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その頃の『悪役令嬢』は
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「どうせ、王太子殿下はわたくしのことをあれこれと悪く言っているんでしょうね」
あふ、と心底つまらなさそうにフローリアは欠伸をする。
フリッツが帰宅して、フローリアは自室で書類捜索を開始したものの、お目当ての書類がどうしても出てきてくれなかった。
一旦諦めて、アルウィンが帰宅してからもっていないかどうかと、聞いてみようと思い直したのだ。
「それにしても、一体わたくし何処にしまったのかしら」
「何をですか」
「だから、さっきから探している婚約の時の、書類……が……」
「それって、これかしら?」
ぎぎぎ、と音がしそうなほどゆっくりとフローリアが振り向いた先には、母であるルアネが微笑みを浮かべながらもこめかみには青筋を、手にはフローリアが探しまくっていたけれどなかなか見つけられていなかった書類を。更に、反対の手には猫のように首の後ろあたりをがっちり掴まれたレイラが。
「お、お母様…。おかえり、なさいませ…」
「えぇ、ただいま戻りました。フローリア、あれほど書類の管理はきちんとなさい、と言ったでしょう…?」
「あ、あの、ちなみにレイラは一体どうして…そんなことに…?」
「わたくしが帰宅早々に王太子殿下の悪口をとてつもない勢いで語ってくれたものだから、ちょっと叱っただけよ?」
それ絶対ちょっとじゃない、と心の中でフローリアは叫んでしまった。
この家の中で最強にして最恐の存在、それがルアネである。
アルウィンとは未だに新婚かと思うくらいにラブラブいちゃこらしているルアネだが、敵には容赦の欠片もない。
そしてルアネはだらしないことも、とんでもなく嫌っている。
例えば、書類をここにしまいなさい、と言ったにも関わらず別の場所にしまって、『どこにいったっけー?』と探したりするような、今のフローリアがぴったりと当てはまる。
「あ、あはは……お母様ったら、折角の美貌が台無しですわ……」
フローリアも強いのだが、ルアネは輪をかけて強い。
母としても、護衛騎士としても。
現役引退したにも関わらず、元王女殿下から連絡が来て『帰国してるんだけど、お忍びでお出かけするから護衛よろしく!』と依頼されるくらいには、元護衛対象の王女…今は少し遠い国に嫁いでしまっているから、あまり会える機会はないものの、仲がいい。
フローリアたちにも良くしてくれるのだが、『いいこと?ルアネだけは怒らせちゃダメよー?』と何度も言われていたのに、うっかりやらかしてしまった。
幼い頃から、母だけは怒らせてはならないと理解していたのに、ついうっかり、というやつである。だが今はそんな悠長に考えている暇は無い。
「フローリア、レイラ、ちょっとそこにお座りなさい」
「はい…」
綺麗に双子二人でハモって返事をし、言われるがままに椅子に腰を下ろした途端、ルアネの雷が二人に落ちた。
「この…っ、大バカ娘たちー!!」
「ひぇ!」
「ひゃ!」
反応も似ているあたり、さすが双子なのだがルアネの怒りはこの雷が落ち切るまで収まったりはしない。
「フローリア、婚約破棄を伝えられたからといって、真っ先に帰宅する馬鹿がおりますか!わたくしの予定は把握しているのだから、お茶会をしている夫人宅までいらっしゃい!そして状況報告をしなさい!」
「は、はいお母様、すみません!」
「レイラ、いくら我が家と言えどあれほどまでに王太子殿下を悪しざまに罵る馬鹿なことはしてはなりません!」
「はーいぃ…」
「返事をだらしなく伸ばさない!」
目にも止まらぬ早さでルアネのゲンコツが、綺麗にレイラの脳天に直撃してしまった。
「いったぁぁぁ!!お母様酷いわー!!」
「令嬢らしいお返事をなさい」
「……すみませんでした」
ぐ、ともう一度拳を握った母に逆らうほど馬鹿では無い。
レイラが肩を竦め、小さな声ながらもきちんと謝罪をしたのを確認したルアネは『よろしい』と頷く。
母は強し、と言うけれど、ここまで(物理的にも)強い母はそうそういない。
