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やり直したからには幸せになりますわ
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あっという間に時は過ぎ、ナディスと隣国の王太子の顔合わせの日となった。失礼のないように、と隣国の挨拶形式や礼儀作法を可能な限り習得し、着用するドレスも相手に添うような色合いかつ、主張しすぎないものにした。ドレスのデザインは華美になりすぎないよう、質素だが華やかなものに。何せナディスの顔立ちが派手目なせいで、華美なドレスにするとこう…ギンギラギンなド派手美女、になってしまうのだ。それも悪女、というレッテルを貼られた1つの要因でもあった。
ちなみに、両家の顔合わせは大変良い結果であった。
隣国の王太子とナディスの年齢は4つ離れていた。なお、年上なのはナディスの方である。隣国の王太子は歳若いものの、大変に勤勉が故に同い年のご令嬢とは話が合わなかったそうだ。王太子の頭が良すぎて。
別に婚約者候補のご令嬢の頭が悪いわけでもないが、それを遥かに上回ってしまったのが王太子であった、それだけだ。努力をいくらしても王太子が軽く上回ってしまう。
ならば、自国の年上、かつ知識も経験も豊富なご令嬢を婚約者に、とも思ったが、既に売約済みであったために縁がなかった。
隣国の国王夫妻が『えらいこっちゃ』と思っていた矢先にナディスの婚約解消騒動。隣国側もヴェルヴェディア公爵家側も互いの利が一致した。
ターシャが持ち込んだ見合いの提案を聞き、釣書を見、そして王太子妃教育の進行具合、様々な状況を鑑み、もちろん隣国の王太子にも釣書と絵姿を見てもらった結果、本人も乗り気でやって来た。そして見合いをした。
そうしたら、二人して語る語る。
お前らどこまで話すんだ、というくらいに政治やら流行りものやら、お互いの王太子教育、王太子妃教育の進行について。あまりの盛り上がりっぶりに隣国の使者とターシャが慌てて二人を止めたほどだ。
二人の表情はまさにほっくほく、『よくぞ見合いを持ち込んでくれた!』と言わんばかり。
一旦隣国の王太子は帰国し、本格的に婚約話を進めるということになった。だが、思いがけず乗り気になってしまったため、間違いなくあれは婚約の次――将来の結婚式の準備まで進めるに違いない、というのはガイアスを筆頭に国王夫妻も確信していた。それほどまでにあの二人は、たったあれだけで仲睦まじくなっていたのだ。
これが面白くないのがミハエルである。
ナディスとの再婚約さえしてしまえば、自分はまた王太子になれるということしか頭になかった。故に、ロベリアのことはほったらかしという、どこまでも自己中心的な彼である。
念の為に自国の使者がナディスに『今ならミハエル殿下の婚約者に戻れますよ!』と言ってみたものの、扇で口元を隠し、大変上品な、だが大層迫力ある笑みで、こう告げた。
「真っ平御免ですわ、寝言は寝てから仰ってくださいませ」
言い終わると、ぱちん、と扇を閉じて机をばん、と叩いた。
「人のことを毛嫌いしていて、ただ王太子になりたいという安直な考えでわたくしとの再婚約?えぇ、そんな方をわたくし見限って正解でしたわね」
ほほ、と笑って立ち上がり、すい、と扉の方を示して言葉を続けた。
「さ、お帰りはあちらですわ。さっさとお帰りになって第一王子殿下に再婚約しない旨、申し伝えください」
口元は笑っているが、目は一切笑っていない。
極悪令嬢、悪役令嬢、非道な令嬢、ありとあらゆる悪口を背負っていることもあり、そう言うナディスの迫力は半端なかった。
結果を告げられたミハエルは荒れに荒れ、自分で行く!とヴェルヴェディア公爵家に乗り込んだものの、先触れを出さずに来たものだからナディスは不在。たまたまその日に限ってターシャと母娘ショッピングに繰り出していたのだ。
