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動じなさは天下一品
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「詳細は追って連絡する。それまでは訓練にしかと励め」
「はいっ!」
元気よく返事をした新人と、恭しく礼をしたフローリアに微笑みかけ、シオンとラケルは去っていった。
やった、と喜んでいる新人たちには、先輩が思いきりゲンコツを落とした。
「いたっ!」
「いてぇ!?」
「魔獣狩りは遊びじゃないんだぞ!喜ぶ馬鹿がどこにいる!」
そこに、と新人は誰よりもうきうきとしているフローリアを揃って指さした。
そりゃまぁフローリアはね、と彼女の笑顔の理由が先輩たちは意味が理解出来ているからこそ、別に何も言おうなどとは思わなかったのだ。
「まぁ……彼女は……」
「何ですか、強いから問題ないとか言うんですか?」
ニックは困り顔の先輩に噛みつくも、アルウィンがずい、と前に出てきて言い放った言葉に硬直した。
「フローリアは、俺と一緒によく魔獣狩りに参加しているからな。学園でも野外実習で魔物に遭遇したとき、怪我をすることなく倒している」
「しかし、血まみれだったと聞きました!」
「魔獣の返り血で血まみれだったんだよ」
「……返り血?」
アルウィンが真顔で言い放った言葉に、ニックは『ん?』と意味が分からなさそうに首を傾げている。
というのも、ニックはフローリアのひとつ上の学年で、同じ学園に通っていた。
だから、魔獣をフローリアが倒したことも知っていたが、『満身創痍で血まみれだった』という風の噂を今、この瞬間まで信じていた。
現実は、見事に異なっているわけで。
「そうそう、たまたまAランクの魔獣が出てきまして。先生方は他の生徒の皆様を守っていらしたので、僭越ながらわたくしが討伐させていただきました」
にこー、と邪気の全くない笑顔を浮かべたおっとり口調でフローリアに言われ、ニックは今度こそ目を真ん丸にしてだらしなく口を開けてしまう。
「嘘だろ」
「嘘をついて何になります?」
「だって、そんなAランクの魔獣なんか女性一人で倒せるわけが」
「核もしっかり回収しましたし……ねぇ、団長?」
「おう。綺麗な状態だったからヴェッツェル公爵も大喜びだったな」
Aランクの魔物を、一人で。
しかも怪我した訳ではなく、魔獣の返り血を浴びた。
普通の女子なら嫌がって泣き叫び、慌てて避難なりなんなりするのに、ニックの目の前でおっとりと微笑んでいるフローリアは、魔獣を一人で討伐してしまったのだ。
「……本当に?」
「おい、くどいぞ」
「その件なら本当だぞ、ニック。俺と団長が核を取り出したからな」
「え……」
セルジュに追撃され、ぺたん、とニックはその場に力が抜けて座り込んだ。
「あら、大丈夫ですか?」
敵わない。
そもそも、『どちらが強い』だとかそういうことではなく、フローリアの何もかもに敵わないと、ニックは思った。
あと、色んな緊急事態に強すぎる。
王太子妃候補に怒鳴りつけられようと、王弟が来ようとも、しれっとしている。
美形と有名なヴェッツェル公爵だというのに、見惚れることもなく普通に会話をしているから、つい混乱してしまった。
大体の女性はあの美貌に見惚れてしまい、女性側から婚約破棄を申し出たりする人もいるくらいなのに、とニックはぼんやり考えた。
「は、ははっ」
「どうなさいました?」
「……いや、偏見だらけな上に最悪な態度で接してしまって大変申し訳なかった、シェリアスルーツ侯爵令嬢」
「もう同僚になるのですから、フローリアとお呼びください」
なら、と続けようとした矢先にとてつもなく鋭い殺気がアルウィンから飛ばされてくる。
「い、いや……あの、フローリア嬢、とお呼びしたいのはやまやまなのですが……シェリアスルーツ嬢、で……」
