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故郷から無理やり連れてこられた聖女でしたが、結果的に家族と再会できたのでどうでも良い

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朝から晩まで祈りを捧げる。
祈りの間で、ただ孤独に。
国の繁栄と栄華を願い、国外に存在する魔獣を遠ざけるよう平和を願い、国を守るための聖なる結界をたった1人で維持する。
膨大な聖魔力があってこそ成せる技であるが、それがどれだけ大変なのか、当たり前に享受している民は、王太子は、王妃は、国王は気付かない。
たった1人の少女のおかげで、こうして平和に過ごせているというのに、祈りを捧げる少女を、己の婚約者でもある少女を、王太子は大変冷遇していた。

聖女が生まれれば、婚約を結ばなければならないという遥か昔からの運命。
家柄も、容姿も、マナーも、何もかもが聖女より優れている公爵令嬢がいるにも関わらず、遥か昔からの運命というだけで婚約が決まってしまい、それはそれは大変憤慨したそうだ。王太子がその公爵令嬢を好いていたことも理由のひとつ、というよりそれが何よりの理由だろう。
それからというものの、祈りの合間のほんの少しの時間に王太子は聖女をひたすら罵った。
それだけでは飽き足らず、成長していけば手が出されるようになってしまった。見えない位置ならばと、腹部を蹴られ、髪を掴まれ引き倒され、背を踏まれ。まるで鬱憤を晴らすように、人形に八つ当たりするかのように、気が済むまで繰り返し繰り返し。

死にたくなかったから、王太子殿下の機嫌を損ねないようにと、必死に耐えてきた。

聖なる魔力が発現したから『聖女』なのだと言われ、それまで生まれ育った場所と家族からは、無理矢理引き離されてしまった。
教会に無理矢理引きずっていかれ、故郷を想い『帰りたい』と泣く度、『貧しい平民風情が、伯爵家の養女になれた事を誇りに思え!』と何度もぶたれた。
望んで今の身分にいるわけではない。
望んで、聖魔力が発現したわけではない。
こんなもの、誰かにあげられるものならあげてやる。くれてやる。だから返して、元の場所に戻して、と夜はひたすら泣いた。

養女となった先の伯爵家でも、教会の祈りの間でも、日常的に振るわれる暴力と浴びせられる暴言の数々。由緒ある伯爵家なのに、このようなことをするのかと、殴られる度思っていた。

―――――聖女フェルミナートは、疲れ切り、精神もすり減っていた。

食事が抜かれることが無かったことが、幸いだっただろう。
飢えることなく、寝床を奪われることも無かったが、それ以外は何も無かった。

朝起きて、形式的に仕えてくれているメイドから乱雑に身支度をされ、聖なる衣を纏い、教会に向かう。
教会で朝食を済ませ、昼までただひたすら祈りを捧げる。
昼食を済ませ、またひたすら祈りを捧げる。
夕食を済ませ、祈りを捧げて翌朝までの聖結界の強化を行い、馬車で伯爵家に帰宅し、簡単に湯浴みを済ませ、眠る。

引き取られたのが7歳の頃。
そしてこのような生活をもう10年続けている。

フェルミナートは、教会に向かう馬車の中でぼんやりと考える。

「(…今ここで、この馬車が事故にあえば…死んでしまうことができたら…、私は解放されるのかな)」

心が疲れ切っていた。
生まれた家は確かに貧しかったが、楽しかった。
飢えることもあったが、皆で助け合って、笑いあっていた。
最後に笑ったのはいつだろう。
あぁ、教会が見えてきた。また、祈りと暴力と暴言が待っているのだ。

だが、その日は違っていた。教会に到着するなり、王太子の護衛に腕を掴まれ、主神の像がある間に引きずっていかれ、そのまま力任せに引き倒されてしまった。

「きゃあっ!」

「これまでよくも謀ってくれたな!偽聖女めが!」

倒れたフェルミナートの頭を、王太子であるウィルは思い切り踏み付けた。
苦しげな声を聞いても緩めることなく、ギリギリと力をこめていく。

「ぅ、…ぁ…」
「何が聖なる祈りだ!何が聖魔力だ!聖女であるからと、我が国の由緒ある伯爵家に引き取って貰えたくせに、伯爵家に泥を塗るような真似をしていたとは、己が恥ずかしくないのか!!」

