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カルチア森林
カルチア森林
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既に日は落ちており、時刻は真夜中。
周囲の状況もろくに見えないなか音宮と安藤はカルチア森林へと足を踏み入れていた。
早めに寝床を確保しないといけないな…
リスランダ王国から脱走したのが日本時間でいう所の19時頃。
最短で進めば今日中には森林を抜けて村で寝泊まり出来る予定だったのだが、一つの問題が起きてしまったのだ。それは…
安藤のやつ、足遅すぎだろ。
こんなところでも足引っ張るのかよ。
安藤桜は運動が得意ではなく、当然のごとく足が遅かったのだ。
音宮は別に走ったりしていないのだが、安藤との距離はどんどん広がっていく。
時折、「あっ」となにかこちらに言いたげな声や「痛っ」とどこかに枝が引っ掛かったり転んだりしている事もあったが、こちらが知らんぷりさえしておけば特に声を掛けてくることはなかった。言いたいことがあるなら言えばいいのに。
そう思ってはいたが、実際に言われたらそれはそれで面倒なので無視を貫くことにした。
無視はいい…気付いていなければなにもしなくていいからだ。
よくいじめなんかを見て見ぬふりをする人も同罪だなんていうやつがいるが、それは間違いだ。見て見ぬふりをしているのは生きていく上で面倒ごとに関わりたくないから。大人だってそうだ。教師や警察が本気を出せばいじめの犯人の特定など容易い。それを行わないのは自分が関わらずに済むならそれに越したことはないから。
人間の多くは人に関心を持たない事で楽をして生きようとしているのだ。
俺はそれを人一倍理解し実行に移しているだけ。
あっ…またこけた。
どうする…これ以上離れれば彼女が追い付くことはないだろう。
安藤がこの森に置いて行かれて生き残る可能性は0に等しい。
誰かに俺が置いて行ったという事実がバレる事もまずないだろうし、そもそも気付いたら逸れていたという言い訳すらも成立する。
学校での俺の信頼度があれば、その嘘も現実に変える事は出来るだろう。
安藤がつまずきながらも必死に追いかけて来ていた。
体中に擦り傷が付いている。
置いて行かれないように必死に歩いている証拠だ。
はあ…全くしょうがないな。
音宮は安藤の元へと戻ることにした。
安藤は足元に注意して歩いていた為、音宮が逆走している事に気付かなかった。
これ以上離れたら音宮君と逸れちゃう。
迷惑かけないって決めたんだからちゃんと追いつかなきゃ…
「えっ………うわぁ!」
考え事をしていた安藤はいきなり誰かに手を引かれた。音宮だ。
お姫様抱っこの要領で持ち抱えられた安藤は驚きのあまり、ひっくり返りそうになる。
「おっと……危ないから大人しくして。
安藤さん怪我してるみたいだったから悪いけどこうさせて貰ったよ。
ごめんね。逸れないためでもあるから少しだけ我慢して。」
「嫌じゃない…けど…私、一杯こけちゃったから汚れてるよ。
汗もかいてるし…。」
「別にいいよ。そのくらい。
俺だって汗かいてるし。こんな世界じゃ汚れなんて気にならないよ。
そんな事より、今日中に森を抜けるのは難しそうだから野宿することになりそうだけど大丈夫?」
「うん。ごめんね。
私が足遅いから迷惑かけちゃって…」
まったくもってその通りだな。
自分で分かってるだけましだが。
「気にしないで」
思ってもいないくせに、優しい言葉を吹きかける。
これはもう音宮の癖と言っても過言ではない。
昔から表面上は良い人に見られるように心がけていた為、自然と言葉が出てくるのだ。この優しい音宮に騙された女性は数多くいる。
そして、安藤もまたその一人に加わろうとしていた。
音宮くんって優しいな…
こんな私を助けてくれるなんて…
2人が暫く歩いていると、周囲の草むらからガサガサっと音が聞こえた。
