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2年生
昔の夢
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***
また、昔の夢だ……。
これは、マリスが10歳になり、フィオーネに婚約者として紹介されてからの記憶だ。
マリスは――僕は、フィオーネと結婚なんてしたくなかった。だって、僕にはもう、セオがいたから。僕はセオと結婚したい。セオの方が先に約束してたのに。
大人の都合で自分の未来が決められてしまうのが嫌だった。しかし、全てが自分の希望通りにいくわけではないことにも気づき始めていた。セオとの結婚が叶うことはないということにも……。
僕がセオと二度目に会ったのは、僕が10歳の時の王宮パーティーだった。
いつもなら父の後ろをついていくだけだったが、この時はフィオーネの希望もあって、フィオーネと一緒に行動していた。フィオーネは11歳ながらにいろいろな人とお話していて、これでは隠れる背中が父からフィオーネに変わっただけじゃないか、と思っていた。
フィオーネは王子だから、カンテミール公爵も例に漏れずフィオーネに挨拶していた。
「あ」
「あ!」
カンテミール公爵の後ろにいたセオと僕の声が重なる。セオの顔を見た瞬間、つまらなかったパーティーが一気に楽しくなった。
「マリスくん」
セオは公爵の背中を抜けて、僕の方へ来てくれた。フィオーネの顔を窺うと、フィオーネはまだ近くの人と話をしていたので、こっそりセオと一緒に、フィオーネたちの輪から抜け出した。
「久しぶりだね。えっと、僕のこと覚えててくれた?」
セオがいじらしく言う。
「もちろん!」
「マリスくん、フィオーネ殿下と結婚するんでしょ? えっと、おめでとう。よかったね!」
セオは無邪気に言った。僕は心が芯から凍るような感覚に陥った。
「ど、どうして『おめでとう』なの? セオくんは、僕と結婚、したくなくなっちゃったの?」
「ううん。だけど、王子様と結婚した方がいいでしょ? 皆の夢だってお父様も言っていたよ」
「そうかもしれないけど……。でも、僕はセオくんと――」
「マリス。勝手にどっか行かないでよ」
後ろから現れたフィオーネが、僕の言葉を遮る。
「セオ、久しぶりだね。マリスと君が仲良しだったなんて意外だな」
「フィオーネ殿下……」
フィオーネはいつもの優しい笑顔じゃなくて、初めて見るような冷たい表情だった。僕もセオも、フィオーネが怖くなって黙ってしまう。
「行こうかマリス。セオ、また今度ね」
「はい……」
セオは喉から絞り出したような声で、かろうじて返事をしていた。僕はぐいっと手を引っ張られ、フィオーネの後ろについていくしかなかった。
この日から、僕の生活は一変してしまった。
当時、フィオーネの希望もあって、僕は週に一度王宮のお茶会に参加していた。パーティー以後もお茶会は続いたが、フィオーネは僕の話を全て無視するようになった。
フィオーネは僕のことを無視するが、王宮から招待されればお茶会に出席しなければならない。
フィオーネの考えていることがわからなかった。僕のことが嫌になったなら、お茶会なんて誘わなきゃいいのに。
ある日のお茶会の後、フィオーネの部屋に招待された。久しぶりにフィオーネが話してくれて、ひどくほっとしたのを覚えている。
「マリス、俺に無視されて悲しかった?」
ソファに優雅に座るフィオーネは、淡々とした口調で言った。
「はい……」
「そう。じゃあ、もう俺に無視されたくない?」
「はい」
「ふーん。ならさ、マリスのことを無視しないであげるから、代わりに俺の言う事聞いてくれる?」
「え……」
思ってもいなかった言葉に、脳がフリーズする。
「嫌なら別にいいよ? この先ずっとマリスのことをいないものとして扱うだけだから。結婚した後もずっとマリスのことは無視するし、他の人とも結婚するから」
「え、でも」
「マリスは重婚できないから、一生お城の中で独りぼっちだけど、マリスがそれでいいなら俺はこのままで構わないよ」
「いやです……」
「じゃあ、俺の言う事だけを聞いてくれる?」
「……はい。わかりました」
