣の第5王子だけに聞こえる様に「第5王子様」と呼び掛けた。掴まれていた腕の力が少し緩む。
「もし、もしもですよ。この世界に長期間居る事になったら、神殿を出て生活したいと思っています」
「だったら、このまま連れ帰ってやる」
「第5王子様のお心遣いは感謝しますが、神殿を出るのは『今』じゃないです。私はここに残りたいです」
私の「残りたい」と言う言葉に、第5王子は分かり易く動揺した。
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