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今のは不快ではなかったですか?
しおりを挟む朝食が終わると、アルケーさんが茶色のローブをワンピースの上から羽織らせた。
「これは神官見習いの装束です。この部屋から出る際には、こちらをお召しになって下さい」
袖口がゆったりしたローブのサイズを確認しながら「神殿ではそう言う決まりなんですか?」と尋ねる。
「まぁ、そんなところでしょうか。この神殿の居住区は男性しか居ないので、オオトリ様は目立たない格好の方が良いと思います」
「男性しか居ないんですか?女性は神官になれないんですか?」
「まさか。ただ、居住区は分けております。神殿を挟んで反対側に女性の居住区がございます」
ほうほう、この建物には男性だけなのか。それって、ギムナジウムとか男子寮の世界・・。あらぬ妄想をし掛けて頭を振る。
って言うか女性専用の居住区が有るなら、そっちに移りたい。
アルケーさんは文句無しに気配りの出来る男性だが、この世界で生活して行けば、男性には言い辛い事が必ず出て来ると思うし。現在進行形で下着の問題も有る。
「じゃあ、そっ・・・・」
「駄目です」
「まだ、何も言ってませんよ・・」
「言わなくても分かります。申し上げました様に、大司教様から一任されたのは私なので諦めて下さい」
アルケーさんがぴしゃりと言い切る。
何だってアルケーさんの上司は、女である私の世話を男性である彼に任せたんだろうか。
女性の神官が居るなら、同性に任せた方が自然だろうし、便利だと思うんだけど。
「あぁ、後、二人きり以外の所では私の事は『北の副司祭様』とお呼び下さい」
「そう言えば、前に言ってましたよね。『あまり名前で呼ばれない』って」
「そうです。神殿では非常にそう言った事に重きを置きます。外では役職名でお呼び下さい」
私はこくこく頷く。『北の副司祭様』って言う事は、他の方角の人も居るのかな・・。
「後、気をつける事とか有りますか?」
私の言葉にアルケーさんは少し考え込む。アルケーさんは、私の頬を両手で包み込んで心配そうな瞳を向けた。
「大司教様の面会は、大司教様と二人きりになります。私は傍に控える事は出来ません」
「えぇ・・。その得体の知れない人と二人きり、と言う事ですか?」
ちょっと、いやかなり心配になって来たぞ。
大司教様が『オオトリ』に対して、あまり良い感情を持たない人だったらどうしよう。いやいや優秀なお世話係を付けてくれる位だから、ある程度は気を遣って貰っているのかもしれない。不安になって来て表情が曇る。
私の考えている事が分かったのか、アルケーさんが「大司教様は『オオトリ様』には好意的ですよ」と教えてくれた。
私がホッとしていると、アルケーさんが少し表情を硬くする。
「好意的であっても、何が有るか分かりません」
「そ、そんな・・面会を断るとか出来ないんですか?もしくはアルケーさんも一緒とか」
「そうして差し上げたいのは山々ですが・・」
アルケーさんが申し訳無さそうに言葉を濁す。
考えてみれば、大司教様は彼の上司だ。自分の上司の無茶ぶりに付き合わされた過去を思い出す。
これ以上、私が駄々をこねれば困るのはアルケーさんだ。
「・・分かりました。何事も無く面会が終わる事を祈っときます」
「ご無理を申し上げて申し訳ありません。後、面会中に、何か有った場合には大声を出しても大司教様の前では無駄です。大声を出すよりも心の中で、私に助けを求めて下さい」
「心の中?」
えらくスピリチュアルだな、と思いアルケーさんと視線を合わせると、彼は真剣な表情だ。
その眼差しに押されて「言われた通りに出来るか分かりませんが、頑張ります」と頷いた。
「面会中に万が一、危険な事が起こったら?」
「助けを呼ぶ、じゃなくて、アルケーさんに心の中で助けを求めます!」
私の答えにアルケーさんはこくり頷いた。
そして、私の心臓の辺りを指先でつっと指差し、続けて自分の心臓の辺りをとんとんと指した。
「はい、結構です。私は末永くお仕えすると契約いたしました。貴女の危機は私の危機でも有るのです」
ど、どう言う意味だろう?不穏な空気を感じてアルケーさんを見上げると、ゆっくりと『契約更新』をされた。
アルケーさんの綺麗な琥珀色の瞳が近付いて来たので「あ、来る」と思って身体を固くし思わず目を閉じる。
押し返す事とか出来る筈なのに、そのまま受け入れてしまう。
右の耳朶にそっとキスをされ、次は左。一度目の時よりも唇が触れている時間も短く吐息も無しだったので、変な声で鳴かずに済んだ。
これ位のあっさりした『契約更新』なら挨拶と考えられなくも無い。アルケーさん流のスキンシップに慣れて来たんだろうか。
「・・そのまま、目を瞑って居て下さいね。今のは不快ではなかったですか?」
アルケーさんが耳元で囁いた。内緒話をしている様でくすぐったい。
前回はそんな事、聞かなかったのに。改めて「どうだった?」と聞かれると恥ずかしい。
「・・ん、大丈夫です。その・・嫌ではないです」
「・・そうですか」
そろそろ目を開けても良いだろうか、と思っていると、再びアルケーさんの気配が近付いて右の耳たぶにキスをされる・・のかと思っていたら、やんわりと噛まれた。
噛まれた私の方が反応する前に、彼の方が気持ち良さそうな吐息を漏らした。
「・・はぁ」
「んっ!」
耳朶を噛まれた刺激と、湿度の高い吐息が耳に掛かった感触の所為で短く鳴く。
反則だ。前回、こんなにいやらしい事しなかったのに!
左耳を噛まれる事は阻止しようと、手でガードしたかったがアルケーさんが私の手首を掴む方が早かった。
両方の手首をしっかり掴まれてしまって、抵抗と言えば首を振る事位しか出来ない。
またアルケーさんの気配が近付いて来たので「左も噛まれる」と思って身体を固くしていると、今度はちろっと耳朶を舐め上げられる。
一度では足りなかったのか、今度は耳朶から耳の穴辺りを甘ったるく舐められる。
背筋から、うなじに掛けて泣きそうな位の気持ち良さが抜けて行く。
「あ、んん、はぁ・・」
足から力が抜けてしまいそうになる。
頭の中では「これ以上は止めて欲しい」と言っているつもりなのだが、自分の口から洩れるのは荒い息遣いだけだ。
感覚はしっかりどころか、物凄く敏感になっているのに、身体が言う事を聞かない。
耳なんて味はしないと思うが、甘い物でも舐める様に、アルケーさんが右の耳を舐める。
私が崩れ落ちそうになっているのに気が付いたのか、私の手首から手を離し、体に腕を回して支えてくれた。両手が自由になったのに抵抗出来ない。
こんなの契約の為の行為じゃなくて、完全にお互い、その気になる為の行為にしか思えない。
「はぁ、はぁ・・」
この荒い息遣いは、私のものなのかアルケーさんのものなのか。
もうどっちでも良い。アルケーさんの欲情している息遣いが心地良い。
今は、この快楽を追う事だけを考えたい。・・今はそれ以外、全部どうでも良い。
私がそう覚悟を決めた時、アルケーさんが切羽詰まった声で囁く。
「オオトリ様」
その呼び名にヒヤリと背筋が凍った。それは私の名前じゃない。
彼が行為に及ぼうとしているのは『オオトリ』なのか『私』なのか。あんなに、身体にこもっていた熱が引き潮の様に引いて行くのが分かった。
私はぐっと腕に力を込めて、アルケーさんを押し返した。
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