25 / 120
1年生
嫌な感情
しおりを挟む
あっという間に太陽が落ち、月が見え始めていた。王都の祭りは夜からが本番である。昼間よりも人が増え、屋台の数も増えた。
(そういえば、王都の夏祭りはゲームにもあったな)
作中ではただの好感度アップイベントとして描写される。花火と攻略対象者が描かれたスチルを見ることができるイベントだ。
「今日のお祭りは視察も兼ねているんだ。領地のお祭りをもっと活性化させないといけないからね」
一通りの屋台を回った後、果物に飴をコーティングしたお菓子を齧りながら兄が話してくれた。
「アスムベルク領はまだまだ発展途上だ。もっと頑張らないとな」
ちろ、と赤い舌で飴を舐めながら、兄ははにかんだ。兄は、僕の5つ上で21歳である。学校を卒業してすぐ――18歳の時から父の仕事を手伝っている。
(すごいよなあ……前世の僕なんて、同じ年でバイトすらしてなかったよ)
「マリスはそろそろ妃教育を受けないとだね。なんたって王太子の許嫁なんだから」
突然の言葉に、飲み込もうとした果物の欠片を誤嚥してしまい、思い切りせき込んだ。兄が慌てて背中をさすってくれる。
「マリス、大丈夫か?」
「す、すみません。びっくりして……あ、ありがとう」
見かねたラルフが水を差しだしてくれた。一口飲んだら咳も落ち着いた。
「あ、ほらマリス。花火が始まるよ!」
兄の言葉に空を見上げると、大きな花火が空に咲いた。人々は足を止め、空を見上げている。
「綺麗だな」
ちらりと兄の方を窺うと、兄の瞳がキラキラと花火を映している。ふと、僕の視線の先にある人混みにエチカの姿が見えた。
「ノエル兄様、友達の姿が見えたのでちょっと話してきます」
「ああ。あまり遠くへは行くなよ」
「はい」
人込みに目を凝らしてエチカを探す。花火を見上げているエチカの姿を捉え、エチカの傍にいた男の姿に凍り付いた。
地味目な服に藍色のローブを纏い、フードを被ったその男は、変装しているフィオーネだった。フードに隠れた顔は良く見えなかったが、ゲームの姿と全く同じなのだ。
(フィオーネ様……なんで、どうして……僕じゃなくて、エチカと……?)
無意識な自分の思考に、はっと我に返る。
(あれ、僕なんで……違うのに……マリス、落ち着いて)
バクバクと鼓動が高鳴り、どす黒い感情を抑えることができない。夏祭りのイベントは、攻略対象者が主人公を誘い、それを承諾するか選ぶことができる。つまり、エチカはフィオーネの誘いに乗ったということだ。
(信じてたのに……違う、やめて……こんな感情持ちたくないのに……)
フードの中からチラリと見えたフィオーネの表情は見たことがないくらい優しくて幸せそうだった。二人の距離は近く、まるで恋人同士のような……。
だんだんと呼吸が浅くなり、その場にしゃがみ込みたくなった。
(僕の婚約者なのに……違う……どうして僕じゃなくてエチカが……違う、どうしよう。やめて……マリス!)
「おい」
不意に視界が暗くなり、上から聞き覚えのある声が聞こえた。
「セ、セオリアス……?」
僕の視界を遮っているのはセオリアスの手だった。身をよじって離れようとしたが、僕の顔を覆っている手に余計に力を込められてしまう。
「離してよ!」
「お前、背だけじゃなくて顔も小せえのな」
感情的になっていつもより大きな声を出してしまったけれど、セオリアスは小馬鹿にしたように笑うだけだった。
「離してってば……もう兄様のところに戻るから……」
少し涙声になって言うと、漸く手を離してくれた。セオリアスの方を見ると、意外にも真顔で僕を見下ろしていた。小馬鹿にした笑みを浮かべていると思ったので、拍子抜けだ。
「俺もマリスのニイサマに挨拶しに行こうか、なんてな」
「いや、来なくていいから!」
心優しい兄にまで意地悪な事を言われたらたまったものではない。
「冗談に決まってんだろ! つまんねーの」
セオリアスはそう言うと、興味を失ったのか頭の後ろに手を組んで人込みの中に紛れていった。
(何だったんだ……)
いつの間にか、僕の中にあるどす黒い感情は無くなっていた。
「マリス、友達と何かあった?」
家に帰る途中の馬車で、兄が心配そうに僕の顔を覗き込んだ。
「あ、いえ……。ただ、ちょっと人込みに少し疲れてしまって」
「そうか。そういえばマリスは昔から人込みが苦手だったな」
兄はそれから、楽しそうに昔話を始めた。僕はそれを聞きつつぼんやりと外の景色を眺めていた。