自分の都合で来たにも関わらずナディス不在について文句ばかり言うミハエルの態度に、使用人たちも、いくら王家の人間とはいえげんなりする。執事長に頼んでこっそりと出先のドレス店に連絡を取ってもらったが、そこに居たターシャからは『先触れを出さずに来て喚くなどもってのほか。待つのが嫌なら帰ってもらえ』とにべも無い返事を貰ってしまい、正直に告げる訳にもいかず、困っていると30分ほどしてナディスが帰宅した。
帰宅したナディスは、ミハエルのところに向かい、ソファに座ることもせず扉を指差してにっこりと満面の笑みでこう告げた。
「お帰りはあちらですわ、殿下」
「は…?」
散々待たせたくせに!と文句を言っても一言。
「先触れを出さずに来て文句など言わないでいただきとうございます。まして、わたくしはもう隣国の王太子殿下と婚約を結びますので…正直来られても迷惑ですわ」
「お前、あれだけ人のことを好き好き言っておいて!」
「嫌がっていたミハエル殿下のお気持ちを尊重致しました結果、お別れさせていただきましたが何か問題でも?」
「いやそれは、あの」
「王太子になりたいならご自分で努力なさいませ。あれだけ人には『家の力を使うな卑怯者!』と罵ったくせに、わたくしが離れた途端王太子の命を解かれたので我が公爵家の力を使い再度王太子になろうなど、浅はかにも程がございますわ」
「ぐ、ぬ」
「殿下、もう一度言います。お帰りは、あちらでございます。どうぞ、早急に、お引取りを」
一言一言区切って、強調するように『お前帰れよ』と言われれば、何も言えなくなってしまう。ほんの数週間前まで、あれ程自分に対して熱の篭った視線ばかり向けていたのに、今は欠片ほども愛情が感じられない。
「お、お前、実は強がってるんだろう!そうに決まってる!」
「強がる意味も必要もございませんし、殿下への感情はもはや何もございませんし、貴方様のお傍に居たくもございません。わたくし、愛するお方に嫁ぐためにもっと勉強しなくてはならないことがありますので」
すぅ、と吸い込み息を整えてナディスは優雅に微笑んだ。
「早急に、お引取りを」
拒絶をたっぷり、これでもかと含めて告げてやって、ようやく項垂れたまま帰っていくミハエル。
やっと帰ってくれたのか、と安堵の息を零して再び家を出て公爵家の馬車に乗り込んで、母との買い物を再開するために街に繰り出して行った。ちなみに、ミハエルの相手をしていたのはほんの30分程度である。
その後、ナディスは『学園はきちんと卒業してから隣国に入りたい』という密やかな我儘を叶えてもらい、婚約期間を経て、無事に隣国へと嫁ぐこととなった。
悪女、非道な令嬢、という噂はすぐには無くならなかったが、『ミハエル殿下に対してのあれは、恋は盲目、というものだったのだろう』という認識は思いがけず早く広がったらしい。というのも、学園にいる間のナディスは良くも悪くも注目の的だったせいで、行動の一挙一動を様々な生徒や先生から観察されていたのだ。
近付かない、話しかけない、何なら無視して存在を視界にすら入れていない。所謂ライバル令嬢であるロベリアに対しても何の反応も示していない徹底っぷりは、流石としか言いようがない。
隣国の王太子とは話が合うだけでなく、互いに見事に一目惚れをし、顔合わせの日からずーーーっと手紙のやり取りをしている。同時に毎夜寝る前、通信型魔道具を使用した通話もしている。顔が見えない分、互いの声に集中できて大変よろしい、というのはナディス談である。
「お嬢様……本当にようございました」
ぐす、と鼻をすする乳母の姿に苦笑いを浮かべるが、ナディスを思い、いつも大切にしてくれたかけがえの無い人物の一人である。婚約解消をとんでもなく喜んでくれ、続いた婚約締結をそれ以上のテンションで喜んでくれた優しい人なのだ。
レース細工の細やかな、所々にダイヤモンドが散りばめられたヴェールを纏ったナディスは、乳母に微笑みかける。
「ばあや…いつもわたくしを気にかけてくれてありがとう。あんなに性格最悪だったわたくしを見捨てずに支えてくれたから、きっとこうしていられるんだわ」
「勿体ないお言葉…!…ばあやは、嬉しゅうございます…。王太子殿下も、このようにお綺麗なお嬢様…いいえ、王太子妃殿下を見て、改めて惚れ直すことでしょう」
