オネェな王弟はおっとり悪役令嬢を溺愛する

みなと

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母は冷静

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 騎士団の訓練が終わり、父と娘が揃って帰宅して、アルウィンは開口一番フローリアにこう告げた。

「ヴェッツェル公爵は駄目だからな!」
「……あの、お父様。一体何を……」

 玄関ホールに入ってそうそう言われた内容に、フローリアはきょとんとした表情になり、首を傾げている。
 はて、そんな妙なことをしてしまったのだろうか、と悩んでいると学校帰りのレイラが二人を出迎えるために顔を出した。

「フローリア、お父様、お帰りなさ……い、って……どうしたの?」
「レイラ、ただいま戻りましたわ」
「おうレイラ、ただいま」
「二人で何騒いでるの?」
「いやだわ、わたくし騒いでいないもの」

 むぅ、と不満そうに頬をふくらませるフローリアと、何やら不満そうにしているアルウィン。

「え、ちょっと、本当に何があったの?」

 怪訝そうに聞いてくるレイラに、首を傾げるフローリア。
 苦虫を噛み潰したような顔をしているアルウィンが、ぎりぎりと拳を固くしながら嫌そうに言う。

「今日、王宮の騎士団の訓練場に王弟殿下がいらしてな」
「とんでもなく美形の、ご自分から王位継承権放棄された方でしょ?」
「そうだ」
「その人が何?」
「フローリアが目をつけられるかもしれん!いいや、フローリアの方が……無いとは思うが、しかし……!」
「……?」

 どういうことなの、という顔でレイラはフローリアを見るが、フローリアにも訳がわかっていない。そもそもフローリアは別に顔が良いからと見惚れるような女の子では無いのだが、今のアルウィンは親バカフィルター全開だから、可愛いわが子に悪い虫がつかないように必死なのだ。

「お父様、わたくしよく分からないのですが」
「いいかフローリア、絶対だめだからな!」
「ですから、何がですの!?」
「惚れるな、と言っているんだ!」
「惚れる……」

 ──誰が、誰に。

 本気で訳が分からない、というフローリアの心底困惑した顔を見たレイラは『珍しい……』と呟いているし、アルウィンも思わず目を丸くした。

「あの……ミハエル殿下ではないのですから、そんなほいほいと一目惚れは……ええと……ないかな、って」
「フローリアだもんね」
「うん」

 珍しいフローリアの相槌だなぁ、とレイラは勝手にほっこりしているのだが、アルウィンは未だに落ち着かないらしくぶっすりとしている。
 正直、そこそこいい歳のおっさんがムスッとしている光景は、見ていて楽しいとか全くない。父親だから許せるが、見知らぬ他人の場合、全力スルーすること間違いナシだ。

「お父様、可愛くないからその顔おやめになって」
「多分その顔は余程のイケメンじゃないとダメよ、お父様」

 フローリア、レイラの順にスパッと言いきられ、しょんぼりしているアルウィンだが、フローリアがシオンにそう簡単には惚れない、という言質をもらったのがよほど嬉しいのかスキップしそうな雰囲気すらある。
 そして、先程娘に言われた内容については、フローリアからの一目惚れがない、と本人からの申告によって一気に機嫌が上向きになる。父バカ、ここに極まれり。

「あらフローリア、お帰りなさい。あなた様も」
「ただいま、ルアネ~」

 機嫌が上向きになったところに愛しい妻の姿を視界にとらえ、すっかり機嫌が直り、妻であるルアネのところへと足取り軽く向かったアルウィンは『早く着替えなさいませ』と、部屋の方向に押し出されてしまう。

「フローリアも着替えていらっしゃい。あと、女の子が妙な髪型……を」
「あ」

 やべ、という顔になったフローリアは一歩後退るが、時すでに遅し。
 がっちりとルアネに手首を掴まれてしまい、はいこちら、と引き寄せられて、頭を鷲掴みにされてしまった。
 顔が近い、というか母であるルアネは美人の部類に入るから、真顔でガン見されるととっても怖い、というのはフローリア談である。