意味がわからなかった。
そちらの都合で無理やり連れてきたというのに、一体これまでの何が不満だったのか。

「お前が祈らなくても祈っても、我らの平穏は変わらぬ!ならば貴様など不要である!」

頭から足を離したかと思えば即、腹部に感じたどん、という衝撃。
つま先が腹部にめり込み、胃の中のものを吐き出しそうになるが、必死にこらえる。

「ぁ、ぐ…」
「弱々しいフリをして、我の気を引こうなど…恥を知れ!誰が望んで貴様など娶りたいと思うものか!偽物が!」

誰も助けてくれない。
誰も、優しくない。

「王太子殿下、女性を蹴るものではありません!…彼女にも理由があってのことなのですわ…!」

優しい言葉のように聞こえて、まったく優しくない言葉の内容。
王太子が幼い頃から想いを寄せる公爵家令嬢、ラピス・フォン・ランスターだ。
こちらを思いやる振りをして、フェルミナートをどこまでも貶める。
ふらふらと、ようやく立ち上がったフェルミナートを一瞬だけ蔑むように見てから、あくまで優しい公爵家令嬢として振る舞う彼女とズタボロになっているフェルミナート。
貴族がどちらを信じるかなど、分かりきっていた。

「理由があろうと無かろうと、こやつは我らを謀っていたのだぞ?!…ランスター嬢、そなたは優しすぎるぞ」

表向き優しい言葉に感激しているらしい王太子を、己の言葉に酔っているような公爵家令嬢を、どこまでも冷めた目で見つめれば、二人は揃って目を丸くした。
フェルミナートが泣いて謝るとでも思っていたのだろうか。そうだとすれば、単なる阿呆だと。心の奥底で彼女は深い溜息を吐いた。

「私は好きでここにいる訳ではないし、王太子殿下を好いたこともありません。そもそも、何とも思っておりません。興味すらありません。聖魔力を今更ながら疑われるというのであれば、そもそも10年前の教会の判断そのものが間違っていたのでしょう。ならば、私は全てを職務を、今この場で放棄いたします。問題ありませんね?」
「はぁ?何という妄言を…」
「祈っても祈らなくとも変わらぬと仰るのであれば、もう祈りません。こんな国、もう知らない。私は拉致同然に伯爵家に、この教会に連れてこられたのだもの」

思いがけない言葉に、王太子はぽかんとした表情になる。
そんな彼に目もくれることもなく、頭をすっぽりと覆っていた聖なるベールを取り、その場に投げ捨てる。
腰まで伸びた髪が、ばさりと落ちてきたがフェルミナートは気にしない。

「そちらの都合で私を無理矢理連れてきて、日常的に暴言や暴力を振るってくるような人が王太子で、伯爵家の皆様方も私の存在をまるで無いかの如く扱うかと思えば、遠慮のない暴力や暴言の数々。ならば、もう良いですね」

はぁ、と溜息を吐いて聖なる力を全て己へと戻した。
刹那、その場にいる全員がずしりと、何かにのしかかられたような奇妙な感覚に襲われてしまう。
彼ら以外の国民も全て、何もかも同じような状況に陥っていた。
遠くから悲鳴のようなものが、しかもあちこちから聞こえるけれど、ただフェルミナートだけは一人ケロリとしていた。

「なん、だ、これは!」
「祈りをやめましたので、世界に蔓延している瘴気があなた方にのしかかった、ただそれだけです」

あっさり言い放って踵を返す。

「おいまて偽聖女!この状況を元に戻せ!」
「そうですわ!貴方には伯爵家や教会、ひいては王家に大切にしてもらった恩義というものがございませんの?!」

「ないですが」

「「は?!」」

綺麗にハモった王太子と公爵家令嬢を振り返り、その場にいる全員をぐるりと見渡して淡々と、無表情のまま告げた。

「大切にするというのが暴力を振るうというのであれば、公爵令嬢様、貴方も同じようにされてください。というか私は偽聖女らしいですから?給金ももらわずタダ働きさせられて、暴力をふるわれて暴言を吐かれて。私はただひたすら祈って祈って祈って、全てを奪われた。そして今罵られたので祈るのをやめただけですよ。それの何が問題あるんですか?」

反論しているフェルミナートに対して信じられない、という表情を浮かべる目の前の男女を見ても、何の感情も湧いてこない。
バタバタと足音が聞こえ、国王と王妃が駆け込んできて、必死にフェルミナートに何かを言おうとしたが言葉が出てこないらしい。
それすらにも、何の感情も湧かない。

