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反省は致しましたが、根本は変えられませんでした

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 その日、学園中にどよめきが走った。

 、ヴェルヴェディア公爵令嬢が、あれほどまでに熱をあげていた王太子、否、元王太子をすっぱりと振り、何を勘違いしたのかクレベリン侯爵令嬢が放った「まだ殿下が好きだから再婚約を迫ったのだろう!」という言葉にも否を突きつけ、公衆の面前でイチャつき浮気し放題だった二人をど凹まさせた、と。

 当の本人はあっけらかんとしており、これまでミハエルに声をかけようとしていた令嬢達を牽制することもなく、ロベリアと口論をすることもない。他の女子生徒がミハエルをいかに褒めたたえようと、その会話を邪魔しない。そもそもミハエルの名前が出たとしても何の反応も見せない。
 ナディス本人は、噂話をヒソヒソとされているものの、至ってごく平和な学園生活を満喫しているようだ。入学してからずっと修羅場に巻き込まれまくっていた同クラスの生徒たちは、どうしたものかと各々囁きあっていた。いや、もちろん平和が一番なのだが、何か怖い。

「そういえば…婚約解消はナディス嬢の方から申し出たそうよ」

「わたくしも聞きましたわ!王太子……じゃなかった、ミハエル殿下が結果的に王太子から外された、とも」

「だってヴェルヴェディア公爵家ですわよ?後ろ盾としてはとんでもない力を持っておりますもの!それが無くては王太子になったとて…ねぇ…」

「あ、わたくしお父様から聞きました。ナディス嬢に対するミハエル殿下の暴言や浮気の数々が、さすがに問題視されたとか…」

「俺も聞いたな、それ。公爵令嬢の行動も問題だったけど、結果としてはどうあれ、国が定めた婚約者に対する態度じゃなかっただろう…殿下のアレは…」

 うんうん、と頷き合う面々。実は会話が丸聞こえなナディスであったが、聞こえないふりに徹していた。うっかり反応してしまうと怖がられてしまうかもしれない。何せ前科がありすぎるので。

「(婚約解消の情報、意外と広まる速度は早いのね…)」

 もう既に全ての問題を解いてしまい、眺める必要は無いけれど、教科書をぺらぺらと捲る。だが飽きた。教科書の内容はとっくに理解済だ。

 ミハエルが再度王太子となるには、ナディスとの再婚約をするか、王太子としての教育を今以上に進めることにより承認されること。前世でも勉強嫌いだった彼は今世でも勉強嫌いだったようなので、前者を選ぼうとしたのはミエミエだ。ナディスにはっきり断られたことで一度は諦めるだろうが、如何に楽をして王太子になるかを考えるに違いない、とするとどうにかして懐柔しにこようとすると予測されるので、この件については近いうちに王妃に対して書状を送らねばならない、と思う。ロベリアと婚約しても恐らく後ろ盾としての決定打には欠けるのだろう。
 ヴェルヴェディア公爵家としてナディスがあれやこれや色々と出来た理由の一つが家柄の高さにある。成り立ちは嘗ての王族が爵位を与えられたことに起因するものだが、続く歴史の中で大貴族として無論のことながら優れた功績もあり、時には王配を輩出することもあった。また、王女の降嫁先として選定されることもあり、血筋としては王家に引けを取らない相当立派なものである。ナディスはこれまでの己の家の血統性を利用したことで、無事ミハエルの婚約者になったのだが、逆に言うとこれほどまでの血統に勝る後ろ盾があるかと問われれば、無い。

「(そうとなればお父様に先手を打ってもらってミハエル殿下をどうにかしなくては…って、…あぁ…お母様にはわたくしの婚約者をさっさと見繕っていただかねば)」

 新たな婚約者のことを考えると頭が痛い。また顔合わせから始まり、互いを知るために手紙のやり取りをして、双方の好みを教えあったり色々とやることは多い。
 だが、そうも言ってはいられない。己の身分を考えるとそうそう簡単に婚約者が見つかるわけもないからだ。 

「(…わたくしとしたことが何たる迂闊な…!いいえ、けれどこの婚約を解消出来なければまた我が家に悲劇が訪れていたやもしれない…、これは必要なことだった、けれど…)」

 教科書を握る手に力がギリギリと込められ、ページが歪む。それを見た生徒が『ちょっと、噂話聞こえてる!!』と慌てて口を噤んでいるが、その部分はナディスには聞こえていない。また何か悪態をつかれてしまうのでは、と戦々恐々としているクラスメイトだが、特に何も言われないことに別の意味で恐怖を覚える。
 間違いなく後日報復される…!と恐慄くクラスメイトの気持ちなど全く理解出来ていないナディスは、授業が終わると少しよろよろしながら帰宅するために公爵家の馬車へと早々に乗り込んだ。
 その様子にクラスメイトはあれ?と皆揃いも揃って首を傾げていたのは、本人のみが知らないままだ。

 帰宅したナディスを待っていた母が、己の伝手をフル活用して次の婚約者を早々に見つけており、ぐらりと目眩がしたナディスであったが、その絵姿を見てガバりと食いついた。
  
「まぁ…っ!」

 母が見つけてきてくれた次の婚約相手は、隣国の次期王太子。ナディスが食い付いたのには一つの大きな理由があった。

 そう、ナディスは大層な面食いだった。

 ミハエルをナディスが見たのはまだまだ幼い頃。見た目だけは大層麗しかった彼を見て、『あの王子様のお嫁さんになりたい!』と騒いだことから一連の流れが発生した。見た目だけで言うとミハエルに勝る美青年はほぼ居ないに等しく、これまでナディスが目移りすることもなかったし、これまではミハエルしか視界に入れていなかったから、前世のようになってしまった。

 が、視野を広げてみるとまぁ、ミハエルを超える所謂イケメンは他にももちろん存在する。

 公爵夫人として他国の重鎮をもてなすこともあったため、伝手を使えば隣国の次期王太子が婚約者不在という情報を得ることが出来た。理由は『己の話に付いてこれる令嬢が、なかなかいないから』らしい。
 ナディスと年の差が四つあるものの、王太子妃教育を受けてほぼ完了にさし掛かろうとしていたのであれば、一度顔合わせをしても問題なかろうと判断し、国王夫妻に進言してとんでもない速さでここまでやり遂げたそうだ。

「というわけで、ナディス。近い内にそちらの方とのお顔合わせがあります。失礼のないようにね」

「勿論ですわ、お母様!まぁ……なんて素敵なお方なのでしょう…」

 うっとりと絵姿を眺める娘を見て内心ガッツポーズをする母。
 ミハエルがあそこまで阿呆だとも思っていなかったので、次は『見た目と中身を兼ね備えた人を見つければ良い』という結論に達するのは早かったが故の行動。

 確かに一度目をやらかしたことで己の行動を反省はしていたナディスであるが、面食いなのはどうも変えられなかったようだ。
 だが、見た目に加えて中身までよろしい相手には会っていなかったのも事実。顔合わせに際して失礼のないよう、ナディスは改めて隣国の歴史から勉強を始めた。


 公爵家令嬢として嫁ぐので次は相手からの愛は期待してはいけない、と胸に刻んで。
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