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むず痒い、戸惑い、時々婚約宣言
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「フローリア? おーい、フローリア」
シオンがフローリアの前で手をひらひらと振るが、フローリアは珍しく固まったままで動かない。
魔獣狩りであそこまで俊敏に動けたりなんやかんやする子が、こんな風に硬直するなんて誰が思うだろう、とルアネを見れば、必死に笑いを堪えている。
「っ、……ふ、ふふ」
「ちょっと、ルアネ。アンタお母さんなんだから、娘のケアしなさいよね」
「それはいたしますが、ふふ……、珍しいこともあるものだと思いまして」
ルアネが一旦席を立ちあがり、顔の前で手をパン!と叩けば、ようやく元に(?)戻ったらしいフローリアは、ルアネの方へと視線をあげた。
「お、お母様は、婚約のお話をご存じで?」
「ええ」
「何で教えて下さらなかったんですか!」
「えー……?」
何で、と言われても何でだろう、とルアネは考えるが、それはもうシオンからの手紙が来たから、としか言えない。
というか、あっちでもこっちでも色々な話が動いているから、どこからどうするか、という悩みもあったわけだが、シオンも国王も動き始めたのならば話さなければ、という思いでいたところにシオンがやってきたわけで。
「まぁ、時期的なものがあってね」
「えぇ……?」
困惑しているフローリアに謝るように、シオンも言葉を続けた。
「ごめんなさいね、フローリア。貴女を混乱させたくなかったし、望まない婚約は馬鹿の時だけで十分でしょう?」
「……そ、そう、ですね」
馬鹿なのは否定しないんだ、とシオンは心の中で呟いていたのだが、ルアネは『実際馬鹿ですし』と遠慮なく呟いている。
ミハエルは頭こそ良いが、如何せん見えていることにしか目がいかない性格という、色んな意味で残念過ぎる性格だから、言い方によっては馬鹿そのものである。
なお、王宮にてミハエルの側近がわらわらと辞職しているのは、割と有名になってきているのだが、フローリアは知らない。何せ興味がないから。
元側近たちは『ライラック様が殿下の婚約者でなくなったことをお喜び申し上げるべきだが、こうまでも殿下の至らなさをサポートしていてくださっていたなんて!』と声を揃えているらしい。
ルアネの知り合いやアルウィンは知っているが、あえて娘には教えていない。そんなことを知る暇があるなら侯爵家当主の勉強をしてもらう方が大切なのだから。
「で、フローリアは今お話を聞いてみてどう思った?」
「どう、とは」
「嫌?」
「嫌なんかじゃありません!」
フローリアにしては珍しく勢いよく椅子から立ち上がり、がちゃん、と音を立ててフローリアが今まで飲んでいたカップが倒れてしまった。
「あ……」
「お嬢様、はしたのうございますよ」
「ご、ごめんなさい……」
ほれ見てみろ、と言わんばかりのどや顔を披露しているルアネと、フローリアの意外すぎる反応にきょとんとしているシオン。
侍女長に叱られてしまったフローリアは、ちょっとしゅんとしている。
「これから当主になろうというお方が、何ですかみっともない」
「それぐらいにしてあげなさいな、フローリアだってアタシとの婚約話をいきなり言われて、びっくりしているんでしょうし」
「ですが、王弟殿下……」
「戸惑いもするし、びっくりもするわ。ねぇ、フローリア?」
「は、い」
真っ赤になっているフローリアが可愛くて叫びたい気持ちをシオンは必死に抑えているものの、シオンの隣でルアネは爆笑しそうになっているのを必死に堪えているために、割とカオスな光景が出来上がっている。
侍女長は『もう……』とぼやきながらもフローリアのためにもう一度お茶を入れ、宥めるように背中をさすられたフローリアは、顔を真っ赤にしたまま着席する。
「申し訳ございません、その……お見苦しいところを」
「良いのよ、フローリア」
「あ……」
そういえば、とフローリアははっとした。
シオンは、この人は自分のことを『ライラック』ではなく、ずっと『フローリア』と呼んでくれている。
シェリアスルーツ家次期当主だと分かっているはずだから、ライラックと呼ばれるものだとばかり思っていたのに。
「……閣下は、わたくしのことをフローリア、と呼んでくださるのですね」
「ん?何言ってんの、フローリアはフローリアでしょう?」
『お前はライラックだろう。フローリアとは何だ』
不意に過ぎってしまったミハエルとのいちばん嫌な思い出。
あれがきっかけともいえるのだが、フローリアはいち婚約者としてミハエルに接するものの、何があろうとも後々離縁してもらおうと心に決めていた。結果的に婚約はなかったことになったのだから、フローリアとしては万々歳でしかない。
「そういえば、フローリアはいつも言っていたわね。自分の名前をきちんと呼んでくれる人が良い、って」
「お、お母様!」
あわあわとしながら反論するように母を呼んだが、ルアネは気にしていない。
むしろ、にこやかな笑顔を見ていると、背中を押されているような、そんな感覚にすらなってしまう。
