オネェな王弟はおっとり悪役令嬢を溺愛する

みなと

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異変

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「何だ……」

 馬から降りた騎士団員たちは、周囲をぐるりと見渡す。
 アルウィン、セルジュ、シオン、ラケル、そしてフローリアと新人団員三人が、森の中ほどで慎重に進んでいる。

「おかしいな……こんなにも異様な雰囲気ではなかったぞ……」
「閣下、何か振り撒きました?」
「撒くかアホ」

 べん、と遠慮なくラケルを殴ったシオンは、以前とは全く異なっていることに怪訝そうな顔をしている。

「あの……以前は、と仰いましたが、前はこうではなかった、と……?」
「その通りだ」

 フローリアの問いかけに頷くシオンは、腰にある剣の柄に手をかけている。
 シオンがここまで警戒するとは、とアルウィンもセルジュも警戒態勢に入ったが、一体何がそんなに危ないのだろうか、と新人たちはきょとんとしている。フローリアを除いて。

「何が危ないんだろうな?」
「気配がおかしい、とは思うけど……」

 そんなに警戒するほどか、と誰かが呟く。
 シオンが前回様子を見に来たときは、こんなにも禍々しい気配ではなかった、らしい。
 いるとしてもせいぜいBランクの魔物だろうから、フローリアの実力確認も兼ねつつ新人の力量判断にちょうどいいと思った、という話をアルウィンとセルジュは聞いていたのだ。だからこそ、この気配はおかしい。
 まるでお目当ての魔獣ではなく、他の何か得体のしれないものが屯している、そんな気配なのだ。

「一応……」

 気休め程度ですが、と前置きしてフローリアはぱっと魔法陣を展開し、防御術式を発動させた。

「これは……」
「簡易的ですが、攻撃から一度、守ってくれます。耐久力がありませんので、一度きりとお考え下さいませ」
「すっげ……」

 いとも簡単に、この場の全員分のシールドを展開させるなど、並大抵ではない。

「(……困ったわね)」

 緊張を保たなければいけないのに、顔がニヤつきそうになるのをシオンは必死におさえこんだ。
 あまりに鮮やかな魔法の術式、無駄のない魔力展開、そして全員の防御には厚みにムラ一つなく丁寧な作りなのだから、すごい、としか言いようがない。

「お嬢様、また魔法うまくなりました?」
「そうだと良いのですが……」
「うちの子がうまくないわけないだろう」

 フローリアではなくアルウィンがどや顔を披露しているが、セルジュからの『団長のことじゃないでしょ、何誇らしげにしてんですか』という鋭いツッコミに、フローリアは思わず笑ってしまう。

 ほ、と安堵の息を吐いた、瞬間。

 ――ギャアアアオオオアアアアアアア!!

「何だ!?」

 魔獣の咆哮が聞こえ、全員が武器を構える。
 フローリアもアルウィンも、自身の魔装具を一番使い慣れている形態に変化させた。フローリアは鞭形態へと変化する片手剣へ、アルウィンは大剣へ。
 決して油断してはいけないのだ、と各々言い聞かせるが、新人は足が震えているようだった。しかし、助けてくれる人はいない。自分のことは自分で、というシオンの言葉がここに来て重くのしかかっていた。
 来なければ良かった、と後悔しても遅い。

「どこから来る……?」

 アルウィンの声が、やたらと大きく聞こえるような気がした。いつの間にか、鳥の声さえも聞こえなくなっているのか、と気付いたその時。

「よけろ!」

 ラケルの号令と共に、各々の判断でばっと飛び避ける。
 元いた地面はえぐれ、爆音と共に土煙がもうもうと上がるが今まさに気が抜けない状況。シオンとアルウィン、同時に風魔法で土煙を吹き飛ばしてみれば、巨大な魔物が涎を垂らしながらそこに、居た。

「……あれ、は」
「普通に発生する魔獣じゃない!マズいぞ!」

 呆然とするニックの首元をフローリアが掴み、筋力強化をすると同時にぐい、と引っ張った。

「うげ!」
「すみません、緊急回避させますわね!」

 言いながらニックの体は少しだけ遠くに吹き飛ばされるが、ニックのいた場所を魔獣の鋭い爪がえぐったのを見て、心の底からフローリアに感謝をする。

「助かった!」
「気を抜かないでくださいませ! 死にますわ!」

 アルウィンやシオンが我先にと魔獣に突撃していき、フローリアたちの方に攻撃がいかないようにとヘイトを買ってくれているのだが、いつまでもつのか。

「短期決戦……? でも……それをやるにしても」

 ちらり、と視線を動かした先。鋭い爪を確認してからフローリアは器用に風魔法を使って飛び、セルジュの隣にひょいと現れる。

「もしもしセルジュ様」
「おうわああああああああああ!! びっくりしたあああ!!」
「あれの爪、ちょっと破壊するのでお手伝い願えます?」
「へ?」
「サポートお願いいたしますわね!」
「お嬢様ーー!?」

 ちなみに二人が会話をしていたのはほんの数秒、かつフローリアはとんでもなく風魔法を器用に駆使して、空中飛行しているような状態。
 言い終わると同時に、フローリアが魔獣に向かい一気に空中にいるまま加速した。

