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3年生
アルとのお話
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「おい、元気になったか?」
パンをベッドの上に放り、水を地面に置いた男が、僕の髪の毛をぐいっと上へ引っ張った。
強制的に顔を上げられ、ぶちぶちと髪の抜ける感覚がする。
「顔色は良さそうだ。やっぱり神子の治癒能力ってのは本物だったのか……? まあいい、それ食ったら部屋に戻すからな」
エチカにそう言うと、僕の髪から手を離した。
男はドアの前まで移動し、壁に寄りかかった。僕たちがちゃんと食事をするために見張っているようだ。
僕たちは無言でパンを口に入れた。味がしなくて、紙を食べてるみたいだ。
ぬるい水を最後まで飲み干す。食事の時にしか水が飲めないのはかなり辛かった。
僕たちの食事が終わったのを確認した男は、エチカの鎖を引っ張りエチカを立たせた。
「おい、お前はもう寝ろ」
男は僕の方を睨みつけてそう言い、部屋から出て行った。去り際にエチカと目が合う。なんとしても作戦は成功させなければならない。
扉の外からは2人分の足音と鎖の音が聞こえる。
すぐに扉を開ける音が聞こえてきて、エチカが与えられた部屋に戻ったのだとわかった。
(結構音が筒抜けだな……)
最初にここに来たときは緊張と不安で気がつかなかったが、気分の落ち着いた今では、生活音が聞こえてくることに気がついた。
内容までは聞こえないが話し声が聞こえたり、遠くの方の足音も聞こえたりする。
(僕に寝ろ、って言ってきたから、もう夜なのかな。さっきエチカは昼頃って言ってたけど、そんなに話し込んだ感覚もないし……今は本当は何時なんだろう)
今はまだ扉の外から音が聞こえてくるので、静かになるまで待つ事にした。
ここに連れ込まれたときにアルは返事をしてくれたけど、朝になったら返事が返ってこなかった。
もしかしたら、僕と話しているのを誰かに目撃されたらまずいのかも、と思ったのだ。
ぼうっと壁を眺めていると、いつの間にか外が静かになっていた。
「……アル、いる?」
おそるおそる話しかける。
「はい」
小さな声で返事が返ってきた。やはり、アルは僕と話しているところを見られるのがまずいのだろう。
「アル、無理はしなくていいんだけど、今僕の部屋に入ることはできる?」
「……はい」
一瞬の間を置いて、返事が来る。アルは静かに部屋に入ってきた。
「どうしました? 眠れないのですか」
「アル、あの……聞いてほしい話があるんだ」
僕はアルに、エチカと話した作戦を伝えた。アルは口を挟むことなく静かに僕の話を聞いてくれた。
「……アル、僕たちに協力してくれる?」
「できません」
アルはぴしゃりと言い放った。
想定していたものと違う返答に、一瞬頭がフリーズする。
「ボクは、マリスのことが大好きです。しかし、貴方の父親のことが憎くてたまりません」
アルは淡々と話を続ける。
「ここにいる皆は、貴方の父親の事を恨んでいます。ボクは皆を裏切ることはできません。
ここから脱出したとして、マリス達には家があります。しかし、ボクにはそれがありません」
アルのルビー色の瞳に僕の顔が映る。アルは眉をハの字にした。
「ごめんなさい。ボクには、貴方が眠れるよう、隣で寝ることしか……」
「おい、アル!!」
アルの言葉を遮るように、外から怒鳴り声が聞こえた。勢いよくドアが開き、すぐに大柄な男が僕の部屋に入ってきた。
「アル、てめぇ何やってんだよ!!」
大柄な男は、アルの胸ぐらを掴み、思い切り頬に平手を打った。
「ま、ま、待ってください! 僕が無理言ってアルを部屋に呼んだんです!」
大男の方に駆け寄る。ジャラジャラと鎖が鳴った。
「うるせぇな、喚いてんじゃねえ!!」
「あ、ご、ごめんなさい。でもアルは悪くないんです」
アルの白い頬が真っ赤になっている。アルと出会った日の事を思い出してしまい、涙が止まらなくなった。
「は? なんでお前が泣いてんだよ」
「アルを叩かないでください……」
「お前随分アルに入れ込んでじゃねえか。昨日今日の仲じゃ無さそうだな? どこで知り合ったんだよ」
男はアルから手を離すと僕に詰め寄った。
「それは……」
「森で助けてくれました。2年前に」
アルが僕の代わりに答えた。
