上 下
19 / 65

女と侮るなかれ

しおりを挟む
「……」
「陛下、どうされましたか?」

 とてつもなく険しい顔をしている国王に、側近が不安そうに問いかける。
 シェリアスルーツ侯爵が王都へと帰還したことは報告が上がっていたが、帰還して早々にこの話をしてくるか、と頭が痛くなってしまった。
 だが、事態を引き起こしたのは王家側であり、シェリアスルーツ家は巻き込まれている側だ。幼い頃のミハエルのひと声で、フローリアが無理矢理王太子妃候補となり、今まで縛り付けられていた。
 本来フローリアは、侯爵家跡取りとして活動を始める予定だったはずなのに、ミハエルのせいで王家に縛られ続けてしまった。その償いは何があっても、とは思っていたのだが。

「こう来たか…」

 ──次代ライラックである当家長女、フローリア・レネ・シェリアスルーツの騎士団入団を許可いただきたい。

 簡潔に力強い文字で書かれた一文。
 慰謝料という金銭でどうにかできるものではない、失った時間は戻らない。

「騎士団、って…、シェリアスルーツ侯爵令嬢、ですよね…?」
「あぁ、そうだ」
「女性ですよ?!」
「だが、女性騎士は既に在籍しておる。女性だからと拒否は出来ぬ」
「ですが、無試験など…」

 既にフローリアがあちこちで結果を出しているが、それはシェリアスルーツ家騎士団がいるからではないか、という風にしか見られていなかった。
 フローリアの功績など、王太子妃候補となってしまった時点であってないような扱いをされてしまっている。
 王太子妃候補ともあろう者が、そんなことをするわけがない、という決めつけが何よりも先にやってくるから、どれだけ功績として成果を上げようとも信用してもらえなかったのだ。

「無試験で入るからには、強さの証明をしてもらう必要がございますよ!」
「そのつもりだ、しかし…」

 フローリアは、幼い頃からアルウィン、更には母であるルアネからも相当な稽古をつけられて育っている。
 だから、強さの証明と言われても『はい分かりました』と笑いながら言って、恐らく王立騎士団の面々を立てないくらいには倒してしまうに違いない。

「……恐らく、シェリアスルーツ侯爵令嬢に勝てる奴は、少ないだろうな」
「陛下、何を仰っているのですか!」
「考えてもみろ、アルウィンの娘で、王太子妃候補になる前にシェリアスルーツ侯爵家の跡取りに内定していた子だぞ」
「ですが、王太子妃候補に選ばれてからは当主教育は止まっていたと聞きます!そのような令嬢が強いなどあるわけもない!」

 そう、教育そのものは止まっていた。
 だがしかし、フローリアが鍛錬を怠っていた、だなんて誰も言っていない。
 なお、現在進行形でフローリアがシェリアスルーツ家騎士団をみっちみちにしごいていることは、この二人は知らない。

「…騎士団の総意を確かめる必要があるだろうな」
「それは、まぁ」

 当たり前だ、と言わんばかりの側近だったが、この後騎士団に話を聞きに行ってから、彼は愕然としてしまった。

「え、フローリア嬢が騎士団に?」
「そうです。皆様、ご意見いただけませんか」
「何をですか?」

 騎士団にはちょうど、副団長であるセルジュが居たのでこれ幸い、と王の側近は問いかけた。
 シェリアスルーツ侯爵令嬢が騎士団への入団を希望しているのだが、皆の意見を聞きたい、と。

「そりゃ賛成ですよ!」
「俺も!俺も賛成!」
「お嬢様入団?!やった、騎士団の評価が爆上がりするじゃないですか!」

 そうしたら出てくる出てくる、フローリアへの超好意的な評価の数々。
 悪い評価なんて出てくるどころか、存在し得ないのでは、というくらいに皆がべた褒めしているのだ。

「お待ちください!」

 国王の側近が、慌てて騎士団のメンバーを制止する。
 はて、何だと首を傾げているメンバーに驚きの顔を向け、どうしてそんなにもフローリアへの評価が高いのか、と側近は慌ててしまった。

