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1年生
ボヤ騒ぎ事件
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体育祭も学園祭も終わり、僕たちは変わらぬ日常を過ごしていた。
あっという間に11月になり、今年最後の定期テストも終わった。僕の学園順位は35位と前回よりも上がっている。
学園祭の後から、エチカとは以前のように堂々と話している。教室内でエチカと一緒にいてもセオリアスは何も言ってこないので、あの脅しは本当に口だけだったのだろう。
エチカによると、あの時倉庫で僕たちを閉じ込めた生徒は、フィオーネのガチ恋ファンらしい。
リュゼのおかげで「マリスがエチカを閉じ込めた」という嘘はすぐに剥がれ、嘘の報告をした生徒は1週間学園内を掃除するという罰を与えられたようだ。
今日は週末なので、エチカの部屋にお邪魔している。
グランはまだ部屋に戻っておらず、2人でお茶を飲みながら雑談をしていた。
「あれ……?」
エチカの長袖シャツの隙間から、チラリと痣が見えた気がした。
「どうしたの?」
「エチカ、その腕……」
「あ、見えちゃった?」
エチカはヘラリと笑い、袖を伸ばして痣を隠した。
「ドジってぶつけちゃったんだ。最近多くてさ~、ほんと困っちゃうよね」
「困っちゃうって……気をつけてよ。その傷も痛そうだし……」
「見た目ほど痛くないから大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
なにかが胸に引っかかった気がしたが、エチカは気にしてなさそうなので僕も気にしないことにした。
しばらくしてグランが戻ってきたので、僕も自室に帰ることにした。
12月になり、本格的に寒くなってきた。何度起こしてもリュゼがベッドから出てこないので、諦めて1人で登校する。
寮から校舎に繋がる廊下を歩いていると、何やら慌てた様子の生徒が僕のところまで駆けてきた。
「ち、ちょうどいいところに……! あ、あの、教室でボヤがあって……!」
「ええ!? 僕、先生に伝えてくる!」
職員室まで急ごうとしたら腕を掴まれた。
「ま、待って……! 先生にはもう言ってあるから、マリス君はバケツの中に水を入れて教室まで行ってほしいんだ。僕も後からバケツを持っていくよ!」
「う、うん。わかった!」
僕はトイレまで急いだ。トイレなら水もあるしバケツもある。
バケツに並々水を注ぎ、慌てて教室まで向かう。バケツが重く、足取りがよたよたしてしまうが、とにかく急いだ。
教室のドアを開け、一歩踏み出したら何かにひっかかり思い切りつんのめった。
「ああっ……!」
僕の手の中にあるバケツの水が、たまたま目の前にいた生徒ーーエチカにぶっかかった。
「ああっ……!!」
教室の中がざわめく。
「え、何どういうこと?」
「なんでバケツ持ってるの……?」
「エチカ君大丈夫!?」
僕とエチカを囲うように生徒が集まってくる。
「え、エチカ、ごめんっ、本当にごめん……! てか、ボヤは……?」
立ち上がってエチカの方に寄ろうとしたら、横から思い切り肩を押されて突き飛ばされた。
見たことない女の子だった。普段エチカ達としか関わらないから名前もわからない。もしかしたらどこかの社交パーティーで会ってたかもしれないけれど、全く記憶になかった。
「最っ低!! こんなに寒い日に水をぶっかけるなんて!! エチカ、これで水拭きなよ!」
「え、あ、ありがとう。あ、マリス、気にしないでいいからね」
エチカは女の子から受け取ったハンカチで軽く体を拭いている。寒いのか歯をカチカチと鳴らしていた。
僕は呆然としていて、立ち上がることも忘れていた。
(ど、どういうこと……? てか、ボヤは……? 先生は……?)
教室の外からバタバタと走ってくる音が聞こえ、先程僕にバケツを持ってくるよう言ってきた生徒が教室に入ってきた。
「あ、」
「大変だ!! マリス君がバケツを持ってて、なんだか挙動もおかしくて……って、何、この状況!?」
「え、は!?」
「もしかして、マリス君がエチカ君に水をかけたのか!? やっぱり……今までの嫌がらせもきっとマリス君の仕業だったんだ。そんなにエチカ君にフィオーネ様をとられるのが気に食わなかったのか!?」
痛い視線が突き刺さった。みんなの僕を見る目がみるみるうちに変わっていく。
「ま、待って。何のこと? どういうこと? 嫌がらせって? それより、ボヤは……?」
「しらばっくれるなよ! 何をわけのわからないことを言っているんだ!!」
それは僕のセリフだ。冷静になってきた途端、冷水を浴びたエチカのことが気に掛かった。
僕は再び立ち上がってエチカの方へ行く。
「エチカ、本当にごめん!! 寒いよね、とりあえずこれ……」
僕はブレザーを脱いでエチカにかける。
「あ、ありが……」
「今さらいい子ぶってんじゃねえよ!」
エチカの声を遮り、1人の生徒が声を荒げた。それから野次が飛び始め、教室の中が騒つく。
(何が起こってるの……? 僕がエチカにわざと水をかけたと思われてるの……? それに嫌がらせって……)
エチカの腕の痣のことが頭をよぎった。不意にガターンと大きな音が鳴り、騒がしかった教室が静かになる。
1人だけずっと席に座っていたセオリアスが、隣の椅子を思い切り蹴飛ばしたのだ。
「さっきからうるせえんだよ。おい、エチカ。お前も寒いんだったらさっさと着替えてこい」
「う、うん」
エチカはふらりと教室から出ていった。
「チッ。水ぶっかけられたくらいで騒いでんじゃねえよ。アホ共」