ようやく解放される。
ようやく自由になれる。

そう思いながらんー、と大きく伸びをしていると、国王は真っ直ぐ王太子へと向かい、手にしていた杖で彼を強かに打ち付けたのだ。

「ち、父上!一体どうし、いっ!あの、やめ…、痛い!」
「謝れ!フェルミナート嬢に!早く!!死にたいのか!!」
「祈りの力など何もないではありませんか!あんな偽物にどうして我らは敬意を示さねばならないのですか!」

「彼女の祈りが無くなった途端こうなっているのがバカには分からんのか?!祈りあってこその我らが平和なのだ!」

大声で告げられた内容に王太子も公爵家令嬢も、愕然とする。
だが、もうフェルミナートは出口に向けて歩き始めていたのだ。

「彼女の祈りがあるから、我らは日常生活を送れる!彼女の祈りがあるから、魔物らは我が国に寄り付かぬ!瘴気が我らの体を苛むこともない!」
「えっ…」
「何より、彼女の聖結界はこの王国史上最強の強度と、更には祓いの力まで兼ね備えているのだぞ!それを…それを、もう無くしてしまわれたのだぞ!皆感じているだろう?!世界は遥か昔より瘴気に覆われておるのだ!歴史学で学んできておらぬのか?!教科書だけのものとでも思っておるのか?!良いか、それを、瘴気を防ぐための聖結界であり、今まで維持していただいていたのだ、聖女様に!」

ガタガタと震えながらの国王の言葉に、今更ながら理解した王太子と公爵令嬢も震え上がる。
そして王妃は、出ていこうとしていたフェルミナートの進路に立ち塞がり、必死に頭を下げていた。

「行かないでちょうだい!お願いします!」
「嫌ですよ」
「貴方の望みは何でも叶えてあげる!だから、だからどうかもう一度我らの国のために祈…「なら、私の過ごすはずだった時間を返して?」…え」

「何でも、というならば私の10年を返して。祈りというものに捧げた時間を、王太子殿下や伯爵家に暴力と暴言を浴びせられた時間を無かったことにして。タダ働きをしていた無駄な時間を返して。貴方達の都合で奪われた私の時間を、全て返してよ」

冷たく放たれた言葉に、王妃は何も言えない。

「あと、王太子の婚約者になれるのが必ずしも嬉しいとか思わないでほしいです」

心の底から不愉快な顔で、吐き捨てるように言われた言葉に王太子は硬直した。

「思い上がるのもいい加減にして、って思ってたけど…今日まで言えなかっただけ。ねぇ、そんな事よりも返してくださいよ。私の、大切だった時間を」

淡々と紡がれる言葉に絶望しかない。
目の前にいる少女の時間を、家族を、日常を奪ってしまったのは紛れもなく国なのだ。

世界に満ち溢れる瘴気。
いつからあるのかわからない、民の体を蝕み続け害すものから、蔓延る魔物から、フェルミナートは全てをかけて祈り、民を守っていた。
でもそれを丸ごと全て、挙句の果てに偽物扱いされた上で否定された。
ならば、もう良いだろう。あんなしんどいもの、これから先おばあちゃんになってまでも維持し続けなければいけないというのであれば、生き地獄でしかない。

「返せないくせに、大きな口叩かないで」

全員が、黙り込んだ。
誰も口を開けず、どうすればいいのか分からずに途方に暮れる。 

「なんの根拠があって私を偽物って罵ったのか、そんなこともどうでもいい。今まであった当たり前の平穏な日々は、あなた達にはもうないのだから」

あっさりとした口調で告げられる内容に、戦慄する。

「こんな国、さっさと滅んでしまえば良い」

吐き捨てられるような言葉に、王妃は泣き崩れた。
公爵家令嬢も、王太子も、謝ろうとはしているらしいが、人の過ごしてきた時間を返すことなどできないのだから、どうやって何をしてあげたら、彼女が元のように祈りを捧げてくれるのかはわからない。
ただ、祈りを捧げ、これまでのように聖魔力をもってして、国を、自分達を守ってほしいのに。

「ごめん、なさい…」
「謝れば全て無かったことになりますか?ランスター様」
「せ、せめて謝罪を、と…!」
「祈ってほしいがための謝罪なんかいらないです」

心底軽蔑したように吐き捨ててからフェルミナートは改めて踵を返した。
行かないで、と手を伸ばしたがもう遠い。
フェルミナートは『あぁなんだ、最初からこうしていればもっと早かったんだなぁ』と思う。

体が軽い。
祈らなくても良いということが、こんなにも解放的だなんて思ってもみなかった!