「どうしてですか?!非力な令嬢が参加したとて」
「え?」
「お嬢様のどこが非力なんです?」

 側近の言葉を躊躇いもなく遮った団員たちは、揃って不思議そうな顔をしている。

「だって、王太子妃候補だったご令嬢が…」
「シェリアスルーツ家のご令嬢っての、分かってます?」
「こら、言葉遣い」

 セルジュが窘めると、団員からは『えー』と不満そうな声が上がってきた。

「だってあのお嬢様が弱いとかー」
「そうそう、鬼のように強いんだよな!」
「物理でも魔法でも強いから、副団長くらいしか相手できないんじゃないか、ってくらい!」

 騎士団の面々は鬼神のような強さのフローリアを思い出して、のほほんとしているのだが、一部の人は冷や汗をダラダラと流している。
 女だからとフローリアをかつて侮っていた人たちは、一様に顔色が悪い。

「そんな…」

 女だから、とこき下ろしてくれるのでは、と何だかよく分からない期待を抱いていた国王の側近は、へなへなとその場にへたり込んでしまった。
 だが、事実は事実でしかない。

「陛下に…報告だ…」

 よろりと立ち上がって、ふらふらと城へと歩いていく国王の側近を見送っている王立騎士団のメンバーは、困惑したように顔を見合わせる。

「あんなショック受けなくても、なぁ?」
「そうだよなぁ。でも良かったな、お嬢様」
「そうそう、死ぬほど嫌がってたもんな。王太子殿下との婚約」

 うんうん、と頷いた面々は当時のフローリアの様子を思い出して、揃って苦笑いを浮かべた。
 そして当時、アルウィンが気晴らしに、と何故か騎士団の演習の見学にフローリアを連れてきたことがあった。王太子妃候補となったから、忙しくなるフローリアへの気遣いか、とも思いながらも、婚約をしたことはおめでたいこと。
 だが、婚約おめでとう、と言われた瞬間に幼いフローリアがわんわんと泣き出してしまったことは、皆の心の内にしまっておいた方が良いに決まっているのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

断罪されてムカついたので、その場の勢いで騎士様にプロポーズかましたら、逃げれんようなった…

甘寧
恋愛
主人公リーゼは、婚約者であるロドルフ殿下に婚約破棄を告げられた。その傍らには、アリアナと言う子爵令嬢が勝ち誇った様にほくそ笑んでいた。 身に覚えのない罪を着せられ断罪され、頭に来たリーゼはロドルフの叔父にあたる騎士団長のウィルフレッドとその場の勢いだけで婚約してしまう。 だが、それはウィルフレッドもその場の勢いだと分かってのこと。すぐにでも婚約は撤回するつもりでいたのに、ウィルフレッドはそれを許してくれなくて…!? 利用した人物は、ドSで自分勝手で最低な団長様だったと後悔するリーゼだったが、傍から見れば過保護で執着心の強い団長様と言う印象。 周りは生暖かい目で二人を応援しているが、どうにも面白くないと思う者もいて…

心は誰を選ぶのか

アズやっこ
恋愛
この国は人と獣人が暮らしている。 それでも人は人と、獣人は獣人と結婚する。 獣人には、今は幻となった『魂の番』が存在する。魂の番にはとても強い強制力がある。誰にも引き離せない固い絆。 出会えば直ぐに分かると言われている。お互いの魂が共鳴し合うらしい。 だから私は獣人が嫌い。 だって、魂の番は同じ種族にしかいないんだもの。 どれだけ私が貴方を好きでも、 どれだけ貴方が私を好きでも、 いつか貴方は魂の番の手を取るの…。 貴方は本能を取る? それとも… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

婚約破棄され家を出た傷心令嬢は辺境伯に拾われ溺愛されるそうです 〜今更謝っても、もう遅いですよ?〜

八代奏多
恋愛
「フィーナ、すまないが貴女との婚約を破棄させてもらう」  侯爵令嬢のフィーナ・アストリアがパーティー中に婚約者のクラウス王太子から告げられたのはそんな言葉だった。  その王太子は隣に寄り添う公爵令嬢に愛おしげな視線を向けていて、フィーナが捨てられたのは明らかだった。  フィーナは失意してパーティー会場から逃げるように抜け出す。  そして、婚約破棄されてしまった自分のせいで家族に迷惑がかからないように侯爵家当主の父に勘当するようにお願いした。  そうして身分を捨てたフィーナは生活費を稼ぐために魔法技術が発達していない隣国に渡ろうとするも、道中で魔物に襲われて意識を失ってしまう。  死にたくないと思いながら目を開けると、若い男に助け出されていて…… ※小説家になろう様・カクヨム様でも公開しております。

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

処理中です...