「ちょっと……って、ああもう、団長そっくりなんだからー!!」

 サポートとして何をするか、何をすればあの鋭利な爪をどうにかできるのか。
 魔獣が一瞬だけ動きを止めれば、きっとフローリアならやってくれる。そんな確信が出る樹にはあった。だったら取る方法は一つ。

「公爵閣下、団長、一瞬そいつの動きを止めますが、頭下げて!!」
「は!?」
「何言って……」

 言い終わるが早いか、セルジュが魔獣の足止めをしようと、氷結魔法を魔獣の足元で展開する。

「凍てつけ!!」
「グオルアアアアアアアア!!」

 魔獣の膝あたりまで凍結するが、すぐに氷が破壊されてしまう。それまでのほんの数秒しかなかったが、ひゅう、と風を切る音にシオンもアルウィンも、ラケルも意味をすぐに理解した。

「大人しくなさいませ!」

 フローリアの声が聞こえるか早いか、彼女の剣鞭が風を切って的確に魔獣の手元に炸裂する。勢いだけでは無理と感じ、接触する瞬間に剣の強度を極度まで高める。
 爪を割ればまず一つ攻撃手段が削れるから、とフローリアは判断した。その判断のもと、まるでガラスが割れるような音と共に、魔獣の爪が破壊された。左から右へ、剣鞭をしならせることで破壊は出来たが魔獣そのものは生きている。
 そして、うっかり気付いてしまったシオンが叫んだ。

「アルウィン、今フローリア嬢が落とした爪採取すんだから、うっかり割ったらアンタをアタシが殺すからね!!」
「やかましいわクソ公爵! 知らん!」
「…………え?」

 後方で何もできず呆然としていたニック、そして他の新人が、素っ頓狂な声を上げる。

「……今、何か……」

 フローリアもきょとんとしているのだが、爪の振り回し攻撃がなくなればこちらのものと言わんばかりに、魔獣を最強格二人かかりで腕をもぎ、胴体に氷魔法を炸裂させて穴をぶちあけ、土魔法を展開し槍のようなもので魔獣の顎から頭にかけてを思いきり貫いた。

「っしゃあ!」
「頭潰してんじゃないわよ筋肉ゴリラ!!」
「こうしないとフローリアたちに当たって怪我でもしたらどうするんですか!! アホ公爵!!」
「は!? アンタ不敬罪でひっとらえるわよ!!」
「やれるもんならやってみろや!!」

 めっちゃ言い合いをしている二人を、新人は呆然と、フローリアはきょとんとして見ている。
 そこにセルジュがひょっこりとやって来た。

「お嬢様、部位破壊お上手になりましたねぇ」
「あのぉ……セルジュ様。あれって……」
「団長と公爵閣下の名物的なやりとりです」

 あっはっは、と笑っているセルジュだが、あえて面白いのでアルウィンのところに報告に行っていない。だってその方が面白そうだから。

「放っておいて良いのですか……?さすがにお父様のあれは不敬では……」
「良いんですよ、公爵閣下も許可してますし。まぁでも、そろそろやめてもらいましょうかね。お二方~、若人が困惑してますよ~」

 セルジュののほほんとした声に、結構距離が離れたところにいた二人の言い争いがぴた、と止まる。

「……」

 そして、ぎぎぎ、と音が聞こえてきそうなくらいゆっくりと、アルウィンとシオンが振り返った。

「お父様……さすがに閣下に失礼かな、って……」
「あと公爵閣下の、その、言葉遣い、が」

 ニックはきっと、『口に気を付けろ』と親や友人に言われているに違いない。うっかりぽろっと、『閣下が、オネェ……?』と呟いてしまったのだ。

「そこのお前、記憶を無くすか手足もがれて退職金たっぷりで騎士団退職するか、選べ」

 シオンの口調も雰囲気も一変し、愛用の剣を構える。剣には先ほどの魔獣の血がべっとりなので、破壊力抜群だ。

「あのぉ……」

 はい、とフローリアが挙手をすると、アルウィンが乗ってくれて『はいフローリア』と指名する。

「手足をもぐのは、違反といいますか……犯罪になっちゃいますし……」
「そっち!?」
「ニック様、こうなったらちょっとわたくし頭を殴りますので記憶を吹き飛ばしてはいかがですか?」

 とんでもねぇ提案してる……とラケルが呟いたが、シオンはフローリアの言葉を聞いて爆笑している。

「あっははははは!!」
「フローリア……お父さん、さすがにその意見はどうかと思う……」
「え、でも……ねぇ?」
「こっち見ないでください。あとシェリアスルーツ令嬢、拳握らないでください」

 さっきまで生きるか死ぬか、だったのにも関わらず、こののんびり具合。
 役に立つどころか怯えているだけだった新人たちは、フローリアの強さもさることながら、アルウィンやシオンの強さに、呆然とすることしかできなかった。
 オマケでシオンの口調など諸々を知ってしまったが故に、この後全員シオンに詰め寄られることとなるのであった。
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