この部屋を出たらどこに行こうかと、ただそれだけを考えながら扉を開くと、今まさに入ってこようとしていた1人の青年とかち合った。

「…え…?」
「おや、これは失礼をした。いきなり国王陛下と王妃殿下がこちらに走っていくものだから、わたしは置き去りにされてしまってね。どうしようかと追いかけてきてみたのだが…大変なことになっているようだ」

まったく大変だと思っていないような口調で朗らかに話す青年は、どうやらこの満ちている瘴気をものともしていない様子だ。とても平然とその場に立っている。
少しだけ目を凝らして見てみると、フェルミナートとはまた別物の聖魔力で彼は守られているようだった。

「貴女が、この国の聖女様でいらっしゃるのかな?」
「はい、あ、いいえ。先程王太子殿下より『偽物』と言われましたので、祈りの力全てを引き上げさせていただいたところです。なので、私はこの国の聖女ではなくなりました」
「おや、それは重畳」

微笑んで手をぱん、と叩いてフェルミナートをまっすぐ見つめる。
綺麗な空色の瞳に、深い蒼色と金色がうっすら混ざった独特の色の髪。
不思議な髪の色の持ち主の人もいるものだと、フェルミナートはじっと見つめ続けた。
けれど、国王と王妃に会っていたというのだから、それ相応の身分の人なのだろう、そう予測して深々と頭を下げた。

「挨拶が遅れまして申し訳ございません。フェルミナート、と申します。平民の出ゆえ、生憎とこのようなご挨拶しかできませんこと、誠に申し訳ございません。お許しくださいませ」
「気にしないで、わたしがうっかりここまで来てしまっただけなのだから。それに、聞こえてきた話から推察するに伯爵家では君はどうやら迫害されていたらしいではないか。貴族としてのマナーすら教えることの出来なかった引き取り先だ、さぞや阿呆揃いなのだろう。君は何一つ悪くないのだから、そんなに言ってはいけないよ」

にこやかに注がれる毒に、国王ならびに王妃は顔色を悪くする。
フェルミナートの前に立っている青年は、笑顔のままお返しにと言わんばかりに胸に手を当てて頭を下げた。

「自己紹介が遅れてしまったね。わたしはナイアス・ルミ・アーク・ウェルキリアという。ウェルキリア王国の、これでも国王をしているのだよ。もしわたしの国の名を聞いたことがあるなら、それだけで幸いだ、稀代の聖女殿」

ウェルキリア王国。
聞いたことのないものはいないくらいの大国であり、常に聖魔力に守護されている、聖女のいない時代は無いとされる国。
聖女の大切さを理解し、日常生活を送るための必要不可欠な存在であり、かの国では『聖女』という存在がとても大切に庇護されている。フェルミナートからすれば御伽噺のような国の、まさか国王だとは。

もしかしなくとも己は相当に失礼な挨拶しかしていないのでは、と喉の奥が「ひゅ」と鳴った気がした。
不敬罪で今ここで殺されても仕方がない。

「聖女フェルミナート、大丈夫だよ。わたしからすれば君は誰より尊ばなければならぬお人だ。貴女方が祈ってくれるから、結界を維持してくれるから、我らの日常生活全てが成り立っているのだからね」

肩に置かれた手の温かさに、ほっと息が零れる。
思っていたより緊張もしていたし、強ばっていたようだ。
とりあえずは殺されないらしいことが分かると、フェルミナートは安堵したように小さく「ありがとうございます」とお礼を伝える。

「良いんだよ。…ところで、君はもうこの国の聖女ではない、と…そう言っていたね」
「は、はい。王太子殿下より、偽物とのお言葉を頂きましたので…まずはこの国を出ようとしていて、…え、えっと……しておりました、ところ…国王陛下に会いまし、いえ、お会い、いたしました」

緊張は継続していたようで、敬語やら何やら、色々混ざりあって言葉がぽろぽろと出てくる。
恥ずかしいことこの上ないし、大国の国王を前に噛みまくってしまっているということも相まって、フェルミナートは泣きそうになってしまうが、頭に優しく手を置かれてよしよしと撫でられた。
予想外の行動に目を丸くしていると、イタズラっぽくウインクをしてみせるナイアスに思わず自然と笑みが零れた。

「この国を出るのであれば、わたしが君を引き受けよう。あ、やましい意味はないよ?ちょうどうちの国の聖女が交代を迎える頃合なんだ。我が国は大歓迎で聖女フェルミナート、君を迎えよう」

