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現在

束縛

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 どうして、自分から俺を捨てたくせに、今さら俺のことを好きと言ってくるのか分からなかった。
 だから逃げた。あれ以上あの場にいたら、余計なことを口走ってしまいそうだったからだ。

 ベランダから見ると、三時間経ってもずっと修也は立っていた。まぁ、しばらくすると帰っていったが。
(…もう、俺には関係ない…!)
 そう思うのに、モヤモヤが晴れない。


 次の日もそのまた次の日も、しつこいくらいに修也はマンションの下にいた。
(恭平に言う?)
 けれど、もし言ったら。きっと恭平は本当に通報してしまう。そんなの。
「俺が愛してるのは、恭平…」
 お腹をさする。慎也は確かに修也の子供だ。けれど何だかんだ言って、恭平は自分の子供のように可愛がってくれているし、慎也も恭平が父親だと信じて疑ったりしない。けれど恭平は自分を愛してくれて、自分との間にずっと子供が欲しかったのだ。
 恭平との子供を妊娠していると分かったとき、すぐに電話した。自分ももちろん喜んでいたけれど、恭平は顔を真っ赤にしてはしゃいで喜んだ。
「ありがとう」
 そう言ってくれた恭平を大切にしたい。


「…もう一週間だよ」
 エントランスから出てきた零に、修也が顔を上げる。
「零…!」
「近所の目だってあるんだからやめてよ」
「…お前とちゃんと話したいから、」
「入って」
「え…?」
「家、入って。今なら誰もいないから」
「でも、」
「話がしたいって言ったのは修也でしょ。来るの、来ないの」
「い、いく!」
 慌ててついてきた修也を中に通す。
「お、お邪魔します…」
「どーぞ」


「…あのさ」
「な、なんだ?」
 机に向かい合う形で座る。いつもは恭平が座っているところなので、修也が座るのは変な感じだ。
「慎也のことだけど」
「!」
「ハッキリ言えば、確かに慎也は恭平との子供じゃないよ」
「…じゃあ」
「…彼女と修也がカフェで待ち合わせた日、何の日か覚えてる?」
「え?っと…」
 やっぱり忘れてたんだな、なんて思いながら微笑が漏れる。
「付き合ってちょうど三年。…だから夜は修也の好きなものいっぱい作るつもりで、その時に子供のこと話そうって思ってたんだよね」
 だから、あの時の失望は果てしないものだった。俺のことを踏みにじり、修也を奪っていったあの女が憎かった。
 本当に、辛かった。
 案の定、修也はあんぐりと口を開けていた。
「…一人で生む予定だった。けれどやっぱり怖くて、もう死んじゃおうかななんて思ったときに、恭平は側にいてくれた」
 男だから、とあの時、修也は言った。そうだ。男だから、大丈夫だと思われた。親にも、回りにも。けれど子供を生むという時点で女と同じで、それに伴う恐怖も同じだ。
「慎也は恭平を父親だと思っている。恭平も、慎也を実の息子のようにかわいがってくれてる。…だから、今更だけど聞くね。…俺のなにがいけなかった?」
 あの時は怖くて聞けなかったこと。浮気される要因が、本当に分からなかった。
「…それは、もう俺のこと何とも思ってないから聞くのか」
「そうだよ。…俺が愛しているのはこれからもずっと、恭平だから」
「じゃあなんでこの家に上げたんだよッ!?」
 ガッと襟首を掴まれ、殴られる…と目を瞑った時だ。
 キス、された。
「…え…?」
「……殴ると、思ったのか?」
 そう言う修也の顔は、まるで自分が殴られたかのようだった。
「…お前は、俺の回りに女がいても嫉妬なんてしてなかった。どこか淡白で、それがいつも辛かった。本当は好かれてないんじゃないかっていつも考えてた」
「……そんな、こと」
 なかった。絶対になかった。だって俺は、ずっとヤキモチ妬いてた。
「俺ばっかり口にして、ダサいって分かってたけど、言わずにはいられなくて…それが嫌で仕方なかった」
 違う。俺は、言えなかっただけで。
「浮気したら、少しはお前も俺のこと束縛してくれるかなって思ったんだ」
「…修、也」
 優しく落とされるキスに、ダメだと頭のなかに声が響く。のに、目を瞑ってしまう。裏切られたのに。なのに、この心地いい温かさを感じていたい。

「なに、やってんだよ…!」

 その場の空気に流されて、自分から修也の首に手を回したときだ。
 恭平が入ってくる音に、気が付かなかった。
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