フィオーネはにやりと笑った。したり顔も天使のように美しかった。
***
「ん……?」
目が思うように開かない。うっすらと開いた瞼から見えるのはいつもの自室の天井だったが、どこからか違和感を覚えた。
「おい、起きたか?」
扉が開き、セオリアスが部屋に入ってきた。
(えっ!? ……あ、そうか。昨日、僕……)
昨日、セオリアスの部屋でさんざん泣き散らしたのだった。途中から記憶が無いが、セオリアスがベッドに運んでくれたのかもしれない。
「おい。おーい? マ・リ・ス・君?」
「お、起きた。その、おはよう」
もぞもぞと起き上がる。あまり腫れた瞼を見られたくなくて、顔は伏せたまま上半身だけをベッドから起こした。
「もう授業は終わってるから」
「え!? やば、どうしよ……あ、カミールが……」
「学年主任には休みだって言っておいたぜ。カミール王子は知らん」
休みの連絡までしてくれたなんて……。セオリアスの優しさに、思わず泣きそうになった。
「セオリアス、その……本当にありがとう。いろいろと迷惑かけてごめんなさい」
「お前が気にすることじゃないだろ。全部フィオーネが悪い」
「でも……本当にありがとう。パジャマも洗って返すね。あ、下着も……新しいやつ買って返す」
「あぁ。……いや、いらね。全部やるよ」
「でも」
「早く帰らねえと、エルヴィと出くわすぞ」
「えっ!?」
久しぶりに大きな声が出た。ハッとしてすぐに声のトーンを落ち着ける。
「え、エルヴィと同室なの!?」
「ああ、そうだが……そんなに驚くことか?」
「い、いや……なんか、意外だなって」
「意外もなにも、部屋割りはランダムだろうが……って、いいからほら! そんだけ元気になれば帰れるだろ!」
「あ、う、うん。ごめん。今度絶対お礼するから! 本当にありがとう!」
僕は、昨日パーティーで着てたユニフォームを手に持ち、セオリアスのパジャマを来たまま部屋を後にした。
廊下に出ると、すぐそこにエルヴィがいて、ばっちり目が合ってしまった。
「あ」
エルヴィに声をかけられる前に、そそくさと廊下を歩く。
一日ぶりに自室に戻った僕は、早々にシャワーを浴びて自分の部屋に引き篭もった。
また、昔の夢だ……。
これは、マリスが10歳になり、フィオーネに婚約者として紹介されてからの記憶だ。
マリスは――僕は、フィオーネと結婚なんてしたくなかった。だって、僕にはもう、セオがいたから。僕はセオと結婚したい。セオの方が先に約束してたのに。
大人の都合で自分の未来が決められてしまうのが嫌だった。しかし、全てが自分の希望通りにいくわけではないことにも気づき始めていた。セオとの結婚が叶うことはないということにも……。
僕がセオと二度目に会ったのは、僕が10歳の時の王宮パーティーだった。
いつもなら父の後ろをついていくだけだったが、この時はフィオーネの希望もあって、フィオーネと一緒に行動していた。フィオーネは11歳ながらにいろいろな人とお話していて、これでは隠れる背中が父からフィオーネに変わっただけじゃないか、と思っていた。
フィオーネは王子だから、カンテミール公爵も例に漏れずフィオーネに挨拶していた。
「あ」
「あ!」
カンテミール公爵の後ろにいたセオと僕の声が重なる。セオの顔を見た瞬間、つまらなかったパーティーが一気に楽しくなった。
「マリスくん」
セオは公爵の背中を抜けて、僕の方へ来てくれた。フィオーネの顔を窺うと、フィオーネはまだ近くの人と話をしていたので、こっそりセオと一緒に、フィオーネたちの輪から抜け出した。
「久しぶりだね。えっと、僕のこと覚えててくれた?」
セオがいじらしく言う。
「もちろん!」
「マリスくん、フィオーネ殿下と結婚するんでしょ? えっと、おめでとう。よかったね!」
セオは無邪気に言った。僕は心が芯から凍るような感覚に陥った。
「ど、どうして『おめでとう』なの? セオくんは、僕と結婚、したくなくなっちゃったの?」
「ううん。だけど、王子様と結婚した方がいいでしょ? 皆の夢だってお父様も言っていたよ」
「そうかもしれないけど……。でも、僕はセオくんと――」
「マリス。勝手にどっか行かないでよ」
後ろから現れたフィオーネが、僕の言葉を遮る。
