名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一

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元の世界に戻す儀式も有るんですか?

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アルケーさんはすっかり冷めてしまった紅茶をさくさくっと片付けながら「テーブルセットは今日中に運ばせましょう」と言い「他にご入用の物はございますか?」と聞いて来た。

「紙と書く物って有りますか?」
「勿論ございます。オオトリ様の世界の物と違うので、使いづらいかもしれませんが」
「大丈夫です。お願いします」
「では、何かお召し上がりになりますか?」
「今は・・大丈夫です」

アルケーさんがちょっと困った表情になった。多分、彼は紅茶以外、口にしていない私の事を心配しているのだろう。
アルケーさんの私の事を気遣ってくれる気持ちは有り難いが、今は必要な物じゃなくて、必要な情報が欲しい。でも、私の頭の中もパンク寸前だ。今の状態で、新しい情報を摂取したら頭の中の回線も焼き切れるかもしれない。
ソファで「考える人」の様にうんうん考え込んでいると、アルケーさんは特に何も言わず軽く一礼してから部屋から出て行った。
一人になった部屋で大きな溜息を吐く。

私、これからどうなるんだろう?このガランとした部屋に軟禁状態で過ごすんだろうか?
あぁ、そう言えば、アルケーさんは所謂『第一異世界人』だ。第一異世界人が感じの良い人で良かった。
他の人ってどんな感じなんだろう?こちらの人は皆、アルケーさんみたいに銀髪で整った顔立ちなんだろうか?だとしたら、私なんてかなり悪目立ちするだろうな・・・。どうかあの人が「平均」じゃありません様に。
私が取り留めも無い事をぼんやりと考えていると、軽いノックの音が聞こえた。
もう、アルケーさんが戻って来た、と思って「はい」と返事をしかけて慌てて口をつぐむ。

アルケーさん以外だったらどうしよう・・。

アルケーさんは私に対して好意的に接してくれたけど、全員が全員、異世界から来た私に好意的とは限らない。子ども時代の転校初日の嫌な記憶がチラつく。急に怖くなって、隠れる事の出来る所は無いか、と辺りを見回す。
私が返事をしない事に痺れを切らしたのか、もう一度軽くノックされた。

「・・私ですよ、オオトリ様」

最初から言って欲しかった・・と思いながら「どうぞ」と声を掛ける。
アルケーさんは「失礼しますね」と断りを入れると、箱とその上に綺麗に畳んだ茶色い服を持って入って来た。サイドボードに持って来た荷物を置くとアルケーさんが口を開く。

「オオトリ様は、あちらの世界ではお一人で生活されていたのですか?」

予想外な方向からの質問に、少し驚きながら答える。

「え?あ、はい、一人暮らしでした」
「やはりそうでしたか。ノックをしてもすぐに返事が無かったのも、そう言った用心を普段からされていたからですね。むやみやたらドアを開ける方でなくて良かったです」

ふむふむ、と納得する彼を見詰める。さっき、一度目のノックの後にアルケーさんが名乗らなかったのは、私を試す為だったのか。
さらっとアルケーさんは言ったが「そう言った用心」は必要なんだ、やっぱり。
私の心に、この部屋の外、バシレイアーと言う国に対する恐怖心がむくっと芽生える。
多分、私の表情が曇ったのが分かったのだろう。アルケーさんが私の隣にすとんと腰掛けた。

「紙とペンはベッドサイドの箱の中にございます。使い方が分からなければ仰って下さい」
「多分、大丈夫です」
「よろしければ、少し『ここ』の話を聞いて下さいませんか?」

ここ?バシレイアーの事?隣のアルケーさんの方へ視線を向けると、視線がぶつかった。アルケーさんは首を傾げて、ふわっと微笑む。長めの銀髪がさらりと揺れる。
この柔和な表情が全てを覆い隠して、アルケーさんが話したい内容は良い事なのか悪い事なのか分からない。
ますます混乱しそうだから「後で」と断るべきか、それとも聞くだけ聞いといた方が良いのか。私が迷っていると、アルケーさんに左手をするりと取られた。

「・・多分、オオトリ様は知っておいておかれた方が良い話です」

アルケーさんは私の左手を自分の両手で包んで、私の方をじっと見詰める。琥珀色の瞳からは「どうかお願いします」と言う念がビシバシ感じられる。「目は口ほどに物を言う」とは良く言ったものだ。

