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浅はかすぎる思考回路
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──婚約破棄宣言から、三日。
ルンルンと足取り軽く、鼻歌まで歌いながらご機嫌の様子でアリカ・シェルワースは学園に登校してきた。婚約破棄宣言の直後はヒソヒソと遠巻きにされていたが、そろそろ自分を次期王太子妃として皆が羨望の眼差しを向けてくるに違いない!と確信していた。
足取り軽く教室に向かい、ドアを開けば一斉に向けられる視線。
「皆様、おはようございます!」
アリカの予想では、この直後にわっとクラスメイトに囲まれる予定、だった。
「……来たわよ……」
「ライラック嬢の努力を全て水の泡にした張本人…」
ひそ、と聞こえてくる囁き声は、フローリアの友人たち。勿論彼女たちから向けられてくる視線は冷たい。
だが、それがなんだと言うのか。奪われてしまう方が悪いのだとしか思っていないから、アリカはフローリアの友人たちの言葉はまるで聞こえないように振る舞う。
「(フン、負け惜しみね)」
どこまでも自信満々なアリカは、自席へと向かいカバンを置く。
だが、いつまでたっても、皆はアリカの周りにはやって来ない。
「……?」
おかしい、と本能的に感じていると慌ててアリカの元に、親しくしている令嬢たちが駆け寄ってくる。
あぁ、ようやくかと思ってそちらを見たが、彼女たちの表情はとんでもなく切羽詰まっている。祝福ムードではないことは、容易に理解出来た。
「あの…?」
「アリカ様、大丈夫なんですか?!」
「お家に影響は?!」
「え…?」
家への影響とは、どういうことなのか。
一体何を言っているのか、と困惑するアリカに対して、フローリアの友人たちが歩み寄ってくる。
「貴女が殿下の婚約者になるのであれば、フローリアへの慰謝料などの支払いがありますものね」
「は?」
フローリアとは、一体誰のことだ、と思ったアリカは訝しげな顔になる。
「あぁ…」
「そうよ、こちらの方は…」
「…まあ、予想通りといえばそれまでなんですけれど」
ひそひそ、と小声で話すフローリアの友人たちは何かを納得し、更に理解をしたのかうん、と頷いて改めて言い直した。
「あら、失礼。ライラック嬢への慰謝料などの支払い、ですわ」
「慰謝料、ですって?」
何故そんなものを支払う必要が、とアリカは不機嫌そうな顔になるも、フローリアの友人たちは更に続ける。
「ライラック嬢がこれまで行ってきた王太子妃教育で奪われた時間は相当なものですわ」
「それに、殿下の我儘によって他の王太子妃候補となりそうだった令嬢にも『お前たちはいらない!』と、遠ざけたというではありませんか」
「側妃候補となり得た令嬢もいなくなって、ライラック嬢しかいない、という状況だったんですから」
そんなこと、知らないと言いたいけれど、『知らなかったから』で済ませられることではない。
王太子妃候補は一人、側妃候補はいない。更に王太子妃候補としてたった一人勉強を進めてきたフローリアは婚約破棄を言い渡された。
破棄はなかったことにはならないから、アリカは、これからフローリアの行ってきた厳しい王太子妃教育を一気に進めることになる。
「……っ」
今更気が付いたのか、とフローリアの友人たちは白い目を向けているが、アリカの友人たちがばたばたと走ってくる。
「酷いではありませんか!今から王太子妃教育を始めなければならないアリカに対して、そんなにもプレッシャーをかけるだなんて!」
「本当のことですわよ。ねぇ?」
「そうよ」
しれっとそう返せば、アリカもアリカの友人たちも、ぐっと言葉に詰まってしまった。
「何の騒ぎですか!」
普段ではありえないほど賑やかな教室の様子に、教師が何事か、と慌ててやってくる。
アリカの友人たちが、『ライラック嬢のご友人が酷いんです!』と抗議したものの、『だから何だと言うんですか』とあまりに淡々と返されてしまったのだ。
「だから何、って…」
先生までもが敵なのか、とアリカは絶望しかけるが、やって来るはずのフローリアが登校してこないことにも違和感を覚えたのか、先生に食ってかかった。
「先生!ライラック嬢はどうして登校してこないんですか!何なんですか、堂々と遅刻なんですの?!」
「この度の一件により、ライラック嬢は卒業までお休みすると連絡が入っております」
