名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一

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確かにあの方は得体が知れない

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結局、アルケーさんとのルームシェアは覆らなかった。お世話を一任されているから、なるべく近い場所で生活したいと言って譲らないので、私の方が根負けして折れた。
頑固なアルケーさんの精一杯の譲歩は応接間へ繋がる扉に鍵を取り付ける事だった。

「今日の様にうなされていたり、何かおかしな事が有った場合は、無断で入りますのでご了承下さい」

アルケーさん自らが扉に鍵を付けながら言っていたが、鍵に何か細工されていそうな気がしてならない。
彼は手早く鍵を取り付けると、大司教様との面会で必要な物を取りに行く、と言って出て行った。
私はアルケーさんに取り付けて貰った鍵を掛けたり、外したりして動作確認をしてみる。不具合や怪しい点は無さそうだ。

私は一人きりのベッドに転がって、今までの事を考えてみる。

1.ここはバシレイアーと言われる国で、現在地は神殿の中の居住区。
2.今まで出会った異世界人はアルケーさんだけ。でも、明日、アルケーさんの上司の大司教様に面会するらしい。
3.何故、バシレイアーに来たのか。召喚されたらしいが、還る方法も、ここへ来た理由も不明。
4.今が何月何日なのか、全く分からない。部屋の中は至極快適なので、秋か春かと勝手に思っている。

後は・・と考えるが、段々面倒になって来てゴロンとベッドにうつ伏せになった。やはり糖分が無いと頭は働かないらしい。
お香の様な香りが鼻腔をくすぐる。
・・・アルケーさんの匂いだ。本当にアルケーさんが使っていたベッドなんだな。ここが異世界でなければ、彼氏の部屋に遊びに来たと錯覚しそうだ。
香りにうっとりしながら想像を膨らませていると、いつの間にか眠ってしまった。

・・
・・・・・・

「・・オオトリ様、オオトリ様」
「・・うぅ、後、5分・・」
「そうして差し上げたいのは山々ですが、女性の準備は時間が掛かると聞いておりますので」
「・・大丈夫、大丈夫。眉毛だけ描いとけば良いから」

後はマスクしとけば何とかなるでしょう、と思いゴロンと寝返りを打った。
あぁ、広いベッドって良いなぁ・・。シーツに顔を寄せて幸せに浸る。
私が二度寝しようとすると、耳たぶの辺りから顎に掛けてするりと撫でられ、顎の辺りを猫の様にくすぐられた。

「んんっ!!」

吃驚して目を開けると、隣にアルケーさんが腰掛けて悪戯っぽく笑っていた。

「今度から、こうやって起こして差し上げますので、安心して寝過ごして下さいね」
「え?あ、アルケーさん?私、鍵掛け忘れて寝ちゃったんですか?」
「私がこうやってオオトリ様の寝顔を見られた、と言う事はそう言う事でしょう」

鍵を掛け忘れるとは。早速やってしまった。気をつけないと、と思いながら私はごそごそ起き上がる。
部屋の中が眩しい。今、気が付いたがカーテンが開いている。青い空と木々の先っぽが見えた。
この世界に来て初めて部屋以外の風景を見た気がする。自宅から見える風景とは全く違う。
あぁ、やっぱり私、遠い場所に来ちゃったんだ。
しんみりし掛けるが、今はそれどころでは無い。今日は第二異世界人との面会が有る。
何と言っても、有能なアルケーさんより地位が上の人。面会によって、重要な情報を得られる可能性も高い。

「えーっと改めまして、おはようございます。アルケーさん」
「えぇ、おはようございます。オオトリ様。今日は大司教様の面会がございます」
「はい。ところで、面会って何すれば良いんですか?」
「まぁ、それは朝食を食べながら、ご説明いたします」

そう言いながら、アルケーさんは浴室の扉を指して「湯あみの準備をしておきました」と言い、サイドボードの上に着替えを用意していると説明してくれた。
アルケーさんにお礼を言い、自分の肩辺りをすんすんと嗅いでみる。・・・まだセーフだ、多分。考えてみたら、何日お風呂に入って無いんだろう?

「準備が整いましたら、私の部屋の方へいらして下さい」

アルケーさんが寝室から出て行くのを確認して、着替えを持って浴室に向かう。
着替えは厚手のワンピースと下着だった。
う、パンツまでアルケーさんに頼らざる得ないとか、地味にメンタルに来る。後で何とかして貰おう。
浴室の大きさは普通の家の風呂、と言う感じ。有り難い事に、新品の石鹸らしき物とタオルと精油を用意してくれていた。
陶器っぽい丸いバスタブにはお湯が張ってあったが、水道の蛇口らしき物を捻っても水しか出なかった。アレか、神殿内ではお湯は有料なのか?