言葉を失う、という表現は恐らくこういう時に使うのだろうと、冷静な自分がいる一方で、また聖女として生きなければいけないのか…と、少しだけ落胆をした。
大切に扱われていても、この国とやることは変わらない。
なぁんだ、と思っていたら、不意ににんまりと笑うナイアスと目が合う。

「祈るだけだと思うなよ?君の本当の家族、…離れ離れにさせられたと言っていたね。勿論彼らとも再会できるよう手配して、何なら王宮に迎えようとも!」
「え」
「当たり前だが給金も支払うぞ?」
「は?」
「三食昼寝付き、身の安全も無論保証!何ならおやつもあるし学校にも通える!」
「な」
「たかがこの程度の報酬は当たり前だろう?この国全てを綺麗に覆い尽くすほどの結界を貼りつつ、維持もしていた、尚且つ結界に魔除けまで付与しているだなんて、素晴らしすぎる能力の高さだよ!むしろわたしの提案だと安すぎるので他にも追加しよう」
「………へえぇ……」
「というか、聖女1人に対してこれくらいの予算が聖教会から支給されているはずだが…本当に君、10年も無給で?びた一文貰わずに祈っていたのかい?」
「…えぇ、まぁその、えぇ」

こっそり年間あたりの金額を教えてくれたナイアスに、あまりの金額の高さにどうして良いか分からないまま、近所のおばちゃんのような相槌を打ってしまったのは許してほしいなぁ、と思いつつ、ちらりと自国の王達を見れば顔面蒼白。
予算額ははっきり分からないが、間違いなく何かしら支給はされていたようだ。
そういえば、ここ10年くらい我が国は大変経済が潤っている、と聞いたことがあるが。
もしかして、と思うも心の中で静かに否定をし、首を緩く横に振ってからナイアスに深々と頭を下げる。

「私、そちらの国に行きます。よろしくお願いしますナイアス国王陛下」

「う、うう、裏切り者!!!!!」

思い切り王太子が叫ぶが、フェルミナートははて、と首を傾げた。

「貴方が最初に人を偽物呼ばわりしたんじゃないですか…何言ってるんです?」

蔑みきった眼差しを送れば、ぐぬ、と言葉につまる王太子と、フェルミナートがあまりに簡単に王家を、国を見限ったことに絶望して国王夫妻はその場にへたり込んでいた。
そして、王太子の想い人である公爵令嬢も、ここまで大事になるとは思っていなかったであろう。顔面蒼白で、歯をガチガチと言わせながら震えている。

「そうと決まればこの国に用はないね。さぁさぁ行こう聖女。荷物はあるかな?」
「いえ特に。私物は王宮にはありませんし、伯爵家にも大したものはありませんので、このまま向かえます」
「よし行こう、善は急げというからね!」

ウェルキリアの国王は若く、行動力に満ち溢れている。
誰かが、そういっていた。
実際目の当たりにすると、本当にその通りの人なんだなぁと改めて思う。
暗闇にいたフェルミナートの手を引いて、会ってから半刻も経っていないというのに、こうして陽のあたる場所に連れ出してくれようとしている。

ならば、少し期待に応えられるよう頑張ってみようかと思った。
少なくとも、この国よりは遥かに良さそうだから。

悲鳴をあげている王太子や国王、泣き叫ぶ王妃、謝り続ける公爵令嬢、そして家臣たち。
彼らは祈ってほしいだけなので、代わりの聖女でも見つけたら良いのではないかと、そう思う。否、それしか思わない。


少しして、祖国は新たな聖女を迎えたらしいが、フェルミナートの使う聖魔力よりも劣る能力であったため、今やギリギリのラインしか保てなくなっているらしい。
そんなこと、フェルミナートは知ったこっちゃない。

ウェルキリアの王は、帰国の道中で離宮の手配や家族の捜索など、ありとあらゆる手を尽くしてくれた。
かの国まで、片道一週間。

到着したフェルミナートを迎えてくれたのは懐かしい父や母、そして離れた時にはまだまだ幼かった弟や妹たち。
泣きながら家族に駆け寄り、家族もフェルミナートを迎え入れ、抱き締めてくれた。
無くした時間を取り戻すように夜通し会話をして、フェルミナートは幾重もの感謝をこめて祈る。ウェルキリアのために。



皆が、穏やかに暮らせますように、と。
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みんなの感想(1件)

ぴ~助
2024.04.30 ぴ~助

そりゃそうだわな。
だって、「出来もしない事」を口に出すなんて、ねぇ…(∞*U∀u艸)ウケル
ま、最終的には幸せになったなら、良いか(*˘︶˘*).。.:*♡

解除

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