瞬時にエコーロケーションで周囲を確認する。
魔獣か…それも複数体いるな。
どうする。今は安藤を背負っているから少し戦いずらい。
だが、どう考えても獣の足に人間が勝てるわけがない。
戦いは必須だろう。覚悟を決めるか。
「草陰に獣型のモンスターがいるみたいだからちょっと待っててね。」
安藤を降ろし、いつでも戦えるように準備を整える。
すると、草むらから3体のオオカミ型の魔獣が飛び出して来た。
灰色の毛並みに牙を持ち合わせ鋭い眼光でこちらを睨んでいる。
冷静に3匹で俺らの周りを取り囲み、狩りの瞬間を狙っている様子だ。
灰色の狼型魔獣…あれは王都で情報収集した時に見た魔獣、グレイウルフだ。
音宮はなにも王宮から逃げ出した後、無駄に時間を過ごしていた訳ではない。
地図を探す傍ら、本屋に出向き食料になりそうな山菜や果物、モンスターについてなどこの世界に関する知識を集めていたのだ。
安藤は使い物にならない。
まあ、これに関していえば最初から分かっていたことだ。
別になんとも思わない。
相手はモンスターだし丁度いい…試してみるか。
3匹のグレイウルフがじわじわと忍び寄って来る。
いくらスキルが使えるようになったとはいえ、身体能力はただの男子高校生。
身体能力でモンスターに叶う訳もない。
ましては、音宮は武器も持っておらず使えそうなものも落ちていない。
音宮がグレイウルフを倒すための武器はスキルのみ。
自身のスキルについて今一度考えてみる。
俺のスキル『音響』は無音の状況では使い物にならない。
あくまで発生した音の響き、つまり振動を操作する力であって、何もないところから爆音を発生させたりする力はない。
エコーロケーションでさえ、使用するときはいつも靴を地面にトントンと叩きつける事で発動している。
敵の体内に直接この振動をぶち込むことが出来れば、確実に倒せると思うのだが…
勝負は一瞬、グレイウルフの体内に振動を打ち込むことが出来れば勝ち、その前に倒れてしまえば俺の負け。
緊張感に包まれながら、両者は睨み合いを続ける。
周囲の状況もろくに見えないなか音宮と安藤はカルチア森林へと足を踏み入れていた。
早めに寝床を確保しないといけないな…
リスランダ王国から脱走したのが日本時間でいう所の19時頃。
最短で進めば今日中には森林を抜けて村で寝泊まり出来る予定だったのだが、一つの問題が起きてしまったのだ。それは…
安藤のやつ、足遅すぎだろ。
こんなところでも足引っ張るのかよ。
安藤桜は運動が得意ではなく、当然のごとく足が遅かったのだ。
音宮は別に走ったりしていないのだが、安藤との距離はどんどん広がっていく。
時折、「あっ」となにかこちらに言いたげな声や「痛っ」とどこかに枝が引っ掛かったり転んだりしている事もあったが、こちらが知らんぷりさえしておけば特に声を掛けてくることはなかった。言いたいことがあるなら言えばいいのに。
そう思ってはいたが、実際に言われたらそれはそれで面倒なので無視を貫くことにした。
無視はいい…気付いていなければなにもしなくていいからだ。
よくいじめなんかを見て見ぬふりをする人も同罪だなんていうやつがいるが、それは間違いだ。見て見ぬふりをしているのは生きていく上で面倒ごとに関わりたくないから。大人だってそうだ。教師や警察が本気を出せばいじめの犯人の特定など容易い。それを行わないのは自分が関わらずに済むならそれに越したことはないから。
人間の多くは人に関心を持たない事で楽をして生きようとしているのだ。
俺はそれを人一倍理解し実行に移しているだけ。
あっ…またこけた。
どうする…これ以上離れれば彼女が追い付くことはないだろう。
安藤がこの森に置いて行かれて生き残る可能性は0に等しい。
誰かに俺が置いて行ったという事実がバレる事もまずないだろうし、そもそも気付いたら逸れていたという言い訳すらも成立する。
学校での俺の信頼度があれば、その嘘も現実に変える事は出来るだろう。