「ばあやったら…」
「うん、惚れ直した」
三度のノックのあと扉が開き、正装をした王太子が入室してきた。『王子様』という表現がこれほどまでに似合うのか、と改めて思い、キラキラと後光が指しているような姿に、ナディスはうっとりとした眼差しを向ける。
「殿下……素敵ですわ…」
「我が妻も、本当に綺麗だよ。これ以上わたしの心を奪ってどうするつもりだい?」
「殿下…!」
嬉しすぎる褒め言葉に涙目になりながら一歩、距離を詰めればヴェール越しに優しく頬を撫でられ、『はぅ』と小さく声を漏らしてしまう。
「……可愛い。年上だから、綺麗だと言うべきなんだろうけど……本当に可愛いよ、わたしのナディス」
正直、卒倒しそうなくらい嬉しく、惜しみない賛美を与えてくれる目の前の夫に何度でもナディスは惚れ直す。
きゅうん、と締め付けられる胸を軽く押さえつつも差し出された手に己の手を重ねるナディス。
「二人で、幸せになろう。そして、我が国民も幸せにしよう」
「はい、わたくしの愛しい殿下。貴方様と貴方様の国を、二人で導いて参りましょう」
「あぁ、無論だ。行こう」
「はいっ」
心底嬉しそうに微笑んで、長い長い回廊を二人で歩み進んでいく。
神官が並ぶ回廊を進むたび、魔法によってふわりと薔薇の花びらが二人の上に降ってくる。舞う桃色の花びら、そして天井から降り注ぐ光が見事なコントラストを生み出している。
「(こんなに幸せな結婚ができるだなんて…お母様にはまず感謝だわ…。…でも)」
幸せに包まれていたナディスは、ふと思った。
「(どうして、わたくしやり直しができたのかしら…)」
神はいないと信じていたが、今回ばかりは神に感謝をするしかない。
「(あまり深くは考えないでおきましょうか、えぇ)」
誓いの言葉を互いに言って、誓いの口付けを交わしたナディスは、自分を愛おしげに見つめてくれる王太子を、同じく愛しげに見つめ返した。
これからの幸せを、確信して。
**************
「何であのわがまま娘を蘇らせたのよ」
「あまりに強く、純粋な願望だったんだよ。『死にたくない!嫌だ!』って。そういう人は、将来天に召されたときに良質な魂を提供してくれそうだったからさ」
ケラケラと笑いながら、天使は言った。
「強い欲望、願いを兼ね備えた幸せに満ちた魂なんて、ボクら天使の昇級の良い糧じゃないか」
善の天使だが、実のところは欲望まみれ。
己のためにやり直しをさせた、なんて上級天使に知られたらマズいだろうけれど、捧げた魂の質の高さには文句は言えないだろう。
「あの人間はやり直しできて、幸せを掴んだ。ボクは昇級の可能性が大幅に高まる。win-win、だよ」
一人は天使らしからぬ笑みを浮かべ、1枚の羽を残してその場から消えた。
もう一人は呆れたような、仕方ないと言わんばかりの顔で、ちらりと地上を見た。
「………お幸せに、極悪令嬢サマ」
天使からの祝福を、形だけ授け、二人目もふわりと消えたのだった。
ちなみに、両家の顔合わせは大変良い結果であった。
隣国の王太子とナディスの年齢は4つ離れていた。なお、年上なのはナディスの方である。隣国の王太子は歳若いものの、大変に勤勉が故に同い年のご令嬢とは話が合わなかったそうだ。王太子の頭が良すぎて。
別に婚約者候補のご令嬢の頭が悪いわけでもないが、それを遥かに上回ってしまったのが王太子であった、それだけだ。努力をいくらしても王太子が軽く上回ってしまう。
ならば、自国の年上、かつ知識も経験も豊富なご令嬢を婚約者に、とも思ったが、既に売約済みであったために縁がなかった。
隣国の国王夫妻が『えらいこっちゃ』と思っていた矢先にナディスの婚約解消騒動。隣国側もヴェルヴェディア公爵家側も互いの利が一致した。
ターシャが持ち込んだ見合いの提案を聞き、釣書を見、そして王太子妃教育の進行具合、様々な状況を鑑み、もちろん隣国の王太子にも釣書と絵姿を見てもらった結果、本人も乗り気でやって来た。そして見合いをした。
そうしたら、二人して語る語る。
お前らどこまで話すんだ、というくらいに政治やら流行りものやら、お互いの王太子教育、王太子妃教育の進行について。あまりの盛り上がりっぶりに隣国の使者とターシャが慌てて二人を止めたほどだ。
