上 下
27 / 65

理想は遙か高く

しおりを挟む
「……あら」

 ぽと、と処理していた書類にインクが垂れ落ちてしまい、フローリアは困った顔になってしまう。最初から書かなかれけば、と新たな用紙を用意し、またさらさらと内容を書き進めてていく。

「嫌な予感…では、ないわね」

 書きながら呟き、一通り処理し終わった書類を運んで貰うべくダドリーを呼んだら、ダドリーの部下がやってきた。

「…あら?」
「申し訳ございません、執事長はただいま旦那様にお呼びされておりまして…!」
「お父様に?」

 はて、何があったのかと首を傾げているフローリアを見て、ダドリーよりも歳若い執事は『うちのお嬢さまはいつ見てもお可愛らしい』とほっこりしている。
 ところがどっこい、朝の訓練で団員をしごき倒し、団長から息も絶え絶えに『手加減を…』と言われているだなんて、彼は知らない。
 確かにちょっとやり過ぎたかしら、いやでもうーん、と考えつつも、各々の力量に合わせた結果の訓練量なのだけれど…、など、あれこれ考えていると待機してくれていた執事から『お嬢様ー?』と声をかけられた。

「お嬢様、決済済みと処理済みを持っていけばよろしいですか?」
「ええ、ごめんなさい。お母様に確認していただくよう伝言しているから、持っていけば分かると思いますわ」
「かしこまりました」

 一礼して、書類を手に退室した執事を見送ってから、フローリアは深く溜息を吐いた。

「…お父様とお母様は、とても上手に家の仕事を分けていらっしゃるわ…。わたくしもそのようなお方に出会いたいものだけれど…」

 そして、フローリアはハッと気付いた。

「わたくしの結婚ってどうなるのかしら」

 呟いたものの、何がどうなるかそういえば今後を聞いていない。
 王太子であるミハエルとは婚約破棄、もとい婚約解消になるだろうし、そうなるとフローリアは所謂独り身。
 シェリアスルーツ家を栄えさせるにしてもパートナーたる存在は、……まぁ、ちょっとは欲しい。
 欲を言うならば……と考えて、フローリアはふるふると首を横に振った。

「いいえ、まずは相談からよね。一足飛びになんて無理なんだもの」

 ひと息ついたから、と侍女長を呼ぶと、『まぁようやく休憩を!』と喜ばれてしまった。
 うっかりフローリアが休憩を忘れ、仕事に没頭してしまったせいもあるが、その集中力を養えたのは王太子妃教育のおかげだ。今ならばあの鬼教官、もとい王太子妃教育担当のご婦人に対してフローリアはありがとう!と大声でお礼が言えるだろう。言ったら言ったで『声の大きさ!』と叱られるのは目に見えているが、頑張れる時間が増えたのは嬉しい。侍女長に『働きすぎです!』と叱られてしまったが。

「ねぇ、相談があるのだけど」
「はいはいお嬢様、このばあやに何でも」
「結婚相手なんだけどね」
「…………?」

 結婚相手のことを切り出した途端、ぎち、と音を立てるかのようにして硬直した侍女長。
 確か婚約破棄された……いいや、だがしかしフローリアは婚約破棄を諸手を挙げて喜んでいたのだから、この手の話題が出てもおかしくはない。にしたって、早い。

「えぇと、お嬢様」
「なぁに?」

 きょと、と微笑みながらも首を傾げ問いかける様子はとても可愛らしいのだが、今はそうでは無い。

「お嬢様、お相手はどういう方がよろしいので?」
「そうねぇ…」

 うーん、と考え始めたフローリアだが、すぐにぱっと表情が明るくなった。

「そう、わたくしよりもお強い方!」
「(どこにもいねぇですお嬢様)」

 どうにかこうにか黙って、心の中でだけ呟くことでこの場を耐えた侍女長。
 この話を後に聞いたダドリーは、涙を流しながら彼女を褒め讃えたという。

「あとはね、わたくしのフルネームをすぐに言ってくださる方が良いわ」
「あぁ、……そうですね。お嬢様は、確かにいつも皆からライラック、と呼ばれておりますし」
「そうなの、だから旦那様となる人にはいつもきちんと、わたくしを名前で呼んでもらいたいの」
「えぇ、えぇ。確かにそうでございます」

