名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一

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勘ぐられても仕方のない事です

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アルケーさんとの一連のやり取りによる疲労で、ぐったりとソファに身体を預けていると元凶の彼が私に手を差し出した。

「オオトリ様、寝台でお休みになられては」
「・・はい」

誰の所為でこんなに疲れているんだ、と思いつつアルケーさんの手を取る。

私はフカフカのベッドにもぞもぞと潜り込んだ。ベッドの傍にはアルケーさんが立っている。もしかして私が寝付くまで居るつもりなのか?
アルケーさんは私の様子を確認すると「もう一度、お伺いしますが、必要な物はございませんか?」と聞いて来た。
必要な物、必要な物、考えて思い付いた事が有った。

「えーっとですね・・必要な物って言うか、図々しいお願いなんですが、その、トイレとお風呂が付いている部屋に替えていただきたいです」

別に共同でも良いのだが、アルケーさんが少し前に言っていた「むやみやたらドアを開ける方でなくて良かった」と言っていた事が引っ掛かる。
私の要望にアルケーさんは部屋を見渡して「あぁ」と頷いた。

「オオトリ様も普通の女性、と言う事をすっかり失念しておりました。そうですね、ここはあまりに不便な『鳥籠』だ」

「鳥籠」とは何だか不吉な単語だな。アルケーさんは唇に指を当てて考え込んでいたが、彼の中で解決策が見付かったらしく、私と目が合うと微笑んだ。

「分かりました、準備いたしましょう。最適な部屋が一部屋ございます」
「我儘言ってすいません」
「いいえ、オオトリ様のお世話は神殿の義務ですから」

そう言うと、アルケーさんの大きな手が私の目を塞いだ。慌てて目を閉じる。暗い世界の中でアルケーさんの落ち着いた声が降って来た。

「さぁ、ゆっくりお休み下さい。大丈夫、時間になれば起こして差し上げます」

・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・

「・・、・・、お降り・・は・・お忘・・」

あ、やばい。最寄り駅に着いた!
あやうく終点まで連れて行かれるとこだった。
私は慌てて自分のカバンを引っ掴んで、電車から降りようとしたが、有るはずのカバンが無い。
焦って、自分の周りを確認するとカバンどころか、電車の座席すら無い。
気が付くと、私の周りは真っ黒な闇だった。足元から何か聞こえる。抑揚の無い歌?もしくは祝詞の様な・・・。耳からイヤホンが外れて、闇の中に呑まれて行った。
音の聞こえる足元を見詰めていると爪先から暗くなり、闇に染まり始めた。パニックになり闇を振り払おうと足を動かすが、どんどん浸食されて行く。ちりちりした痛みが広がる。

「ひっ」

私は乾いた短い悲鳴を上げる。
足元から聞こえる音がどんどん大きくなって行く。

やだやだやだ、私の名前を呼ばないで!
あんたなんか知らない!黙れ!黙れ!

・・
・・・・・・

「・・オオトリ様、オオトリ様」

誰かが私を呼ぶ声で意識が浮上する。
はっと目を開けると、心配そうな琥珀色の瞳に覗き込まれた。私が目を覚ましたのを確認すると、アルケーさんは安堵の表情を浮かべた。

「うなされておられたので、声をおかけしました。悪い夢でも?」

私はアルケーさんの言葉は無視して、掛布をがばっとめくる。
そこには見慣れた私の足が有った。痛くも無いし黒くもない。普通だ。思わず自分の足をさする。だ、大丈夫だった。アレは夢だったんだ。

「オオトリ様、足をどうかされましたか?」

アルケーさんの言葉に我に返る。妙に感触が生々しかったがアレは夢だ。頭の中で「平気だ」と何度も繰り返す。

「あ、いいえ。何でも無いです」

小さく呟く様に言うと無理やり笑顔を浮かべる。アルケーさんに「夢見が悪くて混乱しただけです」と告げる。
アルケーさんは自分のポケットからハンカチを取り出すと、私の額をそっとぬぐった。

「酷い夢だった様ですね」

私はこくと頷く。アルケーさんは「もう大丈夫ですよ」と言うと、ぬぐっていたハンカチを私の枕元に置いて、私の頭を子どもにする様に数回撫でた。
あぁ、怖かった。私はふーっと大きく溜息を吐く。あんな怖い夢を見るなんて、自分が思っているよりも身体もメンタル面も疲れている様だ。

「はは、ちょっと疲れているみたいです」
「そうですね。明日は大司教様とのお会いいただきますが、今日は約束もございませんので、もう一度お休みなられては?」

アルケーさんがベッドに腰掛けて私の背中に手を添え、身体を横たえる様に促した。
私はお言葉に甘えてベッドに横になり、掛布を鼻の辺りまで引っ張り上げた。
その時、気が付いた。シーツの色が変わっている。白から紺色になっている。
慌てて、頭を動かして辺りを見ると窓の位置も違う。それにさっきまで無かった本棚も離れた所に見える。
寝る前まで居た、あのモデルルームの様な部屋じゃない!
隣のアルケーさんに尋ねる。

「あの、アルケーさん、私の勘違いでなければ、部屋変わってませんか?」
「えぇ、ここは私の寝室です」

さらりと隣のアルケーさんが答える。
寝室!アルケーさんの目的は分からないが、寝ている間に運び込まれた、と言う事だよね?全然気が付かなかった。私、どれだけ爆睡してたんだ!

