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過去に囚われ

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 ここはどこだっけ、と考える。そうか、自分の家か。少し前まで恋人が入り浸っていた、俺の家。同棲までは行かなかったものの、半同棲くらいだろうか。お互いよく泊まったり泊まりに行ったりしていたので、思い出の品はいっぱいだ。
 二人で行った旅行の写真や、ふと撮ってみた彼の横顔。女々しくもそれを眺めながら、どう処分するべきかと考えている、俺。つい先日、恋人だった倉橋恭弥にフラれた、佐々木あきらです。

 恭弥と使うために買った少し大きめのベッドは部屋の大半を占めている。そりゃそうだ。大学生の独り暮らしで寝室とリビングを分けられるほど現実は甘くない。
 廊下の中途半端な位置に備え付けられたキッチンには調理器具が一通り揃っているが、ここ数週間はそれを使うこともない。そもそも料理は、美味しそうに食べてくれる人がいるからこそ作れる。残念ながら俺にはもう、美味しそうに食べてくれる恋人はいない。
 自分のためだけに料理をする気など全く起きない。当たり前だ。最近はコンビニパンが続き、実家から送られてきた米やレトルト食品は戸棚に仕舞いっぱなし。
 カップラーメンは有り難く頂いているが、やはり身体に良いとは言えないだろう。
 昨日、自分がどうやって帰ってきたのかすらも覚えていない。女の子を引っ掛けてホテルまで行ったところまでは覚えているけれど。
 その温もりも何もかも、数時間後には忘れてしまった。
「…メッセージ来てるし」
 この前新しく買い換えたスマホは意外と便利だ。メッセージアプリも、面倒になったらすぐにブロック出来る。
 新着の通知は六件、その内の三件は昨日引っ掛けたと思われる女子から大量のハートがついたメッセージ。残りの三件は友人たちからで、内一つは幼馴染みの黒崎けいだった。
「あ、やば。今日講義あったのか」
 黒崎からのメッセージを見て、しまったと声を溢す。時刻は既に昼の十二時過ぎ。どうせ寝ているんだろ、代返をしておいたから今度奢れという旨が文に書かれている。
「りょーかい、サンキュー、っと…」
 最近は酒を買ったり飲み会に頻繁に出たりして金欠だ。そろそろ自嘲するべきなのかもしれない。
 そんなことを考えながら、俺はハートマークたっぷりのメッセージを読まずに削除し、女をブロックする。
 名前も顔も知らない女。
 きっと俺は、頭の中で彼のことを思いながら抱いていたのだろう。
 自分が女々しすぎて、本当に嫌になる。それでも彼がふとした瞬間にこの部屋へ来るのでは。そう考えて、どうしても片付けられずにいるのだ。
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