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ヤンデレに安心という言葉はない
しおりを挟む「おいっ…!」
ガシッと肩を掴まれる。相手が達也だったらいいのにーーなんて。あり得ないのに。だってアイツはあの女と子供と、三人の家に帰っている。
「…煌、飲みすぎだ」
「あれ?来たんだ?」
やっぱり。ね?
「響也」
「……お前が変なメール送ってくるからだろ」
「なに送ったっけ?」
「『死んだ方がいいかもしれない』って……なんだよ。こんなベロンベロンに潰れやがって」
そういえば送った気がする。
目がとろんと潤んでいる煌に、響也がグッと息を飲む。けれどそんな様子にも気付かず、煌はおかわりを頼もうとした。
「おいやめろ!お前飲みすぎだって!」
「やーだー!のむの!」
まるで子供のように駄々を捏ねるので、仕方なく隣の席に座る。いつもは人がそこそこ入っているバーに、今日は自分たち以外の客はいない。
「すみません、これジュースに変えてもらえますか」
煌に聞こえないようにバーテンダーに言うと、どうやら彼も心配していたらしく、小さくこくんと頷かれる。
「…で?何でお前こんなになってんだよ」
「……達也に嫌われた」
「はぁ?」
あのヤンデレ男が煌を嫌うはずがないだろうと、首元に置かれた包丁をふと思い出して身震える。
「…離婚して、って、言っちゃった……」
「………え、それだけ?」
「それだけってなんだよ!もしかしたら二度と帰ってこないかも…どうしよう…!」
ぼろぼろと涙を零す煌になんと言えばいいのやら。…達也のフォローをするのは癪に触るけれど、煌を悲しませたくはない。
「…大丈夫だろ。むしろお前に言ってもらえたことに喜んでると思うけど…」
「……達也は俺じゃなくてもいいけど、俺は達也がいないと生きていけないもん…」
ーー馬鹿だなぁ。本当に、馬鹿な奴ら。
自分も含めて、馬鹿なのだろう。
「…だから、俺にしとけばいいじゃん。同い年だし、歳上だからとかで気ぃ使わなくていいじゃん。俺お前の為なら何でもやる」
「……俺、でも、達也が…」
どうやら眠くなったらしい。こっくりと目を瞑った煌に苦笑する。
「…俺は、子供なんかいなくても平気だし、浮気も絶対にしない。お前だけを見て、お前だけを大切にするから、だから」
俺を好きになったらいいのに。
「駄目だよ」
ビクッと、肩が揺れる。まさか、と思って響也は恐る恐る振り向いた。
「…何でいるんだよ…」
そこに立っていたのは間違いなく、煌だ。
「…こんなとこに一人で行くなんておかしいと思ったから来て見たら、案の定だよね」
「だからなんでここにいること知ってるんだよ怖えよ!」
「煌のスマホに居場所探知アプリ入れてるから」
ほらな、ヤンデレじゃねぇか。
「…で?口説いてるのは俺に殺されたいから?」
「お前な…」
「まぁそれはまた今度にしとくよ。近いうちに実家に帰るから」
「あ?」
実家に帰る?つまり、それは。
「離婚して、煌と籍入れる」
「……マジで?」
嘘だろ。まだしばらく離婚する気配は無かっただろう。
「だから兄さんの出る幕はないよ。…煌はもうずっと、俺のだ…」
うっとりと笑って、眠る煌をお姫様抱っこ。…これ起きた時に悲鳴上げるぞ。
「…俺の方が煌と上手くいくと思うけど」
「もし俺と別れて兄さんと付き合うってこの人が言ったらーーこの人殺して、俺も死ぬから安心して」
安心出来ねぇよ。
颯爽と立ち去った弟を尻目に、ため息をつきながらグラスを傾ける。
どうやら事情を察したのか、「サービスです」とバーテンダーが出してくれた淡い水色のそれは、甘いはずなのに苦かった。
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