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正直に話しただけですわ
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「まず、どうして反省するつもりとなったのか説明なさい」
母としてではなく、公爵夫人としてターシャはナディスへと問い掛ける。少なくとも以前なら、このような問い掛けをしただけでカッとなり烈火のごとく喚き散らした娘であるが、特に表情を変えることもなく首を傾げた。
「勿論説明いたしますが…わたくしは、反省してはならぬのでしょうか?」
「……………………はい?」
「先程から、私が謝ったりする度、皆が驚き恐れておりまして。…えぇ、悪女やらヒス令嬢と呼ばれておりますわたくしにも人としての心はございます。王太子殿下をお慕い申しておりました頃は、かの方に愛されようと必死にもなりました。王太子妃教育に始まり、淑女教育や将来のための国内外貴族とのやりとりなど、様々な知識や経験……必要であれば徹夜も行い、ありとあらゆる知識を得るために努力を積み重ねてきたつもりですわ。けれど」
一息ついて、ナディスは変わらぬ表情のまま淡々と続けた。そのあたりは王太子妃教育の賜物である。
「会う度、違う令嬢を伴ってわたくしに嫌味や、この場では言うも憚られるような罵詈雑言を放ち、目の前で他のご令嬢との秘め事を見せつけられては…さすがに何もかも気持ちごと全てが木っ端微塵になってしまいますわ」
「ま、待ちなさい。他のご令嬢との…秘め、ごと?」
「はい。口付け以上のことも含めてまぁその、色々と」
ターシャは感情と現状が上手く結び付かず、困惑しきっていた。
そんな母を尻目に、ナディスはほほほ、と朗らかに笑っているが、そのような浮気現場を見せられても尚、彼女は王太子の婚約者であり続けたのだ。彼を愛していたからこそ、である。
だが、もうその愛情は枯渇したどころか向こう何回分人生をやり直したら復活するのか分からない程には砕けて木っ端微塵になったし、どこかに吹き飛んでいった。これをひたすら耐えて、王太子を愛し続けた結果、一度目の人生が終了してしまった。そして一度目の自分に拍手を送りたい。そんなにもアレが好きだったのはすごい、と。
そんなことよりもターシャの顔色が悲壮なまでに真っ白になってしまっている上に、手にしていた繊細な細工の扇がおかしなほどひん曲がっている。もう少し力を入れてしまえば折れるのではないだろうか、と思いつつナディスは遠慮がちに言葉を続けた。
「お母様、わたくしのことなど気になさらないで?だって公爵家と王家の婚姻ですもの。愛情などというものを王太子殿下に期待していたわたくしが阿呆だっただけですわ。だから、反省しましたの」
言えば言う程ターシャの表情は、みるみる悲壮なものへと変わっていく。
だがしかし、『実はこの人生が二回目なんです。一回目?あぁ、家族全員殺されてしまったので、今世ではそうならないように行動してみようと思ったんです』とか、言うわけにもいかず、ナディスは困りきった表情になってしまう。王太子妃教育で培った完璧な淑女の表情も、ここまで悲壮な顔を実母にされてしまっては、どこかに飛んでいってしまったようだ。
「そう、…そうね…それだけ色々されれば…欠片ほどの情も無くなるわね…」
「はい。そういうわけで、我が行いを反省するに至りました。お母様にはご理解賜りたく存じます」
引き攣りきった笑顔でターシャが言い、それに対してようやく分かってくれたのかと、安堵するナディス。二人の表情は正反対で、そしてどこかズレていたが双方気付くことなく母娘のやり取りは終了したのだった。
王城から帰宅したガイアスを待っていたのは、専属メイドがどうすれば良いのか困惑しきるほど泣いているターシャの姿であった。
二人の会話を録音した魔道具を再生し、ガイアスも納得した。王太子の行いは、確かにナディスが荒れ狂い、そして苛立ちしか招かないものではある。家同士の婚姻に感情など不要ではあるが、いくら好ましくないとはいえ嫌がらせを行っていいというものでは無い。まして、将来国の頂点に立つ人間が、無理矢理結ばされたとはいえ一人の女性の尊厳をここまで踏みにじってもいいものではないと、はっきり言える。
それまでの経緯から考えて、ナディスの行いも大概酷いものではあるから、どこまで庇えば良いのかは分からない。だが、あれだけ執着にも等しい愛情をただ一人に向けていたにも関わらず、憑き物が落ちたようにあっけらかんとしてしまっている娘を見て、そして理由を理解すれば、今の状況は納得する以外ない。
「……えぇ、親バカだとあなたもお思いになるでしょう…!……っ、……確かにナディスは思い込んだら一直線、わたくし達の話は聞く耳も持たず、一途すぎるほどに王太子殿下を想っておりましたわ!けれど…っ、う、うぅ…」
同じ女性として許すことは出来なかった。
だがそれよりも、母娘の会話の終わりにナディスが言った言葉。まだ15歳の娘が放った内容、これにはガイアスもぐうの音が出なかった。
「王妃教育には幸い至っておりませんでしたので、婚約が解消されたとて、栄誉ある盃は賜らずに済みます。暗部を知りませんもの。お母様、他国なり自国の有力貴族との繋がりを持つため、どうぞわたくしをご利用なさってくださいな。公爵家令嬢として、役割は理解しております。あぁでも…自国は難しいのかしら……もうわたくしの不名誉な噂が出回り始めておりますわねぇ………」
