馬鹿な彼氏を持った日には

榎本 ぬこ

文字の大きさ
上 下
8 / 31
現在

ありえない偶然

しおりを挟む



「今日は俺が送り迎えするよ。恭平にいつも任せっきりで悪いし」
「そうか?でも、会社のついでだし」
 いつも慎也の幼稚園の送り迎えは恭平に任せているのだが、一度くらい自分も送り迎えしたいと思ったのだ。
「買い物もあるし、俺も行きたいから。最近は買い物さえも恭平に任せっきりでしょ?偶には外に出ないと!」
「そう?なら、別にいいけど」
「ありがと、恭平。慎也、今日は俺と一緒に幼稚園行くよ」
「ほんと?ママ、大好きっ!」
 初めは抵抗のあった『ママ』にも、今は普通に慣れている。
 Ωは少ないと思っていたが、結構いるところにはいるものだ。
「はい、恭平。お弁当」
「いつもありがと」
「気をつけてね」
「…あ、零」
「ん?」
「行く前に絶対、抑制剤飲んでから行けよ」
「分かってるって」
 一度、飲み忘れて外でフェロモンが出たことがある。その時の恭平の怒りようは散々なモノだった。
「じゃあ、行ってくる」
「うん。……あ、恭平」
「ん?」
「今日は、一緒に寝ようね」
 率直な言葉は出ないけれど、遠回しにお誘いを告げてみる。
「っ…き、今日は早く帰るから!先に慎也のこと、風呂に入れておいて!」
 焦る恭平がかわいい、なんて思ってしまう俺は多分末期だ。
「はいはい、行ってらっしゃい」
 流すフリをしながらも、頭の中で今日のスケジュールを組み立ててしまうのだった。


「おはようございます」
「あら、慎也くんのお母さん。おはようございます。珍しいですね、いつもはお父さんなのに」
「せんせーおはよー」
「慎也くん、おはよう」
 入学式の初めの方に見た、よく家で話を聞くユミ先生。慎也が一度プロポーズしているらしいが。
「お父さん、今日はどうされたんですか?」
「偶には俺がって思って。いつも家でのんびりしていると、日付の感覚がなくなるんですよね」
 ウソではない。
 というものの、零も一応仕事はしていた。特に有名でもない小説家だ。
 今は週刊誌にレギュラーで載せてもらってるくらいだけれど、所詮お小遣い稼ぎにすぎない。そこまで入り込む理由はないし、適度にやるように恭平からも条件として言われている。
 だが、家にいたらついつい作品を仕上げるのに没頭してしまうのだ。
 気がつけば日付が二日変わっていたなど、よくあることだ。
「じゃあ、お願いします」
「はーい」
「じゃあね、ママ……あ、ミサだ!」
 ミサ。確か今、慎也が好きな子。
「しんや、おはよー!」
 元気よく挨拶した女の子は、確かに可愛らしい女の子だった。
 顔を赤くする慎也を冷やかしてやりたくなる。
(へぇー、あの慎也が……ねぇ)
 月日が経つのって、意外と早い。
「あら、ミサちゃんのお父さん。こちらも珍しいですね」
 門へ向かおうとすると、後ろで声が聞こえた。そうか、今すれ違った人が。
 親として、挨拶をした方がいいか。
 そう考えた時、ちょうどタイミング良くユミ先生が呼んでくれた。
「慎也くんのお母さん、こちらの方、慎也くんといつも遊んでるミサちゃんのお父さんなんです!」
 この子ですよ、と手で示してくれる。
 あぁ、やっぱり。
 前に恭平が、『ミサちゃんのお母さんさぁ、結構いい人っぽかった。話しやすいから、零も今度、もし会うことがあったら挨拶しといたら?』と言っていたので、不思議な安心感があった。
「えっと…おはようございます」
 一応愛想笑いをして、相手の顔を見る。どうして、と言うくらい、相手の目に引き寄せられた。
「…あの?」
 不思議に思ったのか、ユミ先生が声をかけてきて、ようやく現実に戻り……それが現実であることを叩きつけられる。
「零……?」
「…修、也……」
 なんで、ここに。
 ありえない偶然だろ、これ。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

上手に啼いて

紺色橙
BL
■聡は10歳の初めての発情期の際、大輝に噛まれ番となった。それ以来関係を継続しているが、愛ではなく都合と情で続いている現状はそろそろ終わりが見えていた。 ■注意*独自オメガバース設定。■『それは愛か本能か』と同じ世界設定です。関係は一切なし。

もう遅いなんて言わせない

木葉茶々
BL
受けのことを蔑ろにしすぎて受けに出ていかれてから存在の大きさに気づき攻めが奮闘する話

Ωの皇妃

永峯 祥司
BL
転生者の男は皇后となる運命を背負った。しかし、その運命は「転移者」の少女によって狂い始める──一度狂った歯車は、もう止められない。

花婿候補は冴えないαでした

いち
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。 本番なしなのもたまにはと思って書いてみました! ※pixivに同様の作品を掲載しています

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

嘘の日の言葉を信じてはいけない

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
嘘の日--それは一年に一度だけユイさんに会える日。ユイさんは毎年僕を選んでくれるけど、毎回首筋を噛んでもらえずに施設に返される。それでも去り際に彼が「来年も選ぶから」と言ってくれるからその言葉を信じてまた一年待ち続ける。待ったところで選ばれる保証はどこにもない。オメガは相手を選べない。アルファに選んでもらうしかない。今年もモニター越しにユイさんの姿を見つけ、選んで欲しい気持ちでアピールをするけれど……。

捨てられオメガの幸せは

ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。 幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

処理中です...