名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一

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貴女の親鳥は過保護の上に、嫉妬深い

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私が頭を抱えていると、東の副司祭さんはローブの下のシャツの胸ポケットから眼鏡を取り出す。
いつの間にか私達の間のテーブルには数枚の紙が置いて有り、眼鏡を掛けた東の副司祭さんはその紙に書いて有る事を確認している様だ。

「そう言う訳なので、さっさと好みを教えて下さい。俺も忙しいので」

「待って下さい」と喉元まで出掛かるが、目の前の東の副司祭さんから「とっととしろ」と有無を言わせないオーラがビシバシ出ていて黙るしかない。

「年齢にこだわりは?無ければ、オオトリ様と近い年齢の王族をこちらで選ばせていただきます」
「あの、私の年齢ってご存じなんですか?」
「存じ上げませんが、20代前後の王族で問題ございませんか?」

私はこくこく頷く。東の人は、指で眼鏡を押し上げながら質問を続ける。

「見た目は?あぁ、もう面倒くさいので『眉目秀麗』と言われている王族を選んでおきますね」

あ、もう条件の二番目で「面倒くさい」とか言い出した。くしゃとなる笑顔が好きとか、垂れ目に弱いとか有ったが、口に出した瞬間「知らねーよ」とか言われそうだ。
隣のアルケーさんが部屋中に響く位の大きな溜息を吐いた。

「性格は・・白狸から、そこの副司祭の事を大層気に入っておられると聞いておりますが・・」

手元の紙に落とされていた視線が私の方へ向く。眼鏡の奥の紫の瞳が細められる。

「貴女の隣の様な甲斐甲斐しい男は・・候補の中には居りませんな。まぁ、男女の仲なんて『慣れ』と『妥協』が肝要ですから」

東の副司祭さんはちょっと擦れてるなぁ、と思いながら、彼の顔を見ると余裕の笑顔で微笑まれた。

「オオトリ様も、妙齢の女性。その辺りの歩み寄りに関しては、心得ておられると思います。あぁ、オオトリ様の寛大な御心に感謝いたします」

う、これ丁寧な言い方をしているが「いい大人なんだから、多少、性格が悪い奴が来ても取り合えず付き合ってみろ。速攻断るな」って言う事だよね・・。
私は「ちょっと良いですか」と東の副司祭さんに向かって右手を上げた。

「どうぞ」
「あのですね、王族の候補の方が私の事を気に入らなかった場合、どうなるんでしょうか?」
「トマリギは、オオトリ様の伴侶候補でもある訳ですから、貴女に好意を持てない場合は破談です」
「では、私が『どうしても好きになれない』と思った場合も、お断りして良いんですね?」
「その辺りはオオトリ様の判断にお任せします。まぁ、事前にご相談いただけると助かるんですが」
「破談になった場合、そこで終わりじゃないですよね?次の候補に替わる可能性も有るんですよね?」
「オオトリ様との縁は、王族にとっても非常に魅力的ですからね。形振り構わず候補を上げて来ると思います」

トマリギの件は、こちらでの生活が落ち着く位まで先延ばしに出来ないかと思っていたが、どうやらそれは難しいらしい。
それこそ東の人が言う様に、『妥協』しなければならない様だ。
そうだよなぁ、圧力掛かってるって言ったもんなぁ、と考えていると隣のアルケーさんが私の左手に自分の右手を重ねて来た。

「オオトリ様、この様な形で煩わせる事になってすみません・・」
「いえ、トマリギが元の世界に還れる手掛かりになるかもしれないですから」

お向かいの東の副司祭さんは、紙に何か書きつけている。
灰色の髪を時々、邪魔そうに耳に掛けながら作業している姿は、図書館に居る優等生みたいだ。口が悪いけど。
書き終わったのか、顔を上げた東の副司祭さんと目が合う。

「何か気になる事でも?」
「その、えーっとですね、グレーの髪って珍しいなと思って」

東の副司祭さんは「あぁ」と言いながら、身を乗り出し、すっと手を伸ばして私の髪の一房を取った。

「この黒髪の方がはるかに珍しいし、この上なく美しい。この目で見られるとは思わなかったですよ」

そのまま髪に口付けた。
さっきまで、雑な対応だったのに、いきなり距離を縮められて何と答えて良いか分からず言葉に詰まる。
焦っている私を余所に、東の副司祭さんは上目遣いで色っぽい微笑みを浮かべる。
・・こんな時に何だが、朝にお風呂に入っといて良かった・・。

私が東の副司祭さんの態度の豹変に固まっていると、隣のアルケーさんがすくっと席を立って出入り口のドアノブに手を掛けた。
東の副司祭さんに笑顔を向けて、丁寧な口調で語り掛ける。

