名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一

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これからも粗相の無き様、一層、励みなさい

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大司教様が「支配」と言った瞬間、背筋がぞくりとした。
私の世界だって、何かで「人を支配する」事は普通に有る。けれど、この世界の支配の仕方は私が経験した事の無い方法だ。
自分の意志で服従を選択出来る位なのか、それとも本人の意思関係無く動かせてしまうのか、全く分からない。
私の青い顔を見て、大司教様が笑い声を上げた。

「ご心配無く。オオトリ様は誰の支配も受けません。魔力がございませんので、逆に誰の事も支配出来ませんが」
「私の事は良いんです。じゃあ・・大司教様は、アルケーさんの事を支配していると言う事ですか?」
「・・ほうほう、あれの事が気に掛かりますか。その通りです」

さも当然、と言う風に大司教様はさらりと認めた。私は思わず顔を顰める。

「まぁまぁ、そんなに難しい顔をなさらずに。可愛らしい御顔が台無しですよ」
「・・すいません。私の世界と余りに違い過ぎて、どういう反応をしたら良いのか分からなくて」
「私は神殿の責任者ゆえ、全員の名前を把握しております。神官を支配下に置く事は大司教の務めでございます。神官も納得の上、神殿に上がっております」

大司教様の言葉に私は無言で頷いた。
確かにアルケーさんや他の神官さんが、進んで大司教様に名前を告げたなら、それは仕事上の契約みたいなものなのかもしれない。

私と大司教様の間に沈黙が訪れると、どこからともなく大司教様が金色のベルの様な物を取り出して鳴した。
ちりんちりん、と良く通る音がガランとした部屋に響く。
ベルの音の残響が消える前に、あの重い両開きの扉が開いて、アルケーさんが入って来た。
私と目が合うと、ものすごーく心配そうな表情を一瞬浮かべたが、すぐに神殿のアルケーさんに戻った。
ドアの傍で会釈し、そのまま待機している。許可が無ければ、大司教様に近寄ってはいけないらしい。

「お呼びでしょうか」
「北の副司祭、オオトリ様はお疲れのご様子。今日はここまでとしよう。後、東の副司祭との面会も早々に済ませる様に」

大司教様はそうアルケーさんに命令すると、私には「またお会いしましょう」と言い、少し頭を下げた。私も慌てて頭を下げて席を立つ。
アルケーさんの傍まで来ると、彼は顔を上げた。琥珀色の瞳と目が合う。
私は大司教様から解放されたのと、アルケーさんに会えた嬉しさから笑顔になる。アルケーさんが「もう大丈夫ですよ」という様に、こくりと頷く。

「失礼します」と言い、大司教様の部屋を後にしようとした時、背後から声を掛けられた。

「アルケー、オオトリ様はお前を大層、気に掛けておられる。これからも粗相の無き様、一層、励みなさい」

アルケーさんの肩がびくりと震えたのが分かった。
私は大司教様が名前を呼んだ事に驚いて振り返ったが、入った時と同じで、逆光の所為で大司教様の表情は見えない。
隣のアルケーさんを見上げると、硬い表情のまま前を向いている。

「かしこまりました」

アルケーさんは振り返らず、そう答えた。

重い扉が閉まって、待機場所に二人きりになると、アルケーさんが長椅子の一つに座る様に勧めて来たので、何列かある長椅子の中間辺りに腰を下ろした。
アルケーさんも私の隣に座る。
扉一枚隔てて、あの大司教様が居るので早くここを立ち去りたい様な気持ちも有るが、アルケーさんが隣に居てくれるので幾分気が楽だ。

「オオトリ様」

アルケーさんに呼ばれて、彼の方に顔を向けると長い腕が伸びて来て彼の胸に抱き込まれた。

「わっ」
「・・良かった。何事も無くて」

頭の上で、アルケーさんが安堵した声で呟いた。
アルケーさんの胸にぴったり顔をくっ付けていると、厚手のローブの上からでも体温の様な温かさを感じる。
寝室の扉の鍵の事とか、名前の事とか、魔力の話とか色々聞きたい事は有るけど今は黙っておこう。