「・・どうぞ」

私の短い答えにアルケーさんがほっとした様な表情を浮かべる。アルケーさんは私の左手を離さずに話し始める。

「オオトリ様は、この世界で初めての『オオトリ様』ではございません」
「・・何となく分かっていました」

それは何となく分かっていた。アルケーさんが話す内容に「伝承」やら「先代」と言うキーワードが有ったから。
予想出来ていた話の内容に、少し肩透かしを食らったみたいな気持ちになる。

「過去にいらしたオオトリ様の件も含めて、明日にでも、大司教様から説明をさせていただきます」
「大司教様・・ですか?」
「えぇ、ここは神殿の居住区の一部となっております」

えーっと、神殿って言われてもパルテノン神殿位しか浮かばないけど、あんな感じの場所とは別に関係者の人が住む場所が有って、そこに私は居るのかな?
私は曖昧に頷く。私のその様子を見て、アルケーさんがゆっくり口を開いた。

「『オオトリ様』は、儀式によって召喚されましたので、神殿でお世話をする事になっております。何かご不便がございましたら仰って下さい」

『召喚』?呼び出されたって言う事?思ってもいなかった単語に驚いて、話の後半部分が入って来ない。

「え?『召喚』?私、降って湧いた様にこっちに来たんじゃなくて、呼ばれたんですか?」
「はい。バシレイアー側の召喚、すなわち呼び掛けに対して、戯れで応えた『オオトリ様』がこちらにやって来ると聞いております」

前に言っていた『戯れでこの世界にやって来ただけ』と言うのはそういう事だったのか。私は震える声でアルケーさんに尋ねる。

「召喚が有ると言う事は、元の世界に戻す儀式も有るんですか?」
「残念ながらございません」

アルケーさんは迷う様子も無く、きっぱり言い切る。私の希望も何もかも断ち切る冷たい物言いに、胸がずきりと痛む。
呼び寄せる方法は有るのに、還す方法は無いなんて・・・。

「・・呼ぶだけ呼んどいて、後は放置なんですね。ひどい・・・」

私は低く呟く。ぎゅっと唇を噛む。涙も滲んで来る。
・・悔しい、悔しい。私はこの世界の玩具じゃない。私の召喚に立ち会ったやつに会ったら絶対に一発はぶん殴る。
アルケーさんに握られている左手も怒りで震える。私の手を包むアルケーさんの手に力がこもる。「落ち着いて下さい」と言われているみたいだ。

「申し訳ございません。オオトリ様の憤慨されるお気持ちはもっともです。『オオトリ様』の大多数は、召喚されてからしばらく経つとある日突然、消失されてしまうのです。ですから、元の世界に還す儀式は必要とされな・・・」

今、不穏な単語が横切った!慌ててアルケーさんの話を遮る。

「は?え?ちょっと待って下さい。消失?それってどういう事ですか?」
「信じがたい事ですが、ほとんどのオオトリ様はある日突然、煙の様に消えてしまわれるのです」

ぞくっと背筋が寒くなった。『消失』それは元の世界に戻れる可能性でもあるが、私自身の『消失』の可能性でも有る。
元の世界での生死も分からない。こっちでも、いつまで存在出来るか分からない。何とも救いようのない情報に呆然とする。
私を慰めるかの様に、アルケーさんがぎゅっと左手を握ってくれているが、それを振り払う。

「ひどい、ひどい・・」

私はそう言いながら、隣のアルケーさんに向かってこぶしを振り上げた。彼の肩に当たる。もう一回。今度は胸元。それを何度も繰り返す。アルケーさんは無言で私の怒りや悔しさを受け入れる。
気が付くと、わんわん泣きながらアルケーさんの胸元を叩いていた。
アルケーさんがそっと、私の左右の手首を掴んだ。放して欲しくて腕を振るが、アルケーさんは放してくれない。

「・・ひっく、ひっ」

アルケーさんに腕を取られたまま子どもの様にしゃくり上げる。
そんな私をアルケーさんがぎゅうっと抱き寄せた。
顔がアルケーさんの胸元に押し付けられて苦しい位だ。多分、彼のシャツに涙やら何やら付いてしまっているだろう。
久し振りに泣いたのと、呼吸困難になる位に力一杯抱き締められてくらくらする。
酸欠の魚の様に、顔を上げはくはくと口を動かす。
まるでそれを待っていたかの様に、アルケーさんが人工呼吸でもするみたいに私の唇を塞いだ。

それは情欲とか、私が良く知る部類のキスでは無くて、私の感情を分け合うみたいな行為だった。
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