「あなた、またやりましたね」
「ち、違うのよお母様。あのね、これには訳が」
「問答無用!!」
「お母様ストーーーップ!!」

 本格的にフローリアを叱る準備をしたルアネだが、レイラに止められてぎろりとそちらを睨んだ。

「何ですかレイラ!」
「お母様、ひとまずフローリアをお風呂に入れてあげましょう?騎士団の訓練で疲れているだろうから!ダドリー!侍女長を呼んでー!」

 かしこまりました、とダドリーが慌てて走ってきて、更に侍女長もささっとやってきて、フローリアをあっという間に連れ去ってしまう。

「レイラ、あの子はまた勝手に魔法で髪を!」
「それは分かってるわよ。でもお母様、フローリアに良いお話があるかもしれないの!」
「良い話……?」

 はて、と冷静になったルアネは怪訝そうな顔でじいっとレイラを見つめる。
 一体何がどうなって良い話、という単語が出てくるのかはよく分からない。

「ヴェッツェル公爵、分かるでしょう?」
「王弟殿下でしょう。それがどうしたというのですか」
「さっきお父様がね、リアに『ヴェッツェル公爵に惚れるな』とか言ってたの!」

 目をキラキラさせながら話すレイラは可愛いし、何となく何が言いたいのか話が見えてきた。娘の言いたいことならば察してあげてこそ母親、という親のかがみではあるのだが、ヴェッツェル公爵を思い出しながらルアネは頭を抱える。

「まぁ……そうねぇ……良い人なのは間違いないけれど」
「なら!」
「多分……今日王宮でちょっとした騒ぎがあったからそれと関係していて、そこに公爵閣下がいらっしゃってフローリアとお会いしたから、だんな様が危険視しているのではないかしら」
「騒ぎ?」
「えぇ」

 今日は王宮にある魔法省に出向き、剣に付与する風魔法のあれこれを質問し、王宮図書館のこの本を読んだらもっと参考になるかも、とアドバイスをしてもらっていたのだ。
 そして、あの昼間の一件を見てはいないものの『騒ぎがあった』として、知っている。ついでに、激怒して鼻息荒く廊下をずんずんと歩いているアリカを見て、『これが顔でミハエル殿下に選ばれた王太子妃候補……』とげんなりもした。

「何せフローリアは顔でお相手を選びませんからね。それと、公爵閣下に関しては噂程度ですが、お相手として女性に望む条件がとんでもなく高い」
「そうなの!?」
「えぇ。それから、もう一つ」
「うん」
「フローリアが惚れなくとも、お相手がフローリアに惚れたらだんな様の『一目惚れはダメだ』なんて意味が無いでしょうに」

 言われてみれば、とレイラは真顔になる。
 アルウィンはすっかり彼方へとぶっ飛ばしたようだが、フローリアが惚れなくとも向こうがフローリアに惚れる場合もあること、ついでに周りがそうなるようにうまいこと誘導する可能性だってある、ということ。
 これらを頭からすぽーん、と除外してしまっていることに気付かないまま、恐らく上機嫌で入浴しているだろう。

「……ちなみに、向こうが惚れてきてフローリアに結婚の申し込みとかした場合って、お母様はどう思うの?」
「わたくし個人としては賛成です」
「うちとしては?」
「まぁ……反対する理由はないけれど、でもねレイラ」
「うん」

 ルアネは優しく娘の頭を撫で、歩き出すように促して並んで歩きながら静かに言う。

「そうなれば嬉しいな、という希望的観測は本人同士よりも周りが喧しく介入してくるものなのですよ」

──そう、例えば王太后とかね。

 レイラやフローリアは知る由もない、面倒臭いことこの上ない王太后の存在を、いち早くルアネは思い出したのであった。
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