「2年前って、アルが脱走した時か? 助けられたって言ってもコイツはアスムベルクの人間だろうが。そうか、だからアルはすぐに戻って来ちまったんだ」
「マリスを責めないでください。マリスがいなかったらボクは死んでいました」
「死んでいたって言っても、コイツのせいでアルはあんなことに、」
「イェルグ!!」
アルが大きな声で男の話を遮った。男はイェルグという名前らしい。
アルがこんなに声を張り上げる姿は初めて見た。
「あんなことって、何があったんですか」
嫌な予感がして、胸がザワザワする。しかし、僕はこの話をちゃんと聞かなければならない気がしてならない。
「マリス、聞かないでいいです」
「教えてください、何があったんですか」
イェルグは僕の方を見て、嫌な笑みを浮かべた。
「いいじゃねえかアル、お花畑育ちの坊ちゃんに聞かせてやろうぜ。アルはなぁ、あの後」
「イェルグ、やめてください」
「両足の骨を折られて二度と走れない身体にされちまったんだよ、なぁ、アル?」
「両足の……?」
奴隷市から脱走し、元の場所に戻されたのだ。そうなる事くらい予想はできたはずだ。
僕は、足の力が抜けてその場にへたり込んだ。
「マリス、大丈夫ですか」
アルが僕のそばに来てくれた。大丈夫じゃないのはアルの方なのに。
「お前らアスムベルクのせいでアルは走れなくなっちまった。走れない奴隷は売れないからな、危うく殺処分になりそうだったなぁ。お前らのせいで小さなアルは洞窟生活だ、可哀想に」
「イェルグの言葉に耳を傾けないでください。ボクは平気です」
「アルはこの後、お前のせいでまたお仕置きされるんだよ、可哀想になあ」
イェルグはアルの言葉を無視して言った。
「この後……」
「マリス、聞かないでください」
イェルグが気持ち悪い視線を僕に送る。
「僕が……」
「マリス……?」
僕の口は、僕の意思に関係なく勝手に動いていた。
「僕が代わりに罰を受けます」
イェルグが、待っていましたと言わんばかりに笑みを浮かべる。
「そうかそうか、良かったなぁアル。マリス様ってばお優しいじゃねえか、見直したぜ」
「マリス、駄目です訂正してください」
「おいおいアル、マリス様のご厚意を受け取らないってのは失礼にも程があるんじゃねえの?」
イェルグが僕の鎖をベッドから外す。僕はそのまま部屋の外に連れて行かれた。
パンをベッドの上に放り、水を地面に置いた男が、僕の髪の毛をぐいっと上へ引っ張った。
強制的に顔を上げられ、ぶちぶちと髪の抜ける感覚がする。
「顔色は良さそうだ。やっぱり神子の治癒能力ってのは本物だったのか……? まあいい、それ食ったら部屋に戻すからな」
エチカにそう言うと、僕の髪から手を離した。
男はドアの前まで移動し、壁に寄りかかった。僕たちがちゃんと食事をするために見張っているようだ。
僕たちは無言でパンを口に入れた。味がしなくて、紙を食べてるみたいだ。
ぬるい水を最後まで飲み干す。食事の時にしか水が飲めないのはかなり辛かった。
僕たちの食事が終わったのを確認した男は、エチカの鎖を引っ張りエチカを立たせた。
「おい、お前はもう寝ろ」
男は僕の方を睨みつけてそう言い、部屋から出て行った。去り際にエチカと目が合う。なんとしても作戦は成功させなければならない。
扉の外からは2人分の足音と鎖の音が聞こえる。
すぐに扉を開ける音が聞こえてきて、エチカが与えられた部屋に戻ったのだとわかった。
(結構音が筒抜けだな……)
最初にここに来たときは緊張と不安で気がつかなかったが、気分の落ち着いた今では、生活音が聞こえてくることに気がついた。
内容までは聞こえないが話し声が聞こえたり、遠くの方の足音も聞こえたりする。
(僕に寝ろ、って言ってきたから、もう夜なのかな。さっきエチカは昼頃って言ってたけど、そんなに話し込んだ感覚もないし……今は本当は何時なんだろう)
今はまだ扉の外から音が聞こえてくるので、静かになるまで待つ事にした。
ここに連れ込まれたときにアルは返事をしてくれたけど、朝になったら返事が返ってこなかった。
もしかしたら、僕と話しているのを誰かに目撃されたらまずいのかも、と思ったのだ。
ぼうっと壁を眺めていると、いつの間にか外が静かになっていた。
「……アル、いる?」
おそるおそる話しかける。
「はい」
小さな声で返事が返ってきた。やはり、アルは僕と話しているところを見られるのがまずいのだろう。
「アル、無理はしなくていいんだけど、今僕の部屋に入ることはできる?」