 うんうん、とこっちには満足そうに笑う侍女長。良かった、これに関してはまともだった、と安堵したのも束の間。

「最後はね、お父様にも勝てる方!」
「お嬢様、ちょーーーーーーーっとばあやとお話をしっかりいたしましょ」
「え?」
「良いですか、お嬢様。まず、基準をお改めくださいませ」
「……基準……?」

 はて、と首を傾げるフローリアは可愛い。だがそれとこれとは別だ。
 ついツッコミを入れそうになった侍女長は、わし、とフローリアの肩を掴んで、こう告げた。

「お嬢様の基準は、少々……いいえ、割とおかしゅうございますれば!」
「どこが?」

 全部だよ!とツッコミを入れることはさすがにできない。

「まずですね、お嬢様よりもお強いとなるとだいぶ……いいえ、ほぼいらっしゃらないかと…」
「どうして?」

 駄目だこの子、周りが強すぎる。
 フローリアの周囲の男性陣といえば、筆頭がアルウィン。家には騎士団もありその辺の男よりは遥かに皆強い。尚且つ、王立騎士団にもフローリアは出入りができるようになる、いいや、幼い頃に騎士団にちょっとお邪魔していて記憶補正があるかもしれないが、『強い男』あるいは『国を守る偉い人』という認識を王立騎士団に持ったまま成長している。

「あ、でもわたくしより…ってなるとそうね、少ないわね」

 うん、と頷くフローリアだが、本人がどこまで理解しているのかは謎である。

「せめて第一条件を、お嬢様のフルネームをそもそも知っている人、とかにしてくださいませ!」
「ええ…?強い人でなければ嫌だわ」

 ぷく、と頬を膨らませて反論するフローリアだが、その条件こそが何より最難関なのは本人のみ知らないことであった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ところで閣下の好みってあるんですか」
「藪から棒に失礼MAXじゃないアンタ、頬っぺた引きちぎるわよ」
「あだだだだだだだだ!!!!」

 シェリアスルーツ侯爵に手紙を送った後、何をするにもメンタルの回復大事!と心に決めたシオンはお気に入りのありったけの魔石、魔物の核(宝石並みに光輝いているもの)、魔晶石を引っ張り出してきて手に取ってえへえへとだらしない顔で眺めていた。
 それを見たラケルからの割と容赦ない問いかけに、そこそこいつも通りに戻ったシオンは手を伸ばし、ぎちぎちとラケルの頬を引っ張っている。
 きっと以前のお返しだろうが、力はシオンの方が勿論強い。
 何たってシオンの別名は『鮮血の悪魔』である。その別名がついた最大の理由は『討伐した魔物の返り血でべっとり濡れたから』。シオンが歩いたあとには魔獣は生き残っていないレベルの強さ、という意味合いも込められている。

「大体人を何だと思ってんのよアンタもあのクソ鬼ババアも」
「いだい!頬っぺた!ちぎれる!」
「アタシにだって好みはあるんですからね!」
「え!?」

 頬からようやく手を離したシオンは、きっぱりと言い切るもののラケルがぎょっと目を丸くしていることには納得いかないようだった。

「アタシの好みはね、とりあえず魔物くらいなら核を傷つけずにぶち殺せるような令嬢よ!」
「いねぇですよ!」

 大声で叫んだラケルと、『どこかにいるわよ!』と続いて叫んだシオンのやり取りに、フローリアが密やかに『へっくち』とくしゃみをしていたのだが、これは後々判明してアルウィンがブチ切れることとなるのだが、また別の話であるのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】旦那は私を愛しているらしいですが、使用人として雇った幼馴染を優先するのは何故ですか?

よどら文鳥
恋愛
「住込で使用人を雇いたいのだが」 旦那の言葉は私のことを思いやっての言葉だと思った。 家事も好きでやってきたことで使用人はいらないと思っていたのだが、受け入れることにした。 「ところで誰を雇いましょうか? 私の実家の使用人を抜粋しますか?」 「いや、実はもう決まっている」 すでに私に相談する前からこの話は決まっていたのだ。 旦那の幼馴染を使用人として雇うことになってしまった。 しかも、旦那の気遣いかと思ったのに、報酬の支払いは全て私。 さらに使用人は家事など全くできないので一から丁寧に教えなければならない。 とんでもない幼馴染が家に住込で働くことになってしまい私のストレスと身体はピンチを迎えていた。 たまらず私は実家に逃げることになったのだが、この行動が私の人生を大きく変えていくのだった。

(完結)お姉様を選んだことを今更後悔しても遅いです!

