11 / 64
11,カルラ
しおりを挟む「愛しておりました、陛下」
目の前で、涙を流すカルラがリヴィウスに語りかける。
リヴィウスは何とも言えない顔で、カルラの差し出した手を握った。
***
突然のことだった。レイはリヴィウスと出掛けるために、支度をしていた。一応お忍びなので、平民の服に着替えるのだ。
そして支度が済み、リヴィウスの元へ行こうとしたときだ。
王妃が倒れたという話を聞いたのは。
「ど、どうしていきなり…」
医官が慌ただしく王妃宮に出入りするのを、レイは呆然と眺めていた。体調が悪いと、それだけだったのに。突然の危篤状態なんて。
そして側妃の一人が、ある情報を聞き付けて広めていた。
王妃は自分が病気であることに気付いていながら、医務官に口止めして、今の座にいるという。
王妃とは即ち、国の母である。つまり病気を隠すというのは大罪に当たる。側妃が嬉々として広めるのはきっと、王妃を蹴り落とすことが出来れば、自分達のうちの一人が王妃になれると思っているからだろう。
誰一人、カルラの心配などしやしない。
「ーーレイ…?」
「! カルラ様!」
それまで意識を朦朧とさせていたカルラが、レイの名前を呼んだ。
**
「王妃なんて、孤独な物ね」
「カルラ様?」
「側妃のいさかいを無くそうとすることが役目なのに、そうすればするほど、私は側妃に恨まれる」
「…それは…」
「妬まれ、噂され、一挙一動が命取りになる。…もう半年も前からなのよ、体調が悪かったのは」
王妃という地位の責務。責任。全てを背負うには、カルラには重すぎたのだ。
「ーー陛下が私に罰をお下しになる前に、私はきっと死んでしまう。それが申し訳ないわ」
「何を仰るのです。陛下は罰などお下しになりません」
逆に下すものならば、きっと俺はリヴィウスを許しはしない。永遠に恨むだろう。カルラ様はいわば、自分の姉や母のようなものだ。ずっと自分を包み込んでくれた。そんなカルラに罰など、なにを下せというのだ。
「陛下は夫である前に、国王だもの。ーーそして私も、同じ。妻である前に、王妃なのよね」
「カルラ様?どうなさったのですか?」
起き上がろうとするカルラを止める。
「なにか…」
「宣治をーー遺書を遺したいの。…大臣を呼んでちょうだい」
「カルラ様、なにを…」
「王妃」
無理に起き上がったカルラの前に現れたのは、リヴィウスだった。
「へ、陛下…」
「…レイは下がっていろ、」
「陛下」
カルラの凛とした声が響く。
「お願いがございます」
「…なんだ」
「王妃として、最後の遺書を遺したいのでございます。どうか、罰を下される前にーーお願い致します。どうか大臣を」
「なんだと?遺書?」
「私はもう永くはありません」
その圧倒されるような物言いに、リヴィウスは仕方なく大臣を呼ぶように言う。
「レイ、お願い。貴方にも聞いていて欲しいの。ここに居てちょうだい」
お願い、と言われてまで帰ることも出来ない。
「王妃?なぜ…」
不思議そうな顔をするリヴィウスを横目に、レイはその場へ座る。
時期に大臣が、記録書を持って部屋に入ってきた。
「お呼びでしょうか、王妃様」
「えぇ。これから私の言うことを、しっかり記録に遺して」
「? 王妃?」
リヴィウスにもレイにも大臣にも、その場にいる誰も、これからカルラが言おうとしていることは分からなかった。分かっていたら、レイは止めただろうし、大臣はそもそも来なかっただろう。
「私の廃位後、空席になった王妃の座をーー側妃である、レイに明け渡します。これは前王妃としての命であり、遺言です」
「王妃様!?」
「カルラ様!?」
ただ驚いた声しか出せない。このお方が何を言っているのか分からない。
「…レイならば、王妃として最適でしょう。権力に溺れることなく、側妃と民の心を慈しむーー私よりも王妃として、陛下を支えることも出来るでしょう」
確かにレイが普通の、一人の女ならば、それを喜んだのかもしれない。けれどレイはオメガとはいえ、男なのだ。
この国で男の王妃など、過去に存在しない。
そう言おうとしたとき、カルラが盛大に咳き込んだ。押さえた手には血がついている。
「王妃様!医務官は何をしている!早く来ぬか!!」
大臣の声で、医務官が顔を真っ青に入ってくる。
「王妃!」
青ざめた顔でカルラに近寄ったリヴィウスが、カルラを除き込む。
「ーー愛しておりました、陛下…」
白くて細い、綺麗な手。
いつからこの方の手は、こんなにも危うくなっていたのだろうか。
