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11,カルラ

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「愛しておりました、陛下」

 目の前で、涙を流すカルラがリヴィウスに語りかける。
 リヴィウスは何とも言えない顔で、カルラの差し出した手を握った。



***


 突然のことだった。レイはリヴィウスと出掛けるために、支度をしていた。一応お忍びなので、平民の服に着替えるのだ。
 そして支度が済み、リヴィウスの元へ行こうとしたときだ。

 王妃が倒れたという話を聞いたのは。

「ど、どうしていきなり…」

 医官が慌ただしく王妃宮に出入りするのを、レイは呆然と眺めていた。体調が悪いと、それだけだったのに。突然の危篤状態なんて。


 そして側妃の一人が、ある情報を聞き付けて広めていた。

 王妃は自分が病気であることに気付いていながら、医務官に口止めして、今の座にいるという。
 王妃とは即ち、国の母である。つまり病気を隠すというのは大罪に当たる。側妃が嬉々として広めるのはきっと、王妃を蹴り落とすことが出来れば、自分達のうちの一人が王妃になれると思っているからだろう。

 誰一人、カルラの心配などしやしない。



「ーーレイ…?」
「! カルラ様!」

 それまで意識を朦朧とさせていたカルラが、レイの名前を呼んだ。

**

「王妃なんて、孤独な物ね」
「カルラ様?」
「側妃のいさかいを無くそうとすることが役目なのに、そうすればするほど、私は側妃に恨まれる」
「…それは…」
「妬まれ、噂され、一挙一動が命取りになる。…もう半年も前からなのよ、体調が悪かったのは」

 王妃という地位の責務。責任。全てを背負うには、カルラには重すぎたのだ。

「ーー陛下が私に罰をお下しになる前に、私はきっと死んでしまう。それが申し訳ないわ」
「何を仰るのです。陛下は罰などお下しになりません」

 逆に下すものならば、きっと俺はリヴィウスを許しはしない。永遠に恨むだろう。カルラ様はいわば、自分の姉や母のようなものだ。ずっと自分を包み込んでくれた。そんなカルラに罰など、なにを下せというのだ。

「陛下は夫である前に、国王だもの。ーーそして私も、同じ。妻である前に、王妃なのよね」
「カルラ様?どうなさったのですか?」

 起き上がろうとするカルラを止める。

「なにか…」
「宣治をーー遺書を遺したいの。…大臣を呼んでちょうだい」
「カルラ様、なにを…」
「王妃」

 無理に起き上がったカルラの前に現れたのは、リヴィウスだった。

「へ、陛下…」
「…レイは下がっていろ、」
「陛下」

 カルラの凛とした声が響く。

「お願いがございます」
「…なんだ」
「王妃として、最後の遺書を遺したいのでございます。どうか、罰を下される前にーーお願い致します。どうか大臣を」
「なんだと?遺書?」
「私はもう永くはありません」

 その圧倒されるような物言いに、リヴィウスは仕方なく大臣を呼ぶように言う。

「レイ、お願い。貴方にも聞いていて欲しいの。ここに居てちょうだい」

 お願い、と言われてまで帰ることも出来ない。

「王妃?なぜ…」

 不思議そうな顔をするリヴィウスを横目に、レイはその場へ座る。
 時期に大臣が、記録書を持って部屋に入ってきた。

「お呼びでしょうか、王妃様」
「えぇ。これから私の言うことを、しっかり記録に遺して」
「? 王妃?」

 リヴィウスにもレイにも大臣にも、その場にいる誰も、これからカルラが言おうとしていることは分からなかった。分かっていたら、レイは止めただろうし、大臣はそもそも来なかっただろう。

「私の廃位後、空席になった王妃の座をーー側妃である、レイに明け渡します。これは前王妃としての命であり、遺言です」
「王妃様!?」
「カルラ様!?」

 ただ驚いた声しか出せない。このお方が何を言っているのか分からない。

「…レイならば、王妃として最適でしょう。権力に溺れることなく、側妃と民の心を慈しむーー私よりも王妃として、陛下を支えることも出来るでしょう」

 確かにレイが普通の、一人の女ならば、それを喜んだのかもしれない。けれどレイはオメガとはいえ、男なのだ。
 この国で男の王妃など、過去に存在しない。

 そう言おうとしたとき、カルラが盛大に咳き込んだ。押さえた手には血がついている。

「王妃様!医務官は何をしている!早く来ぬか!!」

 大臣の声で、医務官が顔を真っ青に入ってくる。

「王妃!」

 青ざめた顔でカルラに近寄ったリヴィウスが、カルラを除き込む。

「ーー愛しておりました、陛下…」

 白くて細い、綺麗な手。
 いつからこの方の手は、こんなにも危うくなっていたのだろうか。
 そう考えると、胸が締め付けられた。俺よりも永く、この国と陛下を支えてきたこの人は、何故こんなにも美しいのだろう。
 俺には出来ないことを、簡単にやってのける。
 俺には、王妃なんて無理だ。
 男だからではない。この人のように、器が大きくないから。

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