頭のてっぺんをさすりながら、レイラは不満そうにちょっとだけ口を尖らせ、ぽそりとボヤいた。
「だって…自分の都合でフローリアを振り回した殿下のことが、許せなかったんだもの」
「そんなもの、わたくしだってそうに決まっております。まったく……殿下たってのご希望による婚約だったというのに、この仕打ち。…どうしてくれましょう…?」
あれ、とフローリアは目を丸くした。
「あの、お母様は婚約破棄に関してはお怒りで…?」
「当たり前でしょう。何でもかんでも王家の都合で、こちらのことはお構い無し、だなんて不愉快にも程があるわ」
大きな溜め息と共に言われた言葉に、フローリアは目が丸いまま。
てっきり婚約破棄されたことに対して叱られてしまうのでは、と身構えていた。
「お母様」
「何?」
「婚約破棄されましたけど、私」
「だから何だと言うのですか」
「……え」
「婚約破棄されたから、何がどう、貴女の価値を下げるの」
貴族の女性ならば、婚約破棄をされてしまったら所謂市場価値というものはとてつもなく下がる。
だが、ルアネの思いはそうではないようだ。
「フローリア、貴女が婚約破棄された場所はどこですか」
「学園の、卒業パーティーの予行練習の会場です」
「そこには誰がおりましたか?」
「在校生と…あとは先生たちが…」
「では、もう少し聞きましょうか」
先程までの険しい表情ではなく、余裕めいた悠然とした態度で、ルアネは更にフローリアへと問う。
「フローリア、学園には様々な人たちが通っております。その人たち、全員が王太子殿下の此度の行動について賛成していると思う?」
「あ……」
「貴女の友人たちや、王太子殿下の行動を見極めようとしている人たち、先生方は…どう思うかしら」
王家だから何をしても許される、というわけではない。
手元に置きたいから婚約する、見目が良いから婚約してキープする、権力を振りかざして自分のものにするために婚約する、などなど。
ミハエルがやってきたこと、今回の発言の数々、更にはフローリアが帰宅した後の様々な問題行動に問題発言。
婚約者がいるのにほかの令嬢にうつつを抜かし、正式な手続きもなしに婚約破棄をいきなり突きつける今回の爆弾行為は、恐らくとんでもない顰蹙を買うことになったであろう。
本人がそれを自覚していれば、こんな暴挙には出なかったはずだが、ミハエルはこれまで望めば全てが手に入るという環境にいたから、今回もそれをやっただけ。
「ま、王妃様があれこれ手を回してくるでしょうけれど、それはそれ。わたくしと旦那様に任せてちょうだいね」
「お母様…」
「フローリア、貴女は次代のライラックというお役目を果たすために、まずはシェリアスルーツ家騎士団の皆と改めて顔合わせを行います」
「え?」
皆知っているけれど、と思うが、ルアネは娘に構わずそのまま続ける。
「単なる顔合わせではなく、貴女がシェリアスルーツ家当主となるのだ、ときっちり、教えて差し上げなさいね」
「…は、はい…」
にっこり、と音がつきそうなくらいにルアネは微笑み、言い切った。
フローリアの隣ではレイラが目をキラキラさせながら、両手を合わせてフローリアをじいっと見ているではないか。
「え、ちょっとレイラ…?」
「ねぇリア、それ、わたくしも見たいわ!」
目をキラキラさせているレイラは、とっても可愛い。
可愛いけれど、レイラの場合は見ているだけでは物足りないからと、乱入してくる可能性がとてつもなく高い。
「乱入しないなら、良いわよ」
「……リアのお手伝いは?」
間があったことから、確実にコイツ乱入しようとしたな?と推測してしまったフローリア。
さて、どうしたものかと悩んでいるとルアネから、思いがけない助け舟が出された。
「シェリアスルーツ家の騎士団をちぎっては投げするフローリアを、特等席で見るというのに乱入したら見れないわよ?」
「はっ!」
それもそうだわー!と勢いよく立ち上がるレイラ。
そして、こっそり母に向けて頷きかけると、ルアネからぱちん、とウインクが返された。
「(良かった、レイラが私バカで…)」
レイラがシスコンであることを、こんなにも喜んだことはない。
