上 下
56 / 65

本格的に暴れる前のひと暴れ

しおりを挟む
「何をしていたのですかルイーズ!」
「あら、わたくし一度でも『先に王宮に戻る』だなんて言いましたかしら」
「そのような屁理屈をまだ……!」
「まぁ……お言葉を返しますけれど……」

 すぅ、と目を細めたルイーズは、己の母であるヴィルヘルミーナにすい、と閉じた扇の先を突きつけた。

「お母様があれこれ引っ掻き回し、甘やかさなくて良い馬鹿を甘やかして、自分で判断できないような人としての無能を幾人も作り上げてしまった結果、周りが困っているのではございませんこと?」
「な、っ」

 真実だから、その場に居合わせた人は何も言えないまま黙り込んでしまった。
 王太后の侍女も、国の役人たちも、ヴィルヘルミーナが先王亡き後国を率いて立派に治めてくれていたからこそ従ってはいたものの、結果としてミハエルは人の気持ちを察することが出来ない勉強だけできる王子に、ジェラールは切り捨てられたにも関わらずどうにかしてシオンに関わってもらおうとあれこれ手を回すというめんどくさい二人が出来上がった。
 ヴィルヘルミーナも、あれだけ邪魔だったと豪語しているにも関わらずシオンに構いに行くのだから、行動の意味が分からない、と囁かれ始めていたところだった。

「まぁ、母上は亡き父上のことしか見えておりませんものね。だから、シオンの気持ちも考えずに余計なことが出来るんですわ」
「お、お前、この母に向かって、何て、ことを!」
「まぁ、何を仰るのかしら。わたくし、母上にまともに育てられておりませんし?」

 しれっとして言い放った台詞には心当たりしかないヴィルヘルミーナは、ぐっと黙り込んでしまった。

 先王ではなく、自分に似た子は見た目が可愛くないから、と乳母に任せっきり。
 たとえどれほど良い成績を取ったとしても褒めるなんて一度もしたことはない。褒めても先王に似ていない子は可愛がれない。
 そんなことがあってたまるか、と奮起したルイーズの気持ちを、目の前にいるヴィルヘルミーナにだけは否定なんかさせやしない。

「無駄に甘やかして物事の本質を見れないようにポンコツにするだけでなく、我が物顔で未だに王宮に居座っているのだから、その神経の図太さだけは賞賛に値しますわ」

 ほほほ、と嘲るように笑ってから、ルイーズは母をひたりと見据えた。

「あなたご自身が人の気持ちなんて考えられないからこそ、無神経にあちこちに迷惑ばかりかけている。ご自覚があるのか無いのか……いいえ、無いからここまで被害が拡大しているのでしょうね」
「る、る、ルイーズ、そなた」
「あなたがわたくしを睨んだところで、わたくし、なーんにも感じませんわ。ごめんなさいね、お母様?」

 ギリギリと物凄い顔でヴィルヘルミーナがルイーズを睨んでいるが、ルイーズが何枚か上手だった。
 睨まれようが、ルイーズは早々に母親を見限って、自分の大切にするものをしっかり見極め、尚且つ現在は他国にて王妃を務めている。
 かつて国を治めていた母とはいえ、あくまでジェラールが王位を継ぐまでのつなぎ。

 そして、いくら貢献したからといっていい気になり、我が物顔で続けられては困る。
 おまけとして、『母親だから』という魔法の言葉を毎回持ち出さないでほしい、というのもある。
 母だからなんだというのか。己の愛したものに似ていないからと差別も区別もするような人を、いくら母だからといっても慕えるわけがないというのに。

「わたくしが産まねば、お前はここにいないのですよ!」
「産んでもらった恩はあれど、好きな男に似ていないからと世話を放棄した母親モドキがよく言いますわねぇ? 本当に、お口の減らないババアだこと」
「~~!!」

 ルイーズに口で勝つのは至難の業であると、何故だかこの王太后は毎度毎度口で挑んでいる。
 結局負けるのだからやめておけばいいのに、どうしても一度は挑み、ぼっこぼこにされなければ気が済まないらしい。

「それに、お母様の教育のおかげで、ミハエルが愚かにも国中の貴族たちの集まるような場所で婚約破棄をシェリアスルーツ侯爵令嬢に突きつけたというではありませんか」
「ライラックの娘の要領が悪いからよ!」
「人の心を理解しようとしないように育った、天上天下唯我独尊な傍若無人の権化の仕事の補佐をしていれば、要領が悪いことくらい目をつぶったらいかがでして!?」
「な、ななな、な!?」
「お母様のおかげで、ミハエルはまともに人の話を聞けないどうしようもないクズ男に成り下がった、といっているのですわ! 現実をご覧になっていただけませんこと!?」
「よくも、わたくしのミハエルちゃんに……!」
「そのミハエルちゃんも、もう王太子として立太子した、と諸外国に知らせねばならないにも関わらず、評判が地に落ちて這いずり回っているという現実をご存じ?」