「名前を呼んでくれる人が良いの?どうして?」
「どうして、って……」
真っ赤になったまま困惑しているフローリアにシオンが問い掛けるが、フローリアは答えていいものか、少しだけ悩む。
もしかしたら、フローリアの悩みなど大したものではないかもしれないが、本人にとってはそこそこ深刻な悩みなのである。
「笑いません、か?」
「話してみなさいよ、まずはそこから。話を聞かないと何がなにやらだもの」
シオンは興味津々だし、ルアネは早く話せと言わんばかり。
侍女長にどうにかしてもらおうかと視線をやってみたものの、『話しても良いのでは?』とでも言わんばかりに微笑まれている。
「……笑わないで、聞いてくださいね。その……みなさまにいつも、『ライラック』と呼ばれているから、……あまり、本名で呼ばれ、なくて」
最後の方はぽそぽそと声が小さくなっていくが、普段のおっとりとした、そして何事にも動じないような雰囲気のフローリアからは、今の姿は想像もつかないくらいに可愛らしい。
フローリアからすれば、かなり深刻な悩みではあるものの、シオンにとっては些細なこと。
そんなことで良いのであれば、とシオンは席をたち、フローリアのところまでやってくると膝まづいた。
「あの……」
「アタシが、いくらでも呼んであげましょうか」
「閣下が?」
「ところでフローリア、例えば、の話なんだけど」
「は、はい」
いきなり話が変わってしまった、とフローリアはきょとんと目を丸くした。
「フローリア、アンタ側妃になりたい?」
「誰の、ですか?」
「ミハエルの」
「え、嫌です」
フローリアにしては珍しく即答をした。
嫌というか、ミハエルの側妃になるくらいならば死を選んでしまったほうがマシだと思えるくらい、かもしれない。
「でしょうね。んで、それを回避する方法がある、って言ったら?」
「確実なのですか?」
「今やれば、ってとこなんだけど」
シオン、そしてルアネがにんまりと微笑む。
マズい、嫌な予感がと思ったところで時すでに遅し。
「フローリア、アタシと婚約しない?」
何だかとってもシオンにしてやられた感と、ルアネの罠にはまったような感じが同時にやってくる。
しかし、フローリアの心の中に『嬉しい』という気持ちがあったことに、本人が気付いていないのだが、ただ無自覚なのであって気付くのは時間の問題でしかない。
これを確信しているのはルアネのみなのだが、この日の夜、アルウィンにもルアネは報告した。
おかがで、翌日のシェリアスルーツ家騎士団の訓練と王立騎士団の訓練がとんでもない事態になったのだが、色んな意味で結果オーライになったと気付くのは、今ではなくほんの少しだけ未来のことなのだ。
シオンがフローリアの前で手をひらひらと振るが、フローリアは珍しく固まったままで動かない。
魔獣狩りであそこまで俊敏に動けたりなんやかんやする子が、こんな風に硬直するなんて誰が思うだろう、とルアネを見れば、必死に笑いを堪えている。
「っ、……ふ、ふふ」
「ちょっと、ルアネ。アンタお母さんなんだから、娘のケアしなさいよね」
「それはいたしますが、ふふ……、珍しいこともあるものだと思いまして」
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「お、お母様は、婚約のお話をご存じで?」
「ええ」
「何で教えて下さらなかったんですか!」
「えー……?」
何で、と言われても何でだろう、とルアネは考えるが、それはもうシオンからの手紙が来たから、としか言えない。
というか、あっちでもこっちでも色々な話が動いているから、どこからどうするか、という悩みもあったわけだが、シオンも国王も動き始めたのならば話さなければ、という思いでいたところにシオンがやってきたわけで。
「まぁ、時期的なものがあってね」
「えぇ……?」
困惑しているフローリアに謝るように、シオンも言葉を続けた。
「ごめんなさいね、フローリア。貴女を混乱させたくなかったし、望まない婚約は馬鹿の時だけで十分でしょう?」
「……そ、そう、ですね」
馬鹿なのは否定しないんだ、とシオンは心の中で呟いていたのだが、ルアネは『実際馬鹿ですし』と遠慮なく呟いている。
ミハエルは頭こそ良いが、如何せん見えていることにしか目がいかない性格という、色んな意味で残念過ぎる性格だから、言い方によっては馬鹿そのものである。
なお、王宮にてミハエルの側近がわらわらと辞職しているのは、割と有名になってきているのだが、フローリアは知らない。何せ興味がないから。
元側近たちは『ライラック様が殿下の婚約者でなくなったことをお喜び申し上げるべきだが、こうまでも殿下の至らなさをサポートしていてくださっていたなんて!』と声を揃えているらしい。
ルアネの知り合いやアルウィンは知っているが、あえて娘には教えていない。そんなことを知る暇があるなら侯爵家当主の勉強をしてもらう方が大切なのだから。
「で、フローリアは今お話を聞いてみてどう思った?」
「どう、とは」
「嫌?」
「嫌なんかじゃありません!」
フローリアにしては珍しく勢いよく椅子から立ち上がり、がちゃん、と音を立ててフローリアが今まで飲んでいたカップが倒れてしまった。