ほ、と胸を撫で下ろしながら、いつ手合わせに行こうかなぁ、とうきうきしているフローリアの様子を、実は室内にいたダドリーが胃のあたりを押さえながら見ていたのは、母ルアネしか知らなかったかもしれない。
あふ、と心底つまらなさそうにフローリアは欠伸をする。
フリッツが帰宅して、フローリアは自室で書類捜索を開始したものの、お目当ての書類がどうしても出てきてくれなかった。
一旦諦めて、アルウィンが帰宅してからもっていないかどうかと、聞いてみようと思い直したのだ。
「それにしても、一体わたくし何処にしまったのかしら」
「何をですか」
「だから、さっきから探している婚約の時の、書類……が……」
「それって、これかしら?」
ぎぎぎ、と音がしそうなほどゆっくりとフローリアが振り向いた先には、母であるルアネが微笑みを浮かべながらもこめかみには青筋を、手にはフローリアが探しまくっていたけれどなかなか見つけられていなかった書類を。更に、反対の手には猫のように首の後ろあたりをがっちり掴まれたレイラが。
「お、お母様…。おかえり、なさいませ…」
「えぇ、ただいま戻りました。フローリア、あれほど書類の管理はきちんとなさい、と言ったでしょう…?」
「あ、あの、ちなみにレイラは一体どうして…そんなことに…?」
「わたくしが帰宅早々に王太子殿下の悪口をとてつもない勢いで語ってくれたものだから、ちょっと叱っただけよ?」
それ絶対ちょっとじゃない、と心の中でフローリアは叫んでしまった。
この家の中で最強にして最恐の存在、それがルアネである。
アルウィンとは未だに新婚かと思うくらいにラブラブいちゃこらしているルアネだが、敵には容赦の欠片もない。
そしてルアネはだらしないことも、とんでもなく嫌っている。
例えば、書類をここにしまいなさい、と言ったにも関わらず別の場所にしまって、『どこにいったっけー?』と探したりするような、今のフローリアがぴったりと当てはまる。
「あ、あはは……お母様ったら、折角の美貌が台無しですわ……」
フローリアも強いのだが、ルアネは輪をかけて強い。
母としても、護衛騎士としても。
現役引退したにも関わらず、元王女殿下から連絡が来て『帰国してるんだけど、お忍びでお出かけするから護衛よろしく!』と依頼されるくらいには、元護衛対象の王女…今は少し遠い国に嫁いでしまっているから、あまり会える機会はないものの、仲がいい。
フローリアたちにも良くしてくれるのだが、『いいこと?ルアネだけは怒らせちゃダメよー?』と何度も言われていたのに、うっかりやらかしてしまった。
幼い頃から、母だけは怒らせてはならないと理解していたのに、ついうっかり、というやつである。だが今はそんな悠長に考えている暇は無い。
「フローリア、レイラ、ちょっとそこにお座りなさい」
「はい…」
綺麗に双子二人でハモって返事をし、言われるがままに椅子に腰を下ろした途端、ルアネの雷が二人に落ちた。
「この…っ、大バカ娘たちー!!」
「ひぇ!」
「ひゃ!」
反応も似ているあたり、さすが双子なのだがルアネの怒りはこの雷が落ち切るまで収まったりはしない。
「フローリア、婚約破棄を伝えられたからといって、真っ先に帰宅する馬鹿がおりますか!わたくしの予定は把握しているのだから、お茶会をしている夫人宅までいらっしゃい!そして状況報告をしなさい!」
「は、はいお母様、すみません!」
「レイラ、いくら我が家と言えどあれほどまでに王太子殿下を悪しざまに罵る馬鹿なことはしてはなりません!」
「はーいぃ…」
「返事をだらしなく伸ばさない!」
目にも止まらぬ早さでルアネのゲンコツが、綺麗にレイラの脳天に直撃してしまった。
「いったぁぁぁ!!お母様酷いわー!!」
「令嬢らしいお返事をなさい」
「……すみませんでした」
ぐ、ともう一度拳を握った母に逆らうほど馬鹿では無い。
レイラが肩を竦め、小さな声ながらもきちんと謝罪をしたのを確認したルアネは『よろしい』と頷く。
母は強し、と言うけれど、ここまで(物理的にも)強い母はそうそういない。
頭のてっぺんをさすりながら、レイラは不満そうにちょっとだけ口を尖らせ、ぽそりとボヤいた。