(そういえば、王都の夏祭りはゲームにもあったな)
作中ではただの好感度アップイベントとして描写される。花火と攻略対象者が描かれたスチルを見ることができるイベントだ。
「今日のお祭りは視察も兼ねているんだ。領地のお祭りをもっと活性化させないといけないからね」
一通りの屋台を回った後、果物に飴をコーティングしたお菓子を齧りながら兄が話してくれた。
「アスムベルク領はまだまだ発展途上だ。もっと頑張らないとな」
ちろ、と赤い舌で飴を舐めながら、兄ははにかんだ。兄は、僕の5つ上で21歳である。学校を卒業してすぐ――18歳の時から父の仕事を手伝っている。
(すごいよなあ……前世の僕なんて、同じ年でバイトすらしてなかったよ)
「マリスはそろそろ妃教育を受けないとだね。なんたって王太子の許嫁なんだから」
突然の言葉に、飲み込もうとした果物の欠片を誤嚥してしまい、思い切りせき込んだ。兄が慌てて背中をさすってくれる。
「マリス、大丈夫か?」
「す、すみません。びっくりして……あ、ありがとう」
見かねたラルフが水を差しだしてくれた。一口飲んだら咳も落ち着いた。
「あ、ほらマリス。花火が始まるよ!」
兄の言葉に空を見上げると、大きな花火が空に咲いた。人々は足を止め、空を見上げている。
「綺麗だな」
ちらりと兄の方を窺うと、兄の瞳がキラキラと花火を映している。ふと、僕の視線の先にある人混みにエチカの姿が見えた。
「ノエル兄様、友達の姿が見えたのでちょっと話してきます」
「ああ。あまり遠くへは行くなよ」
「はい」
人込みに目を凝らしてエチカを探す。花火を見上げているエチカの姿を捉え、エチカの傍にいた男の姿に凍り付いた。
地味目な服に藍色のローブを纏い、フードを被ったその男は、変装しているフィオーネだった。フードに隠れた顔は良く見えなかったが、ゲームの姿と全く同じなのだ。
(フィオーネ様……なんで、どうして……僕じゃなくて、エチカと……?)
無意識な自分の思考に、はっと我に返る。
(あれ、僕なんで……違うのに……マリス、落ち着いて)
バクバクと鼓動が高鳴り、どす黒い感情を抑えることができない。夏祭りのイベントは、攻略対象者が主人公を誘い、それを承諾するか選ぶことができる。つまり、エチカはフィオーネの誘いに乗ったということだ。
(信じてたのに……違う、やめて……こんな感情持ちたくないのに……)
フードの中からチラリと見えたフィオーネの表情は見たことがないくらい優しくて幸せそうだった。二人の距離は近く、まるで恋人同士のような……。
だんだんと呼吸が浅くなり、その場にしゃがみ込みたくなった。
(僕の婚約者なのに……違う……どうして僕じゃなくてエチカが……違う、どうしよう。やめて……マリス!)
「おい」
不意に視界が暗くなり、上から聞き覚えのある声が聞こえた。
「セ、セオリアス……?」
僕の視界を遮っているのはセオリアスの手だった。身をよじって離れようとしたが、僕の顔を覆っている手に余計に力を込められてしまう。
「離してよ!」
「お前、背だけじゃなくて顔も小せえのな」
感情的になっていつもより大きな声を出してしまったけれど、セオリアスは小馬鹿にしたように笑うだけだった。
「離してってば……もう兄様のところに戻るから……」
少し涙声になって言うと、漸く手を離してくれた。セオリアスの方を見ると、意外にも真顔で僕を見下ろしていた。小馬鹿にした笑みを浮かべていると思ったので、拍子抜けだ。
「俺もマリスのニイサマに挨拶しに行こうか、なんてな」
「いや、来なくていいから!」
心優しい兄にまで意地悪な事を言われたらたまったものではない。
「冗談に決まってんだろ! つまんねーの」
セオリアスはそう言うと、興味を失ったのか頭の後ろに手を組んで人込みの中に紛れていった。
(何だったんだ……)
いつの間にか、僕の中にあるどす黒い感情は無くなっていた。
「マリス、友達と何かあった?」
家に帰る途中の馬車で、兄が心配そうに僕の顔を覗き込んだ。
「あ、いえ……。ただ、ちょっと人込みに少し疲れてしまって」
「そうか。そういえばマリスは昔から人込みが苦手だったな」
兄はそれから、楽しそうに昔話を始めた。僕はそれを聞きつつぼんやりと外の景色を眺めていた。
22
お気に入りに追加
412
あなたにおすすめの小説

BLゲームのモブに転生したので壁になろうと思います
雪
BL
前世の記憶を持ったまま異世界に転生!