青空一夏
恋愛
私はブロッサム・ビアス。ビアス候爵家の次女で、私の婚約者はフロイド・ターナー伯爵令息だった。結婚式を一ヶ月後に控え、私は仕上がってきたドレスをお父様達に見せていた。 すると、お母様達は思いがけない言葉を口にする。 「まぁ、素敵! そのドレスはお腹周りをカバーできて良いわね。コーデリアにぴったりよ」 「まだ、コーデリアのお腹は目立たないが、それなら大丈夫だろう」 なぜ、お姉様の名前がでてくるの? なんと、お姉様は私の婚約者の子供を妊娠していると言い出して、フロイドは私に婚約破棄をつきつけたのだった。 ※タグの追加や変更あるかもしれません。 ※因果応報的ざまぁのはず。 ※作者独自の世界のゆるふわ設定。 ※過去作のリメイク版です。過去作品は非公開にしました。 ※表紙は作者作成AIイラスト。ブロッサムのイメージイラストです。

王太子から婚約破棄され、嫌がらせのようにオジサンと結婚させられました 結婚したオジサンがカッコいいので満足です!

榎夜
恋愛
王太子からの婚約破棄。 理由は私が男爵令嬢を虐めたからですって。 そんなことはしていませんし、大体その令嬢は色んな男性と恋仲になっていると噂ですわよ? まぁ、辺境に送られて無理やり結婚させられることになりましたが、とってもカッコいい人だったので感謝しますわね

妹と婚約者の逢瀬を見てから一週間経ちました

編端みどり
恋愛
男爵令嬢のエリザベスは、1週間後に結婚する。 結婚前の最後の婚約者との語らいは、あまりうまくいかなかった。不安を抱えつつも、なんとかうまくやろうと婚約者に贈り物をしようとしたエリザベスが見たのは、廊下で口付をする婚約者と妹だった。 妹は両親に甘やかされ、なんでも姉のものを奪いたがる。婚約者も、妹に甘い言葉を囁いていた。 あんな男と結婚するものか! 散々泣いて、なんとか結婚を回避しようとするエリザベスに、弟、婚約者の母、友人は味方した。 そして、エリザベスを愛する男はチャンスをものにしようと動き出した。

【完結】後妻に入ったら、夫のむすめが……でした

仲村 嘉高
恋愛
「むすめの世話をして欲しい」  夫からの求婚の言葉は、愛の言葉では無かったけれど、幼い娘を大切にする誠実な人だと思い、受け入れる事にした。  結婚前の顔合わせを「疲れて出かけたくないと言われた」や「今日はベッドから起きられないようだ」と、何度も反故にされた。  それでも、本当に申し訳なさそうに謝るので、「体が弱いならしょうがないわよ」と許してしまった。  結婚式は、お互いの親戚のみ。  なぜならお互い再婚だから。  そして、結婚式が終わり、新居へ……?  一緒に馬車に乗ったその方は誰ですか?

【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った

mimi
恋愛
 声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。  わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。    今日まで身近だったふたりは。  今日から一番遠いふたりになった。    *****  伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。  徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。  シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。  お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……  * 無自覚の上から目線  * 幼馴染みという特別感  * 失くしてからの後悔   幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。 中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。 全35話 他サイトにも公開中です

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

訳ありヒロインは、前世が悪役令嬢だった。王妃教育を終了していた私は皆に認められる存在に。でも復讐はするわよ?

naturalsoft
恋愛
私の前世は公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者だった。しかし、光魔法の使える男爵令嬢に汚名を着せられて、婚約破棄された挙げ句、処刑された。 私は最後の瞬間に一族の秘術を使い過去に戻る事に成功した。 しかし、イレギュラーが起きた。 何故か宿敵である男爵令嬢として過去に戻ってしまっていたのだ。

処理中です...