転生した悪役令息は破滅エンドをなかなか回避できない

ハバーシャム

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1年生

嫌な感情

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 あっという間に太陽が落ち、月が見え始めていた。王都の祭りは夜からが本番である。昼間よりも人が増え、屋台の数も増えた。

(そういえば、王都の夏祭りはゲームにもあったな)

 作中ではただの好感度アップイベントとして描写される。花火と攻略対象者が描かれたスチルを見ることができるイベントだ。

「今日のお祭りは視察も兼ねているんだ。領地のお祭りをもっと活性化させないといけないからね」

 一通りの屋台を回った後、果物に飴をコーティングしたお菓子を齧りながら兄が話してくれた。

「アスムベルク領はまだまだ発展途上だ。もっと頑張らないとな」

 ちろ、と赤い舌で飴を舐めながら、兄ははにかんだ。兄は、僕の5つ上で21歳である。学校を卒業してすぐ――18歳の時から父の仕事を手伝っている。

(すごいよなあ……前世の僕なんて、同じ年でバイトすらしてなかったよ)

「マリスはそろそろ妃教育を受けないとだね。なんたって王太子の許嫁なんだから」

 突然の言葉に、飲み込もうとした果物の欠片を誤嚥してしまい、思い切りせき込んだ。兄が慌てて背中をさすってくれる。

「マリス、大丈夫か?」
「す、すみません。びっくりして……あ、ありがとう」

 見かねたラルフが水を差しだしてくれた。一口飲んだら咳も落ち着いた。

「あ、ほらマリス。花火が始まるよ!」

 兄の言葉に空を見上げると、大きな花火が空に咲いた。人々は足を止め、空を見上げている。

「綺麗だな」

 ちらりと兄の方を窺うと、兄の瞳がキラキラと花火を映している。ふと、僕の視線の先にある人混みにエチカの姿が見えた。

「ノエル兄様、友達の姿が見えたのでちょっと話してきます」
「ああ。あまり遠くへは行くなよ」
「はい」

 人込みに目を凝らしてエチカを探す。花火を見上げているエチカの姿を捉え、エチカの傍にいた男の姿に凍り付いた。

 地味目な服に藍色のローブを纏い、フードを被ったその男は、変装しているフィオーネだった。フードに隠れた顔は良く見えなかったが、ゲームの姿と全く同じなのだ。

(フィオーネ様……なんで、どうして……僕じゃなくて、エチカと……?)

 無意識な自分の思考に、はっと我に返る。

(あれ、僕なんで……違うのに……マリス、落ち着いて)

 バクバクと鼓動が高鳴り、どす黒い感情を抑えることができない。夏祭りのイベントは、攻略対象者が主人公を誘い、それを承諾するか選ぶことができる。つまり、エチカはフィオーネの誘いに乗ったということだ。

(信じてたのに……違う、やめて……こんな感情持ちたくないのに……)

 フードの中からチラリと見えたフィオーネの表情は見たことがないくらい優しくて幸せそうだった。二人の距離は近く、まるで恋人同士のような……。

 だんだんと呼吸が浅くなり、その場にしゃがみ込みたくなった。

(僕の婚約者なのに……違う……どうして僕じゃなくてエチカが……違う、どうしよう。やめて……マリス!)

「おい」

 不意に視界が暗くなり、上から聞き覚えのある声が聞こえた。

「セ、セオリアス……?」

 僕の視界を遮っているのはセオリアスの手だった。身をよじって離れようとしたが、僕の顔を覆っている手に余計に力を込められてしまう。

「離してよ!」
「お前、背だけじゃなくて顔も小せえのな」

 感情的になっていつもより大きな声を出してしまったけれど、セオリアスは小馬鹿にしたように笑うだけだった。

「離してってば……もう兄様のところに戻るから……」

 少し涙声になって言うと、漸く手を離してくれた。セオリアスの方を見ると、意外にも真顔で僕を見下ろしていた。小馬鹿にした笑みを浮かべていると思ったので、拍子抜けだ。

「俺もマリスのニイサマに挨拶しに行こうか、なんてな」
「いや、来なくていいから!」

 心優しい兄にまで意地悪な事を言われたらたまったものではない。

「冗談に決まってんだろ! つまんねーの」

 セオリアスはそう言うと、興味を失ったのか頭の後ろに手を組んで人込みの中に紛れていった。

(何だったんだ……)

 いつの間にか、僕の中にあるどす黒い感情は無くなっていた。


「マリス、友達と何かあった?」

 家に帰る途中の馬車で、兄が心配そうに僕の顔を覗き込んだ。

「あ、いえ……。ただ、ちょっと人込みに少し疲れてしまって」
「そうか。そういえばマリスは昔から人込みが苦手だったな」

 兄はそれから、楽しそうに昔話を始めた。僕はそれを聞きつつぼんやりと外の景色を眺めていた。
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