「あ……」
「お嬢様、はしたのうございますよ」
「ご、ごめんなさい……」
ほれ見てみろ、と言わんばかりのどや顔を披露しているルアネと、フローリアの意外すぎる反応にきょとんとしているシオン。
侍女長に叱られてしまったフローリアは、ちょっとしゅんとしている。
「これから当主になろうというお方が、何ですかみっともない」
「それぐらいにしてあげなさいな、フローリアだってアタシとの婚約話をいきなり言われて、びっくりしているんでしょうし」
「ですが、王弟殿下……」
「戸惑いもするし、びっくりもするわ。ねぇ、フローリア?」
「は、い」
真っ赤になっているフローリアが可愛くて叫びたい気持ちをシオンは必死に抑えているものの、シオンの隣でルアネは爆笑しそうになっているのを必死に堪えているために、割とカオスな光景が出来上がっている。
侍女長は『もう……』とぼやきながらもフローリアのためにもう一度お茶を入れ、宥めるように背中をさすられたフローリアは、顔を真っ赤にしたまま着席する。
「申し訳ございません、その……お見苦しいところを」
「良いのよ、フローリア」
「あ……」
そういえば、とフローリアははっとした。
シオンは、この人は自分のことを『ライラック』ではなく、ずっと『フローリア』と呼んでくれている。
シェリアスルーツ家次期当主だと分かっているはずだから、ライラックと呼ばれるものだとばかり思っていたのに。
「……閣下は、わたくしのことをフローリア、と呼んでくださるのですね」
「ん?何言ってんの、フローリアはフローリアでしょう?」
『お前はライラックだろう。フローリアとは何だ』
不意に過ぎってしまったミハエルとのいちばん嫌な思い出。
あれがきっかけともいえるのだが、フローリアはいち婚約者としてミハエルに接するものの、何があろうとも後々離縁してもらおうと心に決めていた。結果的に婚約はなかったことになったのだから、フローリアとしては万々歳でしかない。
「そういえば、フローリアはいつも言っていたわね。自分の名前をきちんと呼んでくれる人が良い、って」
「お、お母様!」
あわあわとしながら反論するように母を呼んだが、ルアネは気にしていない。
むしろ、にこやかな笑顔を見ていると、背中を押されているような、そんな感覚にすらなってしまう。
「名前を呼んでくれる人が良いの?どうして?」
「どうして、って……」
真っ赤になったまま困惑しているフローリアにシオンが問い掛けるが、フローリアは答えていいものか、少しだけ悩む。
もしかしたら、フローリアの悩みなど大したものではないかもしれないが、本人にとってはそこそこ深刻な悩みなのである。
「笑いません、か?」
「話してみなさいよ、まずはそこから。話を聞かないと何がなにやらだもの」
シオンは興味津々だし、ルアネは早く話せと言わんばかり。
侍女長にどうにかしてもらおうかと視線をやってみたものの、『話しても良いのでは?』とでも言わんばかりに微笑まれている。
「……笑わないで、聞いてくださいね。その……みなさまにいつも、『ライラック』と呼ばれているから、……あまり、本名で呼ばれ、なくて」
最後の方はぽそぽそと声が小さくなっていくが、普段のおっとりとした、そして何事にも動じないような雰囲気のフローリアからは、今の姿は想像もつかないくらいに可愛らしい。
フローリアからすれば、かなり深刻な悩みではあるものの、シオンにとっては些細なこと。
そんなことで良いのであれば、とシオンは席をたち、フローリアのところまでやってくると膝まづいた。
「あの……」
「アタシが、いくらでも呼んであげましょうか」
「閣下が?」
「ところでフローリア、例えば、の話なんだけど」
「は、はい」
いきなり話が変わってしまった、とフローリアはきょとんと目を丸くした。
「フローリア、アンタ側妃になりたい?」
「誰の、ですか?」
「ミハエルの」
「え、嫌です」
フローリアにしては珍しく即答をした。
嫌というか、ミハエルの側妃になるくらいならば死を選んでしまったほうがマシだと思えるくらい、かもしれない。
「でしょうね。んで、それを回避する方法がある、って言ったら?」
「確実なのですか?」
「今やれば、ってとこなんだけど」
シオン、そしてルアネがにんまりと微笑む。
マズい、嫌な予感がと思ったところで時すでに遅し。
「フローリア、アタシと婚約しない?」
何だかとってもシオンにしてやられた感と、ルアネの罠にはまったような感じが同時にやってくる。
しかし、フローリアの心の中に『嬉しい』という気持ちがあったことに、本人が気付いていないのだが、ただ無自覚なのであって気付くのは時間の問題でしかない。
これを確信しているのはルアネのみなのだが、この日の夜、アルウィンにもルアネは報告した。
おかがで、翌日のシェリアスルーツ家騎士団の訓練と王立騎士団の訓練がとんでもない事態になったのだが、色んな意味で結果オーライになったと気付くのは、今ではなくほんの少しだけ未来のことなのだ。
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