しかも転生先が前世で死ぬ直前に買ったBLゲームの世界で....!?
モブだったので安心して壁になろうとしたのだが....?
ゆっくり更新です。

悪役令嬢のモブ兄に転生したら、攻略対象から溺愛されてしまいました
藍沢真啓/庚あき
BL
俺──ルシアン・イベリスは学園の卒業パーティで起こった、妹ルシアが我が国の王子で婚約者で友人でもあるジュリアンから断罪される光景を見て思い出す。
(あ、これ乙女ゲームの悪役令嬢断罪シーンだ)と。
ちなみに、普通だったら攻略対象の立ち位置にあるべき筈なのに、予算の関係かモブ兄の俺。
しかし、うちの可愛い妹は、ゲームとは別の展開をして、会場から立ち去るのを追いかけようとしたら、攻略対象の一人で親友のリュカ・チューベローズに引き止められ、そして……。
気づけば、親友にでろっでろに溺愛されてしまったモブ兄の運命は──
異世界転生ラブラブコメディです。
ご都合主義な展開が多いので、苦手な方はお気を付けください。
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!
古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます!
7/15よりレンタル切り替えとなります。
紙書籍版もよろしくお願いします!
妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。
成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた!
これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。
「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」
「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」
「んもおおおっ!」
どうなる、俺の一人暮らし!
いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど!
※読み直しナッシング書き溜め。
※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。
転生先のぽっちゃり王子はただいま謹慎中につき各位ご配慮ねがいます!
梅村香子
BL
バカ王子の名をほしいままにしていたロベルティア王国のぽっちゃり王子テオドール。
あまりのわがままぶりに父王にとうとう激怒され、城の裏手にある館で謹慎していたある日。
突然、全く違う世界の日本人の記憶が自身の中に現れてしまった。
何が何だか分からないけど、どうやらそれは前世の自分の記憶のようで……?
人格も二人分が混ざり合い、不思議な現象に戸惑うも、一つだけ確かなことがある。
僕って最低最悪な王子じゃん!?
このままだと、破滅的未来しか残ってないし!
心を入れ替えてダイエットに勉強にと忙しい王子に、何やらきな臭い陰謀の影が見えはじめ――!?
これはもう、謹慎前にののしりまくって拒絶した専属護衛騎士に守ってもらうしかないじゃない!?
前世の記憶がよみがえった横暴王子の危機一髪な人生やりなおしストーリー!
騎士×王子の王道カップリングでお送りします。
第9回BL小説大賞の奨励賞をいただきました。
本当にありがとうございます!!
※本作に20歳未満の飲酒シーンが含まれます。作中の世界では飲酒可能年齢であるという設定で描写しております。実際の20歳未満による飲酒を推奨・容認する意図は全くありません。
推しのために、モブの俺は悪役令息に成り代わることに決めました!
華抹茶
BL
ある日突然、超強火のオタクだった前世の記憶が蘇った伯爵令息のエルバート。しかも今の自分は大好きだったBLゲームのモブだと気が付いた彼は、このままだと最推しの悪役令息が不幸な未来を迎えることも思い出す。そこで最推しに代わって自分が悪役令息になるためエルバートは猛勉強してゲームの舞台となる学園に入学し、悪役令息として振舞い始める。その結果、主人公やメインキャラクター達には目の敵にされ嫌われ生活を送る彼だけど、何故か最推しだけはエルバートに接近してきて――クールビューティ公爵令息と猪突猛進モブのハイテンションコミカルBLファンタジー!

恋人に捨てられた僕を拾ってくれたのは、憧れの騎士様でした
水瀬かずか
BL
仕事をクビになった。住んでいるところも追い出された。そしたら恋人に捨てられた。最後のお給料も全部奪われた。「役立たず」と蹴られて。
好きって言ってくれたのに。かわいいって言ってくれたのに。やっぱり、僕は駄目な子なんだ。
行き場をなくした僕を見つけてくれたのは、優しい騎士様だった。
強面騎士×不憫美青年
【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?
MEIKO
BL
【完結】そのうち番外編更新予定。伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷うだけだ┉。僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げた。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなの何で!?
※R対象話には『*』マーク付けますが、後半付近まで出て来ない予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる