上 下
51 / 65

平穏な日々?

しおりを挟む
 あの後、パーティー会場にやってきた国王夫妻に、ミハエルはぎっちぎちに締めあげられたらしい。
 まず、卒業パーティーという場で、誰にも何の断りもなく、『王太子だから』と我儘を通すとは何ごとか!!と怒鳴られ、反論しようとしたミハエルだったそうだ。だって自分は王太子なのだからそれくらい良いはずだ、自分の通っている学園は王立学園なのだから、その権利がある!と言った途端、王妃からこう冷たく言われたそうだ。

「お前が建てたわけでもなく、運営しているわけでもない。王太子であるけれど、諸外国からきらわれているお前がどうしてそこまで自信満々にいえるのでしょうね」

 これを聞いたミハエルは、絶対の味方であったはずの母親から見限られたことを、きちんと悟った。
 王妃ジュディスは、一緒に叱っていたアリカに視線をやり、またもや冷たくこう続ける。

「一緒に過ごす期間が長くなっていくからこそ、お前はミハエルを御し続ける必要があるの。フローリア嬢はこの苦行に耐え続けてきたけれど、お前がフローリア嬢の悪い噂を意図的に流したことで、フローリア嬢がショックを受けて学園に通えなくなってしまったことの責任はとる必要があるのは理解しているわね?」
「……は、い」

 顔面蒼白なアリカは、ここまでの大事になってようやく自分の取ってきた行動の浅はかさに気付いたようだが、言葉通りの『時すでに遅し』でしかなかった。
 時を戻すことができない以上、自分で蒔いた種がここまで成長してしまったのだから刈り取るしかない。
 王妃は更に続ける。

「王太后さまから『ミハエルが望むのだから』と王太子妃教育の予算を自費で賄われている以上、逃げられないということについても、理解はしておりますね?」
「はい……」

 喋れないなら喋ることが出来るようになるまで徹底的に、普段の言語までもを喋れないものに変えて、日常生活で無理矢理使わせるようにすればいい、というスパルタな方法で今アリカは言語の習得を頑張っている。
 フローリアに対しての態度の悪さはさて置いて、努力家であった彼女はどうにか必死に食らいつこうとしているのだ。
 超天才肌がゆえに『努力』を理解できないミハエルだが、さすがにここまでアリカが努力をしていると、ほんの少しだけだが理解はしてくれてきているらしい。
 こんなにも努力しないといけないものなのか、とぽつりと呟いたとき、教育係からこう反論された。

「殿下は幼いときに習得されており、日常的にご利用されている外国語でございます。殿下、ご自身ができるからと人の努力を馬鹿にするようなことはしてはなりません。人は皆、それぞれにお得意なことはことなっているのですから。それに」

 続けた教育係は、とてつもない爆弾を投下した。

「殿下は人付き合いが壊滅的でしょう。それから、人の気持ちを察することが出来ず、これまで何年間シェリアスルーツ侯爵令嬢の手を借りてきたのですか?」

 笑顔で突かれたくないところを容赦なく突いてくる教育係を睨んでみても、一切のダメージは無かったらしい。なお、更に続けられてしまった。

「実際、殿下がやり取りをするようになってから、以前のような雰囲気ではなくなっているのは、ご理解できておりますか?」

 にこにことしたまま言われてしまい、ミハエルは心当たりしかないため、黙り込んでしまう。

「殿下、人を責めるときだけ饒舌になる、というのは良くありませんよ。これからも、精進なさいませ。アリカ嬢は今後もよろしくお願いいたしますね」
「は、はい!」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ということがあったそうだ」

 アルウィンの報告に、シオンもフローリアも大して興味がさ無そうで『はぁ……』とか『へー』しか返ってこなかった。

「もうちょっと興味を持て!」
「だってお父様、ミハエル殿下って結局のところ自業自得でございましょう?」
「フローリア、確かにそうなんだが」
「今更自分にあれこれ何もかも返ってきてるだけじゃない。わーんおばあちゃま助けてー、ってどうせあのボンクラ告げ口するに決まってるでしょ」
「何でシオン様は普通に我が家にいるんですかね」
「ダドリーが入れてくれたわ」

 おいダドリー!と叫んでいるアルウィンをあっはっは、と笑いながら見ているシオンの隣に寄り添うように座っているフローリア。
 これが最近の普通になりつつあるシェリアスルーツ家。

 現在、卒業パーティー終了から一週間後。

 卒業式を控えているだけのフローリアたちだが、今はやることもないので休暇状態。
 しかしシオンは形だけとはいえ王族なのだからたまに公務に(無理矢理に)引きずられていっている。継承権を放棄したとはいえ、シオンがいるからこそ成り立っている業務もあるのだから、とジェラールが駄々をこねるように言ってきて、フローリアは思わず『ミハエル殿下ととってもそっくり!』と感心したとか何とか。

「ミハエル殿下に関しては自業自得としか思わないので、正直どうでも良いのですけれど……」
「フローリア、お前のそういう容赦ないところ、お父様は大好きだぞ」
「王太后さま……ヴィルヘルミーナ様はお静かなのですか?」
「あー……」