「東の副司祭、用はお済みでしょう?どうぞお引き取りを」

東の副司祭さんは私の髪を一房、取ったままアルケーさんの方をチラッと見た。

「オオトリ様、貴女の親鳥は過保護の上に、嫉妬深い。雛の教育上、よろしくないと思いますが」
「おやおや、東の方角に居る親鳥は、それはそれは態度が悪いと聞きます。雛が怯えてしまうのでは?」
「ははぁ、北の。それは根拠の無い噂話。東は陽が昇る方角、雛を育てるのに最適な環境だと思うが?」
「火のない所に煙は立たぬ、と言いますがね。後、方角がよろしくても、それを活かすも殺すも親鳥次第。そうでしょう?」

ぐぇぇ・・大司教様からのプレッシャーから解放されたと思っていたのに。
二人がピリピリ睨み合っているのをうんざりしながら見詰める。
大司教様は何で、この二人をセットにして私のお世話役にしたんだろう。
あぁ、でも気の合わない二人がバディを組むって、ドラマや漫画でも定番だしなぁ。

私は「あの、すいません・・」と右手を上げる。二人の視線が私に集まる。

「私は疲れたので、自分の部屋に引っ込んでも良いですか?お二人はどうぞ、そのまま続けて下さい」

私の一言に、二人ともすん、と静かになった。
今度から二人が言い合いを始めたら、この手で行こう。

「確かに、これ以上の長居は無用。ですが、オオトリ様に一つ面白いものをお見せしましょう」

東の副司祭さんは、そう言い私の髪から指を離すと、先程まで何か書いていた紙で紙飛行機を折り始めた。
突然、どうしたんだろう・・まさか紙飛行機が見せたい物なのか?と思って、じっと見詰めていると、アルケーさんは、この折り紙の意図が分かっているらしく「ここで始めないで下さいよ」とブツブツ言っている。
東の人は出来上がった紙飛行機にフッと息を吹きかけると席を立ち、応接間の窓を開けた。
柔らかい風が部屋の中に入って来る。
東の副司祭さんは、手首のスナップを効かせて、紙飛行機をすいっと飛ばした。
窓から放たれた紙飛行機は鳥の様に翼をパタパタ動かし、浮上する。吃驚して、紙飛行機の動きに目を離せずにいると、白い紙飛行機は風の流れに乗ったのかあっと言う間に見えなくなった。
その様子に、思わず「わぁ」と声を上げる。

「・・凄いですね。魔力の存在は聞いてたんですが、初めて自分の目で見ました」
「そこの嫉妬深い親鳥のは?まだご覧になった事は無いんですか?以前より衰えているとは言え、魔力は俺より上なんですが」
「えっと・・」
「まぁ、機会が有れば見せて貰うと良いですよ。俺よりずっと優れた魔力使いなのは確かです」

東の副司祭さんの一言に、私は扉のアルケーさんの方へ振り返る。
アルケーさんの表情に変化は無かったけど、大司教様がこの二人をセットにしたのか何となく分かる様な気がした。
東の人は、窓際で「魔力使ったら疲れたわー」と言いながら伸びをしてから、アルケーさんの居る扉へ向かった。

「王城に知らせを飛ばしたので、トマリギの件は早々に選出が行われます。オオトリ様、お願いしましたよ」
「早々っていつ位でしょうか?」
「早ければ今日中にも返事が有ると思います」
「はやっ!」
「それ位、王家も乗り気と言う事です。オオトリの召喚に成功したのは100年位振りですから」

王家は、どうして私もといオオトリと縁を持ちたがるのか。召喚されたのが無力な小娘って伝わってないんだろうか。
『麒麟』みたいに良い事の前触れを期待されても困るんだが。
実際に王家のトマリギ候補の人に会ったら「普通の小娘です」と断りを入れておこう。

扉を開けようとした東の副司祭さんが「そうそう、オオトリ様」と言いながら、こちらを振り返った。
東の副司祭さんの方を見ると、可愛らしく首を傾げていた。

「・・ミスティコ」
「え?」
「俺の名前は、東の副司祭じゃなくて『ミスティコ』です」
「その、えーっと・・名前、教えても大丈夫なんですか?」
「オオトリ様は、俺を支配出来る程の魔力をお持ちでは無い。そうでしょう?」
「確かに、そうなんですけど・・」
「これからは、どうぞ名前でお呼び下さい。勿論、二人きりの時に」

こうして、私はめでたく、異世界で二つ目の名前をゲットした。
これ以上増えたら、取り扱いに苦労する。絶対に。
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