教室内では地獄のような沈黙が続いた。少しして、始業のチャイムが鳴ると同時にリュゼとグランが入ってきた。
あっという間に11月になり、今年最後の定期テストも終わった。僕の学園順位は35位と前回よりも上がっている。
学園祭の後から、エチカとは以前のように堂々と話している。教室内でエチカと一緒にいてもセオリアスは何も言ってこないので、あの脅しは本当に口だけだったのだろう。
エチカによると、あの時倉庫で僕たちを閉じ込めた生徒は、フィオーネのガチ恋ファンらしい。
リュゼのおかげで「マリスがエチカを閉じ込めた」という嘘はすぐに剥がれ、嘘の報告をした生徒は1週間学園内を掃除するという罰を与えられたようだ。
今日は週末なので、エチカの部屋にお邪魔している。
グランはまだ部屋に戻っておらず、2人でお茶を飲みながら雑談をしていた。
「あれ……?」
エチカの長袖シャツの隙間から、チラリと痣が見えた気がした。
「どうしたの?」
「エチカ、その腕……」
「あ、見えちゃった?」
エチカはヘラリと笑い、袖を伸ばして痣を隠した。
「ドジってぶつけちゃったんだ。最近多くてさ~、ほんと困っちゃうよね」
「困っちゃうって……気をつけてよ。その傷も痛そうだし……」
「見た目ほど痛くないから大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
なにかが胸に引っかかった気がしたが、エチカは気にしてなさそうなので僕も気にしないことにした。
しばらくしてグランが戻ってきたので、僕も自室に帰ることにした。
12月になり、本格的に寒くなってきた。何度起こしてもリュゼがベッドから出てこないので、諦めて1人で登校する。
寮から校舎に繋がる廊下を歩いていると、何やら慌てた様子の生徒が僕のところまで駆けてきた。
「ち、ちょうどいいところに……! あ、あの、教室でボヤがあって……!」
「ええ!? 僕、先生に伝えてくる!」
職員室まで急ごうとしたら腕を掴まれた。
「ま、待って……! 先生にはもう言ってあるから、マリス君はバケツの中に水を入れて教室まで行ってほしいんだ。僕も後からバケツを持っていくよ!」
「う、うん。わかった!」
僕はトイレまで急いだ。トイレなら水もあるしバケツもある。
バケツに並々水を注ぎ、慌てて教室まで向かう。バケツが重く、足取りがよたよたしてしまうが、とにかく急いだ。
教室のドアを開け、一歩踏み出したら何かにひっかかり思い切りつんのめった。
「ああっ……!」
僕の手の中にあるバケツの水が、たまたま目の前にいた生徒ーーエチカにぶっかかった。
「ああっ……!!」
教室の中がざわめく。
「え、何どういうこと?」
「なんでバケツ持ってるの……?」
「エチカ君大丈夫!?」
僕とエチカを囲うように生徒が集まってくる。
「え、エチカ、ごめんっ、本当にごめん……! てか、ボヤは……?」
立ち上がってエチカの方に寄ろうとしたら、横から思い切り肩を押されて突き飛ばされた。
見たことない女の子だった。普段エチカ達としか関わらないから名前もわからない。もしかしたらどこかの社交パーティーで会ってたかもしれないけれど、全く記憶になかった。
「最っ低!! こんなに寒い日に水をぶっかけるなんて!! エチカ、これで水拭きなよ!」
「え、あ、ありがとう。あ、マリス、気にしないでいいからね」
エチカは女の子から受け取ったハンカチで軽く体を拭いている。寒いのか歯をカチカチと鳴らしていた。
僕は呆然としていて、立ち上がることも忘れていた。
(ど、どういうこと……? てか、ボヤは……? 先生は……?)
教室の外からバタバタと走ってくる音が聞こえ、先程僕にバケツを持ってくるよう言ってきた生徒が教室に入ってきた。
「あ、」
「大変だ!! マリス君がバケツを持ってて、なんだか挙動もおかしくて……って、何、この状況!?」
「え、は!?」
「もしかして、マリス君がエチカ君に水をかけたのか!? やっぱり……今までの嫌がらせもきっとマリス君の仕業だったんだ。そんなにエチカ君にフィオーネ様をとられるのが気に食わなかったのか!?」
痛い視線が突き刺さった。みんなの僕を見る目がみるみるうちに変わっていく。
「ま、待って。何のこと? どういうこと? 嫌がらせって? それより、ボヤは……?」
「しらばっくれるなよ! 何をわけのわからないことを言っているんだ!!」
それは僕のセリフだ。冷静になってきた途端、冷水を浴びたエチカのことが気に掛かった。
僕は再び立ち上がってエチカの方へ行く。
「エチカ、本当にごめん!! 寒いよね、とりあえずこれ……」
僕はブレザーを脱いでエチカにかける。
「あ、ありが……」
「今さらいい子ぶってんじゃねえよ!」
エチカの声を遮り、1人の生徒が声を荒げた。それから野次が飛び始め、教室の中が騒つく。
(何が起こってるの……? 僕がエチカにわざと水をかけたと思われてるの……? それに嫌がらせって……)
エチカの腕の痣のことが頭をよぎった。不意にガターンと大きな音が鳴り、騒がしかった教室が静かになる。
1人だけずっと席に座っていたセオリアスが、隣の椅子を思い切り蹴飛ばしたのだ。
「さっきからうるせえんだよ。おい、エチカ。お前も寒いんだったらさっさと着替えてこい」
「う、うん」
エチカはふらりと教室から出ていった。
「チッ。水ぶっかけられたくらいで騒いでんじゃねえよ。アホ共」
教室内では地獄のような沈黙が続いた。少しして、始業のチャイムが鳴ると同時にリュゼとグランが入ってきた。
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