「貴女に言われた通り、いい子にして待ってましたよ」

アルケーさんの一言に「ぷっ」と吹き出す。私が笑うと、アルケーさんの腕が緩んだので、私は彼から身体を離した。
腕を伸ばして、アルケーさんの頭に手を乗せて「いい子、いい子」と言いながら数度撫でた。彼のサラサラの銀髪が触れ、心地良い。
アルケーさんは目を閉じてされるがままになっているが、大きな犬が撫でられてうっとりしている様子に似ている。
・・アルケーさんってボルゾイっぽい。

私がアルケーさんの頭から手を離すと、彼は目を開けて微笑んだ。

「私が希望していたご褒美じゃ無かったですが、これはこれで良いものでした」
「ご希望に添えずすいません。でも、これが精一杯ですよ・・」
「おや?希望していたご褒美の内容を聞かず、精一杯と仰るのですか?」

残念と言う風に、アルケーさんが肩を竦めた。
内容を聞いたら、実行せざる得ない状況を作り出すのがアルケーさんだ。
私の考えている事が分かったのか、アルケーさんは「希望のご褒美は次回に取っておきましょうね」と言いながら、立ち上がった。

「今回の件に関しては、私の方がご褒美が欲しい位です・・。それ位疲れました」

私はそう言い、アルケーさんから差し出された手を取って立ち上がった。

「言われてみれば、そうですね。ご用意しましょうか?」
「ま、間に合ってます。言ってみただけです」
「いいえ、ご遠慮なさらず」

私は頭をブンブン振って拒否しているのに、アルケーさんがぐいぐい迫って来る。私はじりじり後ろに下がらざる得ない。
私の様子にアルケーさんがくすりと笑った。

「・・こういう話は部屋に戻ってからにいたしましょうね」

か、からかわれた・・。
私がアルケーさんをじとっと睨むと「機嫌を直して下さい」と言われ、頬にちゅっと音を立ててキスをされた。
アルケーさんからの与えられた刺激に一瞬ポーッとなっていると、フードを目深に下ろされて、出口に向かって手を引かれる。

「忘れていないと思うが、黙って付いて来なさい」

つんとしたアルケーさんの表情に背筋が伸びる。
そうだ。一歩、外に出れば、アルケーさんは『北の副司祭』で私は『神官見習い』だ。


来た道(ほとんど覚えていないが)を戻って、アルケーさんと私の部屋の手前まで来ると少し様子がおかしい。
すれ違う神官の人達が「あの『ゾウショコノケンジャ』が何故?」とか「『ケンジャ』が外に出るとは珍しい」とか口々に呟いている。
私は何の事だか分からなかったが、隣のアルケーさんは状況を把握したらしい。「ちっ」と小さく舌打ちする。
私がアルケーさんの舌打ちに驚いていると、廊下の向こうから紺色のローブを着た神官がこちらに近付いて来た。

襟足で揃えられたグレーの髪に、きつめの紫の瞳。今まで見た異世界人の中で一番、黒髪に近い。
アルケーさんはグレーの髪の神官が傍まで来ると、私を背に隠した。

「北の副司祭、待ちくたびれたぞ」
「これはこれは、東の副司祭。どう言ったご用件でこちらに?」
「用も無いのに蔵書庫から出て来るか。用件なら大有りだ。まぁ、まず部屋に入れろ。お前が連れている、そこの、茶の用意を」

この人、何度が名前(役職名だけど)が上がっていた『東の副司祭』!
アルケーさんが優等生タイプなら、この東の副司祭さんは遠慮が無いタイプだ。確かに西のあのおじさんとは相性が悪そうだ。

「分かりました。わざわざ蔵書庫から出て来ていただいて光栄です。早速ですが、ご用件を伺いましょう」

アルケーさんはそう言うと、私と東の副司祭をメッチャ雑に自分の部屋へと押し込んだ。
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