オネェな王弟はおっとり悪役令嬢を溺愛する

みなと

文字の大きさ
上 下
7 / 65

悪役令嬢に仕立て上げる

しおりを挟む
 婚約破棄を告げた、あのパーティー予行練習の会場の、あの後すぐまで遡る。
 王太子であるミハエルが婚約破棄を告げた後、さっさとフローリアが帰宅してしまったから、その場はザワついていた。
 普通ならば婚約破棄を告げられれば、縋り付くなど何かしらするのでは?と、皆が想像していたけれど、フローリアの反応は全くの予想外。

「何でだよ」

 わなわなと震えながら、ミハエルは呆然としながら呟いた。
 あまりに予想外の行動をとるフローリアが理解できなさすぎて、もしかして全く別人なのでは、とまで考えてしまった。

「おのれ…め、調子に乗りおって!」

 なお、フローリア、もといライラックは全く調子に乗ってなどいない。
 そしてミハエルの呟いた『ライラック』に関しては、誰も何も突っ込もうとしない。

 フローリアはどうしてだ、と常日頃思っていた。

 本名できちんと自己紹介したにも関わらず、あまりにも通り名のライラックが知れ渡りすぎているが故に、学園に入ってからずっと、先生までもフローリアのことを『ライラック』と呼び続けているのだ。

 学園の入学の際の書類にも、きちんとフルネームは記しているにも関わらず、通り名があまりにも有名だからと『ライラック』として呼ばれる。

 どうにかした方が良いのでは、と提案しようにもなかなか上手くいかなかっま。王太子妃教育に追われる日々や、学生の本分としてテスト勉強をしたりと、何せ日々の予定がみっちみち。
 フローリアにも悪いところはあるかもしれないけれど、学園の先生にはせめてきちんと本名で呼び続けてもらいたかった、とフローリアは思っているが、何だかもう面倒になってしまったので、そのまま『ライラック』として通してやろうと決めたのだ。
 結果として、卒業間近まで『ライラック』の通り名でしか呼ばれなかったのだが、一部、本名で呼んでくれている人も勿論ながらいた。
 その人たちとフローリアは、程よい距離感でありつつ、家同士の付き合いもさせてもらう、という友人関係を築けたのだ。

 だがしかし、婚約者であるミハエルはそうではなかった。

 フローリアを常にライラック、ライラック、としか呼ばなかった。
 顔はいいから、とどうにかフローリアも良き関係を無理やりにでも築いてみようかと努力をしたが、婚約者なのに通り名でしか呼び続けない人と、どうやれば…?という疑問が常に頭の中にあったのだ。

 結果、ミハエルは面食いが故に他の令嬢に心移りをした、というわけだが、ライラックに見せつける気満々で婚約破棄をもちかけたところ、あっさりと了承された挙句、会場から帰られてしまった、というわけだ。

「ミハエル殿下、ライラック様は……お怒りなのでしょうか……」

 悲しげで繊細な雰囲気を纏った伯爵家令嬢、アリカ・シェルワース。
 成績も優秀で、人柄も良く、魔法の才能にも溢れているが、ミハエルの当時の鶴の一声があったから、王太子妃候補になれなかった令嬢である。
 淡い桃色の艶やかなストレートヘアを肩甲骨辺りまで伸ばしており、目の色はトパーズのような美しい澄んだ黄色。しなやかな女性らしい体型はどんなドレスも着こなせるようだと錯覚させるほどで、ミハエルはそんなアリカにひと目でノックアウトされた、らしい。

「あぁ、俺の可愛いアリカ!」
「私、不安ですわ…。もしも殿下とまたライラック様が元に戻りたい、なんて言い始めたら…」
「フン、そんなことはありえないから安心しろ。幼かった俺は、どうして最初からお前を見初めなかったのか…っ」
「まぁ…!」

 まるで劇場で演劇を見ているようだ、とその場にいた生徒は思った。
 王家から申し込んだ婚約にも関わらず、一方的に破棄し、新たな令嬢を婚約者にする。
 これではまるで、シェリアスルーツ家を軽んじているとしか思えない所業であり、そもそも国はシェリアスルーツ家に魔獣討伐に出向いてもらっていたり、騎士団の稽古をつけてもらっているからこそ、屈強な騎士たちを育成できているのではないか。
 しかも、シェリアスルーツ家の親戚筋は国政に関わっている者も居るにも関わらず、この仕打ち。一体何をどうする気なのか、と気に病んでいる貴族もいる一方で、全く気にせずにミハエルの新たな婚約を祝いながら、今この場で拍手をしている人もいる。
 人それぞれ、といえばそれまでなのだが、これを見ている限り、どこの貴族と卒業後の付き合いをしていくのか、という判断材料になるか、とも考える人もいた。

