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閑話ー第一王子は分からないー
しおりを挟む第一王子アルティアスは、どうしたら良いのか本気で悩んでいた。
婚約者であるレティシエリーゼとの関係性が、どうやっても改善しないのだ。
本人は至極真っ当にコミュニケーションを取っているつもりだが、様子を見かねた父親にある日呼び止められた。
「アルティアス、少し良いか?」
「はい、勿論です父上。でも手短にお願いします。今日はレティシエリーゼが来る日ですから!」
ニコニコと機嫌の良い息子だが、どうしてか好きな人の前ではとんでもなく態度が悪くなってしまう。
それはまるで幼い頃の自分を見ているようで、そっと胸を押さえた。
「その、だな…。色々な人達から苦言をいただいているのだ」
「苦言?」
「お前の、レティシエリーゼ嬢への態度だ」
「え」
きょとん、としたアルティアスは心底不思議そうに頬をかいている。
というよりも何が悪いのか理解していない。
己の対応がいかによろしくないものか、周りにどのように見られているのか、分からないのだ。
「どうして…あのような態度を取る?」
「え、と…あの、え?」
「あれではまるで、レティシエリーゼ嬢をサンドバッグ扱いしていると言っても…過言ではないぞ。いや、既にちらほら聞こえてきている」
「そん、な」
そんなわけない、と本人は思っているのだが、これが初めての恋のアルティアスにとっては、何をどうして良いのかも分からない。
恋とはどのようなものか、そんなもの教本には記載されていないのだ。
だが、人が人を全て理解することができないように、教本で読んだくらいで正解を導き出す事などできはしやいのだから。
「お前の行動は…昔のわたしにそっくりだ」
はぁ、と小さくため息を吐いた父王を、アルティアスはじっと見つめる。
「昔のわたしは、王妃にそれはとんでもない態度ばかり取っていたよ。『婚約者なのだからいうことを聞け』なんて日常茶飯事のように言ってしまっていた」
「そんな事を?!」
「お前も似たような事を言っているだろう!『お前なぞ、僕の一言ですぐに婚約者の座からは下ろされる』だったか?」
心当たりしかない台詞に、アルティアスの顔は真っ青になる。
「我ら王家が望んだのだ、サーグリッド公爵家との縁を!………アルティアス、ひとつ聞かせなさい。お前に『ギャップ萌え』だとかくだらんことを言った阿呆は、どこの家の令息だ」
レティシエリーゼとの婚約が決まった時の事が頭を過ぎった。
そして、背中をつつ、と冷や汗が流れていく。
まさか、ここまで父に知られているだなんて思わなかったし、それほどまで自分の状況はまずいのかとアルティアスは知らず知らずに手をきつく握る。
「人間関係を、見事なまでに間違えたわたしから、一つ警告をしてやろう。…早々に、レティシエリーゼ場と、きちんと話をしなさい。我ら王家が望んだ婚約とはいえ、立場を考えなさい。あの達観した…いや、ありとあらゆる事を学び倒すレティシエリーゼ嬢は、お前に物申したくても言えないんだ。我らと彼らでは立場が違いすぎている」
「立場…」
「公爵家と、王家だぞ。…分かるな?」
「……で、も…俺は!」
「お前はそう思っていなくても、周りは良しとしないのだよ」
公爵家令嬢が、第一王子に反論したという事が広まれば、レティシエリーゼの立場は悪くなる。
そして、こう言われるのだ。
『調子に乗るな』、と。
いくら勉強ができても、王妃教育を受けていようとも、まだレティシエリーゼは成人していない子供なのだから。
まだまだ守られるべき存在の少女は、色々なことを同時に考えている。それはきっと、アルティアスよりも遥かに。自覚はあった。
勉強していてレティシエリーゼが褒められる度、自分の事のように嬉しい反面モヤついた気持ちが溢れる。
嫉妬もしていた。
悔しかった。
「いいか、アルティアス。彼女を本当の意味で好きならば、己の妻として娶りたいなら、お前は今よりも遥かに努力をしなければならない。…血反吐をはくような努力をだ。そして、お前は付き合う友を選びなさい。お前の友のあの余計な一言で、一人の令嬢が苦しむ結果を産んだことを、胸に刻め」
足下が崩れるような感覚になった。
もし、あの友の一言を鵜呑みにしなければ…。
そうしなければ、レティシエリーゼともっと会話が出来ているのだろうか。
たらればをいくら突き詰めても答えなんか出ないのは分かりきっている。
それでも、願わずには居られなかった。この瞬間は。今だけは。
間違えてしまった。
そして、間違いを正すことも何も、出来ていない。
後戻りできるか分からないところまで、来かけている。
恐らくあと一歩下がれば、終わる。
「吐いてしまった言葉は元には戻らない。無かったことには出来ない。お前がレティシエリーゼ嬢の気持ちを取り戻すことも、王太子教育を並行して行うことも同時にやらなければ………アルティアスよ、お前の望む未来など来ないと知りなさい」
「はい……………父上」
指先が冷たい。
どうやればいいのだろう。
友の言葉を見事に間に受けてしまった自分は、どうしたら、最初に戻れるのだろう。
ふらつくのを必死に堪え、己の部屋に戻る。
泣きたいけれど、恐らくもっと泣きたいはずなのだ。レティシエリーゼは。