「セオ、久しぶりだね。マリスと君が仲良しだったなんて意外だな」
「フィオーネ殿下……」
フィオーネはいつもの優しい笑顔じゃなくて、初めて見るような冷たい表情だった。僕もセオも、フィオーネが怖くなって黙ってしまう。
「行こうかマリス。セオ、また今度ね」
「はい……」
セオは喉から絞り出したような声で、かろうじて返事をしていた。僕はぐいっと手を引っ張られ、フィオーネの後ろについていくしかなかった。
この日から、僕の生活は一変してしまった。
当時、フィオーネの希望もあって、僕は週に一度王宮のお茶会に参加していた。パーティー以後もお茶会は続いたが、フィオーネは僕の話を全て無視するようになった。
フィオーネは僕のことを無視するが、王宮から招待されればお茶会に出席しなければならない。
フィオーネの考えていることがわからなかった。僕のことが嫌になったなら、お茶会なんて誘わなきゃいいのに。
ある日のお茶会の後、フィオーネの部屋に招待された。久しぶりにフィオーネが話してくれて、ひどくほっとしたのを覚えている。
「マリス、俺に無視されて悲しかった?」
ソファに優雅に座るフィオーネは、淡々とした口調で言った。
「はい……」
「そう。じゃあ、もう俺に無視されたくない?」
「はい」
「ふーん。ならさ、マリスのことを無視しないであげるから、代わりに俺の言う事聞いてくれる?」
「え……」
思ってもいなかった言葉に、脳がフリーズする。
「嫌なら別にいいよ? この先ずっとマリスのことをいないものとして扱うだけだから。結婚した後もずっとマリスのことは無視するし、他の人とも結婚するから」
「え、でも」
「マリスは重婚できないから、一生お城の中で独りぼっちだけど、マリスがそれでいいなら俺はこのままで構わないよ」
「いやです……」
「じゃあ、俺の言う事だけを聞いてくれる?」
「……はい。わかりました」
フィオーネはにやりと笑った。したり顔も天使のように美しかった。
***
「ん……?」
目が思うように開かない。うっすらと開いた瞼から見えるのはいつもの自室の天井だったが、どこからか違和感を覚えた。
「おい、起きたか?」
扉が開き、セオリアスが部屋に入ってきた。
(えっ!? ……あ、そうか。昨日、僕……)
昨日、セオリアスの部屋でさんざん泣き散らしたのだった。途中から記憶が無いが、セオリアスがベッドに運んでくれたのかもしれない。
「おい。おーい? マ・リ・ス・君?」
「お、起きた。その、おはよう」
もぞもぞと起き上がる。あまり腫れた瞼を見られたくなくて、顔は伏せたまま上半身だけをベッドから起こした。
「もう授業は終わってるから」
「え!? やば、どうしよ……あ、カミールが……」
「学年主任には休みだって言っておいたぜ。カミール王子は知らん」
休みの連絡までしてくれたなんて……。セオリアスの優しさに、思わず泣きそうになった。
「セオリアス、その……本当にありがとう。いろいろと迷惑かけてごめんなさい」
「お前が気にすることじゃないだろ。全部フィオーネが悪い」
「でも……本当にありがとう。パジャマも洗って返すね。あ、下着も……新しいやつ買って返す」
「あぁ。……いや、いらね。全部やるよ」
「でも」
「早く帰らねえと、エルヴィと出くわすぞ」
「えっ!?」
久しぶりに大きな声が出た。ハッとしてすぐに声のトーンを落ち着ける。
「え、エルヴィと同室なの!?」
「ああ、そうだが……そんなに驚くことか?」
「い、いや……なんか、意外だなって」
「意外もなにも、部屋割りはランダムだろうが……って、いいからほら! そんだけ元気になれば帰れるだろ!」
「あ、う、うん。ごめん。今度絶対お礼するから! 本当にありがとう!」
僕は、昨日パーティーで着てたユニフォームを手に持ち、セオリアスのパジャマを来たまま部屋を後にした。
廊下に出ると、すぐそこにエルヴィがいて、ばっちり目が合ってしまった。
「あ」
エルヴィに声をかけられる前に、そそくさと廊下を歩く。
一日ぶりに自室に戻った僕は、早々にシャワーを浴びて自分の部屋に引き篭もった。
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