「殿下、私嬉しく思いますわ。精一杯、王太子妃教育を頑張りますわね!」
「あぁ、きっとアリカなら問題なくこなすだろう!」

 手に手を取り、何だか二人で感動しているのだが、フローリアは幼い頃から何年もかけて王太子妃教育を受けていたことは、周知の事実。
 それをどの程度の期間で追いつけるのか、という周りの期待と興味をひいていることに、アリカとミハエルがどの程度理解出来ているのか。

「あの…殿下」

 ふと気になった一人の令嬢が、おずおずと手を挙げた。

「何だ?」

 愛しいアリカと一緒にいるからか、或いは婚約破棄を突きつけられたことが嬉しいのか、ミハエルはご機嫌に答えた。

「どうして今、アリカ嬢とのご婚約を…?」
「決まっている!ライラックの性根が腐っているからだ!」
「え、えぇ…?」

 ミハエルに対して質問したのは、普段からフローリアと親しくしている女子生徒。
 王太子妃教育に加え、シェリアスルーツ侯爵家の当主教育も行っているフローリアの、どこの何が腐っているというのだろうか。
 意味が分からずに訝しげな顔をしている女子生徒を見て、ミハエルの前にアリカがばっと出てくる。

「皆様にライラック様を誤解してほしくなかったから、私が今まで耐えていたでけです!…ライラック様は…ライラック様は…っ」

 ぽろ、と涙を零してアリカは言うのが辛い、と言わんばかりにタメを作ってから叫ぶようにつげた。

「私に…嫌がらせをしていたのですわ!」

 フローリアを知っている人は、揃いも揃ってこう思う。『何でそんなことする必要が』と。

「ミハエル様のお心に、私がいると分かってからの、ライラック様の嫌がらせが、っ……ひどく、て…っ、うぅ…っ…。幼い頃から頑張っていらした、ライラック様のお気持ちを考えれば当たり前、ですが…でも、それでも、あんまりです……!!」

 はらはらと涙を零しているアリカの訴えに、『ひどい!』と叫ぶ生徒もいるが、フローリアを知っている人はやはりこう思う。『んなわけねぇ、フローリアはそこの王太子に興味の欠けらも無い』と。

「ライラックに、アリカの心の清らかさを見せてやろうと思った俺の優しさまでも、アイツは蔑ろにしたんだ!」

 人に唆されやすいタイプなら、恐らくここまででフローリアのことを『とんでもない悪役だ』と思うに違いないのだが、フローリアのことをよく知っっている人からすれば、とてつもない茶番である。
 フローリアを悪者にしなくても、そもそもミハエルが心移りをしたことによる婚約相手の変更をすれば良かっただけなのに、アホみたいな小細工をしかけてくるから、話がどんどんややこしくなっていく気配しかしない。

「良いか、ライラックが登校してきたら俺とアリカの元に引きずってくるんだ!己の悪の所業をきちんと教えてやらねばならんからなぁ!」
「ミハエル様…!何と心強いのでしょう……!」

 二人の世界に浸っている彼ら、そんな彼らを応援する人、冷めた目で見つめる人たち。
 それぞれが、それぞれの思いを抱いて、物語は進み始めてしまったのだった。
しおりを挟む
感想 72

あなたにおすすめの小説

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

居場所を奪われ続けた私はどこに行けばいいのでしょうか?

gacchi
恋愛
桃色の髪と赤い目を持って生まれたリゼットは、なぜか母親から嫌われている。 みっともない色だと叱られないように、五歳からは黒いカツラと目の色を隠す眼鏡をして、なるべく会わないようにして過ごしていた。 黒髪黒目は闇属性だと誤解され、そのせいで妹たちにも見下されていたが、母親に怒鳴られるよりはましだと思っていた。 十歳になった頃、三姉妹しかいない伯爵家を継ぐのは長女のリゼットだと父親から言われ、王都で勉強することになる。 家族から必要だと認められたいリゼットは領地を継ぐための仕事を覚え、伯爵令息のダミアンと婚約もしたのだが…。 奪われ続けても負けないリゼットを認めてくれる人が現れた一方で、奪うことしかしてこなかった者にはそれ相当の未来が待っていた。

辺境は独自路線で進みます! ~見下され搾取され続けるのは御免なので~

紫月 由良
恋愛
 辺境に領地を持つマリエ・オリオール伯爵令嬢は、貴族学院の食堂で婚約者であるジョルジュ・ミラボーから婚約破棄をつきつけられた。二人の仲は険悪で修復不可能だったこともあり、マリエは快諾すると学院を早退して婚約者の家に向かい、その日のうちに婚約が破棄された。辺境=田舎者という風潮によって居心地が悪くなっていたため、これを機に学院を退学して領地に引き籠ることにした。  魔法契約によりオリオール伯爵家やフォートレル辺境伯家は国から離反できないが、関わり合いを最低限にして独自路線を歩むことに――。   ※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

処理中です...