「あら、そうですか?」
シェリアスルーツ嬢、としても長いのになぁ……と思うフローリアだが、背後の父の憤怒の形相には気付いていないのか。気付いているけれど、いつものことだから、と流しているのか。
お嬢様、とりあえず団長をどうにかしてください!という団員の心の叫びだけは華麗に一致した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「はい、確かに」
フローリアの希望とは別に、王家からシェリアスルーツ侯爵家へと支払われた慰謝料。
受け取りのサインをしているルアネは、にこりと微笑み、目録を渡しに来た使いの者の不機嫌な様子には聞こえないようにこっそり溜め息を吐いた。
あぁ、こいつは未だ蔓延る王太后派か、と。
あの王太后は、己の配偶者たる前国王が亡くなったと同時に、当時王太子であったジェラールに王位を譲ると全国民の前で宣言した。
議会も通さずに、自分の地位と、そして生家の力を借りて強引に執り行われた手続きに嫌気がさした家臣も少なからずいる。それがシェリアスルーツ侯爵家だ。
「……婚約者に指名していただけただけでも光栄に思うべきなのに」
「あらまぁ……、権力しか振りかざすことのできないクソガキの我儘を押し通しただけの王家ごときが、何を言う?」
「貴様!」
ハッ、と呆れたような目を向けながら言うルアネの言葉に、カッとなった使いの者だが、首に短剣の切っ先を突きつけられてしまえば、黙ることしかできなかった。
「別の言い方にしましょうか、権力を使ってうちの子に対して『お願いします、婚約者になってください』って懇願した、とも言えるのよ?時が経てば面白おかしく殿下の行動をあれこれ言う貴族もいるの。事情を正確に知りえている人ってどれくらいいるのか、考えたことはあって?意外に少ないのよ?ふふっ」
当時のパーティーには多くの貴族が参加していたが、あの我儘極まりない発言の場にいた貴族は、そう多くはない。
噂で聞いた、人伝に聞いた、という場合もあるし、今回の婚約破棄宣言を受けて面白話として『過去は〇〇だった、そして今回王太子殿下は〇〇した』と、ふざけた内容であちこちに言い回るゴシップ好きの貴族もいる。
なお、平民には後者の話の方が面白く感じられるから、とんでもない勢いで広がり、ゲラゲラと笑われているのだが、ミハエルは知る由もないだろう。
「都合のいいことばかりしか聞かない、そして腐りきった思考回路のババアに溺愛されて、勉強はできるけれど人に寄り添うことのできない頭スカスカ王太子殿下の行く末を、我らは離れた場所から観劇させていただきます、とお伝えなさいな。お怒りになった殿下に出ていけ、と言われたらわたくしたちは勿論、と了承して出ていくわ」
「はっ、ならそうしよう!」
「王宮騎士団は壊滅的なダメージとなるでしょうけど、その覚悟をもってやりなさいね。では、お役目ご苦労様でした、さっさと帰りなさい」
パンパン!とルアネが手を鳴らすと、わらわらとシェリアスルーツ家騎士団員がやってきて、王家からの使者をがっちり掴み、引きずって家からぽい、と追い出した。
馬車に乗り、慌てて帰っていくのを眺めながらルアネはほくそ笑む。
「色々とね、手は回してあるのよ。お勉強しかできない王太子殿下、どうぞ破滅なさいませ」
舐めてくれて、どうもありがとう、とドスの聞いた声で小さく呟いたが、たまたま通りかかったレイラがそれを聞き、『殺される!』と震え上がっているという光景を侍女長が見て、慌てて駆け寄ってきた。
「奥様、また殺気を垂れ流しにして!」
「……ついうっかり」
「おかあさま、あれは……ちょっとこわい」
「大丈夫よ、次は馬鹿殿下の前でやるから」