「この度の、って」
「婚約破棄の件ですよ。それ以外に何がありますか」
「で、でも卒業まではあと三ヶ月あって…!」
「飛び級卒業してもいいですよ、と提案しましたが…御学友と共に卒業したいので、そのまま通いたい、とライラック嬢が仰いましたので」
「え…?」
「ライラック嬢の成績は、入学時からこれまで、一度たりとも首席から下がったことはありませんよ」
もしかして、とんでもない人を敵に回してしまったのではないか、とアリカは顔色を悪くするが、そもそも敵ではない。
婚約破棄を宣言され、公衆の面前での行動が故に取り消しも叶わない。
あわよくば、フローリアに側妃になってもらってから、政務は任せておけば自分はミハエルと悠々自適な王宮生活を楽しめるのではないか、と楽観的に考えてしまっていた。
「うそ…でしょ…」
アリカやミハエル、アリカの友人たちの認識は『ライラックはアリカの敵であり、にっくき悪役令嬢』なのだが、認識そのものが間違っていることには誰一人気づいていない。
何なら、ミハエルを溺愛していた王妃ですら我が子を見限る方向へと進んでいるのだが、ミハエル自身は『母は自分をいつまでも大切にしてくれて、何かあっても全力で守ってくれてフォローもしてくれる』という残念極まりない思考回路。
フローリアがフォローしてやる義理はないし、婚約破棄をされたのであれば王宮に出入りもしない。
なお、今後王宮へと出入りする理由を挙げるのであれば、シェリアスルーツ家当主として出入りするのであって、側妃になるためではないし、婚約破棄をつきつけた相手を助ける義理などフローリアにはない。懇願されたとて『嫌ですわ』といつもの笑顔でさっくり拒否される。
「さぁ、いつまでも騒いでいないで授業を開始しますよ!皆さん、席について!」
あれこれアリカが考えていたら、いつの間にか始業時間になってしまっていた。
先生がパンパン!と手を鳴らしたことで生徒たちは、ぞろぞろと自分たちの席へと座っていく。アリカも友人に促され、はっと我に返って急ぎ足で自分の席に座る。
また、ミハエルは同じクラスだが今日は遅くなるらしい。
国王夫妻に婚約破棄を了承してもらうんだ!とうきうきしていたが、本当に了承されるのか。
むしろ、先程先生から聞いた話をアリカは改めて考え、婚約破棄が了承されなければ良いとさえ、思ってしまった。
ルンルンと足取り軽く、鼻歌まで歌いながらご機嫌の様子でアリカ・シェルワースは学園に登校してきた。婚約破棄宣言の直後はヒソヒソと遠巻きにされていたが、そろそろ自分を次期王太子妃として皆が羨望の眼差しを向けてくるに違いない!と確信していた。
足取り軽く教室に向かい、ドアを開けば一斉に向けられる視線。
「皆様、おはようございます!」
アリカの予想では、この直後にわっとクラスメイトに囲まれる予定、だった。
「……来たわよ……」
「ライラック嬢の努力を全て水の泡にした張本人…」
ひそ、と聞こえてくる囁き声は、フローリアの友人たち。勿論彼女たちから向けられてくる視線は冷たい。
だが、それがなんだと言うのか。奪われてしまう方が悪いのだとしか思っていないから、アリカはフローリアの友人たちの言葉はまるで聞こえないように振る舞う。
「(フン、負け惜しみね)」
どこまでも自信満々なアリカは、自席へと向かいカバンを置く。
だが、いつまでたっても、皆はアリカの周りにはやって来ない。
「……?」
おかしい、と本能的に感じていると慌ててアリカの元に、親しくしている令嬢たちが駆け寄ってくる。
あぁ、ようやくかと思ってそちらを見たが、彼女たちの表情はとんでもなく切羽詰まっている。祝福ムードではないことは、容易に理解出来た。
「あの…?」
「アリカ様、大丈夫なんですか?!」
「お家に影響は?!」
「え…?」
家への影響とは、どういうことなのか。
一体何を言っているのか、と困惑するアリカに対して、フローリアの友人たちが歩み寄ってくる。
「貴女が殿下の婚約者になるのであれば、フローリアへの慰謝料などの支払いがありますものね」
「は?」
フローリアとは、一体誰のことだ、と思ったアリカは訝しげな顔になる。
「あぁ…」
「そうよ、こちらの方は…」
「…まあ、予想通りといえばそれまでなんですけれど」
ひそひそ、と小声で話すフローリアの友人たちは何かを納得し、更に理解をしたのかうん、と頷いて改めて言い直した。
「あら、失礼。ライラック嬢への慰謝料などの支払い、ですわ」