二人の表情はまさにほっくほく、『よくぞ見合いを持ち込んでくれた!』と言わんばかり。
一旦隣国の王太子は帰国し、本格的に婚約話を進めるということになった。だが、思いがけず乗り気になってしまったため、間違いなくあれは婚約の次――将来の結婚式の準備まで進めるに違いない、というのはガイアスを筆頭に国王夫妻も確信していた。それほどまでにあの二人は、たったあれだけで仲睦まじくなっていたのだ。
これが面白くないのがミハエルである。
ナディスとの再婚約さえしてしまえば、自分はまた王太子になれるということしか頭になかった。故に、ロベリアのことはほったらかしという、どこまでも自己中心的な彼である。
念の為に自国の使者がナディスに『今ならミハエル殿下の婚約者に戻れますよ!』と言ってみたものの、扇で口元を隠し、大変上品な、だが大層迫力ある笑みで、こう告げた。
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言い終わると、ぱちん、と扇を閉じて机をばん、と叩いた。
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帰宅したナディスは、ミハエルのところに向かい、ソファに座ることもせず扉を指差してにっこりと満面の笑みでこう告げた。
「お帰りはあちらですわ、殿下」
「は…?」
散々待たせたくせに!と文句を言っても一言。
「先触れを出さずに来て文句など言わないでいただきとうございます。まして、わたくしはもう隣国の王太子殿下と婚約を結びますので…正直来られても迷惑ですわ」
「お前、あれだけ人のことを好き好き言っておいて!」
「嫌がっていたミハエル殿下のお気持ちを尊重致しました結果、お別れさせていただきましたが何か問題でも?」
「いやそれは、あの」
「王太子になりたいならご自分で努力なさいませ。あれだけ人には『家の力を使うな卑怯者!』と罵ったくせに、わたくしが離れた途端王太子の命を解かれたので我が公爵家の力を使い再度王太子になろうなど、浅はかにも程がございますわ」
「ぐ、ぬ」
「殿下、もう一度言います。お帰りは、あちらでございます。どうぞ、早急に、お引取りを」
一言一言区切って、強調するように『お前帰れよ』と言われれば、何も言えなくなってしまう。ほんの数週間前まで、あれ程自分に対して熱の篭った視線ばかり向けていたのに、今は欠片ほども愛情が感じられない。
「お、お前、実は強がってるんだろう!そうに決まってる!」
「強がる意味も必要もございませんし、殿下への感情はもはや何もございませんし、貴方様のお傍に居たくもございません。わたくし、愛するお方に嫁ぐためにもっと勉強しなくてはならないことがありますので」
すぅ、と吸い込み息を整えてナディスは優雅に微笑んだ。
「早急に、お引取りを」
拒絶をたっぷり、これでもかと含めて告げてやって、ようやく項垂れたまま帰っていくミハエル。
やっと帰ってくれたのか、と安堵の息を零して再び家を出て公爵家の馬車に乗り込んで、母との買い物を再開するために街に繰り出して行った。ちなみに、ミハエルの相手をしていたのはほんの30分程度である。
その後、ナディスは『学園はきちんと卒業してから隣国に入りたい』という密やかな我儘を叶えてもらい、婚約期間を経て、無事に隣国へと嫁ぐこととなった。
悪女、非道な令嬢、という噂はすぐには無くならなかったが、『ミハエル殿下に対してのあれは、恋は盲目、というものだったのだろう』という認識は思いがけず早く広がったらしい。というのも、学園にいる間のナディスは良くも悪くも注目の的だったせいで、行動の一挙一動を様々な生徒や先生から観察されていたのだ。
近付かない、話しかけない、何なら無視して存在を視界にすら入れていない。所謂ライバル令嬢であるロベリアに対しても何の反応も示していない徹底っぷりは、流石としか言いようがない。