それだけは、今のアルティアスも痛いほど、分かってしまった。
婚約者であるレティシエリーゼとの関係性が、どうやっても改善しないのだ。
本人は至極真っ当にコミュニケーションを取っているつもりだが、様子を見かねた父親にある日呼び止められた。
「アルティアス、少し良いか?」
「はい、勿論です父上。でも手短にお願いします。今日はレティシエリーゼが来る日ですから!」
ニコニコと機嫌の良い息子だが、どうしてか好きな人の前ではとんでもなく態度が悪くなってしまう。
それはまるで幼い頃の自分を見ているようで、そっと胸を押さえた。
「その、だな…。色々な人達から苦言をいただいているのだ」
「苦言?」
「お前の、レティシエリーゼ嬢への態度だ」
「え」
きょとん、としたアルティアスは心底不思議そうに頬をかいている。
というよりも何が悪いのか理解していない。
己の対応がいかによろしくないものか、周りにどのように見られているのか、分からないのだ。
「どうして…あのような態度を取る?」
「え、と…あの、え?」
「あれではまるで、レティシエリーゼ嬢をサンドバッグ扱いしていると言っても…過言ではないぞ。いや、既にちらほら聞こえてきている」
「そん、な」
そんなわけない、と本人は思っているのだが、これが初めての恋のアルティアスにとっては、何をどうして良いのかも分からない。
恋とはどのようなものか、そんなもの教本には記載されていないのだ。
だが、人が人を全て理解することができないように、教本で読んだくらいで正解を導き出す事などできはしやいのだから。
「お前の行動は…昔のわたしにそっくりだ」
はぁ、と小さくため息を吐いた父王を、アルティアスはじっと見つめる。
「昔のわたしは、王妃にそれはとんでもない態度ばかり取っていたよ。『婚約者なのだからいうことを聞け』なんて日常茶飯事のように言ってしまっていた」
「そんな事を?!」
「お前も似たような事を言っているだろう!『お前なぞ、僕の一言ですぐに婚約者の座からは下ろされる』だったか?」
心当たりしかない台詞に、アルティアスの顔は真っ青になる。
「我ら王家が望んだのだ、サーグリッド公爵家との縁を!………アルティアス、ひとつ聞かせなさい。お前に『ギャップ萌え』だとかくだらんことを言った阿呆は、どこの家の令息だ」
レティシエリーゼとの婚約が決まった時の事が頭を過ぎった。
そして、背中をつつ、と冷や汗が流れていく。
まさか、ここまで父に知られているだなんて思わなかったし、それほどまで自分の状況はまずいのかとアルティアスは知らず知らずに手をきつく握る。
「人間関係を、見事なまでに間違えたわたしから、一つ警告をしてやろう。…早々に、レティシエリーゼ場と、きちんと話をしなさい。我ら王家が望んだ婚約とはいえ、立場を考えなさい。あの達観した…いや、ありとあらゆる事を学び倒すレティシエリーゼ嬢は、お前に物申したくても言えないんだ。我らと彼らでは立場が違いすぎている」
「立場…」
「公爵家と、王家だぞ。…分かるな?」
「……で、も…俺は!」
「お前はそう思っていなくても、周りは良しとしないのだよ」
公爵家令嬢が、第一王子に反論したという事が広まれば、レティシエリーゼの立場は悪くなる。
そして、こう言われるのだ。
『調子に乗るな』、と。
いくら勉強ができても、王妃教育を受けていようとも、まだレティシエリーゼは成人していない子供なのだから。
まだまだ守られるべき存在の少女は、色々なことを同時に考えている。それはきっと、アルティアスよりも遥かに。自覚はあった。
勉強していてレティシエリーゼが褒められる度、自分の事のように嬉しい反面モヤついた気持ちが溢れる。
嫉妬もしていた。
悔しかった。
「いいか、アルティアス。彼女を本当の意味で好きならば、己の妻として娶りたいなら、お前は今よりも遥かに努力をしなければならない。…血反吐をはくような努力をだ。そして、お前は付き合う友を選びなさい。お前の友のあの余計な一言で、一人の令嬢が苦しむ結果を産んだことを、胸に刻め」
足下が崩れるような感覚になった。
もし、あの友の一言を鵜呑みにしなければ…。
そうしなければ、レティシエリーゼともっと会話が出来ているのだろうか。
たらればをいくら突き詰めても答えなんか出ないのは分かりきっている。
それでも、願わずには居られなかった。この瞬間は。今だけは。
間違えてしまった。
そして、間違いを正すことも何も、出来ていない。
後戻りできるか分からないところまで、来かけている。
恐らくあと一歩下がれば、終わる。
「吐いてしまった言葉は元には戻らない。無かったことには出来ない。お前がレティシエリーゼ嬢の気持ちを取り戻すことも、王太子教育を並行して行うことも同時にやらなければ………アルティアスよ、お前の望む未来など来ないと知りなさい」
「はい……………父上」
指先が冷たい。
どうやればいいのだろう。
友の言葉を見事に間に受けてしまった自分は、どうしたら、最初に戻れるのだろう。
ふらつくのを必死に堪え、己の部屋に戻る。
泣きたいけれど、恐らくもっと泣きたいはずなのだ。レティシエリーゼは。
それだけは、今のアルティアスも痛いほど、分かってしまった。
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