転生した悪役令息は破滅エンドをなかなか回避できない

ハバーシャム

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1年生

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 9月になり、新学期が始まって何日か過ぎた。建国祭でのことを思い出してしまうので、僕はなんとなくエチカを避ける日々を過ごしている。

 9月中旬に体育祭があるためか、学園内が活気づいているようだった。体育祭の参加は任意で、主に騎士志望者のためのイベントだ。

 といっても、体育祭の内容は現代日本の運動会とほとんど同じである。赤、青、黄、緑、白の五色のチームに分かれており、それぞれの学年でくじ引きをしてチームを分ける。
 クラスがないので学籍番号順に5ブロックに分かれ、ブロックの代表者がくじを引きチームが決まるという仕組みだ。

 このイベントでは攻略対象者で騎士団長の息子であるエルヴィの好感度を大幅に上げることができる。



 エチカに話しかけられないようにと、今日も授業が終わると同時に教室を出た。足早に自室へ戻ろうと寮の廊下を歩いていると、後ろから思い切り腕を引っ張られた。

「マリス!」

 振り向くと、エチカが心配そうに僕を見ていた。走って追いかけてきたのか、息が上がっている。

「夏休みが明けてから様子が変だよ。何かあった?」
「……っ。別に、何もないよ」
「嘘。マリス、すごく辛そうな顔してるよ」

 誰のせいで、と心の中のマリスが吠える。このままでは、僕は本当にエチカに加害をしてしまうと思い、僕は正直に話すことにした。

「お祭りでエチカとフィオーネ様が一緒にいるところを見てから……胸が苦しくて……」
「あぁー、あれは好感度調整のために行っただけだから安心してよ! それにしても、マリスはぼくに嫉妬しちゃうくらいフィオーネのことが好きなんだ。いいね! ぼく、応援するよ!」

 いつもなら癒されるエチカの眩しい笑顔も、今は僕の癇に障るだけだった。

「やめてよ……僕……僕は、別にフィオーネ様……いや、フィオーネのことは好きじゃない。僕の中にいるマリスの感情が勝手に暴走してるんだ」
「でも、それって前世の記憶に引っ張られているだけで、君がマリスなのには違いないだろ。つまり、その感情は君自身のものなんじゃないの?」
「違うってば!!」

 場所も忘れて大声を出してしまった。幸い廊下には誰の気配もなく、僕の声が響くだけだった。

「……とにかく、破滅エンドは避けたいけど、フィオーネと結婚する気はないから。ごめん、ちょっと、頭冷やしてくる」

 僕はエチカに背を向け廊下を早足で歩いた。後ろから「待って!」と聞こえたが、振り返る気力も湧かなかった。


 自室に戻る気にもなれず、テラスを目指してとぼとぼと廊下を歩いていると、後ろから「おい」と声をかけられた。僕は声を無視して歩き続ける。

「おい、てめえ、俺を無視するなんでいい度胸じゃねえか」

 腕を引っ張られたので、仕方なく足を止める。振り返ると、セオリアスがにやけた顔で僕を見下ろしていた。

「お前、フィオーネ殿下と結婚する気無いんだって?」

 セオリアスは僕に顔を近づけ、耳元で囁くように言った。

「ど、どこでそんな……」
「あんだけでけえ声で話してたら聞こえるだろ」

 僕の顔から血の気が引いた。

「ほ、他に、人は居た?」
「居なかったぜ。お前の不敬発言を聞いていたのは俺とアイツだけだな」

 その言葉に少しだけ胸を撫で下ろす。裏でフィオーネと結婚する気はないなどと言っているのが知られたら、不敬すぎて父や兄にもきっと迷惑がかかる。

 メタ発言も聞かれてしまったが、まあどうせ意味がわからないだろうし、聞き流してくれるだろう。

「そうなんだ。じゃあ僕はテラスに行くから……」
「ああ、俺も一緒に行く。たまには仲良く話そうぜ? マリスちゃん」

 セオリアスは強引に僕の腕を引っ張り、僕を引きずりながらテラスへと向かった。テラスには、体育祭の準備をする生徒が居ていつもより混んでいる。
 
 セオリアスは開いている席にどかりと腰を下ろした。僕はテラスに備え付けられている紅茶を二人分淹れ、セオリアスの向かいに座った。

「なあ」

 黙って茶を啜っていると、セオリアスの方から口を開いた。僕は自分の膝に視線を落とし、次の言葉を待つ。

「さっきの、バラされたくなかったら俺の言う事聞けよ」
「え……?」

 僕は目を見開いてセオリアスの方を見やった。セオリアスの顔はどこか楽しそうだった。

「お前、今日からエチカに接近禁止な」
「はあ!?」
「なんだよ。お前だって正直ムカついてんだろ?」
「別に、ムカついてなんか……」

 セオリアスはにやにやと意地悪な顔をして僕の様子を窺っている。

「もし断るって言ったら?」
「お前に拒否権は無い。なあ、アスムベルク家のマリスくん?」
「……」

(最っ低……。僕ってば、なんて男を推していたんだ……)

 心の中で悪態をついてからはっとした。

(いや、最低なのは僕の方か……僕なんかが、いくら本人が居ないからってフィオーネ様を振ろうとするとか、不敬も甚だしい……)

 セオリアスはぐいっと紅茶を口に入れると席を立った。

「じゃ、これからよろしくな。マリスちゃん」

 セオリアスは僕の肩をぽんと叩いて去っていった。僕はほっと息を吐く。

(戻ろ……)

 二人分のカップを片付け、今度こそ自室へ戻った。
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