隣国の王太子とは話が合うだけでなく、互いに見事に一目惚れをし、顔合わせの日からずーーーっと手紙のやり取りをしている。同時に毎夜寝る前、通信型魔道具を使用した通話もしている。顔が見えない分、互いの声に集中できて大変よろしい、というのはナディス談である。
「お嬢様……本当にようございました」
ぐす、と鼻をすする乳母の姿に苦笑いを浮かべるが、ナディスを思い、いつも大切にしてくれたかけがえの無い人物の一人である。婚約解消をとんでもなく喜んでくれ、続いた婚約締結をそれ以上のテンションで喜んでくれた優しい人なのだ。
レース細工の細やかな、所々にダイヤモンドが散りばめられたヴェールを纏ったナディスは、乳母に微笑みかける。
「ばあや…いつもわたくしを気にかけてくれてありがとう。あんなに性格最悪だったわたくしを見捨てずに支えてくれたから、きっとこうしていられるんだわ」
「勿体ないお言葉…!…ばあやは、嬉しゅうございます…。王太子殿下も、このようにお綺麗なお嬢様…いいえ、王太子妃殿下を見て、改めて惚れ直すことでしょう」
「ばあやったら…」
「うん、惚れ直した」
三度のノックのあと扉が開き、正装をした王太子が入室してきた。『王子様』という表現がこれほどまでに似合うのか、と改めて思い、キラキラと後光が指しているような姿に、ナディスはうっとりとした眼差しを向ける。
「殿下……素敵ですわ…」
「我が妻も、本当に綺麗だよ。これ以上わたしの心を奪ってどうするつもりだい?」
「殿下…!」
嬉しすぎる褒め言葉に涙目になりながら一歩、距離を詰めればヴェール越しに優しく頬を撫でられ、『はぅ』と小さく声を漏らしてしまう。
「……可愛い。年上だから、綺麗だと言うべきなんだろうけど……本当に可愛いよ、わたしのナディス」
正直、卒倒しそうなくらい嬉しく、惜しみない賛美を与えてくれる目の前の夫に何度でもナディスは惚れ直す。
きゅうん、と締め付けられる胸を軽く押さえつつも差し出された手に己の手を重ねるナディス。
「二人で、幸せになろう。そして、我が国民も幸せにしよう」
「はい、わたくしの愛しい殿下。貴方様と貴方様の国を、二人で導いて参りましょう」
「あぁ、無論だ。行こう」
「はいっ」
心底嬉しそうに微笑んで、長い長い回廊を二人で歩み進んでいく。
神官が並ぶ回廊を進むたび、魔法によってふわりと薔薇の花びらが二人の上に降ってくる。舞う桃色の花びら、そして天井から降り注ぐ光が見事なコントラストを生み出している。
「(こんなに幸せな結婚ができるだなんて…お母様にはまず感謝だわ…。…でも)」
幸せに包まれていたナディスは、ふと思った。
「(どうして、わたくしやり直しができたのかしら…)」
神はいないと信じていたが、今回ばかりは神に感謝をするしかない。
「(あまり深くは考えないでおきましょうか、えぇ)」
誓いの言葉を互いに言って、誓いの口付けを交わしたナディスは、自分を愛おしげに見つめてくれる王太子を、同じく愛しげに見つめ返した。
これからの幸せを、確信して。
**************
「何であのわがまま娘を蘇らせたのよ」
「あまりに強く、純粋な願望だったんだよ。『死にたくない!嫌だ!』って。そういう人は、将来天に召されたときに良質な魂を提供してくれそうだったからさ」
ケラケラと笑いながら、天使は言った。
「強い欲望、願いを兼ね備えた幸せに満ちた魂なんて、ボクら天使の昇級の良い糧じゃないか」
善の天使だが、実のところは欲望まみれ。
己のためにやり直しをさせた、なんて上級天使に知られたらマズいだろうけれど、捧げた魂の質の高さには文句は言えないだろう。
「あの人間はやり直しできて、幸せを掴んだ。ボクは昇級の可能性が大幅に高まる。win-win、だよ」
一人は天使らしからぬ笑みを浮かべ、1枚の羽を残してその場から消えた。
もう一人は呆れたような、仕方ないと言わんばかりの顔で、ちらりと地上を見た。
「………お幸せに、極悪令嬢サマ」
天使からの祝福を、形だけ授け、二人目もふわりと消えたのだった。
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