母としてではなく、公爵夫人としてターシャはナディスへと問い掛ける。少なくとも以前なら、このような問い掛けをしただけでカッとなり烈火のごとく喚き散らした娘であるが、特に表情を変えることもなく首を傾げた。
「勿論説明いたしますが…わたくしは、反省してはならぬのでしょうか?」
「……………………はい?」
「先程から、私が謝ったりする度、皆が驚き恐れておりまして。…えぇ、悪女やらヒス令嬢と呼ばれておりますわたくしにも人としての心はございます。王太子殿下をお慕い申しておりました頃は、かの方に愛されようと必死にもなりました。王太子妃教育に始まり、淑女教育や将来のための国内外貴族とのやりとりなど、様々な知識や経験……必要であれば徹夜も行い、ありとあらゆる知識を得るために努力を積み重ねてきたつもりですわ。けれど」
一息ついて、ナディスは変わらぬ表情のまま淡々と続けた。そのあたりは王太子妃教育の賜物である。
「会う度、違う令嬢を伴ってわたくしに嫌味や、この場では言うも憚られるような罵詈雑言を放ち、目の前で他のご令嬢との秘め事を見せつけられては…さすがに何もかも気持ちごと全てが木っ端微塵になってしまいますわ」
「ま、待ちなさい。他のご令嬢との…秘め、ごと?」
「はい。口付け以上のことも含めてまぁその、色々と」
ターシャは感情と現状が上手く結び付かず、困惑しきっていた。
そんな母を尻目に、ナディスはほほほ、と朗らかに笑っているが、そのような浮気現場を見せられても尚、彼女は王太子の婚約者であり続けたのだ。彼を愛していたからこそ、である。
だが、もうその愛情は枯渇したどころか向こう何回分人生をやり直したら復活するのか分からない程には砕けて木っ端微塵になったし、どこかに吹き飛んでいった。これをひたすら耐えて、王太子を愛し続けた結果、一度目の人生が終了してしまった。そして一度目の自分に拍手を送りたい。そんなにもアレが好きだったのはすごい、と。
そんなことよりもターシャの顔色が悲壮なまでに真っ白になってしまっている上に、手にしていた繊細な細工の扇がおかしなほどひん曲がっている。もう少し力を入れてしまえば折れるのではないだろうか、と思いつつナディスは遠慮がちに言葉を続けた。
「お母様、わたくしのことなど気になさらないで?だって公爵家と王家の婚姻ですもの。愛情などというものを王太子殿下に期待していたわたくしが阿呆だっただけですわ。だから、反省しましたの」
言えば言う程ターシャの表情は、みるみる悲壮なものへと変わっていく。
だがしかし、『実はこの人生が二回目なんです。一回目?あぁ、家族全員殺されてしまったので、今世ではそうならないように行動してみようと思ったんです』とか、言うわけにもいかず、ナディスは困りきった表情になってしまう。王太子妃教育で培った完璧な淑女の表情も、ここまで悲壮な顔を実母にされてしまっては、どこかに飛んでいってしまったようだ。
「そう、…そうね…それだけ色々されれば…欠片ほどの情も無くなるわね…」
「はい。そういうわけで、我が行いを反省するに至りました。お母様にはご理解賜りたく存じます」
引き攣りきった笑顔でターシャが言い、それに対してようやく分かってくれたのかと、安堵するナディス。二人の表情は正反対で、そしてどこかズレていたが双方気付くことなく母娘のやり取りは終了したのだった。
王城から帰宅したガイアスを待っていたのは、専属メイドがどうすれば良いのか困惑しきるほど泣いているターシャの姿であった。
二人の会話を録音した魔道具を再生し、ガイアスも納得した。王太子の行いは、確かにナディスが荒れ狂い、そして苛立ちしか招かないものではある。家同士の婚姻に感情など不要ではあるが、いくら好ましくないとはいえ嫌がらせを行っていいというものでは無い。まして、将来国の頂点に立つ人間が、無理矢理結ばされたとはいえ一人の女性の尊厳をここまで踏みにじってもいいものではないと、はっきり言える。
それまでの経緯から考えて、ナディスの行いも大概酷いものではあるから、どこまで庇えば良いのかは分からない。だが、あれだけ執着にも等しい愛情をただ一人に向けていたにも関わらず、憑き物が落ちたようにあっけらかんとしてしまっている娘を見て、そして理由を理解すれば、今の状況は納得する以外ない。
「……えぇ、親バカだとあなたもお思いになるでしょう…!……っ、……確かにナディスは思い込んだら一直線、わたくし達の話は聞く耳も持たず、一途すぎるほどに王太子殿下を想っておりましたわ!けれど…っ、う、うぅ…」
同じ女性として許すことは出来なかった。
だがそれよりも、母娘の会話の終わりにナディスが言った言葉。まだ15歳の娘が放った内容、これにはガイアスもぐうの音が出なかった。
「王妃教育には幸い至っておりませんでしたので、婚約が解消されたとて、栄誉ある盃は賜らずに済みます。暗部を知りませんもの。お母様、他国なり自国の有力貴族との繋がりを持つため、どうぞわたくしをご利用なさってくださいな。公爵家令嬢として、役割は理解しております。あぁでも…自国は難しいのかしら……もうわたくしの不名誉な噂が出回り始めておりますわねぇ………」
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