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34,今では唯一の肉親

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 それを知ったのは、本当に偶々だった。ロイス・アグシェルトがこの度大学を卒業して文官の試験を受けたこと、やはり首席合格だったこと。
 公にすることは叶わないけれど、いつも自分に優しくしてくれた兄。生まれたその瞬間から弟だと言ってくれた兄。

「ローレン、いる?」
「はい?」

 柱の影から姿を表したローレンに、もう何も驚きはしまい。

「今年度の試験の首席合格の人って」
「あぁ、三名ですね。今年は御三家全てのご子息様が同時に首席合格でーーって、どうかしましたか?」
「…確か、リヴィウスが任命書渡すんだよね?」
「貴方も行くんですよ」
「……うん」

 今ここにいるのも生きているのも、全てロイス兄様のおかげだった。院長に売られたときも決して自殺なんてしようと思わなかったのは、助けられた命があったからだ。
 あのままアグシェルト公爵家にいようものなら、本当に殺されていた。
 だから本当に感謝しているのだ。何人いてもきっと、顔を見ればすぐに分かる。

「あ、先に警告しておきますけど。例えイケメンが三人いても絶対に見惚れたりしないで下さいよ。陛下が怖いので」
「あー、うん」

 大丈夫だと思う。その意味では見惚れたりしない。ただ懐かしい兄(今では兄と呼んでいいのか分からないが)の姿に魅入ることはあるかもしれない。

「分かってますね?絶対ですよ!?じゃないと俺がとばっちり食らうんですからね!!」
「はいはい、分かってるって」


 そんなやり取りをもう数え切れないほどした頃、ようやく任命式が執り行われた。

「レイ、疲れたらすぐに言え。無理はするなよ……そもそも部屋にいていいんだぞ」
「駄目ですよ、陛下。…王妃としての、貴方の妻としての役目はちゃんとさせてください」
「っ…抱き潰したい…」
「な、に言ってるんですかっ!」

 こんなところで、馬鹿じゃないのか。誰が聞いているか分からないというのに。

 やがて、宰相の声と共に各部官の長が長ったらしい挨拶をする。そしてーー国王と王妃の前に膝をついて挨拶をしたのは、御三家のうちの二人と、それから。

(ロイス兄様……っ!)

 いつになっても変わらない、端正な顔立ちに優しい目元。どんなときだって側にいてくれた、たった一人の兄。

「文官首席、ロイス・アグシェルト」

 名前を呼ばれたロイスが、ゆっくりと顔を上げて立ち上がる。
 そしてリヴィウスとレイの前で一礼した。

「ロイス・アグシェルト、国王陛下、並びに王妃様に御挨拶申し上げます」
「あぁ。これから精進するように」
「はっ」

 声をかけなければ。首席合格者には国王と王妃から声をかけるのが通例だ。けれど何を言えばいいのか、本人を目前にすればさっぱりだ。

「…レイ」
「あ……えっと…」

 静まり返る会場に、更に静けさが増す。

(どうしよう、どうしようっ…!)

 ロイスが訝しげに顔を上げた。その表情は何処と無く不快そうだ。

「あ、の」
「…レイ……?」

 ぽつりと、顔を上げたロイスが呟く。その瞬間、涙が込み上げてきた。覚えててくれたのかと、自分の存在を未だ記憶に刻んでいてくれたのかと。

 けれどレイの涙はどうやら変な意味で取られてしまったようだ。ロイスが名前を出したこともあるだろうが。

 ざわめく会場に、リヴィウスの重い声が響く。

「王妃は体調が思わしくない。…王妃、部屋に戻っていなさい」

 これはもう、確実な命令だった。

「…でも…」

 ロイスの方を振り替えると、信じられないといった驚愕の顔で立っていた。まさか孤児院に入れた弟が王妃だなんて、どういうことだと思っているのだろう。

「戻れと言っている」

 ギロッと睨まれてしまった。ローレンに連れられて、そそくさと会場を出る。
 それでもやはり止まらない涙に、ローレンは盛大なため息をついた。

「まさかお知り合いですか?アグシェルト様と?」
「…知り合い、うん、そうかも…」
「陛下のあそこまでキレた顔、久しぶりに見ましたよ。まさかアグシェルト様と元恋人だとか言わないでくださいよ」
「こ、恋人なんて、そんなわけない…!」
「それは後で陛下に御弁明お願いします。ていうかなんで泣いてるんですか…」

 もうこれ以上揉め事は起こしてくれるなよと思っていたのに、とローレンがもう一度ため息をつく。
 けれどそれでも止まらない涙。顔を見て気付いてくれたことの嬉しさ。

(ロイス兄様っ…!)

 大好きで大好きで仕方なかった、今では自分のたった一人の肉親。
 おめでとうの一言でも云えば良かったと、今更ながらに後悔するのだった。
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