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31,名乗ることは許されない
しおりを挟むこの国には御三家と謳われる名家が三つある。それらの家は全てこの国の建国に貢献した家であり、実に何百年の歴史を刻んでいる。その血筋には過去に王族の者と婚姻したことによる尊い血が流れている。
そしてその中でも一番の権力と名声、地位や財産を持つ家こそがアグシェルト公爵家である。
現当主は既に王城や政から退いており、別邸にて余生を暮らしているという。
そんな彼には息子が一人いる。名前をロイス・アグシェルト。アグシェルト公爵家の嫡男であり、アルファとして生を受けた、天才と言われる程の頭脳を持つ、彼の自慢の息子である。
そしてこれは名門中の名門の貴族しか知らない話だが、彼には息子がもう一人いた。十歳の頃に病死したということは上位貴族ならば知っている話である。
病死したとされている子供は彼の妾の子供であり、妾の女は街に住んでいた平民のオメガだった。
彼女はアグシェルト公爵家で疎まれていた。先代のアグシェルト公爵にも、先代公爵夫人にも、夫の正妻である現アグシェルト公爵夫人にも。
それでも彼女がアグシェルト公爵家に居ることが出来たのは、彼女に息子がいたからだ。その息子こそが十歳で亡くなったとされるアグシェルト公爵家の次男であり、名前をレイと云った。
レイ・アグシェルト。レイはリヴィウスに捨て子だと云った。名前を聞かれたら、レイだと答えた。
嘘はついていない。ただ、隠し事をしただけ。
アグシェルト公爵家という国のトップの家系に汚らわしいオメガが生まれるなどあってはならないことだった。死んだとされる十歳のあの日、レイの命だけは守ってみせると云った嫡男の兄によって、孤児院に預けられたのだ。訳ありでも理由を探られることのない、足のつかないあの孤児院に。
(途中で院長が変わったことだけがロイス兄様にとって誤算だったか)
思い出すのはもう十年以上も前の記憶であり、彼は弟がいたことすら忘れているのではないだろうか。
自分はアグシェルトの名前を名乗ることを許されない。だからリヴィウスにも、生涯言うことはないだろう。もしも兄に会えたとしても、あの人は自分を見て分かりはしない。精々、オメガの王妃なんて変わっているなと思う程度だろう。
あの人だけだった。母以外で、自分を汚らわしいと言わなかったのは。
何故あのとき、自分は死んだことになったのか。兄がそう仕向けたのか、義母である正妻が行方不明を良いことに死んだことにしたのか。
今となってはもう、どうでもいい話だけれど。
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