「……はい」
一瞬の間を置いて、返事が来る。アルは静かに部屋に入ってきた。
「どうしました? 眠れないのですか」
「アル、あの……聞いてほしい話があるんだ」
僕はアルに、エチカと話した作戦を伝えた。アルは口を挟むことなく静かに僕の話を聞いてくれた。
「……アル、僕たちに協力してくれる?」
「できません」
アルはぴしゃりと言い放った。
想定していたものと違う返答に、一瞬頭がフリーズする。
「ボクは、マリスのことが大好きです。しかし、貴方の父親のことが憎くてたまりません」
アルは淡々と話を続ける。
「ここにいる皆は、貴方の父親の事を恨んでいます。ボクは皆を裏切ることはできません。
ここから脱出したとして、マリス達には家があります。しかし、ボクにはそれがありません」
アルのルビー色の瞳に僕の顔が映る。アルは眉をハの字にした。
「ごめんなさい。ボクには、貴方が眠れるよう、隣で寝ることしか……」
「おい、アル!!」
アルの言葉を遮るように、外から怒鳴り声が聞こえた。勢いよくドアが開き、すぐに大柄な男が僕の部屋に入ってきた。
「アル、てめぇ何やってんだよ!!」
大柄な男は、アルの胸ぐらを掴み、思い切り頬に平手を打った。
「ま、ま、待ってください! 僕が無理言ってアルを部屋に呼んだんです!」
大男の方に駆け寄る。ジャラジャラと鎖が鳴った。
「うるせぇな、喚いてんじゃねえ!!」
「あ、ご、ごめんなさい。でもアルは悪くないんです」
アルの白い頬が真っ赤になっている。アルと出会った日の事を思い出してしまい、涙が止まらなくなった。
「は? なんでお前が泣いてんだよ」
「アルを叩かないでください……」
「お前随分アルに入れ込んでじゃねえか。昨日今日の仲じゃ無さそうだな? どこで知り合ったんだよ」
男はアルから手を離すと僕に詰め寄った。
「それは……」
「森で助けてくれました。2年前に」
アルが僕の代わりに答えた。
「2年前って、アルが脱走した時か? 助けられたって言ってもコイツはアスムベルクの人間だろうが。そうか、だからアルはすぐに戻って来ちまったんだ」
「マリスを責めないでください。マリスがいなかったらボクは死んでいました」
「死んでいたって言っても、コイツのせいでアルはあんなことに、」
「イェルグ!!」
アルが大きな声で男の話を遮った。男はイェルグという名前らしい。
アルがこんなに声を張り上げる姿は初めて見た。
「あんなことって、何があったんですか」
嫌な予感がして、胸がザワザワする。しかし、僕はこの話をちゃんと聞かなければならない気がしてならない。
「マリス、聞かないでいいです」
「教えてください、何があったんですか」
イェルグは僕の方を見て、嫌な笑みを浮かべた。
「いいじゃねえかアル、お花畑育ちの坊ちゃんに聞かせてやろうぜ。アルはなぁ、あの後」
「イェルグ、やめてください」
「両足の骨を折られて二度と走れない身体にされちまったんだよ、なぁ、アル?」
「両足の……?」
奴隷市から脱走し、元の場所に戻されたのだ。そうなる事くらい予想はできたはずだ。
僕は、足の力が抜けてその場にへたり込んだ。
「マリス、大丈夫ですか」
アルが僕のそばに来てくれた。大丈夫じゃないのはアルの方なのに。
「お前らアスムベルクのせいでアルは走れなくなっちまった。走れない奴隷は売れないからな、危うく殺処分になりそうだったなぁ。お前らのせいで小さなアルは洞窟生活だ、可哀想に」
「イェルグの言葉に耳を傾けないでください。ボクは平気です」
「アルはこの後、お前のせいでまたお仕置きされるんだよ、可哀想になあ」
イェルグはアルの言葉を無視して言った。
「この後……」
「マリス、聞かないでください」
イェルグが気持ち悪い視線を僕に送る。
「僕が……」
「マリス……?」
僕の口は、僕の意思に関係なく勝手に動いていた。
「僕が代わりに罰を受けます」
イェルグが、待っていましたと言わんばかりに笑みを浮かべる。
「そうかそうか、良かったなぁアル。マリス様ってばお優しいじゃねえか、見直したぜ」
「マリス、駄目です訂正してください」
「おいおいアル、マリス様のご厚意を受け取らないってのは失礼にも程があるんじゃねえの?」
イェルグが僕の鎖をベッドから外す。僕はそのまま部屋の外に連れて行かれた。
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