優しい愛の壊し方

榎本 ぬこ

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 結局宿泊研修の日は体調を崩して行けず、迷惑をかけたにも関わらずそれからも普通に話しかけてくる宇崎のおかげでなんとか一年間は乗り切ることが出来た。

「いやぁ、立派になったね。入学おめでとう!」
「ありがとうございます」
 にこりと塾の受付で笑みを浮かべた兄は教室から出て来た僕に気付いたのか、適当に挨拶を済ませてこちらへ歩いてくる。
「授業お疲れ様」
「…うん。迎えに来てくれてありがとう」
「いや、俺が勝手に来ただけだから」
 行こうかと当たり前のように手を握る兄を振り払う気力もなくされるがままについて行く。
 高校に合格した晴人は海央学園に首席で入学した。入学式には家族総出で向かったが、やはり相変わらず女子の視線は晴人に釘付けだったのを見て心がもやっとしたのを覚えている。
「あ、コンビニ寄って良いか?もうゴム切れるから」
「…うん」
 さらりととんでもないことを言う兄にももう慣れた。けれどさすがに手を繋いで店の中へ共に入ることは出来ない。
「手…」
「あぁ、外で待ってるか?」
「うん」
「何か要るものあったら買ってくるけど」
「ううん、特に何も」
「…そ」
 繋がってた指が離れていって、僕は行き場のなくなった手を何度か閉じたり開いたりを繰り返して店の入り口の前に立った。
 丁度その時バタンッと音が聞こえて隣を見てみればどうやらゴミ箱を整理していたらしい店員がこちらに顔を上げた。
「あ、すみません」
「いえいえ」
 邪魔になっただろうかと退こうとした僕に首を振ったその男はにこりと笑った。
「いつもお兄さんと来てくれてるよね。仲良いんだ」
 世間話の一環だろう、手を止めることなくそんなことを尋ねてきた店員に目を細める。
「仲、良いように見えますか」
 もしそうだとしたら自分はきっと上手く今まで通りを演じることが出来ているのだろう。見知らぬ他人が見ても少し仲が良すぎるくらいの兄弟を。
「──真琴?どうした?」
「…お兄ちゃん。早かったね」
 店から出て来た晴人が怪訝そうな顔をしてこちらを見た。きっと話している内容までは聞こえずとも、何か口にしているのは分かったのだろう。
「行くぞ」
 当たり前のように差し出された手を握る。店に入る前よりも力強く握られたそれに、少々痛みで顔を歪めてしまった。
「何話してたんだ、あの男と」
「…大したことは何も…いつもお兄さんと仲良いんだねって、その程度だよ」
「ふうん…。…そうだ、お前がCM観て食べたいって言ってたチョコあったから買っておいたぞ」
「本当?ありがとう、嬉しい」
 高校に入っても変わらず塾の中まで迎えに来る兄は両親からどう見られているのか。最も母親は僕がせがんでいるくらいにしか思っていないようだけれど。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「部活とか入ってよ。お兄ちゃん、運動出来るんだから、何かしないと勿体ないよ」
「──お前はして欲しいのか?」
 正直それ以上家の中で同じ時間を過ごすのは体力的にも無理があったし、それに──。
(彼女との時間も少しは割いてあげないと可哀想だよ)
 良くも悪くも有名な晴人の噂は黙っているだけで勝手に入ってくる。特に弟の僕にはその噂の真相を確かめようと様々な人間が噂を運んでくるが、その中でも同じような噂があるものはほとんどが本当のものだと知っている。
 だから、兄が女の子を取っ替え引っ替えしていることも、嫌でも耳に入ってくるのだ。
「うん。運動してる時のお兄ちゃん、格好良いよ」
「…真琴がそう言うなら」
 狡い大人になれたらいいな。この気持ちの正体に気付いてしまったとしても、それを素知らぬ顔で流せるような。
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