さっぱりした後、応接間に向かった。
「お邪魔します」と言い、初めて入った彼の部屋は応接間、と言うよりクリーム色を基調とした執務室っぽかった。

「アルケーさん、お待たせしました」
「いえ、丁度、朝食が運ばれて来たので、どうぞ」

アルケーさんは既に部屋の中央の立派なソファに腰掛けていて、向かいの席を私に勧めた。
テーブルには昨日、アルケーさんが勧めてくれた紅茶(らしき物)と豆とパン、目玉焼きとソーセージのお皿が乗っている。うわぁ、普通に元の世界の朝食じゃないですか。

「以前のオオトリ様が、召し上がっていた朝食を用意させました」
「お気遣いありがとうございます」

以前のオオトリ様って、紅茶も好きでこの朝食・・イギリス人だったんだろうか。私は手を合わせてから、朝食を頂く。

「あ、美味しい」
「それは良かったです。しかし今後の為に、こちらの料理にも慣れていただきますね」

踊り食い系とか、毒々しい色の食材系が中心だったら、どうしようと思いながらアルケーさんの言葉に曖昧に頷いた。
お向かいのアルケーさんは、食事には手を付けず優雅な所作で紅茶を飲んでいる。
食べなくて平気なんだろうか、それとも、このタイプの朝食はこちらの世界の人には合わないのだろうか。
私の視線に気が付いたアルケーさんが首を傾げる。

「何か気になる事でも?」
「アルケーさんは食べなくても大丈夫なのかな、と思って」

アルケーさんは「あぁ」と呟くと、カップを置いてスプーンに豆を乗せると、私の方へと差し出した。

「そうですね、食べるより食べさせる方が性に合っているのかもしれません」

アルケーさんは言い終わると「遠慮なさらずに」と言う風に首を傾げる。
えぇぇ・・付き合いたてのバ〇ップルの様な事をしろと?こんな真似、元の世界でもやった記憶無い。
私が口を開けるのを躊躇っていると、アルケーさんが口角を上げた。含みの有る笑顔に、一瞬「とろん」となってしまう。

「どうぞ?オオトリ様。さぁ、その可愛らしい口を開けて下さい」

うわぁぁぁ、美形のダメ押し。アルケーさんの迫力に負けて口を開けると、トマト風味の豆が入って来た。

「・・おいひぃです」
「ふふ、そんなに美味しそうに召し上がって頂けるなら、もっと色んな物を、その可愛らしい口に入れたいですね」

アルケーさんが朝にあるまじき、低く甘い声で囁く。
いや!聞きようによっては、とんでもない内容だから!セーフかアウトから言ったら、セーフよりのアウトだ!
私は両手をブンブン振って「大丈夫です!間に合ってます!!」と声を上げる。
変な汗かいて来た。さっきお風呂に入ったばかりなのに、きわどい冗談はやめて欲しい。
そんな私の様子にアルケーさんは、ふふと薄く笑い「冗談はここまでにして、本題に入りましょうか」と言い、身を乗り出した。

「大司教様との面会についてお話します」

私はパンを少し齧る。

「さっきも聞いたんですが、面会って何をすれば良いんですか?」
「大司教様からの質問にお答えいただければ良いかと思います」
「えーっと、大司教様って以前のオオトリに会った事は有るんですか?」
「先代のオオトリ様の出現は、100年程前と聞いております。おそらく無いのでは?」

アルケーさんはそう言ったが、ちょっと考え込むと「いや、分からないですね」と言い直した。

「大司教様の正確な年齢などは分かりかねますので、もしかしたら、も有り得ます」
「へぇ、年齢不詳って何か妖怪みたいな感じですね」
「『ヨーカイ』?」
「えーっと、人って言うより得体のしれない者に近い感じ、と言えばイメージ出来ますかね?」

私の説明に、アルケーさんはプッと吹き出し笑いながら「上手い事を仰る」と感心している。

「はは、確かにあの方は得体が知れない。仰る通り『ヨーカイ』ですね」

私、これから得体の知れない『妖怪』に面会しなければならないらしい。
第一異世界人と第二異世界人の落差、有り過ぎではなかろうか。
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