「アルケーさんの寝室・・じゃあ、私、アルケーさんのベッドを占領しているって言う事でしょうか?」
「そういう事になりますね」

このまま、ここにいて大丈夫なのか?
私は掛布から目だけを出した状態で、隣に腰掛けているアルケーさんを見上げた。

「・・その、何で私、アルケーさんの寝室に居るんでしょうか?」

警戒心6割、他人のベッドを占領している申し訳なさ4割と言う私の視線に、アルケーさんは肩を竦める。

「そう警戒なさらずに。取って食おうとか思っている訳ではありませんから。貴女の希望の部屋に移動しただけですよ」
「え、それってもしかして・・」
「えぇ、手洗いと湯あみ。神殿内でも、そう言った設備を備えている部屋は少ないんです。現在、オオトリ様が使用出来そうな部屋はここしか無かったんです」

「お持ち帰り」されてしまったのかとちょっと疑ってしまった。恥ずかしくてアルケーさんの方を見られず私は額位まで掛布を引っ張った。

「・・少し勘違いしてしまいました。その、お手数お掛けしました・・」
「いいえ、私は『意地の悪い男』ですからね。勘ぐられても仕方のない事です」
「すいません。ところで、本当にアルケーさんの部屋を私が使っても良いんですか?」
「えぇ、ここは寝室と応接間の二間有りますから、私は応接間の方を使います」

さらりと言われ納得しそうになったが、応接間を使う?部屋の交換とかじゃなくて?私は思わず掛布から顔を出す。

「それって、一緒の部屋で生活するって言う事ですか?」
「そういう事になりますね」

異世界に飛ばされたと思ったら、即日、男性とルームシェア!お母さんとお父さんが聞いたら卒倒しそうだ。
展開が早くないか?とあわあわしている私を横目に、アルケーさんは寝室の扉の二つを交互に指差した。

「あちらが応接間に続く扉で、向こうは浴室の扉です。浴室はちょっと特殊なので、使われる際には仰って下さい」
「は、はぁ・・」
「手洗いは、私の部屋側になってしまうんですが、そこはちょっと折れていただきますね」
「は、はぁ・・」
「食事は・・と、あぁ、私の部屋で一緒に取りましょう」

アルケーさんの部屋と今後の生活に関しての流れる様な説明に曖昧に頷く事しか出来ない。
いかん、このままだと羽毛布団を売り付けられる!じゃなくて、内容を聞かずに全部頷いて「了承」した事にされそうだ。

「あの!あっちとこっちでアルケーさんと同室って言う事は決定事項なんでしょうか」

私の言葉にアルケーさんが不思議そうな顔をする。

「何か不都合でも?オオトリ様のお世話は神殿の義務ですし、私は大司教様から一任されております」

上司から言われたからって、寝食まで共にするのか。私が思っている以上に、大司教様の影響力は大きい様だ。

「そ、その一応、男女ですし、万が一、万が一ですよ。何か間違いが有っても、色々と・・・」

最後の方はごにょごにょ口ごもる。こ、こんな事、自分の口から言うのは恥ずかしいが、背は腹に替えられない。
いくら扉が有るとは言え同室は思い留まって貰えないだろうか。彼と触れ合うと、たまに「とろん」としてしまって、アルケーさんの術中にはまりかけるのだ。
二人きりの空間で、そういう雰囲気になったら、毎回躱せるだろうか?いや、自信無いな。

「間違い?」

アルケーさんは可愛らしく首を傾げると、琥珀色の瞳を三日月した。
あ、この表情・・見た事あるぞ。やばいやばい。

「間違いの具体的な内容をお伺いしたいのですが、オオトリ様に『意地の悪い男』だと思われるので止めておきましょうか。私は今、とても気分が良いので」

アルケーさんは私の予想に反して、そう言うとクスっと笑った。
完全にからかわれた様だが、結果オーライだ。アルケーさんの機嫌が良くて助かった。私が気を抜いていると、ベッドがぎしっと軋んだ。

「オオトリ様は、私との間に間違いが起こるとお考えですか?」

アルケーさんが私の顔の横に手を置き、覆いかぶさる様にして聞いて来た。静かで柔らかい声に尋ねられて、その甘い声に溜息が漏れそうになる。
「どうですか?」と言いながら、アルケーさんが顔を少し近付けた。
あぁ、またあの匂いだ。4割位、うっとりとしてしまうが頭を振って自分を奮い立たせる。

「か、可能性の問題です!さっきも言いましたが、一応、男女ですから!」
「ふふ、仰る通り、私も一人の男ですし貴女も一人の女性です。私と貴女との間に、男女の結び付きが起こるかもしれないとお考えなのですね?」

ぎゃっ!こんな近距離で「男女の結び付き」とか言わないで欲しい!そわそわしてしまうではないか。

「意地の悪い事言わないで下さい!そうです!考えてます!お恥ずかしい限りですが!」

私を追い立てる様な雰囲気に耐え切れず、開き直って白状すると、目の前のアルケーさんはすんっと物凄く真面目な表情になった。
あら?
余裕の無くなった表情に、もしかしてアルケーさんの地雷でも踏んだのか?と思って見詰めていると、彼の耳の辺りが赤い事に気が付いた。
徐々に赤い部分が広がって行く。これは照れているのか?あのアルケーさんが。意地の悪いアルケーさんが。
驚いてじっと観察していると、アルケーさんは体勢を立て直して、私の上から身体をどけた。

「すいません、はっきりそう言われると反応に困りますね・・・。全く悔しい事ですが、今回は私の負けです」

隣を見ると、アルケーさんは口元を覆って俯いている。耳の赤さは収まっていない。
乙女の様に恥じらうアルケーさんを見て思った。

「こ、これは反則だろう!!」
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