それ、侮辱罪……とは思うもののフローリアが絡むとこの母のような言動になってしまう自覚のあるレイラは、『それなら良いか』と謎の納得をし、部屋へとそそくさと戻ったのであった。
「はいっ!」
元気よく返事をした新人と、恭しく礼をしたフローリアに微笑みかけ、シオンとラケルは去っていった。
やった、と喜んでいる新人たちには、先輩が思いきりゲンコツを落とした。
「いたっ!」
「いてぇ!?」
「魔獣狩りは遊びじゃないんだぞ!喜ぶ馬鹿がどこにいる!」
そこに、と新人は誰よりもうきうきとしているフローリアを揃って指さした。
そりゃまぁフローリアはね、と彼女の笑顔の理由が先輩たちは意味が理解出来ているからこそ、別に何も言おうなどとは思わなかったのだ。
「まぁ……彼女は……」
「何ですか、強いから問題ないとか言うんですか?」
ニックは困り顔の先輩に噛みつくも、アルウィンがずい、と前に出てきて言い放った言葉に硬直した。
「フローリアは、俺と一緒によく魔獣狩りに参加しているからな。学園でも野外実習で魔物に遭遇したとき、怪我をすることなく倒している」
「しかし、血まみれだったと聞きました!」
「魔獣の返り血で血まみれだったんだよ」
「……返り血?」
アルウィンが真顔で言い放った言葉に、ニックは『ん?』と意味が分からなさそうに首を傾げている。
というのも、ニックはフローリアのひとつ上の学年で、同じ学園に通っていた。
だから、魔獣をフローリアが倒したことも知っていたが、『満身創痍で血まみれだった』という風の噂を今、この瞬間まで信じていた。
現実は、見事に異なっているわけで。
「そうそう、たまたまAランクの魔獣が出てきまして。先生方は他の生徒の皆様を守っていらしたので、僭越ながらわたくしが討伐させていただきました」
にこー、と邪気の全くない笑顔を浮かべたおっとり口調でフローリアに言われ、ニックは今度こそ目を真ん丸にしてだらしなく口を開けてしまう。
「嘘だろ」
「嘘をついて何になります?」
「だって、そんなAランクの魔獣なんか女性一人で倒せるわけが」
「核もしっかり回収しましたし……ねぇ、団長?」
「おう。綺麗な状態だったからヴェッツェル公爵も大喜びだったな」
Aランクの魔物を、一人で。
しかも怪我した訳ではなく、魔獣の返り血を浴びた。
普通の女子なら嫌がって泣き叫び、慌てて避難なりなんなりするのに、ニックの目の前でおっとりと微笑んでいるフローリアは、魔獣を一人で討伐してしまったのだ。
「……本当に?」
「おい、くどいぞ」
「その件なら本当だぞ、ニック。俺と団長が核を取り出したからな」
「え……」
セルジュに追撃され、ぺたん、とニックはその場に力が抜けて座り込んだ。
「あら、大丈夫ですか?」
敵わない。
そもそも、『どちらが強い』だとかそういうことではなく、フローリアの何もかもに敵わないと、ニックは思った。
あと、色んな緊急事態に強すぎる。
王太子妃候補に怒鳴りつけられようと、王弟が来ようとも、しれっとしている。
美形と有名なヴェッツェル公爵だというのに、見惚れることもなく普通に会話をしているから、つい混乱してしまった。
大体の女性はあの美貌に見惚れてしまい、女性側から婚約破棄を申し出たりする人もいるくらいなのに、とニックはぼんやり考えた。
「は、ははっ」
「どうなさいました?」
「……いや、偏見だらけな上に最悪な態度で接してしまって大変申し訳なかった、シェリアスルーツ侯爵令嬢」
「もう同僚になるのですから、フローリアとお呼びください」
なら、と続けようとした矢先にとてつもなく鋭い殺気がアルウィンから飛ばされてくる。
「い、いや……あの、フローリア嬢、とお呼びしたいのはやまやまなのですが……シェリアスルーツ嬢、で……」
「あら、そうですか?」
シェリアスルーツ嬢、としても長いのになぁ……と思うフローリアだが、背後の父の憤怒の形相には気付いていないのか。気付いているけれど、いつものことだから、と流しているのか。