安藤がつまずきながらも必死に追いかけて来ていた。
体中に擦り傷が付いている。
置いて行かれないように必死に歩いている証拠だ。
はあ…全くしょうがないな。
音宮は安藤の元へと戻ることにした。
安藤は足元に注意して歩いていた為、音宮が逆走している事に気付かなかった。
これ以上離れたら音宮君と逸れちゃう。
迷惑かけないって決めたんだからちゃんと追いつかなきゃ…
「えっ………うわぁ!」
考え事をしていた安藤はいきなり誰かに手を引かれた。音宮だ。
お姫様抱っこの要領で持ち抱えられた安藤は驚きのあまり、ひっくり返りそうになる。
「おっと……危ないから大人しくして。
安藤さん怪我してるみたいだったから悪いけどこうさせて貰ったよ。
ごめんね。逸れないためでもあるから少しだけ我慢して。」
「嫌じゃない…けど…私、一杯こけちゃったから汚れてるよ。
汗もかいてるし…。」
「別にいいよ。そのくらい。
俺だって汗かいてるし。こんな世界じゃ汚れなんて気にならないよ。
そんな事より、今日中に森を抜けるのは難しそうだから野宿することになりそうだけど大丈夫?」
「うん。ごめんね。
私が足遅いから迷惑かけちゃって…」
まったくもってその通りだな。
自分で分かってるだけましだが。
「気にしないで」
思ってもいないくせに、優しい言葉を吹きかける。
これはもう音宮の癖と言っても過言ではない。
昔から表面上は良い人に見られるように心がけていた為、自然と言葉が出てくるのだ。この優しい音宮に騙された女性は数多くいる。
そして、安藤もまたその一人に加わろうとしていた。
音宮くんって優しいな…
こんな私を助けてくれるなんて…
2人が暫く歩いていると、周囲の草むらからガサガサっと音が聞こえた。
瞬時にエコーロケーションで周囲を確認する。
魔獣か…それも複数体いるな。
どうする。今は安藤を背負っているから少し戦いずらい。
だが、どう考えても獣の足に人間が勝てるわけがない。
戦いは必須だろう。覚悟を決めるか。
「草陰に獣型のモンスターがいるみたいだからちょっと待っててね。」
安藤を降ろし、いつでも戦えるように準備を整える。
すると、草むらから3体のオオカミ型の魔獣が飛び出して来た。
灰色の毛並みに牙を持ち合わせ鋭い眼光でこちらを睨んでいる。
冷静に3匹で俺らの周りを取り囲み、狩りの瞬間を狙っている様子だ。
灰色の狼型魔獣…あれは王都で情報収集した時に見た魔獣、グレイウルフだ。
音宮はなにも王宮から逃げ出した後、無駄に時間を過ごしていた訳ではない。
地図を探す傍ら、本屋に出向き食料になりそうな山菜や果物、モンスターについてなどこの世界に関する知識を集めていたのだ。
安藤は使い物にならない。
まあ、これに関していえば最初から分かっていたことだ。
別になんとも思わない。
相手はモンスターだし丁度いい…試してみるか。
3匹のグレイウルフがじわじわと忍び寄って来る。
いくらスキルが使えるようになったとはいえ、身体能力はただの男子高校生。
身体能力でモンスターに叶う訳もない。
ましては、音宮は武器も持っておらず使えそうなものも落ちていない。
音宮がグレイウルフを倒すための武器はスキルのみ。
自身のスキルについて今一度考えてみる。
俺のスキル『音響』は無音の状況では使い物にならない。
あくまで発生した音の響き、つまり振動を操作する力であって、何もないところから爆音を発生させたりする力はない。
エコーロケーションでさえ、使用するときはいつも靴を地面にトントンと叩きつける事で発動している。
敵の体内に直接この振動をぶち込むことが出来れば、確実に倒せると思うのだが…
勝負は一瞬、グレイウルフの体内に振動を打ち込むことが出来れば勝ち、その前に倒れてしまえば俺の負け。
緊張感に包まれながら、両者は睨み合いを続ける。
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