 フローリアからの質問に、アルウィンもシオンも何故か各々視線を逸らしてどこかを向いてしまった。
 変なことを聞いてしまったのだろうか、とフローリアが考えているとシオンは言いにくそうにがりがりと頭を掻いた。

「静か、っていうか……あの人、表向きには何考えてるか分からないのよねぇ……」
「先代陛下への愛と、執念で生きているような方だからな」
「し、執念」
「ミハエル殿下も国王陛下も、先代陛下にそっくりなんだよ」

 そこまでは知らなかったフローリアは、『え』と思わず声をあげてしまった。
 先代国王は、流行り病で若くして命を落としていた。王亡き後、必死にこの国を守り、導いたのが当時の王妃であったヴィルヘルミーナである。

 亡き夫の形見でもある、シオンとジェラール。
 二人はそれぞれヴィルヘルミーナと先代国王に似ていたのだが、夫へのとてつもなく大きな愛が故に、ジェラールがとてつもなく可愛がられ、王太子となり、現在の国王となっているわけだが、王太子時代のジェラールは母に溺愛されるがあまり、シオンとの距離の取り方がとても下手だったらしい。
 今も下手だが、当時はこんなものではなかったそうだ。

「見た目で……という性格はミハエル殿下にしっかりと受け継がれていらっしゃるのですね」
「そういうことよ」
「まぁ、結果的に破棄してくださって助かりましたけど」

 言いながら、フローリアはこてりとシオンにもたれかかり、頭をシオンの肩へと乗せる。
 しっかりとこうして甘えてくれるのは、とても可愛い。

 このまま平和が続けば良いと、そう思っていたのに。

「旦那様ー!! フローリアお嬢様ー!!」

 ダドリーの焦った声に、三人は顔得お見合わせた。
 もう既に嫌な予感しかしない、と表情を曇らせていれば、一通の手紙を持っているダドリーが三人いる部屋えと勢いよく駆け込んできた。

「王太后様より、登城せよとの命令が!!」

 そして告げられた内容に、大きな溜息を吐いてしまった。

「……儚い平和だったわね……」

 ぽつりと呟かれたシオンの言葉に、フローリアもアルウィンも、重く頷くことしかできなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。 しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。 それを指示したのは、妹であるエライザであった。 姉が幸せになることを憎んだのだ。 容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、 顔が醜いことから蔑まされてきた自分。 やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。 しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。 幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。 もう二度と死なない。 そう、心に決めて。

政略結婚のハズが門前払いをされまして

紫月 由良
恋愛
伯爵令嬢のキャスリンは政略結婚のために隣国であるガスティエン王国に赴いた。しかしお相手の家に到着すると使用人から門前払いを食らわされた。母国であるレイエ王国は小国で、大人と子供くらい国力の差があるとはいえ、ガスティエン王国から請われて着たのにあんまりではないかと思う。 同行した外交官であるダルトリー侯爵は「この国で1年間だけ我慢してくれ」と言われるが……。 ※小説家になろうでも公開しています。

好きだと言ってくれたのに私は可愛くないんだそうです【完結】

須木 水夏
恋愛
 大好きな幼なじみ兼婚約者の伯爵令息、ロミオは、メアリーナではない人と恋をする。 メアリーナの初恋は、叶うこと無く終わってしまった。傷ついたメアリーナはロメオとの婚約を解消し距離を置くが、彼の事で心に傷を負い忘れられずにいた。どうにかして彼を忘れる為にメアが頼ったのは、友人達に誘われた夜会。最初は遊びでも良いのじゃないの、と焚き付けられて。 (そうね、新しい恋を見つけましょう。その方が手っ取り早いわ。) ※ご都合主義です。変な法律出てきます。ふわっとしてます。 ※ヒーローは変わってます。 ※主人公は無意識でざまぁする系です。 ※誤字脱字すみません。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】離縁の理由は愛されたいと思ったからです

さこの
恋愛
①私のプライバシー、プライベートに侵害する事は許さない ②白い結婚とする ③アグネスを虐めてはならない ④侯爵家の夫人として務めよ ⑤私の金の使い道に異論は唱えない ⑥王家主催のパーティー以外出席はしない  私に愛されたいと思うなよ? 結婚前の契約でした。  私は十六歳。相手は二十四歳の年の差婚でした。  結婚式に憧れていたのに…… ホットランキング入りありがとうございます 2022/03/27

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

戻る場所がなくなったようなので別人として生きます

しゃーりん
恋愛
医療院で目が覚めて、新聞を見ると自分が死んだ記事が載っていた。 子爵令嬢だったリアンヌは公爵令息ジョーダンから猛アプローチを受け、結婚していた。 しかし、結婚生活は幸せではなかった。嫌がらせを受ける日々。子供に会えない日々。 そしてとうとう攫われ、襲われ、森に捨てられたらしい。 見つかったという遺体が自分に似ていて死んだと思われたのか、別人とわかっていて死んだことにされたのか。 でももう夫の元に戻る必要はない。そのことにホッとした。 リアンヌは別人として新しい人生を生きることにするというお話です。

処理中です...