 ヴィルヘルミーナは、その言葉に愕然とするが、ルイーズは容赦しない。

「どうやら最近、ミハエルの側近が立て続けに辞職しているというではございませんか! さぁ、誰のせいなのかしらね!」

 ミハエルが優秀すぎてついていけない、と言いたかった。
 では何故今までついて来れていたのか。
 どうして、役人たちから不満が噴出しているのか。

 全て、何もかもをフローリアのせいにすればいいのだと、そうやって教えた。

 もう、そのフローリアはいない。
 だって、ミハエル自身が彼女を切り捨てたのだから。

「あ、」
「今までシェリアスルーツ侯爵令嬢におんぶにだっこで、どうにかやってこれたポンコツ、というわけですわ」

 言葉の遠慮は、きっとどこかに捨ててきた。
 ルイーズは、常日頃、母親を相手にするときだけはこう言ってきたのだ。今、それを遠慮なく発揮している。

 ルイーズの宝物の、きらきらした時間を彩ってくれたあの人の子供が辛い思いをしているなら、助けたかった。

『ルイーズ様は、ルイーズ様でいらっしゃいますよ。他の誰でもございません』

 そういってくれた、大切な女性にして、かっこいい騎士様。
 かけがえのない、大好きなひと。

「貴女が、そしてジュディスがやってきた子育ては、ミハエルにとっての害悪でしかないのよ! 人を何だと思ってるの!?」

 そこまで思いきり言葉をぶつけられてしまい、ヴィルヘルミーナはがくりと膝から崩れ落ちた。
 間違ってなんか、いないはずなのだ。

 そう、この思いは、これまでの何もかもは、あの忌々しいライラックたちをこてんぱんにしてやれば、この子だって目を覚ますはずなの、とまで考え、ヴィルヘルミーナは仄暗い目をルイーズへと向ける。

「いいわ、証明して差し上げるから」
「は……?」
「お前は、そこで見ているしかできない、無能娘よ」

 言い終わるが早いか、ヴィルヘルミーナの装着している指輪が光って、ルイーズを奇妙な空間へと押し込んでしまった。
 助けて、と言う暇なく、吸い込まれていくルイーズの姿を見た彼女の侍女は慌てて逃げ出し、シェリアスルーツ侯爵家へと走った。
 どうか、主を助けて、と。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

断罪されてムカついたので、その場の勢いで騎士様にプロポーズかましたら、逃げれんようなった…

甘寧
恋愛
主人公リーゼは、婚約者であるロドルフ殿下に婚約破棄を告げられた。その傍らには、アリアナと言う子爵令嬢が勝ち誇った様にほくそ笑んでいた。 身に覚えのない罪を着せられ断罪され、頭に来たリーゼはロドルフの叔父にあたる騎士団長のウィルフレッドとその場の勢いだけで婚約してしまう。 だが、それはウィルフレッドもその場の勢いだと分かってのこと。すぐにでも婚約は撤回するつもりでいたのに、ウィルフレッドはそれを許してくれなくて…!? 利用した人物は、ドSで自分勝手で最低な団長様だったと後悔するリーゼだったが、傍から見れば過保護で執着心の強い団長様と言う印象。 周りは生暖かい目で二人を応援しているが、どうにも面白くないと思う者もいて…

夫に用無しと捨てられたので薬師になって幸せになります。

光子
恋愛
この世界には、魔力病という、まだ治療法の見つかっていない未知の病が存在する。私の両親も、義理の母親も、その病によって亡くなった。 最後まで私の幸せを祈って死んで行った家族のために、私は絶対、幸せになってみせる。 たとえ、離婚した元夫であるクレオパス子爵が、市民に落ち、幸せに暮らしている私を連れ戻そうとしていても、私は、あんな地獄になんか戻らない。 地獄に連れ戻されそうになった私を救ってくれた、同じ薬師であるフォルク様と一緒に、私はいつか必ず、魔力病を治す薬を作ってみせる。 天国から見守っているお義母様達に、いつか立派な薬師になった姿を見てもらうの。そうしたら、きっと、私のことを褒めてくれるよね。自慢の娘だって、思ってくれるよね―――― 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。 毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

【完結】都合のいい女ではありませんので

風見ゆうみ
恋愛
アルミラ・レイドック侯爵令嬢には伯爵家の次男のオズック・エルモードという婚約者がいた。 わたしと彼は、現在、遠距離恋愛中だった。 サプライズでオズック様に会いに出かけたわたしは彼がわたしの親友と寄り添っているところを見てしまう。 「アルミラはオレにとっては都合のいい女でしかない」 レイドック侯爵家にはわたししか子供がいない。 オズック様は侯爵という爵位が目的で婿養子になり、彼がレイドック侯爵になれば、わたしを捨てるつもりなのだという。 親友と恋人の会話を聞いたわたしは彼らに制裁を加えることにした。 ※独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

処理中です...