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63,アルファ性とオメガ性

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 ぐっすり寝たと思いきや、気が付けば屋敷のベッドの上に戻っていた。まるで瞬間移動した感覚にローレンは目眩がしそうになった。

「…あの、それで、これは?」

 腕にジャラリとつけられた枷はベッドに繋がっている。にこりと笑った夫の顔になんだか嫌な予感がした。
 すっかり頭を痺れさせた発情期は終わってしまったし、理性が戻ると同時になにか大きな誤解をされていることを理解する。

「離縁や浮気なんてもう二度と考えられないように。初めからそうするべきでしたね」
「……いやいやいや」

 こんなもので縛れると思われているのならそれはそれで驚きだ。ため息をつきながら目の前で上手く手首をひねって枷を外すと、彼の顔が引きつった。

「…今から戦って勝敗を決めるのでも構いませんよ。そのかわり手加減しませんが」
「いや、なんで戦う前提なんですか…」
「ついでに離縁状にサインをするつもりもありません。裁判を起こせるものなら起こしてください、公爵家の全権力を持ってしても勝訴します」
「職権乱用だぞオイ」

 別に喧嘩の続きをしたいわけではないのに、話がイマイチうまく噛み合っていない。

「ていうか見る限り、窓にも部屋にも外から鍵掛かってますね」
「よくお気付きですね。だってこうでもしなきゃ、また逃げるでしょう」
「逃げるって…」

 言い方に一々苛立ってしまうのは、多分認識の違いだ。俺は逃げたわけじゃない。断固として。

「貴方が出て行けって言ったんでしょうが。帰ってくるまでにって言うから…」
「そんな言葉が本気だと思ったと?」
「うっ…」

 そう言われてみれば確かにそうなのだけれど、出て行ったのはお前じゃないか。と、言った日にはまた口論になるだろう。

「ちょっと落ち着いて話をしましょう」
「生涯の伴侶に決めた人が自分以外と寝たのに、冷静に話し合えと。そうおっしゃいますか」

 こんなに歪んだ笑顔を浮かべる彼は初めて見た。いつも完璧な作った顔を貼り付けて、決して失敗なんてさせなかったのに。

「だからそこの認識ですってば。テオとは、」
「貴方に分かりますか。大切な人を叩いてしまった罪悪感で、思ってもないこと口にして。外に出てしばらくしたら頭が冷えたから帰って謝ろうとしたら、離縁状と訳の分からない手紙を置いて妻に逃げられた私の気持ちが、貴方に分かりますか」
「……いやアンタ、娼館行ったんじゃ…」
「貴方がいるのにそんなところ行くわけがないだろう。まさかそんなことも信じてもらえなかったのか」

 いやいやいや、あんなに大声で娼館にでも行ってくると宣言したらそうしたのだと思うでしょうが。

「それで心当たり探してもいないし、陛下には休職届け出されてると聞いて。まさかと思って早馬で駆けて国境まで来てみたら、他の男の匂いプンプンさせた貴方が出てきて。それで、私に冷静でいろと貴方は言うのですか」
「……それはごめん。けど、出て行けって言ったのは」
「えぇ、私ですよ。だから怒ってません、けどもう二度と同じことが起きないように、ずっとここで過ごしてもらうだけです」
「いや無理だって。仕事…」
「やめてしまえばいい」
「ロイス」

 ひと睨みすればグッと黙った彼の手に触れる。ピクリと反応したその手を包み込むようにして、少しずつ誤解の紐を解く。

「何から話せばいいですかね。…確かに俺も言い過ぎました、叩かれたからって回し蹴りするのは良くなかった」
「あれは痛かったです」
「…けど貴方のこと愛してます。確かにテオの顔はもうこれ以上ないくらい好きですが、」
「おい」
「貴方を恋い慕ってからは、貴方にしか身体を渡したことはありません。…話せば長くなりますが」
「……じゃあどうして濡れてたんですか」
「だからそれを説明するから待てって言ってるんですよ」

 ため息を一つついて、少しずつ話す。
 時折テオに対して見せる嫉妬が可愛くて、うんとテオのことを褒めてやる。気が付いたら強制送還させられていたんだから、これくらいは許されるだろう。






「ではここに私の子がいるということですね。あぁ、感激だ」
「いや、いねぇけどな」

 再度王都の医者を呼んで見せたが、やはり体質がオメガになったことに変わりはないだろうとのことだった。
 そこからの態度は一変、こちらが呆れるほどにお腹をさすっては話しかけている。

「昨日あれほど貴方の中に出したんだ」
「おーい?」
「できてないわけがない。男の子ならキャッチボールしましょうね。きっと貴方に似て聡明な子だ」
「おーい??」
「女の子なら…そうですね、親バカになってしまうかもしれません。強請られたらなんでも買って…」
「聞けって言ってんだろうが」

 頭を叩くと、医者が苦笑してこちらを見た。まだ出しただけで随分と妄想力の逞しいことだ。

「それで、注意していただきたいことが」
「…なんだ?」

 深刻そうな顔をする医師に、すごく嫌な予感がした。

「第二の性がオメガに変わったからと、貴方の実質的な身体はアルファとなんら変わりはありません」
「そう…ですね」

 ハルくんのことを思い浮かべてもそうだ。どちらかというとオメガというより、アルファに近い身体つきだなと初対面から思ったのを覚えている。

「まぁ子供は産めるでしょう。ただオメガの出産はそれなりにリスクが高いのはご存知ですね?」
「えぇ」
「その事に関してはまぁ、ご夫婦で話し合っていただくのですが」

 やけに神妙な顔をした医者が少し言いにくそうに口を開く。その様子から、良いことではないのは確かだった。

「先に言ったとおり、貴方の性はあくまでもアルファです。身体的能力が落ちることはないでしょうし、そこは安心なのですが」
「…何か問題が?」
「……性にオメガが加わった方のことを、何度か聞いたことがあります。大抵の方は、ヒートが出ない」
「え?」
「妻はヒートだったようですが。確かにいつもより柔らかくてすごく良かったです」
「ちょっとアンタ黙って下さい。…どういうことですか?」

 テオに聞いたのを思い返す限り、ハルくんもヒートは定期的に来ているようだった。つまり、どういうことだ?

「アルファ同士での結婚がそもそも珍しいので、私も詳しくわかることは少ないのですが…。奥様の場合、ヒートによってフェロモンは出るものと思われます。が、身体がアルファ性なので、旦那様とつがいになるのは…無理かと思われます」

 つまり医者が言いたいのは、普通のアルファとオメガがするような、うなじを噛む『契約』は出来ないということだろう。

「えーと…それになんの問題が?」

 医者の言いたいことがイマイチよくわからず、二人して首を傾げる。元々結婚しているのだし、特に問題はないーーと考えたローレンの横で「まさか」とロイスが顔を強張らせた。

「つまり、奥様のフェロモンが、この先発情期が無くなる日まで、全てのアルファーー下手すればベータにまで、届いてしまうというわけです」

 ガン、と、頭を鈍器で殴られたような気分になった。
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