「慰謝料、ですって?」
何故そんなものを支払う必要が、とアリカは不機嫌そうな顔になるも、フローリアの友人たちは更に続ける。
「ライラック嬢がこれまで行ってきた王太子妃教育で奪われた時間は相当なものですわ」
「それに、殿下の我儘によって他の王太子妃候補となりそうだった令嬢にも『お前たちはいらない!』と、遠ざけたというではありませんか」
「側妃候補となり得た令嬢もいなくなって、ライラック嬢しかいない、という状況だったんですから」
そんなこと、知らないと言いたいけれど、『知らなかったから』で済ませられることではない。
王太子妃候補は一人、側妃候補はいない。更に王太子妃候補としてたった一人勉強を進めてきたフローリアは婚約破棄を言い渡された。
破棄はなかったことにはならないから、アリカは、これからフローリアの行ってきた厳しい王太子妃教育を一気に進めることになる。
「……っ」
今更気が付いたのか、とフローリアの友人たちは白い目を向けているが、アリカの友人たちがばたばたと走ってくる。
「酷いではありませんか!今から王太子妃教育を始めなければならないアリカに対して、そんなにもプレッシャーをかけるだなんて!」
「本当のことですわよ。ねぇ?」
「そうよ」
しれっとそう返せば、アリカもアリカの友人たちも、ぐっと言葉に詰まってしまった。
「何の騒ぎですか!」
普段ではありえないほど賑やかな教室の様子に、教師が何事か、と慌ててやってくる。
アリカの友人たちが、『ライラック嬢のご友人が酷いんです!』と抗議したものの、『だから何だと言うんですか』とあまりに淡々と返されてしまったのだ。
「だから何、って…」
先生までもが敵なのか、とアリカは絶望しかけるが、やって来るはずのフローリアが登校してこないことにも違和感を覚えたのか、先生に食ってかかった。
「先生!ライラック嬢はどうして登校してこないんですか!何なんですか、堂々と遅刻なんですの?!」
「この度の一件により、ライラック嬢は卒業までお休みすると連絡が入っております」
「この度の、って」
「婚約破棄の件ですよ。それ以外に何がありますか」
「で、でも卒業まではあと三ヶ月あって…!」
「飛び級卒業してもいいですよ、と提案しましたが…御学友と共に卒業したいので、そのまま通いたい、とライラック嬢が仰いましたので」
「え…?」
「ライラック嬢の成績は、入学時からこれまで、一度たりとも首席から下がったことはありませんよ」
もしかして、とんでもない人を敵に回してしまったのではないか、とアリカは顔色を悪くするが、そもそも敵ではない。
婚約破棄を宣言され、公衆の面前での行動が故に取り消しも叶わない。
あわよくば、フローリアに側妃になってもらってから、政務は任せておけば自分はミハエルと悠々自適な王宮生活を楽しめるのではないか、と楽観的に考えてしまっていた。
「うそ…でしょ…」
アリカやミハエル、アリカの友人たちの認識は『ライラックはアリカの敵であり、にっくき悪役令嬢』なのだが、認識そのものが間違っていることには誰一人気づいていない。
何なら、ミハエルを溺愛していた王妃ですら我が子を見限る方向へと進んでいるのだが、ミハエル自身は『母は自分をいつまでも大切にしてくれて、何かあっても全力で守ってくれてフォローもしてくれる』という残念極まりない思考回路。
フローリアがフォローしてやる義理はないし、婚約破棄をされたのであれば王宮に出入りもしない。
なお、今後王宮へと出入りする理由を挙げるのであれば、シェリアスルーツ家当主として出入りするのであって、側妃になるためではないし、婚約破棄をつきつけた相手を助ける義理などフローリアにはない。懇願されたとて『嫌ですわ』といつもの笑顔でさっくり拒否される。
「さぁ、いつまでも騒いでいないで授業を開始しますよ!皆さん、席について!」
あれこれアリカが考えていたら、いつの間にか始業時間になってしまっていた。
先生がパンパン!と手を鳴らしたことで生徒たちは、ぞろぞろと自分たちの席へと座っていく。アリカも友人に促され、はっと我に返って急ぎ足で自分の席に座る。
また、ミハエルは同じクラスだが今日は遅くなるらしい。
国王夫妻に婚約破棄を了承してもらうんだ!とうきうきしていたが、本当に了承されるのか。
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