「だって…自分の都合でフローリアを振り回した殿下のことが、許せなかったんだもの」
「そんなもの、わたくしだってそうに決まっております。まったく……殿下たってのご希望による婚約だったというのに、この仕打ち。…どうしてくれましょう…?」
あれ、とフローリアは目を丸くした。
「あの、お母様は婚約破棄に関してはお怒りで…?」
「当たり前でしょう。何でもかんでも王家の都合で、こちらのことはお構い無し、だなんて不愉快にも程があるわ」
大きな溜め息と共に言われた言葉に、フローリアは目が丸いまま。
てっきり婚約破棄されたことに対して叱られてしまうのでは、と身構えていた。
「お母様」
「何?」
「婚約破棄されましたけど、私」
「だから何だと言うのですか」
「……え」
「婚約破棄されたから、何がどう、貴女の価値を下げるの」
貴族の女性ならば、婚約破棄をされてしまったら所謂市場価値というものはとてつもなく下がる。
だが、ルアネの思いはそうではないようだ。
「フローリア、貴女が婚約破棄された場所はどこですか」
「学園の、卒業パーティーの予行練習の会場です」
「そこには誰がおりましたか?」
「在校生と…あとは先生たちが…」
「では、もう少し聞きましょうか」
先程までの険しい表情ではなく、余裕めいた悠然とした態度で、ルアネは更にフローリアへと問う。
「フローリア、学園には様々な人たちが通っております。その人たち、全員が王太子殿下の此度の行動について賛成していると思う?」
「あ……」
「貴女の友人たちや、王太子殿下の行動を見極めようとしている人たち、先生方は…どう思うかしら」
王家だから何をしても許される、というわけではない。
手元に置きたいから婚約する、見目が良いから婚約してキープする、権力を振りかざして自分のものにするために婚約する、などなど。
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本人がそれを自覚していれば、こんな暴挙には出なかったはずだが、ミハエルはこれまで望めば全てが手に入るという環境にいたから、今回もそれをやっただけ。
「ま、王妃様があれこれ手を回してくるでしょうけれど、それはそれ。わたくしと旦那様に任せてちょうだいね」
「お母様…」
「フローリア、貴女は次代のライラックというお役目を果たすために、まずはシェリアスルーツ家騎士団の皆と改めて顔合わせを行います」
「え?」
皆知っているけれど、と思うが、ルアネは娘に構わずそのまま続ける。
「単なる顔合わせではなく、貴女がシェリアスルーツ家当主となるのだ、ときっちり、教えて差し上げなさいね」
「…は、はい…」
にっこり、と音がつきそうなくらいにルアネは微笑み、言い切った。
フローリアの隣ではレイラが目をキラキラさせながら、両手を合わせてフローリアをじいっと見ているではないか。
「え、ちょっとレイラ…?」
「ねぇリア、それ、わたくしも見たいわ!」
目をキラキラさせているレイラは、とっても可愛い。
可愛いけれど、レイラの場合は見ているだけでは物足りないからと、乱入してくる可能性がとてつもなく高い。
「乱入しないなら、良いわよ」
「……リアのお手伝いは?」
間があったことから、確実にコイツ乱入しようとしたな?と推測してしまったフローリア。
さて、どうしたものかと悩んでいるとルアネから、思いがけない助け舟が出された。
「シェリアスルーツ家の騎士団をちぎっては投げするフローリアを、特等席で見るというのに乱入したら見れないわよ?」
「はっ!」
それもそうだわー!と勢いよく立ち上がるレイラ。
そして、こっそり母に向けて頷きかけると、ルアネからぱちん、とウインクが返された。
「(良かった、レイラが私バカで…)」
レイラがシスコンであることを、こんなにも喜んだことはない。
ほ、と胸を撫で下ろしながら、いつ手合わせに行こうかなぁ、とうきうきしているフローリアの様子を、実は室内にいたダドリーが胃のあたりを押さえながら見ていたのは、母ルアネしか知らなかったかもしれない。
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