そう考えると、胸が締め付けられた。俺よりも永く、この国と陛下を支えてきたこの人は、何故こんなにも美しいのだろう。
俺には出来ないことを、簡単にやってのける。
俺には、王妃なんて無理だ。
男だからではない。この人のように、器が大きくないから。
52
お気に入りに追加
897
あなたにおすすめの小説
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
なぜか第三王子と結婚することになりました
鳳来 悠
BL
第三王子が婚約破棄したらしい。そしておれに急に婚約話がやってきた。……そこまではいい。しかし何でその相手が王子なの!?会ったことなんて数えるほどしか───って、え、おれもよく知ってるやつ?身分偽ってたぁ!?
こうして結婚せざるを得ない状況になりました…………。
金髪碧眼王子様×黒髪無自覚美人です
ハッピーエンドにするつもり
長編とありますが、あまり長くはならないようにする予定です
【本編完結】まさか、クズ恋人に捨てられた不憫主人公(後からヒーローに溺愛される)の小説に出てくる当て馬悪役王妃になってました。
花かつお
BL
気づけば男しかいない国の高位貴族に転生した僕は、成長すると、その国の王妃となり、この世界では人間の体に魔力が存在しており、その魔力により男でも子供が授かるのだが、僕と夫となる王とは物凄く魔力相性が良くなく中々、子供が出来ない。それでも諦めず努力したら、ついに妊娠したその時に何と!?まさか前世で読んだBl小説『シークレット・ガーデン~カッコウの庭~』の恋人に捨てられた儚げ不憫受け主人公を助けるヒーローが自分の夫であると気づいた。そして主人公の元クズ恋人の前で主人公が自分の子供を身ごもったと宣言してる所に遭遇。あの小説の通りなら、自分は当て馬悪役王妃として断罪されてしまう話だったと思い出した僕は、小説の話から逃げる為に地方貴族に下賜される事を望み王宮から脱出をするのだった。
春を拒む【完結】
璃々丸
BL
日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。
「ケイト君を解放してあげてください!」
大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。
ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。
環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』
そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。
オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。
不定期更新になります。
馬鹿な彼氏を持った日には
榎本 ぬこ
BL
αだった元彼の修也は、Ωという社会的地位の低い俺、津島 零を放って浮気した挙句、子供が生まれるので別れて欲しいと言ってきた…のが、数年前。
また再会するなんて思わなかったけど、相手は俺を好きだと言い出して…。
オメガバース設定です。
苦手な方はご注意ください。
【第1部完結】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~
ちくわぱん
BL
【11/28第1部完結・12/8幕間完結】(第2部開始は年明け後の予定です)ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。
初夜に「君を愛するつもりはない」と人形公爵から言われましたが俺は偽者花嫁なので大歓迎です
砂礫レキ
BL
リード伯爵家の三男セレストには双子の妹セシリアがいる。
十八歳になる彼女はアリオス・アンブローズ公爵の花嫁となる予定だった。
しかし式の前日にセシリアは家出してしまう。
二人の父リード伯爵はセシリアの家出を隠す為セレストに身代わり花嫁になるよう命じた。
妹が見つかり次第入れ替わる計画を告げられセレストは絶対無理だと思いながら渋々と命令に従う。
しかしアリオス公爵はセシリアに化けたセレストに対し「君を愛することは無い」と告げた。
「つまり男相手の初夜もファーストキスも回避できる?!やったぜ!!」
一気に気が楽になったセレストだったが現実はそう上手く行かなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる