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2年生

林間学校1日目

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 林間学校の朝は早い。朝日が昇る前に馬車へ乗り込み、王都を抜けて山を登る。林間学校のメンバーはバーバリア学園の生徒の他に、学年主任のアスムベルク先生と副主任の先生、保険医の先生、学校に勤めている王宮騎士に、カミールの護衛だ。

 馬車に乗ること2時間半。休憩を挟んでもう1時間経ったところで、ようやく目的地に到着する。
 早起きして馬車に揺られた僕たちは既にへとへとだった。昼休憩を挟み、班に分かれてテントの設営をする。今日はこれで終了だ。夜のキャンプファイヤーまで自由時間である。

「あぁもう、疲れた! なんで俺がこんなことしなくちゃならないんだよ!」

 無事テント設営が終わり、グランが地面に寝転ぶ。グランは僕たちの班の中で最も体格が良いので、一番働いてもらったのだった。
 僕はせめてもの労いに、グランに水を差しだした。

「サンキュ」

 汚れてもいい服を着ているとはいえ地面に腰を下ろすのは抵抗があったが、グランが寝転んでいる横に腰を下ろすことにした。

「エチカとリュゼが、設営完了の報告に行ってくれてるから、帰ってきたらみんなで森林浴しよう」
「森林浴?」
「うん、森林浴。とっても癒されるんだよ」
「あー、そうか。お前ん家森の奥だもんな」

 グランが上半身を起こして水を飲んだ。太陽の光に反射して、グランの赤い髪がキラキラと光る。そういえば、赤い髪は貴族の中では珍しい気がする。

「グラン、僕の家知ってるの?」
「まぁな。お前は俺のことを知らないんだろうけど、俺はお前のこと結構知ってるんだぜ?」
「え、それって――」
「おーい! 報告行ってきたよ!」

 エチカたちが戻ってきて、僕たちの会話は強制終了となった。僕たちは日が暮れるまで森林浴をして、夕飯前には集合場所に集まった。

 夜ご飯は、キャンプファイヤーを囲みながらみんなでカレーを食べる。カレーは先生が作ってくれるもので、日本で食べた懐かしい味を思い出した。

 キャンプファイヤーを囲い、歌を歌ったり静かに暖まったりとそれぞれ好きなように過ごしている。僕は一足先にキャンプファイヤーから抜けて、テントから少し離れたところにある崖の上まで来た。
 崖といっても整備されており、落下防止のために柵を付けられている。僕は柵に腕を乗せて、しばらく月を眺めていた。

 後ろから足音が聞こえ、振り返るとエチカが居た。

「ここ、ゲームでマリスに突き落とされる崖なんだ」

 エチカが僕の隣に来て、月を見上げながら言った。

「ぼく、こんなに楽しい林間学校は初めてだよ。君のおかげだ」

 エチカは目線を月に向けたまま微笑んだ。エチカの髪が、ふわりと風に揺られる。

「何だよ、急に改まってさ……。僕も、今日の林間学校楽しかった。来てよかったよ」
「そっか、良かった。マリス、ぼくね、マリスはこのまま無事に卒業できそうな予感がするんだ。もう、ハッピーエンドのルートに入ってるんじゃないかってさ」

 エチカの大きな瞳が僕を捉える。エチカの瞳に映る僕の顔は、浮かない表情をしていた。

「僕は正直、不安しかないよ……」
「マリス、大丈夫だよ。このままいけば、君が死ぬエンドは回避できるよ」
「死ぬエンドね……そうかもしれない。でも僕、このままフィオーネに飼い殺しにされるなんて、嫌だよ……」
「マリス……?」

 思い出したくない王宮パーティーでの記憶が甦る。僕は気持ちを切り替えようと、作り笑いを浮かべた。

「なーんてねっ。フィオーネと円満に婚約解消ができたらもっといいんだけどさ」
「あー、そっか。マリス、セオと付き合ってるんだもんね」
「え、なっ……! げほっ、けほっ!」

 エチカの突然の発言に、飲み込もうとした唾が変なところに入った。

「ちょっと、大丈……うおっ!?」

 エチカが僕の方に近づこうと一歩足を動かしたその時、エチカの足元にある崖が崩れ始めた。
 小さな衝撃に、脆かった部分が崩れたのだろう。

「エチカッ!!」

 考える前に、僕はエチカの腕を思いっきり上に引っ張った。その反動で体勢が崩れ、バランスを保とうと足に力を入れたら足が滑った。

「うわぁぁっ!!」
「マリス!!」

 世界がひっくり返り、スローモーションになる。エチカの手が間に合わず、僕は背中から思いっきり落ちた。

「かはっ……!」

 背中を思い切りぶつけて息が詰まった。全身がズキズキと痛んで、段々意識も朦朧としてくる。

「……こ、こんなはずじゃ……」

 遠くでエチカの声が聞こえる。ぽつ、ぽつ、と冷たい雫が僕の頬を伝った。雨が降ってきたのかもしれない。

「マリスっ、先生呼んでくるから、もう少し待ってて!!!」

 遠くでエチカが何かを叫んでいる。僕の意識はここで途切れた。
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