お嬢様、とりあえず団長をどうにかしてください!という団員の心の叫びだけは華麗に一致した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「はい、確かに」
フローリアの希望とは別に、王家からシェリアスルーツ侯爵家へと支払われた慰謝料。
受け取りのサインをしているルアネは、にこりと微笑み、目録を渡しに来た使いの者の不機嫌な様子には聞こえないようにこっそり溜め息を吐いた。
あぁ、こいつは未だ蔓延る王太后派か、と。
あの王太后は、己の配偶者たる前国王が亡くなったと同時に、当時王太子であったジェラールに王位を譲ると全国民の前で宣言した。
議会も通さずに、自分の地位と、そして生家の力を借りて強引に執り行われた手続きに嫌気がさした家臣も少なからずいる。それがシェリアスルーツ侯爵家だ。
「……婚約者に指名していただけただけでも光栄に思うべきなのに」
「あらまぁ……、権力しか振りかざすことのできないクソガキの我儘を押し通しただけの王家ごときが、何を言う?」
「貴様!」
ハッ、と呆れたような目を向けながら言うルアネの言葉に、カッとなった使いの者だが、首に短剣の切っ先を突きつけられてしまえば、黙ることしかできなかった。
「別の言い方にしましょうか、権力を使ってうちの子に対して『お願いします、婚約者になってください』って懇願した、とも言えるのよ?時が経てば面白おかしく殿下の行動をあれこれ言う貴族もいるの。事情を正確に知りえている人ってどれくらいいるのか、考えたことはあって?意外に少ないのよ?ふふっ」
当時のパーティーには多くの貴族が参加していたが、あの我儘極まりない発言の場にいた貴族は、そう多くはない。
噂で聞いた、人伝に聞いた、という場合もあるし、今回の婚約破棄宣言を受けて面白話として『過去は〇〇だった、そして今回王太子殿下は〇〇した』と、ふざけた内容であちこちに言い回るゴシップ好きの貴族もいる。
なお、平民には後者の話の方が面白く感じられるから、とんでもない勢いで広がり、ゲラゲラと笑われているのだが、ミハエルは知る由もないだろう。
「都合のいいことばかりしか聞かない、そして腐りきった思考回路のババアに溺愛されて、勉強はできるけれど人に寄り添うことのできない頭スカスカ王太子殿下の行く末を、我らは離れた場所から観劇させていただきます、とお伝えなさいな。お怒りになった殿下に出ていけ、と言われたらわたくしたちは勿論、と了承して出ていくわ」
「はっ、ならそうしよう!」
「王宮騎士団は壊滅的なダメージとなるでしょうけど、その覚悟をもってやりなさいね。では、お役目ご苦労様でした、さっさと帰りなさい」
パンパン!とルアネが手を鳴らすと、わらわらとシェリアスルーツ家騎士団員がやってきて、王家からの使者をがっちり掴み、引きずって家からぽい、と追い出した。
馬車に乗り、慌てて帰っていくのを眺めながらルアネはほくそ笑む。
「色々とね、手は回してあるのよ。お勉強しかできない王太子殿下、どうぞ破滅なさいませ」
舐めてくれて、どうもありがとう、とドスの聞いた声で小さく呟いたが、たまたま通りかかったレイラがそれを聞き、『殺される!』と震え上がっているという光景を侍女長が見て、慌てて駆け寄ってきた。
「奥様、また殺気を垂れ流しにして!」
「……ついうっかり」
「おかあさま、あれは……ちょっとこわい」
「大丈夫よ、次は馬鹿殿下の前でやるから」
それ、侮辱罪……とは思うもののフローリアが絡むとこの母のような言動になってしまう自覚のあるレイラは、『それなら良いか』と謎の納得をし、部屋へとそそくさと戻ったのであった。
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